二十四品目 ドライアドの献身5
「だが苦い! しかしこの苦さがまたいい!」
私は勢い任せに熱弁する。確かにキリボシの言った通り、茹でたならまた違う風味と食感が楽しめたのであろうが……これはこれでいいと素直にそう思えてしまうだけの直感的なうま味と、それに伴う喜びがそこにはあった。
「キリボシ! もし森にまた帰ることが――いや、どうせ森に入ることもあるだろう。そうなったら毎日でもいい、蔓を食おう!」
「相当、気に入ったみたいだね。確かに食用に向いてる蔓は栄養価が高いものが多いし、おおむね賛成なんだけど……高すぎるっていうのも考え物だよね。食べ過ぎると逆に体調を崩す原因にもなったりするらしいし――」
「らしい? なら問題ないな。私とお前ならきっと大丈夫だ」
「そればっかりじゃなく肉も食べようね。それからキノコや果物、海のものもたまにはね」
キリボシは何事も偏りすぎないことが大事だと、苦笑に似た笑みを浮かべる。
「それに森に自生する蔓には毒があるのも少なくないし、何よりこんなに太いのは稀で、細身のものがほとんどだから、かかる手間に対して得られる可食部の量が見合わないなんてこともよくあることなんだよね。何よりそこから十分な栄養を得ようと思ったら朝から晩まで皮をむくことになるし、だからといって皮をむかないまま食べると口当たりが悪いというか、単純に硬いんだよね。むしろそこまでして食べるなら、蔓につく虫や実を食べたほうが手間も少なくていいし――」
「よくわかった。お前が意地でも、私に蔓を食べさせたくないということがな」
「あくまでも主食にはできないってことだよ。勘違いしてほしくないから言うけど、たまになら僕も大歓迎だからね?」
「その割には嫌なことばかり並べたてるんだな」
「事実だよ。僕もいつまで、こうしていられるかは分からないからね。せめてそれまでは元気でいてほしいって思うのは、わがままかな?」
「お前が先とは限らないだろう。何なら、お互いに今朝までの命かもしれないんだからな」
「それならこれが最後の食事ってことになるのかな」
キリボシはそれとなくアリアスを見る。
「そうだ。アリアスさんに美味しかったって、ありがとうって、そう伝えてくれる?」
「言われずとも」
元からそのつもりだと肩をすくめては、名残惜しいがと残った蔓を軽く平らげる。それから襟を正すようにその場に立ち上がっては、改めてとアリアスの名を呼ぶ。
「アリアス、これを逃したらもう言えないかもしれないから、言わせてくれ。ありがとう。もしかすると最後になるかもしれない食事が、ここまでいいものになったのも、偏にお前の献身あってこそだ。よく踏ん張ってくれた。それからこれは私だけでなく、キリボシも同じ気持ちだということを忘れないでほしい」
「いえ……そんなことは。私はドライアドとして当然のことを……それも多くの犠牲の上に……」
「そうだな。今はまだ自身の行いを誇ることは難しいかもしれないが……だからこそ言わせてくれ。今日という日を振り返った時に、少しでもいい一日だったと思うために。アリアス、ごちそうさま。美味かった」
「アザレアさん……キリボシさん……必ず……必ずまた、来てくださいね」
「ああ、その時はきっと野菜に飢えているときだ。森を食い尽くされないように、しっかり肥え太らせておけ?」
「はい……その時はアザレアさんのほうこそ、覚悟しておいてくださいね?」
アリアスに浮かぶ微笑。すぐに受けて立つと不敵な笑みを浮かべては、頃合いを見てチラとキリボシに視線を送る。
「さて、もう一仕事、いや二仕事か。夜明けまでにはまだ時間がある。食後の運動がてら、とりあえず掘れるだけ掘ってみるか」
「そうだね。準備運動だと思えばちょうどいいよ」
「いざ戦ってみたら、そっちのほうが長かったりしてな」
言いながら確かこの辺にと、記憶に新しいシャベルを探しては、あったあったと見つけたところでさっそくと手に取り、大地に突き立てる。そうして雑談のついでのように始まる穴掘り。すぐにアリアスが私も手伝いますと名乗りを上げては、断るのも悪い気がして、自然と意見を求めるようにキリボシの名を呼ぶ。
「アリアスには少しでも休んでいてもらいたいところだが……」
「僕らをおいて、アリアスさんだけが休むことはないだろうね」
「二人で掘って、アリアスにはそれを埋めてもらうか?」
「そうだね。もしかしたら何もやらないより、何かやってるほうがアリアスさんにとってもいいのかもしれないし」
決まったなと、アリアスに役割分担することを伝えては、掘りやすい場所を教えてくれるというのでそれもお願いすることにする。
「くれぐれも無理はするなよ?」
