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二十四品目 ドライアドの献身4

「アンデッドには……なっていないようだな」

「何かいてくれるといいんだけど」


 注意ぶかく辺りを見回しては、一足先にと駆けていくキリボシ。その無邪気な背中を見送っては、何もいてくれるなと思う反面――キリボシと同様に裏切られることを期待しているのは、腹をすかせた生物としての摂理だろうか。不意にアリアスが無邪気な方ですねと呟いては、考えることは同じだなと苦笑する。


「彼はいつもああなのですか?」

「ああ、大体な」


 遅れてキリボシの後を追うように戦場跡へと踏み入れては、直後に鼻をつく微かな腐臭。この中から食料を探すのは至難の業だな……と、早々にキリボシに任せることにしては、いつものように役割分担だと燃えそうなものを集めることにする。

 そうしてかき分ける赤黒い大地。しかしと簡単に火を起こせた昼間とは打って変わって、目につくのは月明かりに煌めく貴金属や宝石類ばかり。仕方なくあまり気乗りはしないがと、山賊や野盗よろしく衣服をはぎ取ることまで真剣に考え始めては、見計らったようにアリアスからあのと、控えめな声がかかる。


「私にも何かお手伝いできることは……」


 言われてそういえばとアリアスには何も話していなかったことを思い出す。


「悪い。キリボシとの間で完結してしまっていた。とりあえず火を起こそうと思ってな。今はその燃料を探している」

「それなら私がすぐにでも――」

「魔力は使うなよ」


 もちろん分かっているだろうがと念押ししては、図星だったのか、ぽかんと口を開けたまま固まるアリアス。ただそれも一瞬のこと。何事もなかったかのようにその場で膝を折っては、当たり前のように物言わぬアラクネの衣服へと手をかける。


「おい」

「魔王軍に入るとこんなに上等な衣服まで支給されるんですね……敵になったとはいえ、かつては仲間だったものたちです。立場の違いはあれど、志は今も変わらないはず。この地のためとあれば、彼らも分かってくれるでしょう。だから……どうか遠慮せず、使ってやってください」


 アリアスは言いながら、率先して破く姿を見せつける。もはやそこまでされては断る理由もない。黙って追随しては、静寂に衣服を破る音だけが繰り返し響いていく。そうして灯される火。あとは食材を待つのみとなったところで、ちょうどと手ぶらのキリボシが帰ってくる。


「なんだ、珍しいな。お前が食い物を見つけられなかったのは、これが初めてじゃないか?」

「ネズミならいたんだけどね。ただバルバラでのことがあるし……食べるにしてもアザレアさんに聞いてからのほうがいいと思って」

「まあ、問題はないと思うが……」


 正直食べたくはない。前例がある以上、万が一ということもある。とはいえ選り好みできるような状況でもない。ただ夜明けまでにはまだ時間がある。もう少し探してみるか? そんなことを考えていると、アリアスがまた控えめな声を上げる。

 

「もしかして私にどうにかできることだったりはしませんか?」

「確かに。最初からお前に頼っていればよかったかもな。実は食材がネズミしか見つからなくて困っている。別にいないならいないで食べてもいいんだが……」

「むしろよく見つけられたほうですよ」


 アリアスは苦笑する。


「ここまで弱り切った大地で……そうですね。代わりと言ってはなんですが、これなんてどうですか?」


 アリアスは言いながら肘から先ほどの長さの――枝にしては太く、幹にしては細い――小ぶりな丸太を背中から取り出す。


「まさかとは思うが……いや、まず聞かせてくれ。それは食えるのか?」

「はい。実際に傷ついたアラクネやケンタウロスたちには食べさせました。栄養も宿った魔力もほかの木とは比べ物にならないと自負しています」

「自負? 妙な言い回しをするものだな。まさかそれが自分だとでも――」

「その通りです。これは私自身ですから」


 思わずと言葉を失う。非常時とはいえ、まさかドライアドが自らの身を切り売りするような真似までしているとは……集団を維持することの大変さを目の当たりにしては、規模に差はあれど、自然とキリボシのすごさが際立ってくる。


