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二十三品目 ケンタウロスとアラクネの炒め物

「アザレアさーん」


 偶然にも雲が出てきては徐々に落ち着き始めた気温。木陰から戦闘を見届けてはしばらくして踏み入れた戦場跡。駆け寄ってくるキリボシの声に顔を向けては、なぜか差し出された人の足ほどもあるトカゲのしっぽに要らないと断りをいれる。


「アラクネにケンタウロスがいたのは見えてたけど、まさか竜種までいたとはね。まあ、これだけしか痕跡は見つからなかったけど、なんの尻尾だろう?」

「飛んでるようなのがいたようには見えなかったからな。どうせ駆竜(ラプター)か、竜人族(リザードマン)の中でも地上よりのどれかだろう」

「ラプターかあ……竜種はどれも鱗が硬くて処理に時間がかかるし、かといってしなければ食べづらいし……」

「そもそも、そんな切れ端を食べようとするな。食べるなら、他にいくらでも新鮮なのがあるだろう」

「まあ、そうなんだけどね……」


 二人してそれとなく周囲を見回しては地面に転がる()()の多さに辟易する。初めこそ食料の一つでも持っていないものかと期待したものだが、今ではただひっくり返して確かめるのすら面倒になりつつある。


「そっちはしっぽ以外に何か見つからなかったのか?」

「まだ息があるケンタウロスを見つけたんだけどね。事情が聴けるかと思って声をかけてみたんだけど反応がないし、すぐに動かなくなっちゃったよ」

「なんだ、お前ケンタウロスと話ができるのか?」

「え? 全然できないけど。もし話せそうなら、アザレアさんを呼べばいいかなって」


 キリボシはそうあっけらかんと言う。


「お前な……メデューサ、ララも言っていたが魔法は万能じゃない。一言、二言の軽いやり取りならお互いの負担も少なくできるだろうが、それなら身振り手振りでも、相手に聞く気があるのなら時間をかければ伝わらないことはないだろう。それに魔法で会話をしたいのなら結局、言語の学習は避けられないしな」

「そうなの?」

「魔物の中にも稀だが、魔力だけで強引に思念を流し込んでくるやつがいるだろう? ああいうやり方もなくはないが……それで話をしたくなるのかと言われたら、ならないというやつのほうが多いだろうしな」

「あー、確かに。すごく上から目線で話しかけられることが多いかも。いや、多いっていうか、思えば全部そうだったかな?」

「そもそも話せたところで、相手に話す気がなければ何の意味もないしな。それでも話したいというのなら、相手を歩み寄らせるのではなく、自分から歩み寄るのが一番早い。そう意味でも言語の学習は、相手の背景や事情を知る入口に適していると言えるだろう。ただし――その言語を教えてくれる相手がいればの話だが」

「アザレアさんはもしかしなくても、ケンタウロスと話せたり?」

「無理だな。ただケンタウロスは話せる話せない以前に、たとえ話せたとしても仲良くできる相手ではない。あいつらは人も狩るしな。ただそれは人を特別扱いしているわけではなく、森を荒らす者すべてを敵と見なしているからだが」

「僕もここにいるときは何度も襲われたよ。それこそ昼夜問わずね。それで結局、すぐ別の場所に移動することになったんだけど」


 キリボシは苦笑する。その時にいったいどれだけのケンタウロスを食べることになったのやら……それは聞くまでもないことだが、それほどまでに森を大事にしてきたケンタウロスが、森の外でこうも争い合うというのはどういうことだろうか。