「アザレアさんのほうこそ辛くなったら言ってくださいね?」
アリアスは浮かべた微笑に余裕を滲ませる。どうやら調子が出てきたようだ。そしてそこからは早かった。
掘っては埋め、掘っては埋め――繰り返すほどに早くなる手際に、気が付くと大量の墓穴とともに、あれだけ転がっていた屍もほとんどなくなっていた。
「もう少しやりたいところだが……しかし夜明けだ」
手にしたシャベルを大地へと突き立てては、いよいよと引き抜く自らの剣。そのまま中腰で脇へと構えては、わずかに上げた視線の先で夜の最後を静かに見送る。入れ替わるように顔を出す朝――月明りとは違う明るさが夜空を端から侵食し始めては、ほぼ同時に手元めがけて収束していく魔力。
初めこそその膨大な魔力に振り回されながらも、落ち着いて横薙ぎに斬る、そこから更に進んで対象を周囲ごと削り取るイメージを構築しては、見計らったように標的の位置と姿が視界を覆うように流れ込んでくる。
川のそば、並んだ松明、リッチ、枯れ葉色の竜――。
「アリアス、お前の見た耳の長い人間はエルフという名前ではない。それは種族名だ」
そうして最後に外す枷。自らにかけた身体変化を解いては、ありったけの神聖を剣へとこめる。もはやこれ以上はない。この後はいらない――勢いよく前へと踏み込んでは地平線を剣でなぞる。一閃、衝撃とともに背後へと吹き飛ばされそうになる体をすかさずとキリボシに支えられては、不意に波打つ視界に赤が差す。
「アザレアさん――!」
「私はいい……! アリアス……魔王軍は……あいつらはどうなった……?」
血涙に鼻血と流しては、もはや体裁など気にしていられないとついた片膝。全身を襲う強烈な脱力感に意識までもっていかれそうになっては、自然と唇を噛む。
「誰もいません……誰も――」
そして落ちてくる巨大な竜。凄まじい音を立てて大地にめり込んだかと思うと、ボロボロのそれこそ枯れ葉そのもののような翼で滅茶苦茶に周囲の風を巻き上げたのち、今にも飛びかからんと前のめりになって見下ろしてくる。
「エルフだと! なぜエルフが――! アリアス!」
「キリボシさん……お願いです。逃げてください」
「近づいたら僕がやる。アザレアさん、アリアスさんを頼んだよ」
「小賢しい真似を! アリアス!」
「キリボシさん! お願いです! 逃げて!」
アリアスは気が動転しているのか、言葉が通じないことを忘れてキリボシ相手に叫び続ける。しかしとすでに戦う算段を立てているキリボシ。すれ違う二人の間で、せめてキリボシの手が届く範囲にまであの竜が近寄ってくれたなら――そう強く願っては、その兆しを見せるように巨大な竜が竜人族の中でも特に人間離れした見た目の蜥蜴の亜人へと姿を変えて、あろうことかゆっくりと近づいてくる。
「リザードマン……そんな、なんで竜に……嘘でしょ? 私たちは蜥蜴なんかに――」
「蜥蜴なんかに? ふざけるな! 俺は歴とした竜だぞ! それも魔王様直々に軍を預け、らっ――」
言いながら消える蜥蜴。どういうわけか掘った覚えはあるが、漏れなく埋めたはずの穴に落ちては、一瞬本当にどこに行ったのかと自分でも目を疑ってしまう。
「アリアスさん!」
間髪入れずにキリボシが叫んでは、直後に言葉の壁を越えて汲まれる意図。地面にぽっかりと開いた穴が横から押しつぶされるように口を閉じては、わずかに遅れて溶け始めた大地に、次から次へと土が覆いかぶさるようにして流れ込んでいく。
「私が終わらせる! 私が――!」
吹きあがる蒸気に悲鳴を上げる大地、そして一際大きな衝撃と共に隆起しては、出来上がる砂丘。完全に枯れた大地の上でふとアリアスが満足そうに笑っては、キリボシがさすがはドライアドと笑い返す。
「動物に掘り起こされるから……ここでは火葬が主流なんです。知ってました?」
ゆらりとその場で大きく揺れてはいい顔で崩れ落ちていくアリアス。咄嗟にキリボシと――そう名前も呼ぶよりも早く、飛び出したキリボシの背中を黙って見送っては、せめて邪魔だけはしないようにと息を殺して、私は大地へと倒れこんだ。
あいつ……アリアスに触れることもできないのに、一体どうするつもりなんだろうか。一度は差し向けようとしておきながら、無責任にも湧いた疑問を朝焼けに染まる空へと投げかけては、いつまでも返ってこない答えに小さくため息をつく。
それにしても文化の違いか……アリアスのやつ、後から掘り起こすつもりで蓋だけしていたのだろうが……いったいどこまで先を見ているのやら。未来志向の果てに残った大地を背に、届かないと分かっていながら正面の空へと手を伸ばす。
「未来か……」
キリボシほどではないが、少しは健康に気を使おう。そう思った。




