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五品目 吸血鬼塩

 月明かりを頼りに一度、村の中心地を目指す。そして近づくほどに強さを増す腐臭、次第に見えてくる村の全容。空腹に狂わされた者たちの末路に同情したわけではないが、その中に冒険者の姿を見つけては、少しだけ寄り道することにする。


「非情にもなれず、かといって村の救世主にもなれずか」


 首から下げられた金のプレートが物悲しい。どうやら野盗はかなりの手練れ揃いのようだ。得られた情報と交換にせめてと終止符を打っては、一か所に集まり始めたアンデッドを巻くように、教会へと走る。

 キリボシの言った通りだな……新旧入り混じっているが、そのうちに厄介なアンデッドが誕生しないとも限らない。この村で朝を迎えるのは諦めたほうが良いだろう。

 見えてきた教会に飛び込んでは後ろ手にアンデッドを締め出す。内部は天井近くのステンドグラスから差し込む月明かりのおかげで、十分な明るさを保っていた。


「おや、こんな時間に来客とは珍しい。はて、連絡係はハーピィと聞いていたが、どこで羽を落としてきた?」


 気が付くと頭で考えるよりも先に体が動いていた。そして自然と不遜な声の主を探しては彷徨う切っ先、いつまでも定まらない標的に違う、そうじゃないと自らを戒めては、すぐに散らかった状況の整理を始める。

 声あり、人影なし、気配なし。半端に明るいがために目に頼ってしまったが、未だにぼんやりとした位置すら掴めないとなると、その答えは自ずと限られてくる。

 闇に潜んでいるのなら屍霊の類、構造物(きょうかい)そのものに潜んでいるとするならば不定形な魔物の類だが……人の言語を操る以上、その知能の高さからして前者だろう。


「そう警戒するでない。何、連絡係を脅かすのが私の最近の趣味でな。いやはや、辺境を任された身で贅沢とは分かっているのだが――退屈がこれほどまでに苦痛だとは思わなかった。出来ればその物騒なのをさげて、二人でワインでも酌み交わさないか? その程度の時間はあるだろう?」

「悪いが遠慮させてもらう。レイスにワイト、レティシアではお前の仲間を散々斬ったからな」

「おいおい、そんな下等な者たちと私を一緒にしてほしくはないな。しかしレイスを斬ったと抜かしたか。レティシアの生き残りというからには、それなりに期待していいんだろうな?」


 なるほど、もはや十分に情報は得た。律儀に答える義理もない。こいつは屍霊の中でも王と呼ばれる夜の頂点、吸血鬼だ。


「答えずか……では仕方がないな。さようなら」


 沈黙を嫌う開戦の合図。扉を背にしているというのに背後から聞こえてきては、その手は食わないと冷静に闇の中の気配を探る。


「ほう? 微動だにしないか。見事、見事」


 どこだ……どこから来る。右か、左か――。


「上だよ」


 結局、背後か! 前方に飛び退き、振り向きざま放った一撃が完全に空を切ってから気づかされる、急激な影の広がり。まずいと正面の扉に手を伸ばすも、届くよりも先に周囲を闇が包んでは、本能的に逃げ場がないことを察する。


「終わりだ」


 飲まれる――そう終わりを確信した時にはもう、私は自らを解き放っていた。


「神聖魔法だと! ふざけるな! たかがエルフ風情がこの私を退けるだと!」


 自身を中心に全方位を照らし出す光、抵抗むなしく一点へと収束する影。闇の中から吸血鬼を引きずり出しては、形勢が逆転したかに思えたのも束の間――決着を前に頼みの綱である光の方が先に音を上げては、弱々しくも不安定になっていく。


「は、はは……ハハハハハハ! なるほど、なるほどな。そういうことか。なぜ一介のエルフがこれほどの神聖魔法を扱えるのか。人間に成りすましているのもそうなんだろう? しかし変装や幻影魔法を用いるのではなく、わざわざ身体変化などという燃費の悪い魔法を使わなければならないほどだとはな」


 吸血鬼はいやらしく笑う。そうだ――俺は知っている、お前の秘密を握っているぞ。そう他人の神経を逆撫でする下卑た笑みには、昔から見覚えがあった。


「エルダーなんだろう? それも半分だけ。ククク……血統第一という部分ではエルフも吸血鬼も変わりはしないが、どうしたって半端者は嫌われるものなあ?」

「私はそんな立派なものじゃない」

「いつもそうして自分を守っているのか? いやあ健気、健気。だがそんなお前にも一つだけ朗報だ。お前を爪弾きにした連中はことごとく砂の下に沈んだ。今やエルフは砂漠の小さな街で飼われるだけの希少種さ」

「魔王軍に攻め込まれたのは知っていたが……そうか。他に話しておくことはあるか?」

「もうネタがつきたのか? そうでないのなら、私をもっと楽しませろ。言っておくが主導権はこちらにある。自棄になったところで今のお前では私に太刀打ちできないことは理解しているな? 無論、逃がす気もない。さて、どうする?」