「キリボシ、悪いが少し感謝させてくれ」

「へ?」


 キリボシの見せる間の抜けた顔。途端に空気が緩んでしまっては、急に改まった自分が恥ずかしく思えてきて、結局なにを言うでもなく、ごまかすように頭をかく。


「アリアスが、ここでネズミを見つけたのはすごいことだとさ。それによければとドライアドの本体まで提供してくれるらしい」

「そうなの? でもアザレアさんはどうか知らないけど、僕は木を食べても消化できないし……」

「言っておくが私も出来る気はしない。だがお前のことだ、食べる方法はあるんだろう?」

「普通の木と変わらないなら、皮とそのすぐ内側が食べられるといえば食べられなくもないけど……新芽ならまだしも、古いだけの木はちょっとね」


 キリボシは聞こえていても分からないことをいいことに平然と言い放つ。いや、こいつはたとえそうでなくても同じことを言っただろう。


「お前というやつは……」


 咄嗟になんてひどいこと言うんだと心情的にはアリアスの味方につくも、同時に何らおかしなことを言っていないせいで、それ以上キリボシを責めることもできなくなってしまう。別にそれでいいではないか――そう開き直ったところで依然として気持ちが複雑なままなのは、それを言葉にして伝えるのが、アリアスに断りを入れるのが他ならぬ私だからだろう。


「あの……何かありましたか?」

「いや……キリボシがな……」

「遠慮せずに言ってください。私なら大丈夫です」

「そうか? なら言うが――実はキリボシが古木は嫌だと言ってな」

「古木……」


 あからさまに悲しそうにするアリアス。その罪悪感を刺激する姿に、すぐに自分でももっと言い方があっただろうと、遠慮するなという言葉を鵜呑みにした過去の自分を殴り飛ばしたくなる。


「いや、私たちは木を消化できないんだ。だから――」

「いいんです! 知らなかった私が悪いんですからっ!」

「それを言うなら、消化できないと知りながらもしかしたらと、答えを先延ばしにした私も――」

「大丈夫です! 大丈夫ですから……ああっ、木がだめなら、これなんてどうですか?」


 アリアスは言うが早いか、まるで脱衣でもするように、その身に巻き付いた(つる)を引きちぎり始める。


「おいっ、よせっ、アリアスっ」


 制止するも大丈夫の一点張りで手を止めようとしないアリアス。半ば自暴自棄にでもなっているのか、無防備にも肌を晒していっては、思わずとその手を掴む。


「え?」

「ドライアドに触れることができないのは神聖が足りないから……弱っているとはいえ、私に触れるだけのそれはあるみたいですね」


 驚いているところに差し出される蔓。それでも動けずにいるとアリアスがその華奢な手でもって、そっと夢ではないと教えてくるように蔓を握らせてくる。


「大丈夫。それは本当にただの蔓ですから。彼もきっと納得してくれるはずです」

「それは……」


 チラとキリボシを見ては、驚きながらもすでに意識の大半は蔓へと移っているのか、さっそくと差し出される手。それを拒む理由も特にないのでこれなら文句はないだろうと蔓を手渡しては、止める間もなくキリボシは鼻へと近づける。


「香りは悪くないね」


 真顔でそう告げるキリボシの脳天に思わずと手刀を振り下ろしては、見なくてもいいのにアリアスの反応をうかがってしまう。


「悪いなアリアス、こいつに悪気はないんだ。ただいい香りがすると言っていた」

「そ、そうですか……」


 補足したつもりが余計に恥ずかしそうに視線を彷徨わせるアリアス。一方でキリボシはというと――手刀で記憶でも飛んだのか、何事もなかったかのように鍋を取り出しては、もう蔓の皮をむき始めている。


「蔓は縦に皮をむいてゆでると美味しいんだよね。まあ、ゆでるほどの水がないから今回は炒めることになるんだけど」


 キリボシはそう言うと当たり前のように手伝えと弦を差し出してくる。それも私だけに留まらず、あろうことかアリアスにまで平然と蔓を差し出しては、結局アリアスも断り切れずに三人で皮をむくことになる。そうして流れる沈黙。アリアスはもう気にしていないようだが――そもそもほとんど衣服と変わらないものを提供させた上に、それをさらに自分で下処理させるというのは、いかがなものだろうか。

 いまさらながらキリボシを殴っておいたほうがいいような気がしてきては、拳を形作るところまでいったところで、もし気にしているのが自分一人だけだったらどうしようと、急に自信がなくなってくる。

 いや、でも殴るなら早いほうが……いや――そんなことを考えているうちに完成する蔓の炒め物。思えばキノコをのぞけば、マンドラゴラ以来の植物になるのだろうか。自然と高鳴る胸にいただきますと声を揃えては、先陣を切るように一口大に切り揃えられた香ばしい蔓の束を勢いよく口へと放り込む。


「美味い!」


 それは衝撃的なうまさだった。


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