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三十一品目 マンティコア3

「ヨウコ……?」


 初めて聞く単語に自然と横のキリボシと目を見合わせては、そこでは何も解決しないまま、すぐにまたヨウコへと向き直る。


「ええと、ケット・シーのヨウコさん?」

「違う! 儂は猫じゃなくて狐じゃ! 妖狐のカーラじゃ!」

「ヨウコのカーラ……」


 繰り返し反芻するもまるで情報が頭に入ってこない。そもそも私はケット・シーからしてよく知らないのだ。そこに猫ではなく狐だとか言われても困ってしまう。


「キリボシ、悪いが説明してくれるか」

「そうしたいのは山々なんだけどね。僕もどこかで聞いたことがあるような、ないような。でも実際に会ったのはたぶん初めてだよ」

「なんじゃと! おぬしらは儂らのことを、妖狐のことを知らんのか!」

「悪いが私はケット・シーすら見たことがなくてな。いきなり妖狐だなんだといわれても信じる気にはなれない。ただそれ以上に、この場ではっきりさせておかなければならないことがあるだろう?」

「えっ、それっ、それって、たっ、食べられるかどうか――」

「違う。私が知りたいのは一つだけだ。お前が敵か、そうでないか。それだけだ」

「味方じゃ!」


 カーラは叫ぶ。


「言ったろう! なんだって話すし、なんだってする! じゃから――」

「味方か。これはあくまでも私の経験からだが……証拠もなしに自分から味方、あるいは仲間だと名乗るやつにろくなやつがいたためしがないんだが?」

「儂は魔王軍じゃない! この近くの森で、にっくきダークエルフに捕らえられた――そう、言うならばおぬしらの敵の敵じゃ!」

「敵の敵? 何をもってそう言っているのかは分からないが……なんだ、妖狐というのは魔王軍と戦っているのか?」

「たたかっ、ては、いないん、じゃが……にっくきダークエルフと……ええと、その、そうじゃ! わしはダークエルフから、魔王軍に売り渡されたんじゃから! 少なくともダークエルフは魔王軍と繋がっておる! そうじゃろ!」


 顔を真っ赤にして熱弁するカーラ。とりあえず最初に見つけたときの状況からして、魔王軍というわけではなさそうだが……。


「カーラさん、僕からも一つ聞いてもいいかな?」

「な、なんじゃ! 疑問があるなら、なんでも答えるぞ!」

「僕が知るダークエルフの森は、ここからだとそう遠くないとしても、近いって言えるような距離にはなかったと記憶してるんだけど……もしかしなくても、ここ最近になって移動してきたとか?」

「その通りじゃ! にっくきダークエルフとわしらは、そもそも別の森を住処にしておったんじゃが、魔王軍に追い出されたところを、わしらの親切心に付け込んで森になだれこんできたんじゃ! ただそれだけならまだしも……」


 カーラは小さな拳を形作っては許せないと怒りに打ち震える。


「やつらは遠慮というものを知らん! 森を我が物顔で占拠し、あまつさえ木を伐り、わしらを森から追いやろうとした! 最低最悪じゃ! あの時わしらは逃げてきたやつらを見捨てておくべきじゃったんじゃ!」

「ありがとう、カーラさん。とりあえず、ダークエルフが移動してるってことだけはよく分かったよ。ただそうなると……アザレアさん。どうする? 僕らは目的地の一つを失っちゃったわけだけど」

「待て待て。私はそもそも、その存在すら疑っているぐらいだ。どうせ砂漠のエルフから分かれたやつらのことを、そう呼んでいるだけだと思ってはいるが」

「そうなの? でも自分でそう言ってたし……あ、でもそっか。自分で味方って言っちゃうのが怪しく見えるように、自分でダークエルフっていうのも、簡単に信じちゃ……あれ? でもそうなるとカーラさんは二重の意味で怪しく――」

「なんでそうなるんじゃ!」


 そのうちに気絶でもしてしまわないかと心配になるぐらい顔を赤くするカーラ。別にそうなったところで困りはしないのだが、そうなると聞きたいことも聞けなくなりそうなので、頭をわしゃわしゃと撫でては落ち着くように促す。


「な、なにするんじゃ!」

「このまま話をしていてもお互いの疑心暗鬼が深まるばかりだ。それに私はさっさとこの血を洗い流したい。とりあえず飯だ、続きはそれからでもいいだろう?」

「それは……おぬしらがわしを食べないと約束してくれるのなら、いいが……」

「決まりだな」


 私はカーラに約束すると微笑んでは、水を探して別の天幕へと足を向けた――。

 そして知ることになる魔王軍の実情。天幕の下にずらりと並ぶ、酒に水。食料こそ私たちと同じで魔物を食べているようだが、全体の豊かさは比べるまでもない。


「塩に砂糖まであるのか……嘘だろ、石鹸だと……?」


 ハーピィやオルトロスが使うわけでもあるまいに、どこのきれい好きがここまで持ってきたんだろうと思いながらも、調味料と一緒にいくつか拝借していく。


「そういえば酒があると助かるんだったか」


 持てるだけの瓶を両手に、天幕の外へと出ては、すぐに見えてくるカーラの一生懸命な姿。起こしたばかりの火に息を吹きかけては、また顔を真っ赤にしている。


「悪いな、いつもは私がやっているんだが」 

「助けてもらったお礼じゃ。おぬしらのおかげでハーピィやオルトロスの餌にならんですんだからの。まあ、これぐらいで返せるとは思っておらんが……」

「別に返す必要はない。お前は敵だなんだと難しく考えているようだが、私たちはただむかついたから魔王軍に八つ当たりしただけだからな」

「八つ当たり……わしらにもそのぐらいの力があったらよかったんじゃが……」


 カーラはどことなく悲しそうに笑う。まあ人間にも、もちろんエルフにも、それこそドライアドにも色々と抱えている事情はあるのだ。

 妖狐にとってのそれが何かはわからないが、こうして意思の疎通ができる以上、たまには他人に聞いてほしくなる、もしくは他人だからこそ聞いてほしい、そんな悩みの一つぐらいあったとしても、何らおかしくはないだろう。


「そうか。酒と調味料、ここに置いていくぞ。私は――まあいいか。キリボシが来たら渡しておいてくれ」


 どうやら食事中の話題には事欠かなさそうだな……ただ今はそっとしておこう。そう考えながら私は水を浴びるべく、足早に天幕へと引き返していった。


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