 生き残りたいのなら見世物になれ。ふざけた話だが、そういうことだろう。ただそうして生きながらえた先で繋がる結果はあるのだろうか。

 何より夜の吸血鬼が持つ不死性は、他の種族や魔物の持つそれに近い能力と比べても、夜という制約こそあれ一線を画している。加えて闇に溶け込み、影に形を変えられては、ただ触れることすら難しい。

 そんな無敵にも思える吸血鬼相手に勝つ望みがあるとするならば――それはやはりこの村で朝を迎えること、それ以外にないだろう。


「お前は知らないかもしれないが……教会は神聖な場所なんだ。お前のような薄汚れた吸血鬼がいていい場所じゃない。それにお前は一つ勘違いしている。神聖魔法は使用者の精神を表すとされているが――魔法の中にはその地理や地形に影響されるものもある。つまり教会ともなればいつもの二割増し、そうは思わないか?」

「フッ、ハハハハハ! いいぞ! もっと私を楽しませろ!」

「こっちは大真面目なんだがな。まあ勝つ算段は整った。そういうわけで朝まで粘らせてもらうことになるが……文句はないな?」

「そう死に急ぐなエルフ。退屈しのぎにワインの一杯ぐらい飲んでいけ。まさかこの期に及んで断りはしないだろう?」

「お前を倒したら勝手に飲むさ。悪いがここには塩を探しに来たんだ。もういいだろう。さっさと始めよう」

「そうか……」


 目に見えて残念そうにする吸血鬼。どこまで本当かは分からないが、少なくとも退屈の言葉に嘘はなかったのであろう。教会の内側を再び影が覆い始めては、いよいよかと深く息を吐いたのち、すぐに真新しい空気で肺を満たす。

 直後に波のように押し寄せる影、咄嗟に光で押し返すことに成功しては、不敵に笑う。


「思い込みってのはあながち馬鹿にできないな……!」

「ほざけ!」


 影が形を変えては再び光を飲み込もうとしたその瞬間――教会の扉が開いては、いつもは緊張感にかける男が、いつになく真剣な表情でそこに立っていた。


「動かないで!」


 来るな! そう叫ぼうとしてはキリボシに先手を取られる。そして何故か素直に従ってしまう自分。気づいた時にはもう、影はキリボシ目掛けて飛び込んでいた。


「くそっ……!」


 死なせてしまった。普段ならそんな自責の念に駆られることはない。ことはないのだが――咄嗟に足下に転がってきたワインを拾い上げては、とにかく今は少しでも不利な状況を良くしようと、走り出した勢いそのままに教会の窓を突き破る。

 せめてあいつの欲しがっていたワインぐらいは……。


「あ、あれ? アザレアさん?」

「え――?」


 聞き覚えのある声に思わず足が止まる。ありえない。ガラスまみれになりながらも恐る恐ると、外から教会の中を覗き込むと、そこにはドクドクと脈打つ心臓を手にしたキリボシと、胸にぽっかりと穴の開いた吸血鬼が立ち尽くしてた。


「な、なぜだ……お前のようなただの人間に、存在を捉えられるとは……そんなハズは……」

「ナイスだよ、アザレアさん。塩ゲットだね」

「え?」

「魔物や動物の血液から塩を作るのは、時間さえかければそう難しいことじゃない。でも雑食だとやっぱり匂いが気になるし、元が生ものだからかあんまり日持ちもしないんだよね」

「いや……お前ら……私の話を、聞け……」

「ああ、何で吸血鬼の影を捉えられるかって? 答えはこれ、ユニコーンの革手袋。吸血鬼を捕まえるには十分な神聖だよね」

「ユ、ユニコーン、だと……?」

「お前まさか食べたのか? いや待て、言うな。一生胸にしまっておけ」

「そう?」


 確かにユニコーンなら吸血鬼()()()と言えなくもない。ただユニコーンの味の感想なんてものを聞いた日には、辛うじて残されている神聖が愛想をつかして出て行ってしまうかもしれない。


「とにかく吸血鬼はその点、美食家だし、香りの良い液体(もの)を好んで摂取するからか、匂いもさほど気にならないし、暗所にいれておけばその特性からか、すごく長持ちするんだよね。何より夜に絞れば欲しいだけとれる」

「よ、よせ……やめてくれ……」

「いつもは一人だから大変なんだけど、アザレアさん手伝ってくれる?」

「ああ、こいつには随分と痛めつけられた。言葉でな。だからたっぷりとお礼をしてやらないと」

「頼む……やめてくれ……知っていることならなんでも話す。だから……」

「当然だ。さて、キリボシ。こいつをどうやって調理する?」

「そうだね。まずは逆さに吊るして絞れるだけ絞ってみようか」

「聞いてるだけでもう美味しくなさそうだな。だが賛成だ」


 私は上機嫌でワインの栓を抜いた。周りはアンデッドだらけだが、以前ほど夜が恐ろしくはない。そう思えた。


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