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六品目 生野草1

 鳥の(さえず)り、時間をかけてゆっくりと上昇する体温。差し込む日差しに顔をしかめ、私はここ数日でもう気にならなくなった森での朝をまた迎える。


「ふあ……あ」


 キリボシは――いないか。私はそっと立ち上がり、背中を預けていた木の根元から離れ、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。

 昨晩はあまり深く考えずに、水のようにワインを飲んでしまったが……そういえばと赤い塩にまみれた繊維質なハーピィのことを思い出して、私は思わず苦笑する。

 味は塩で誤魔化せたが、何を食べればそうなるのか。キリボシ曰く雑食ゆえの鼻につく臭さは結局最後までどうにもならなかった。


「味の次は匂いだな……」


 密かに目的を定めながら、(くすぶ)るたき火に枝を投げ入れる。体に焼かれるような衝撃が走ったのは、その直後だった。


「おっと、動くんじゃないぜ? こっちも好きで危害を加えているわけじゃないんでな」


 嘘つけ。そう思ったが、思うだけで声にならない。おかしい。それでもと辛うじて剣を引き抜くことだけには成功したが、それ以上に動けるイメージが湧かない。


「しかし煙を頼りに来てみれば……まさかこんなところでお前に会うとはな。レティシアでは随分(ずいぶん)と邪険に扱ってくれたなあ? アザレア」

「おい! そんなことよりも見てみろ! あいつエルフだぞ!」

「ああ?」


 ようやく木の裏から出てきたかと思えば、随分と遠くから姿を見せる二人組。剣士のシャビエルという男と魔法の扱いに秀でた――誰だったか。

 とにかくその顔には見覚えがあった。

 ただ名前は思い出せなかったが、思い出そうとしたおかげで分かったこともある。体に走った衝撃の正体、それは名前の出てこない男が得意とする魔法、雷だ。


「ず、ずいぶんと――」


 私は声を絞り出す。それと同時に喉に走る激痛。体の大部分は麻痺(まひ)しているというのに、それが痛みや熱といった感覚にまで行き届いていないのは、どうしてだろうか。

 単純に威力を抑えていたか、もしかすると身体変化の魔法とたまたま干渉し合ってそうなったのか。

 とにかくそれが偶然であろうとなかろうと、反抗の余地が残っているというのは喜ぶべきことだ。

 しかし間が悪い。せめて吸血鬼とやり合う前に現れてくれていれば、もっと選択肢にも幅を持たせられたものを。そう思いながらも、結局のところやることにそこまで変わりはないなと、すぐに割り切って時間を稼ぐことにする。


「ずいぶんと、そう、ずいぶんと好き勝手にやっているみたいだな。マルタ村の連中にも私と同じように雷撃を浴びせたのか? どうなんだ? レティシアいちの腰抜けパーティー、シガテラのお二人さん?」

「言っておくが好き勝手にやってるのは俺たちだけじゃないぜ? ドクガもハネカクシも、城塞都市(バルバラ)に向かった連中の中には、俺たちなんかよりも有名どころなのがごろごろいたぜ?」

「金級が聞いて呆れるな。まあレティシアの防衛に残った者たちは、初めからお前らのようなのは当てにしていなかったが」

「おかげで生き延びられた。それに偉そうなことを言っているが、お前も俺たちと大差ないだろう? ここに来るまでにいったい何人殺した? いったいどれだけ奪った? 煙を見たときは、どこの大馬鹿野郎かと思ったが……お前ほどの実力者なら歓迎するぜ?」

「しつこさは相変わらずか」


 私は鼻で笑う。


「お前らと違って私は奪ってもいなければ殺してもいない。まあ、野盗相手(あいて)ならそれも悪くないだろうがな」

「手を組む気はない、か。いいだろう。そこまで言うのなら仕方がない。実はバルバラに入るのに手形が必要なんだが――このご時世だ。手に入らなくて困ってたんだ。だがお前がいればどんな城門だろうとこじ開けられるだろうよ。俺たちの魔法のカギになってくれよ、アザレア。似合ってるぜ? その耳、その赤い髪」


 シャビエルから向けられる、全身を()め回すような不快な視線。それとは別に背中にも感じる嫌な視線。囲まれていること自体に驚きはないが、その数は予想よりも少しばかり多いかもしれない。

 ただその優位性がそうさせるのか、私がエルフであることがそうさせたのか、思惑通りに時間は稼げている。


「寝込みを襲わなかったことを後悔するんだな」

「おいおい、見くびるなよ? お前が寝るときにいつも防御魔法を張っているのは知ってるんだ。レティシアの冒険者の間じゃ有名だったぜ?」

臆病(おくびょう)ゆえの情報通か。寝る間を惜しんで、他人の寝起きを襲うのはお前らの勝手だが、それが原因で負けても後悔するなよ?」


 私はこれでもかと不敵に笑う。そうして首から上に視線を誘導したのち、それとなく指先を動かす。

 右手、左手。(しび)れはまだまだ残っているものの、鈍いなりに感覚がかなり戻ってきているのがすぐに分かる。


「冒険者はいつだって寝不足さ。それよりもアザレア、まさかお前がエルフだったとはな。今さらだが、なぜ魔法を使えるお前が剣にこだわっていたのか、その理由にも合点がいった。お前は使わないんじゃなくて迂闊(うかつ)に使えなかったんだ。魔力が枯渇(こかつ)するのが――幻影を維持できなくなるのが怖くてな。そうだろう? 誰よりも臆病なエルフちゃん?」

「その辺にしておけシャビエル。時間の無駄だ。それにどうもおかしい。近くで見てみないと分からないが、やはりたき火のそば、もう一人いたような――」


 まずい、と私は走り出す。否、走れるかどうかも分からずに勢いで踏み出し、走れたことに安堵する。

 キリボシが今どこにいるのかは分からないが、これだけの手練(てだ)れを相手に生き残れる保証はない。

 探しに行かれたが最後、相手が野盗ではどれだけ最善を尽くしたとしても、ハーピィの時のように運よくとはいかないだろう。

 それにしても男の口を塞ぐために仕方なかったとはいえ、目測でたかだか数秒の距離がやけに長く感じられてならない。


「下がってろ!」

「やはりもう一人どこかに――」


 目の前の慌てようを見れば不意を突くことには成功した、そう言えなくもない。ただ相手に構えるだけの余地を与えてしまったのでは、その意味も薄れてくる。

 それでもシャビエルに仲間を(かば)うという選択は押し付けられた。おかげで背中を気にしなければ、本来(ほんらい)多対一のところが、正面では一対一の実力勝負だ。

 正直()ける気はしない。だが相手も馬鹿じゃない。時間をかければ自分たちの有利がどこにあるのかを思い出すだろう。

 となると理想は一人につき一振り。キリボシの身の安全のためにも、主犯格であろうシャビエルとその後ろでキリボシの存在に言及する男だけは、確実に黙らせなければならない。


「アザレアァッ!」

「シャビエル!」

「アザレアさん?」


 これでもかと熱を帯びた場に水を差す呑気(のんき)な声。その場の誰もが思わずと目を向けたが、私だけはそうしなかった。


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