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三十品目 グリフォン3

「その通りなんじゃないか?」


 グリフォンに裏切られた、あるいはその可能性がある、そう虎は考えているのだろうが……こちらからしてみればそれがそっくりそのまま、目の前の虎と猪に当てはまることになる。

 その上で誰の言葉を信じるか、それこそ証拠などないが、そうなった時点で私の中でのキリボシの勝利は決まったようなものだった。


「嘘だ! 俺たちを煙に巻こうと――そうだ! お前らは、俺たちを騙そうとしているに違いない! お前らこそ魔王軍の手先なんじゃないのか!」

「私からすればお前ら、いや、今のお前のほうがそう見えるがな。大げさに声を荒げているのも、図星をつかれて焦っているからなんじゃないのか?」

「お前らがあらぬ疑いをかけるからだ! そもそも俺たちは今朝もグリフォンと共に、魔王軍と戦ってきたところなんだぞ!」

「もしそれが本当なら、さっさと帰って確かめることをオススメするが? 仮にも魔王軍ではないと言うのなら、間違いだったとしても無駄になることはないだろうしな。それこそ仲間の潔白を証明すると思えば、いい機会じゃないか」

「それは……そんなこと……仲間を疑うような……そうか! 分かったぞ! お前らはそうやって、俺たちに力では勝てないからって内側から分断しようと――」

「ドゥン、こいつらは俺たちよりも強い」


 猪は特にと強調するようにキリボシを一瞥しては、だからそれは違うと続ける。


「そもそもこいつらが魔王軍の関係者だったとして――少なくとも俺には勝てる未来が見えない。こいつらはイゴルと同じだよ、ドゥン」

「だからって好き勝手に言わせておいていいのかよ! こいつらは同胞を狩った挙句に、裏切り者だと、そう言ってるんだぞ!」

「可能性としては限りなくゼロに近いとしても、それをこの場で完全に否定することはできない。ただどうしても気になるというのなら、あとで確かめてみればいい。それができるのがグリフォンの味方である俺たちの強みだ。だから、ドゥン。余計なことは考えずに、目的を思い出せ。俺たちがここに何をしに来たのかをな」

「ベヘモス……そうか……そうだな。仲間を信じずに、くだらない言葉に惑わされるなんて――悪い。少し取り乱した」


 頭を振ってようやくと落ち着きを取り戻す虎。矛を収めるように踵を返していっては、自然とおりた沈黙を破るように猪のでかい頭が不意に下げられる。


「時間を取らせたな。それに随分と遠回りをした。悪いが、トマトとやらを食ったらさっさとこの地を離れてくれるとありがたい。お前たちが何者であれ、この地にいま以上の戦場は必要ないからな」

「イゴルに追い出された誰かとは違って寛大だな? その代わりといってはなんだが、念押ししておいてやる。グリフォンの裏切りが単独にしろ、種族を挙げてにしろ、背後には気を付けておくんだな」

「アザレアさん、グリフォンを狩ってきた僕が言うのもなんだけど……その、すごく悪人みたいだよ?」

「愛想を振りまいたところで悪は悪だ。相手から見ればな」

「僕からすれば、それぞれに理由があるだけだと思うけどね。イゴルさんだって消えちゃったけど、別に悪人かと言われたら、魔王軍だからそうなんじゃないかって……あれ? どうかした?」


 何も分かっていない様子のキリボシに集まる二頭の視線。どう収集つけたものかと頭をかいては、まあいずれ分かることかと、ややこしくなる前に口を開く。


「イゴルはもういない。確かめたければその目と足を使って確かめてくるといい。これ以上の言葉が必要か? 否、必要ないはずだ。だから私たちは、これ以上イゴルについては何を聞かれても答えはしない」

「もしかしてまずかった?」

「お前はこいつらのことを魔王軍ではないと思っているようだが、私はそうではないというだけだ。別に責めるつもりはない」

「お、教えてくれ! どうやってあのイゴルを――」

「答えないといったはずだ」

「お前はそうだが……そっちの奴は違うんだろ?」


 虎に期待の眼差しを向けられては、どうするべきかと視線を送ってくるキリボシ。すぐに面倒ごとは御免だと首を左右に振り返すと、そうだよねとそれに倣う。


「ドゥン、その辺にしておけ。イゴルのことが事実ならそれでよし、事実でないなら今までと何も変わらない。そうだろう?」

「だからって……こいつらの言っていることがもし嘘で、こいつらがもし魔王軍だったら――」

「魔王軍なのか? お前たちは」


 やれやれと仕方なさそうにキリボシを一瞥しては、答えはお前にと視線を流してくる猪。ただ同時に漏れ出た溜め息の大きさと深さに、集団を維持する大変さを垣間見たような気がしては、ふと脳裏に浮かんだアリアスの姿に妙な親近感がわく。


「違う。私たちは魔王軍でもなければ、その関係者でもない」

「だそうだ、ドゥン。納得いったか?」

「口ではなんとでも言えるだろ……」

「ならどうすればお前は納得するんだ? 正直、俺はもうさっさと帰って、グリフォン共を問い詰めたいところなんだが」

「お前――まさか、正気か? どう考えてもその場しのぎの嘘だろ! それを信じるだなんて、どうかしてる!」

「どうかしてるのはお前のほうだ。それにいつまでも勘違いしているようだから、はっきり言わせてもらうが……」


 猪はそこで一度言葉を切っては、どこか申し訳なさそうにしながら、私からキリボシへと順を追うように視線を向ける。


「まず俺はこいつらのことを信用していない。その上でこの地を納める主として、もたらされた情報を精査しない理由がないから、そうしているというだけだ。それが分からないお前ではないだろう。いや、以前のお前なら言わなくても分かっていたはずだ。だからこそいずれイゴルを倒した際には、またお前に主をと思っていたわけだが……自分すら見失っているようなら、それも考え直すほかないな」

「ベヘモス……お前……」

「悪いが、内輪もめならよそで――」

「ふざけるなよ! ここは俺の縄張りだ! それをお前は……取り上げるならイゴルと同じじゃないか!」

「イゴルが俺のところに現れていればな。それについては同情する。だがそれとこれとは、お前が主として適任かどうかは別の話だ。何より、他種族もまとめるとなると――」


 本当によそでやってくれないかな……見るに堪えないとそっと顔をそむけた先でキリボシと目が合っては、どちらからともなく苦笑する。


「ご飯にしよっか」

「そうだな。となると、トマトはどうする? まあ、あの猪が魔王軍、でなくとも敵でないという保証はどこにもないんだが」

「うーん、またイゴルさんのときみたいに爆発しないとも限らないし……」


 それに――と、キリボシは喧嘩する二頭をチラと見やっては、あんなところに採りに行きたくはないよと声を潜める。


「同感だな……」


 止まない喧騒に背を向けては、とりあえずお預けかと天を仰ぐ。まあ、急ぐ理由もないのだ。せめて一日、爆発しないのを確かめてからでも遅くはないだろう。

 それが間違いだったと気づいたのは、次の日の朝だった――。


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