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三十一品目 マンティコア2

 そうして確かめる剣の性能。やはりと先陣を切るように、上空から滑り降りてくるハーピィを叩き落そうとしては、意図せずその足先を切り落としてしまう。

 剣としては申し分ないが……思惑に反して、その勢いを殺しきれずに斜め上から突っ込んでくるハーピィの体。ぶつかりそうになったところで、むしろそこまで切れるのならとあえて避けることなく切り裂いては、正面に道を切り開く。

 それと同時に、全身に浴びることになる血液の雨。その生臭さと衣服の上から染み込んでくる生温い感触に、一気に戦意を削がれては、もはや八つ当たりどころではなくなってしまう。


「雨は……降りそうにないか」


 天を仰いでは、代替案として見つめる魔王軍の陣地。さすがに水ぐらいあるだろうと、周りに柵も何もないところに、ただ外から見えなければいいと張られたいくつかの天幕を目標に定めては、予定を変更して、さっさと終わらせることにする。

 ただ……どうせなら派手に行くかと剣にこめる魔力。しかしといつまで経っても変わらないその形状。自然とキリボシが時間を稼ぐように守りに入っては、ようやくと変化の兆しが見え始めたところで、あまりの疲労感からぶっ倒れそうになる。

 これでは神聖魔法を使ったあとと変わらないではないか――やはりあいつ専用かと、改めてパスのすごさを再認識しながらも、何とか形にする鞭。想像ではこれをパス同様に振り回しながら伸ばしていたのだが……手元から垂れた先でとぐろを巻く、やけに細い鞭を見下ろしては、あまりの不格好さに思わずと苦笑が漏れる。


「キリボシ、悪いが手伝ってくれるか」

「え?」


 自分で形状を変化させておきながら、一人では扱えないと長大な鞭を前に立ち尽くしていると、すぐに近づいてきては鞭を握った手の上から手を重ねてくるキリボシ。間髪入れずに、半ば鞭の一部のように振り回されては、とんでもない速さで地上のスケルトンと反応が遅れたオルトロスの一部を側面から薙ぎ払っていく。

 直後に限界を迎えては鞭から剣へと戻っていく形状。あとは任せたと疲れ切った体でキリボシの肩を叩いては、背負おうか? というキリボシの提案を断って、逃げていくハーピィとグリフォンの背中を静かに見送る。

 そうして地上に残されるマンティコアと僅かなスケルトンにオルトロス。キリボシの走れる? という声にそのぐらいはと答えては、駆け出したと同時に吠えるマンティコアを無視して、オルトロスまで背中を向けて逃げていく。


「アザレアさんの一撃が効いたみたいだね」

「二人分ならもう十分だろう?」


 その通りだと笑ってはマンティコアに突っ込んでいくキリボシ。すかさずと間に入ってくる残りのスケルトンを蹴散らしては、マリーナで見た巨大なオルトロスを相手した時のように、爪をかいくぐってはマンティコアの胸元を殴りつける。


「こいつも食うのか?」

「もちろん。マンティコアは積極的に人を襲うことで有名だけど――」


 はいはいと聞き流しては動かなくなったマンティコアの横を抜けて、先を急ぐように魔王軍の陣地へと入っていく。その目的は言うまでもなく水、なのだが……。


「んー! んー!」


 手近な天幕を外から切り裂いては出てくる、涙目の子供。正確には頭に猫のような耳が生えた、人間の子供に見つめられては、なんだこれはと後ずさりする。

 魔王軍にはこんなのまで……いや、まだ無理やり混ぜられたと決まったわけではないか……しかし、そうでもなければこんな生物が自然に生まれるとは……。


「せめて一思いに、いや――」

「あ、猫の妖精(ケット・シー)だ」

「何……?」


 どうしたものかとしばらく眺めていると、遅れてやってきたキリボシがその正体に答えを出す。しかしケット・シーか。その姿は初めて見るが、確かに言われてみれば、そうにしか見えない。


「っておい、拘束を解いてどうするつもりだ。見た目こそ子供そのものだが、敵でないとも限らないんだぞ? いや、まさか食べる気じゃないだろうな?」

「んー! んー!」

「ケット・シーに善悪はないよ。猫に宿ってるとはいえ、元は精霊だからね。ただ実態を持ってるって意味で言えば、食べられないこともないんだろうけど……」

「んー! んー!」

「待て、宿ってるだと? なぜそんなことがお前には……いや、待て、答えなくていい。仮にそうだとして、イゴルのゴーレムを例に挙げるなら、生きたまま……」

「んー! んー!」

「そうだね。あくまでも精霊が宿ってる状態ををケット・シーって呼ぶのならそれしか方法はないだろうね。ただイゴルさんのゴーレムの時とは違って、ケット・シーの抜け殻は土じゃないし……あれ? 意外と取れないものだね」


 ケット・シーの手足にはめられた枷を前に、どうしたものかと頭をかくキリボシ。冒険者なら外せてもおかしくはないが、そもそも専門でもあるまいに、力ずく以外で外せるのかと聞いては、それがあったかとバカみたいな答えが返ってくる。


「おいおい……」

「冗談だよ。それならもう試したからね。ただ無理に外そうとすると、ケガさせちゃいそうで……魔法で何とかなったりしないかな?」

「生憎と余分な魔力があるなら、先にこの血を拭い去りたいところだが……」


 一応見せてみろとケット・シーの前で膝を折っては、かなり力を入れたのであろう、すでに少しだけ変形した二つの輪とそれを繋ぐ鎖に、そっと手で触れてみる。


「よくは分からないが……力ずくであれ、魔法であれ、無理やり外すのはやめておいたほうがいいかもな」

「やっぱり? ただの枷じゃないと思ったんだよね。なんとなくレティシアで見た、魔道具に感触が似てるし」

「感触か……まあ、私も似たようなものだが、なんとなく魔力が流れているような気がするのは確かだな」

「となると、鍵を探すしかないわけだけど……あ、そういえばこれも鍵だよね?」


 キリボシはそう言って、鞄から一本の棒を取り出す。


「マンティコアの首についてたんだけど……」

「いや、鍵と言われてもただの棒にしか見えないんだが……」

「僕も最初はそう思ったんだけどね。見てよ、この模様」


 言うが早いか、キリボシの手で眼前に近づけられては、ぼんやりと浮かび上がる無数の線。確かに模様と言われればそう見えなくもないが、これは――。


「帝国で使われている文字だな」

「え? 僕はドワーフの国で見たことがあるけど……」

「とにかくそれが鍵なら、枷のほうにも――」


 探すならこっちのほうが早いとベタベタと手で枷を触っては、その裏面にて指の腹で捉える微かな凹凸。すぐに下から覗き込んでは、当たりだとキリボシに頷く。

 そうして何事もなく外される二つの枷。最後に口元を覆う布をケット・シーが自らの手で外しては、変わらぬ涙目で私とキリボシを交互に見る。


「儂は妖狐じゃ! おぬしらが何者かは知らぬが、知っていることなら何でも話す! じゃから食べないでくれ!」


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