「キリボシ、この争いの原因に心当たりはないのか?」

「うーん、どうだろう。たぶん僕よりアザレアさんのほうが種族に関しては詳しいだろうし……」

「土地柄というのもある。食料や――そうだな。これだけの暑さだ。例えば山脈からの水を奪い合っているということはないのか?」

「可能性としてはあり得るだろうけど……この辺は確か雨も多かった気がするし……ここからなら、何なら川にも結構近かったと思うよ?」

「集団は二方向から現れたんだ。その川をどちらかが独占しているとかじゃないのか?」

「覚えてる限りではかなり長かったし、幅もあったから……それを独占するっていうのは、ちょっと現実的じゃないかもね」

「そうか」


 まあいくら考えたところで現時点では憶測の域を出ることはない。とりあえずと見繕ったケンタウロスを見下ろしては、少し早いがと、キリボシに食事を提案する。


「それならいいアラクネが確か……」


 キリボシはそう言いながら動かなくなったアラクネたちをひっくり返していく。そうしてまた駆け足で戻ってきたキリボシが両手に抱えていたのは、小さなアラクネだった。


「こんなのまで戦場に立たせるとはな。どちらかは分からないが、相当逼迫しているようだな」

「アラクネは成長する過程で何度か下半身の蜘蛛の部分が脱皮するんだけど、その度に皮が硬くなるんだよね。何なら鉄ぐらいには簡単になるし」

「私も初めてアラクネと戦った時には驚いたものさ。当時はまだ未熟だったとはいえ、まさか剣で切れないどころか、傷一つつけられないとは思わなかったからな」

「まっ、でかいのを食べない一番の理由は調理が面倒だからなんだけどね。手間をかけて皮を取り除いたところで食べられる部分は少ないし、だからといって手間をかけずに皮ごと食べるにしても、油で揚げるには軟らかい個体を厳選した上で、火が出るぐらいの温度が必要だし。そこまでしても結局硬いしで、食べるなら極論、皮が硬くなる前に食べるっていうのがたぶん正解なんだよね」


 そうして雲の奥に隠れては、いつの間にやら傾いていた日の光を横目に、いまさら気にする必要もないだろうと、堂々とその場で火を起こしては、調理を始めるキリボシを置いて、少し周りを見て回ることにする。


「剣に槍に弓に大槌……シャベルにクロスボウまであるのか。まるで武器の見本市だな」


 ただそれらを作るだけの技術がケンタウロスやアラクネにあるとは思えない。恐らくだがそのほとんどが他所から流れてきたものか、奪ったものなのだろうが……なんだこれと地面に転がるトゲ付きの人の頭ほどもある鉄球をそっと見下ろす。


「鎖……持ち手は木製か?」


 恐らく振り回して使うのだろうが、こんなものが本当に実践で使えるのだろうか? よくは分からないが、少しだけ興味がわく。もし戦うなら――いや、もし自分が扱うとするならば――そんなことを一人考えていると、完成を知らせるキリボシの声が不意に飛んでくる。


「今日はいつにもまして豪勢だな」

「ケンタウロスとアラクネの炒め物だよ。皮は無理に食べなくていいからね」


 駆け足で戻っては笑顔で出迎えてくれるキリボシ。すぐに皿を受け取ってはいただきますという声を合図に、カニみたいな匂いのする炒め物に手をつける。


「なんだ、思ったよりも味は悪くないな。塩がかかっているのもあるんだろうが、何なら少し前に食べたシンよりも海を感じるな」

「アラクネはほとんどカニだからね。アザレアさんと潜った海に沈んでたカルキノスと一緒だよ」


 いや、そう言われたところでそもそもカルキノスを食べたことがないから、比べようがないんだが……そう思いながらも、しっかり味わうこと数秒――さらに十秒、二十秒とたっては、いつまでも呑み込めずに、口の中に居座り続ける硬い存在をキリボシの目を盗むように、仕方なくと明後日の方向に吐き出す。

 そして気づかされるケンタウロスの存在。アラクネの陰に隠れて味も匂いも分からないまま飛んで行ったそれは、確かにケンタウロスの肉だった。


「硬っ!」

「気にせず、皮は出していいよ」

「いやケンタウロスがな!」

「あー……まあ、ケンタウロスって言っても、戦闘に出てくるような個体だし……ほら、人間でも冒険者と――例えば商人なら体つきは違うでしょ?」

「いやそれにしてもだな!」

「まあその……僕もアザレアさんに言われるまでは、アラクネだけ食べようと思ってたぐらいだから……」

「お前……いったいどこで気を使っているんだ」

「でも食べたそうだったし……」


 キリボシにそう言われては思わずとそれは違うと目を細める。


「私はケンタウロスを食べたいと思ったことなど一度もない。何ならアラクネもゴブリンもハーピィもラミア――は食べないといけなかったが、トレントもネズミもスライムも、マンドラゴラは――」

「わわ、分かったって。その、今度からは言うからっ」

「約束だぞ」

「約束するよ」

「なら何を約束したか言ってみろ」

「え? あ、その……ええと……」


 そうしてキリボシが見せたわずかな隙に、すかさずと差し込むようにしては、自分の皿からキリボシの皿へとケンタウロスを移し替えていく。


「硬いときは、教える? って、アザレアさんっ」


 好き嫌いはよくないよっ――そんなキリボシの声をどこ吹く風と受け流しては、私は残りのアラクネ、もといカニもどきを口の中へと押し込んだ。

 ああ……いつになったら私は野菜を食べられるんだろう? 奇しくもそれに答えを出したのは、その日の夜に何の前触れもなく現れた――森のすべてを知るとされる、憔悴しきったドライアドだった。


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