二十八品目 王の実2
「ゼツボウシロ――」
巨人に押し込まれては反動で吹き飛ぶ大地。衝撃とともに舞い上がる土の奥へとキリボシの姿が消えては、その安否を気にするよりも早く、目の前のアンデッドに向けて思い切り踏み込んでいく。
そうして一息で距離を詰めては解放する神聖。しかしとろくに防御しようともせず、まるで受け入れるかのようなアンデッドの体を頭から縦に斬りつけては、同時に伝わってくる――まるで空を切ったかのような手ごたえのなさ。
本能的に身の危険を感じ、思わずとその場からの後退を余儀なくされては、反撃すらしてこないアンデッドに、さすがは王を名乗るだけはあると苦笑する。
「イッタロウ? ワタシハ、セイレイジュツシにシテ、レンキンジュツをキワメシ、クグツのイゴル。セイレイをトリコミ、アンデッドとシテのジャクテンをコクフクしたワタシニ、モハヤ、シンセイハ、ツウヨウシナイ」
「どうやら精霊に近いというのも本当のようだな……」
自分でいうのもなんだが、夜の吸血鬼を押し返し、弱っているとはいえドライアドには触れることすらできたのだ。それが通用しないとなると、もはや見た目こそアンデッドではあるものの、その中身はまったくの別物だと認めざるを得ない。
「キリボシ! 遊んでないでさっさと合流してこい! どうせ精霊の調理方法も知っているんだろう!」
「ムダダ、ワタシの操り人形ハ、トクベツセイ。セイレイをトリコミ、ムゲンノマリョクをテニイレタ、イワバ、サイキョウのヘイシニ、ニンゲンゴトキがカナウハズガナイ。ミロ、イマニモ、オマエのナカマがスリツブサレソウダゾ」
「必要ないな。そもそもあいつをただの人間として同じ枠に入れるのは、ほかの人間がかわいそうだ。それからまだわかっていないようだから教えてやる。お前の言葉を信じるなら、精霊を食べていい気になっているようだが……私たちも魔物なら腐るほど食べてきた。そしてお前も食べる。そうだろう? キリボシ」
「ハハハハハ! ゲンジツカラ、メをソムケルナラ、ソレデモイイダロウ! ナラバ――ヤレ! ゴーレム!」
直後にひときわ大きく揺れる大地。空気すら震わせる衝撃を背中に感じては、それからわずかな間を開けて横並びになったキリボシを見て、その場からアンデッドが一歩だけ後ずさりする。
「遅かったな」
「先に言っておくけど、精霊は食べられないよ? まず調理しようにも刃が通らないし、鍋をすり抜けるし。今のゴーレムみたいに受肉してれば別だけど。そういう意味でいえば、今のゴーレムを食べれば、精霊を食べたことにもなるのかな?」
「お前は私に土を食べさせる趣味でもあるのか?」
「冗談だよ。仮初とはいえ、活動しなくなった体に精霊が留まり続けるってのも変な話だし。ただそこからどこに行くのかさえ分かれば食べることも不可能ではないと思うんだけど……そこらへんはイゴルさんに聞いたほうが早いんじゃないかな」
「精霊に近い、あるいは精霊に分類されるような魔物に出くわすこと自体、そもそも珍しいからな。それこそ霊体のアンデッドが、そこに含まれるなんて言うやつもいるぐらいだ。私も純粋な精霊については魔力そのものだとか、それよりも更に奥深くの根源だとか、よくわからないことが多い。その点、仮にも肩書の一つとして精霊術師を名乗るぐらいの奴だ。もちろん教えてくれるよな? 傀儡のイゴル」
「フザケルナ、ダレガスキコノンデ、ジブンのヒミツをハナスモノカ。ソレニ、タカガ、ゴーレムをタオシタグライデ、イイキニナルナヨ。オマエラデハ、ワタシにフレルコトスラ、デキナイクセニ!」
「なんだ、意外と冷静じゃないか。これを機にお前のようなのを倒せるようになればと少し期待したが……確かに私にはお前に触れることもできない。だが、それがこいつにも当てはまるとは限らないだろう?」
「ナルホドナ。タシカニ、ニタイイチ、デハ、スコシメンドウカ……シカタナイ。アイツにタヨルノハ、シャクダガ――コイ! ショゴス!」
イゴルは両手を広げて叫ぶ。しかしと返される静寂。いつまでたっても、どれだけまっても動かない状況に、自然と横のキリボシと顔を見合わせては、同時にイゴルへと向けて歩き出す。
「ナゼコナイ! ショゴス!」
明らかに見て取れる動揺。それも余裕を気取っていたからこそ、余計に見るに堪えない、そう思えてしまうわけだが――イゴルを剣の射程に収めたところで一人足を止めては、そこからさらにとキリボシが一歩だけ距離を詰める。
