十九品目 セイレーンの境目6
「え? 魚でしょ?」
キリボシに言われてはまさかと、ほとんど勢いで口に運んだ二口目。今度は口に入れた瞬間、ほろほろと身が崩れては、ややたんぱくだが、完全に魚の味がする。
「悪い……どうやら私の勘違いだったようだ」
「あれ? おかしいな。ゴブリンみたいな味がするけど……」
そして図らずも食い違うキリボシとの感想。ゴブリンというのは言い過ぎではないかと思ったが、ララのセイレーンよという言葉に、思わずと耳を疑う。
「セイレーン……?」
「知らないの? 海にいくらでもいるけど……空飛ぶ人魚みたいなものよ。まあついてるのは、羽じゃなくて、ヒレだけど。カワマタと海であんたたちを探してるときに、襲ってきたから捕まえておいたのよ。美味しいでしょ?」
「いや、お前……」
頭を抱えそうになる気持ちを抑えては、隣のキリボシを見る。同じ疑問を抱いていた割に、もう気にならないと頬張る姿は、まあそうだろうなというだけでしかないが――まさかキリボシ以外に魔物を食わされるとは、予想だにしていなかった。
しかし考えてみればそうおかしな話でもない。ララは人間ではなくメデューサなのだ。見た目が人間に近いからと油断していたが、その食生活まで人間に近いなんていうのは、完全に先入観でしかない。
それにしてもセイレーンか……人と魚のちょうど境目を食べているようで、なんとも微妙な気分だが――その姿を思い浮かべさえしなければ、肉のほうは当然別として、魚のほうはララの言う通り、魔物にしてはそう悪くないのかもしれない。
ふと、カワマタはこれをどう思っているんだろうと気になって目を向けては、あからさまに逸らされる視線。見ればカワマタは皿こそ手にしたままだが、肝心の料理がまったく減っていない。
「カワマタは食べないのか?」
「私はその……あまりお腹が減っていないので……」
「カワマタはいつもこうなのよ。小食なのは分かるけど、人間はほら、私たちみたいに丈夫にできてないから、ずっと心配してるんだけど……」
「ララさん、私のことはお気になさらないでください。本当に大丈夫ですから。あ、そうだララさんっ、よかったら私の分も――」
カワマタはそう言いながら、ララに自分の皿を差し出す。まあそれが一般的な人間の反応だろうな……ただ――。
「アザレア?」
「アザレアさん?」
カワマタから皿を受け取ろうとするララの手を手で遮っては、カワマタをまっすぐに見る。
「これからも一緒にいるつもりなら、食べるべきだ。ララも人間だからと遠慮していると、長続きはしないぞ」
「そんな、そんなことあんたに――」
「カワマタ、覚悟があるなら示してみろ。それからララ、言っておくが、人間は魔物を食べたりしない」
「えっ? そうなの……? カワマタ?」
「え、あ、え、っと……」
ララと顔を見合わせては、先に逸らされるカワマタの視線。気まずい沈黙が場に流れては、ララがそうだったんだと、悲しそうな顔で静かに呟く。
「その……私は喜ぶと思って……ごめんなさい」
「い、いえ! ララさんが謝ることはありませんよ! 悪いのは言い出せなかった私なんですから!」
「そうだな。カワマタが悪い。今まで嘘をついて食べなかったんだからな」
「アザレア……いいのよ。悪いのは私なんだから」
「そうだな、お前も悪い。だがこれからも何かあるたびに、そうやって互いに自分が悪いと言い聞かせて、済ませるつもりか? それも優しさといえば聞こえもいいが……」
「アザレアさん! もうやめてください! 悪いのは私なんですから!」
「そうやって言葉の上で悪者になるのは簡単だ。だが、実際には歩み寄っているのはララのほうだけ。お前は一切歩み寄ろうともしていない。カワマタ、私は覚悟を示せと言ったよな? その安っぽい言葉がお前の答えか? ならばさっさと――」
「もういいから! 分かってるから……アザレア、ね? こうなったのも、何もかも、わたしが、私が人間じゃないから――」
自然と何かをこらえるように握られたララの拳。気のせいではなく、震えだしたララの声にカワマタが咄嗟に見せたのは、正に求めた覚悟そのものだった。
「か、カワマタっ?」
皿からセイレーンを一息ですべて口に押し込んでは、ろくに味わう間もなく力づくで飲み込んでしまうカワマタ。ふうと小さく息を吐いては、いい顔で笑う。
「ララさん、美味しいです」
「無理しすぎよ……ホント、そんなに急いでのどに詰まらせたらどうするの? でもありがとう」
「うっ――」
そして限界を超えたカワマタから飛び出てくるセイレーン。それを盛大に浴びて固まるララを前に、カワマタはすっきりした顔で笑いかける。
「ララさん……がんばってみたんですけど、やっぱり無理でした……だからその、明日からは私が食事の用意をしますね」
「か……カワマタァ!」
かわいい顔で怒りをあらわにするララに追い立てられては、波打ち際まで逃げていくカワマタ。互いの汚れを落とすように海水をかけてあっては、楽しそうに声を上げる。
「アザレアさんって、意外と世話焼きだよね」
「褒めるなら意外は余計だがな。しかしカワマタも厄介なのに懐かれたものだな」
「逆じゃない? 僕にはそう見えるけど」
「なんだ、お似合いじゃないか」
「ちょっとむかついてない?」
「ちょっとな」
「僕らも参戦する?」
「そうだな」
キリボシと顔を見合わせては、残ったセイレーンを一口で胃にしまいこむ。そうして二人で駆け出す砂浜――キリボシと私は、賑やかな波打ち際へと飛び込んだ。




