十九品目 セイレーンの境目4
そうなの? と間の抜けた声を上げるキリボシ。ただそれも一瞬のこと、そういうことかと勝手に納得しては、何でも聞いてよと両手を広げてみせる。
「キリボシさんが見覚えがあるといった目のことについてです。実はララさんのお姉さんのものでして……居場所に心当たりはありませんか」
「僕は魔物に間違われて襲われただけだから……」
「そうですか……もし差し支えなければ、その場所を教えてはもらえませんか」
「かなり前の話だからね。僕もずっと考えてはいたんだけど、たぶんマリーナがそうなんだよね」
「何? 私の記憶が正しければ、お前はマリーナの近くと言っていたはずだが?」
「それ以来マリーナには来てなかったから……カワマタさんに聞きたいんだけど、マリーナってここ数年で急激に広くなってたりしない?」
「マリーナの移住希望者の多さは、この辺りでは有名を通り越して異常でしたからね。おかげといっては何ですが、私の村も含めて付近の村までまとめて人口が増えましたし……正確なところは分かりませんが、その認識で合っていると思います」
「なるほどな。昔は森だったところが今は街中というわけか」
「そういう意味でも土地に縛られるってのが本当なら、もう会っててもおかしくはないはずなんだけど……」
言いながらキリボシはメデューサを見る。そうして自然と一か所に集まる視線。メデューサはなぜか答えたくないとそっぽを向く。
「ララさん、お二人なら大丈夫です。私が保証します」
「別に話さずとも反応を見れば分かるさ。メデューサが土地に縛られるというのはあながち嘘というわけでもないんだろう。ただそれがどの程度かは、知る由もないが……そこにいないからこそ、お前らもわざわざ探しているだろう? その姉を」
「私たちは別に土地に縛られてなんかないわ。ただあんたらとはそもそも生きてる時間が違うから……それだけ愛着も強いってだけよ」
「ならなおさら、元の居場所を離れるということは考えづらいんじゃないのか? それこそお前の心配をよそに、本人はマリーナでくつろいでいたりしてな。外見がおまえそっくりなら、人間として――いや、人間に紛れて生きていくのも不可能ではないだろうしな」
「それならなんで妹の私が、姉の位置を特定できないのよ」
「これは人間の理屈だが……お前を見るに、姉離れしてほしいんじゃないのか?」
「ホントに人間らしい考え方ね。でも姉さんが人間に寛容だったのは事実だし……」
そこでメデューサはキリボシを一瞥する。
「キリボシだっけ? 姉さんに会ったことがあるって言ってたけど、そいつが生きてるのもいい証拠よね」
「ならそのうち――」
「でも違う。それは断言できる。あんたが思ってるほど、私と姉さんの繋がりは浅いものじゃない。信じなくてもいいけど、目だって簡単に見つけられた」
「その簡単が今はできていないようだが? お前のほうこそ、その理由に心当たりはないのか?」
「それは……そんなの……」
メデューサは不意に顔を背ける。ここまで探して見つからないということは――実際にはわからないが、そんな最悪が頭をよぎったのかもしれない。
「うーん、やっぱり魔王軍なんじゃない?」
しかしと、キリボシはそんなこと関係ないとばかりに明るい声を上げる。
「話を聞く限り、お姉さんには少なからずこの土地に愛着があったみたいだし。無理やり動かされたって考えると、それがいかにも魔王軍って感じだし」
「それには同感だが――居場所が分からない理由についてはどう説明をつける?」
「それこそ単に遠いとか? あ、そっか。魔王軍なら魔法もたくさん使えるだろうし、隔離っていうのかな。ララさんの力? を阻害しようと思えば、できたりもするんじゃないかな。ほら、前にアザレアさんと海に潜ったときみたいに――その、空間を切り取る? みたいな感じで」
「キリボシはこう言っているが、どうなんだ?」
「魔法は万能じゃない。そんなことあんたにもわかってるでしょ? 仮にそんなことがあり得たとして……いったい誰がそんな無茶を維持するのよ」
「魔王軍にならいくらでもいるさ。それこそ使い捨てても有り余るほどにな。お前はずいぶんと長生きしているようだが、そんなことも忘れたのか?」
「魔王だなんて騒ぎ出したのは最近の話でしょ。別に私がそれを知らなくたって――」
「最近ね」
それでようやくとメデューサが見せていた、これまでの頑なな態度、否定的な言動に納得がいく。カワマタからある程度の世情は聞かされているだろうが……どうやら本当に生きる時間が私たちとは違うらしい。
「何よ」
「別に責めているわけじゃない。ただ諦めるにはまだ早い、そうは思わないか?」
「私は初めから諦めてなんてない!」
「元気は出てきたみたいだな?」
「うるさい!」
メデューサに睨まれては、思わずと苦笑を返す。本来の勢いが戻ってきたのはいいことなのだろうが、どこか長生きというわりに隠し切れない幼さを感じては、ふとした瞬間に彼女がメデューサであることを忘れそうになる。
「しかしアザレアさん。仮にそうだとして、いったい私たちはどうやってその居場所を突き止めれば……今や魔王軍がどれだけの土地を有しているのか、私には想像もつきませんよ」
「大丈夫、カワマタは何も心配しなくていい。ここからは私ひとりでも――」
「協力してほしいと言ったのはララさんのほうですよ? いまさらのけ者にしようったって、そうはいきませんよ」
「違う! カワマタが協力したいっていうから、仕方なく……それに私はあなたのことを思って――」
「危険なら承知の上です。それに今までだって……ララさん、私は別に理由なんてなんだっていいんです。このままあなたを一人で行かせるぐらいならね」
「何よ……あんたはそれで死んでもいいっていうの?」
「私の妻はもう戻ってこない。でもあなたは違うかもしれない。アザレアさんに助けられ、キリボシさんに助けられ、目的を果たした私にはいま、何もないんです。だからララさん。あなたに出会って私は救われたんです。何もない私に生きる意味と理由をくれたのはあなたなんです。だから――」
「分かったわよ……分かったから、少し離れて」
「あ、す、すみません……」
カワマタの熱量に押されては縦に首を振らされるメデューサ。心なしか耳が赤いような気がしないでもないが、それが朝日のせいだと、カワマタを冷たくあしらうメデューサは言いたげだ。
しかし魔王軍か……当てもなく姉の居場所を探すよりかはと、自然と頼りにするべきではないとわかっていながら、ロサの顔が頭に思い浮かぶ。
「アザレアさん。ララさんのお姉さんなんだけど……ロサさんなら案外、聞けば教えてくれたりしないかな?」
「おい」
そう迂闊に名前を出すもんじゃないとキリボシに目を向けたところで、もはや声にしてしまっては、取り返しようもない。