「オ、オマエ――オマエハ、ドウミテモ、ニンゲンダ。ソコノ、エルフとチガッテ、ワズカなシンセイも、モチアワセテ、イナイハズ――」
「そうだね。ただ、本当に。今更だけど、アザレアさんに言われてカワマタさんのところまで引き返してよかったよ」
キリボシはそう言ってマルタ村で見た、意図せず吸血鬼と一戦交えた夜に目にした――私の神聖とは比べ物にならない――ユニコーンの手袋を手にはめては、イゴルへと向かって一度引き絞った拳を静かに突き出す。
それで終わり。断末魔も聞くことなくイゴルだった骨格がバラバラと地面に崩れ落ちては、その洗練された一連の動きに相変わらずだなと感嘆する。
「ただの突きだというのにな……」
「どうかした?」
「いや、お前が天使の翼を切り落とした時にも思ったが……なんというかな。無駄がないというか、息をのむというか、そういう目を引く美しさがあると思ってな」
「僕からしてみれば、アザレアさんの剣や魔法がそれだけどね。何なら教えてほしいぐらいだよ」
「そういえば練習相手として、これほどいい相手もいないというのに……お前とは手合わせしたことがなかったな?」
「え?」
隙あり――と、キリボシの間抜けな顔を横から斬りつけては、あろうことかその両手に挟まれて動けなくなる剣。いくら加減しているとはいえ、ありえない光景を目の前で見せられては思わずと苦笑が漏れる。
そして次の瞬間には面白くなってしまい――自然と剣から手を離させるように、また続きを要求するようにしては、キリボシの体を靴の裏で蹴り飛ばす。
「あたあっ」
「剣を封じたからといって油断するな?」
「前から思ってたけど、アザレアさんは剣を使うより、普通に殴ったり蹴ったりするほうが向いてるかもね」
「すぐにそうも言えなくなるさ――」
キリボシへと踏み込んでは繰り出す連撃。簡単にかわされては、その流れで半身になったのを利用するように、キリボシから返ってくる大振りの回し蹴り。そんなもの当たるかとその下をくぐっては切りつける足元。そうして初めこそ軽い気持ちで楽しんでいたものの、攻守が入れ替わるたびに徐々に加熱していっては、ついにとお互いの体を攻撃がかすめ始めたところで手合わせの域を超えそうになる。
「魔法を使うぞ」
「待った」
手のひらを見せるキリボシが大きく飛びのいては、それでようやくと気づかされる雨。またかとうんざりするような気持ちと火照った体で屋根を探し始めては、イゴルが残した黒装束を手に、葉のついていない木の下へと足を急がせる。
「アザレアさん」
キリボシがすぐに手を伸ばしてきては、説明不要と二人で広げる黒装束。青い実のことなど気にせず、無理やり木の枝にかけては、簡易的に作り出す屋根と雨をしのげるだけの空間。すぐにキリボシとともにその下へと潜りこんでは、立ち込めるお互いの熱に何をやっているんだかと、急に冷静になってくる。
「少し熱くなりすぎたな」
「たまになら悪くないけどね。でもお腹が減っちゃうのが難点かも」
キリボシはそう言って、そっと苦笑に似た笑みを浮かべる。
「なんだ、腹が減ったのか? それならちょうどお前の頭の上にあるじゃないか。青くて丸いのが」
「なんだっけ……そういえばこの実の名前を聞き忘れちゃったね」
「どうせろくでもないものだ。魔力をため込んでいるという話だったしな。もしかしたらこの辺に木が生えてないのも、動物がいないのも、これが原因だったりしてな」
「そうだね。可能性としてはありうると思うし、またここに来た時のためにも、根まで掘り起こすのは無理でも、切り倒すぐらいはしておいたほうがいいかもね」
「そうなると一つ問題があるよな?」
「うん。実はどうしよっか」
「精霊が宿ってなければ、ただの魔力の塊みたいなことを言っていたと思うが……」
「雨も長そうだし、せっかくだから食べてみる?」
自然と顔を見合わせては、二人して枝からもぎ取る青い実。そうして互いに一口目を譲り合っては、なぜか先に食べることになって嫌々ながら実を口に近づける。
「やっぱりやめた」
「僕も」
歯に触れる寸前で放り出してはすぐに続くキリボシ。しばらくして地面に投げ出された青い実が凄まじい爆発を起こしては、もっと遠くに投げろよ! と意味の分からない言い合いになる。やはり魔王軍の言葉は信用できない――。
ふと親切なサキュバスの顔が頭に浮かんでは、ほとんど残っていなかった罪悪感がようやくとキレイさっぱり消えていった。




