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二十二品目 余計なワーム

 踏みつけては再び立ち直ることことができないのではないかと思わせるほど弱り切った雑草。干上がったのか、点在するひび割れと共に、どれだけ上に伸びたところで膝にも届かないような緑を一面に眺めては、じりじりと肌を焼かれるような感覚に、辛うじて緑を残す木の下へと自然と日陰を求めて避難する。


「暑いな……」

「今朝までは寒かったのにね」

「まあ、それもあるんだろうが……」


 レティシアを出て以降、大森林が長かったのもあるだろうが、そもそも休む場所に困ったことなど一度もなかった。次に長かったであろうマリーナの近辺に関しては、海沿い特有の涼しさがあったために、そもそも日陰など必要としなかった。

 確かにキリボシの言う通り、道中が寒すぎたがゆえの反動というのも少なからずあるのだろうが、それにしてもと山脈を挟んだだけでこれほどまでに気候に差ができてしまっているのは、どうしてだろうか?

 二、三日もすれば体は慣れるだろうが、ところどころ見受けられる地面のひび割れからして、キリボシが野菜といえばで候補に挙げた場所にしては、やけに物悲しい。


「キリボシ、ここが本当にお前の言っていた平野部(アレッシア)なのか?」

「うん。一応アレッシアには入っているはずなんだけど……記憶通りならもう林か森の中でもおかしくないのに、どういうわけか、見当たらないんだよね」

「お前の記憶違いじゃないのか? もしくは自然に淘汰されたか……この暑さだ。ありえない話ではないと思うが――仮にそうだとするなら、あったはずの森がなんの痕跡も残さず消えているのは、少し気になるところだな」

「うーん……なくなっちゃったのかなあ? 前に来たときは六肢の人馬(ケンタウロス)が管理してて、ドライアドがいるぐらい豊かな場所だったんだけど……」

「ドライアドか。大森林にはさすがに劣るだろうが、それなりに広かったんだろう? それがすべてなくなるなんてことはないだろう。まだ来たばかりでろくに探せてもいないしな。諦めるには早すぎる。ただ問題はこの厳しい環境下でどれだけ食い繋げられるかだが……最悪、山に引き返すことを視野に入れるなら、探索できる範囲は限られるぞ」

「そうだね。これだけ見晴らしがよければ襲われることもなさそうだし、とりあえず涼しくなるまでは大人しくしてようか。となると――」


 キリボシは何かを思い立ったように木の周囲を見回す。そうしてひときわ影の濃い場所に膝をついては、ザクザクとナイフで地面を掘り返し始める。


「手伝うか?」

「うーん……」


 それにしてもと掘ってばかりだなと思わなくもないが――キリボシが答えを出すよりも早く、自分で掘った穴に手を突っ込んでは――どうやらその必要もなさそうだなと、ふと地平線を見やる。そして二か所に分かれて目に入るいくつもの影。すぐにそれぞれが集団を形成したかと思うと、双方入り混じるように衝突を始める。


「おい、キリボシ……」

「戦ってるみたいだね。片方は――いや、両方? あれ、なんで同族同士でやりあってるんだろう」

「そこまで見えるのか?」


 すごいなとキリボシに目を向けると、その手に握られている巨大なミミズ。頭を押さえられているものの、口を大きく開けて反抗する姿は――それが時には人すら飲み込んでしまう――ワームの幼体であることを一目で理解させる。


「アラクネにケンタウロスに……流石にここからじゃそれ以上はわからないね」

「それよりも今日の昼飯は決まったみたいだな?」

「でもこの調子じゃ、火は起こせそうにないけど……幼体とはいえ、何を食べてるか分からないワームの生食はちょっとね」

「よく見えなくても一方的なのは私にもわかる。なに、すぐに決着はつくさ」

「それならワームなんてやめて、アラクネかケンタウロスでも――」

「燃料を集めてくる。枯草ならいくらでもあるだろうしな。お前はうるさいそれを黙らしておけ」

「うん……」


 不服そうなキリボシをおいて、一人木陰を出る。直後に蘇る暑さ。刺すような光を全身に浴びては、途端に汗がにじんでくる。

 どうやら木陰で休息している間にも、また少し周囲の気温が上昇したらしい。


「これは……夜に動くことも考慮すべきかもな」


 少なくとも真昼間に動くべきではないだろう。手早く燃えそうなものを拾い集めては、木陰へと戻る。そして一応と遠く集団との間に木を挟んでは、起こしたそばから早速と火にかけられる鍋――キリボシによる調理が始まっては、いつものように少し離れて静かにその行く末を見守る。

 まずはとよく熱した鍋に一匹そのまま投入されるワーム。続けて垂れた木の枝から緑の葉を拝借しては、それも数枚を投入。頃合いをみて葉だけを鍋から引き上げ――ワームに中まで火が通っていることを簡単に確認しては、食べやすい大きさに切り分ける。盛り付けては仕上げに塩を少々、それでもう完成。


「いただきます」


 かじっては自然とうなずく想像通りの味。行程だけみれば焼いているだけに見えるが、この食感はまさに、熟練の技だ。


「いい塩加減だな。それにいい焼き加減だ。揚げているわけでもないのにこのサクサク感。さすがだと言わざるを得ないな」

「喜んでくれたのなら何よりだよ。これでしばらくは持つだろうし、食べるかどうかはとりあえずおいておいて、戦いが終わったら少し現場を見に行ってみない?」

「そうだな。ただ――」


 そう言ってはキリボシを横目に見る。


「葉っぱは少し余計だったかもな」

「あれ? そう?」

「これが何の木かは知らないが……香りをつけるにしても、ただ青臭いだけならその辺の草と変わらないしな」

「でも野菜って青臭くない?」

「お前……」


 思わずと開いた口が塞がらなくなる。キリボシ的には一応、私好みにしたつもりだったんだろうが……キリボシの野菜に対する認識の甘さにそっと頭を抱えては、目の端でついにと魔法まで飛び交い始めた戦いの行方をぼんやりと眺める。


「アラクネとケンタウロス、どっちが美味いんだ?」

「どうだろう。ケンタウロスは結局どこをとっても肉だから、食べる頻度を思えばアラクネのほうが――」

「どっちが美味いんだ?」

「どっちもおいしいと思うけど……」

「なら野菜で一番美味しいと思うのは?」

「全部おいしいとおもうけど……」

「そうか……前から思っていたが――お前には一度、何がおいしくて何がおいしくないのか、教える必要がありそうだな」

「でも全部おいしいのって得じゃない?」

「私が得じゃない。ちなみにこのワームは青臭くなくても、まあまあ不味い。ゴブリンやトレントに比べればはるかにマシだがな」

「そうなんだ……」


 キリボシはそうして美味しそうにワームを食う。こいつ……本当に分かっているんだろうか?


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