三十品目 グリフォン5
「でも剣が――」
「剣ならある」
そう言って地面に突き立った短刀――恐らく投げつけたのであろう、間一髪のところでパスの大剣の軌道を曲げた、キリボシの包丁をそっと拾い上げる。
「本気……みたいだね。預かろうか?」
キリボシに手を差し出されては、話が早くて助かると折れた剣を鞘ごと預ける。そうして再び向き合うパス。すぐにどちらからともなく歩き出しては、その途中で利き手の右から左へと包丁を持ち替え、作戦変更だと左半身を前に立ち止まる。
「なるほど? エルフの――それも神聖を宿すとなると、それぐらいは習得していてもおかしくはないか」
「どうやらお前はエルフと、それも古いのと戦ったことがあるみたいだな?」
「謙遜か? いや、失礼。エルダーと言ったらどうですか?」
「よく勘違いされるんだが……私はエルダーではない。この構えも左手剣もただの見様見真似だ。だから恐れずに挑んでくるといい」
「そうですか……しかしエルフの扱うそれは、どこまで行っても見世物の域を出ないものと思っていましたが……まさかそれを実践で、それも私相手に試そうとする者が現れるとは……なるほど。どうやらかなり甘く見られているようですね?」
「まさか、少なくとも今の打ち合いは、キリボシの介入がなければお前の勝ちで終わっていた。認めるさ、お前にはいつも通りでは勝てない。だから少しばかり頭を使うことにした。それだけのことだ」
「煽っているというわけではないようですね? ただ残念ながら、その程度の小細工で私との差は埋められません。趣向を凝らしていただいた手前、こんなことは私も言いたくはないのですが……私も忙しい身。いつまでもあなたに構ってはいられないのです。だから本当に残念ですが――これで終わりです」
言いながらパスの背後へとそっと振りかぶられる大剣。先ほどの打ち合いからしてまだ射程には入っていないはずだが……まるで鞭のようにパスが大剣を振り回しては、正しく鞭のようにしなったのち、わずかに遅れて首元へと刃が伸びてくる。
「やれやれ……」
さすがは知っているだけはあるなと、刃物相手を想定した左手剣を初手で完全に攻略してくるパス。これではどれだけうまく攻撃を捌いたところで、反撃の余地はない。そう、エルダーの一部が使う、受け流すだけの通常の左手剣であれば――。
「なんだ……? 私が、私を見下ろして……」
「言ったろう。私のは野蛮な賊や冒険者を懲らしめるために、仕方なく身につけた特別製だ。鞭ぐらいなら思うままに弾き返せる。そして――」
頭上へと打ち上げられたパスの頭を一瞥しては、目くらましのように神聖を光として解放する。
「残念ながら、その程度の小細工では私との差を埋められない。ああ、これはお前の言葉だったか?」
「そんなことは一言も――いや、言ったか……?」
地上から天井の闇を振り払うような光の中で、最後の苦し紛れの大振りもしっかりと弾き返しては、鎧の隙間からパスの胸元へと包丁を突き立てる。
そして流し込む神聖。拡散を止めて手元の包丁に集中していっては、もがくようにまた大剣が振り回される。
「この程度の神聖で――! この程度の神聖で私が滅ぶとでも――」
「思ってないさ!」
包丁を引き抜いては途端に吹き出す黒い液体。同時に落ちてきたパスの頭に、首なしの体が手を伸ばしては、それはだめだと邪魔するように再度踏み込んでいく。
すぐに思惑通りの反応を返してくるパス。とにかく当たればいいと振るわれた異常な太さの棍棒を弾いては、お前ならどうするんだとパスの足元へと返してやる。
「小癪なああ!」
棍棒の直撃に面白いぐらいに姿勢を崩してはパスの指先から遠ざかっていく頭。直後に悠々とその頭をつかみ取っては、終わりだと距離を取りながら、うるさい口を黙らせるように、今度は兜の隙間からのぞく鋭い眼光へと包丁を突き立てる。
そしてまた流し込む神聖――追いかけてくる首なしの体をキリボシが蹴り飛ばしたのを見て、ようやくと足を止めては、とうに限界だと大地に崩れ落ちる。
「大丈夫……ではなさそうかな」
「またお前のおかげで命拾いしたな」
「そうかな? むしろパスさんは二人なのになんで一緒に戦わないんだろうって、そう思ってたと思うよ?」
「確かにな……」
「でもおかげで少しはすっきりしたみたい?」
「ああ、そうか。トマトだったな……」
「もしかして理由を忘れてたの? なーんだ。心配して損しちゃった」
「おいおい……」
損ってことはないんじゃないか? そう思ったが、全身を苛む疲れからか、それが言葉になることはなかった。
「デュラハンかあ……食べられるところがあればいいんだけど……」
「デュラハンはイヤだ!」
私は思いっきり叫んで意識を失った。




