十九品目 セイレーンの境目3
え? と再び顔を見合わせるカワマタとメデューサ。そうして一度は困惑の中に互いの正しさを忘れそうになるも、すぐにむっとしては、我先にと口を開く。
「悪いのはお二人じゃない!」
「でもこいつらは姉さんの目を……!」
「それは石化を解くためだとアザレアさんも――」
「だからって許せるものじゃない!」
「少なくともお二人は返そうとここまで――」
「それもホントかどうか――」
「魔王軍から取り返してくれたんですよ?」
「それだって……カワマタはどっちの味方なのよ!」
「アザレアさん!」
勝手に白熱しては、自然と蚊帳の外から眺めることになる言い合い。メデューサ相手によくそこまで我を通せるなとこちらもまた勝手にカワマタの胆力に感心していると、そこで振るかと、急に二人の視線が突き刺さる。
「アザレアさんは、ララさんのお姉さんの目を魔王軍のラミアから取り返してくれたんですよね! それで返そうと持ち歩いていた。そうですよね?」
「少し違うな。お前はラミアを魔王軍であると断定しているようだが、私はその配下であろうと言っただけだ。なぜそう思ったのかは――」
「やっぱり! ラミアなんて嘘なんでしょ!」
「ララさん! 少しは落ち着いて話を――」
「嘘ではない。私はそのラミアも食べた。知り合いかもしれなかった相手をな」
そう言うと少しだけ勢いを失うメデューサ。どうやら彼女に対しては、理論的に説明するよりかは、感情を交えて話したほうが効果的らしい。
「だから何だっていうの? 同情を引こうったって、私には関係ないんだけど?」
「そうだな。それもまた状況から可能性を推察したに過ぎない。だが一つだけはっきりしていることがある。ラミアは馬鹿じゃない。いくら力を持て余していたとしても、話し合いもなしにいきなりバルバラを攻めるような真似はしない。少なくとも私の知るラミアたちならな……」
「人間に常識を語られるなんて、そのラミアもかわいそうね? あんたら人間は何もやってないつもりかもしれないけど、どうせ何かやらかしてる。あんたはラミアと分かり合えた気でいるのかもしれないけど、その被害者面がもう分かり合えてない証拠だって分からないの?」
「私たちが加害者を仕立て上げていると? 確かに立場が変わればそういう見方もできるだろうな。だがラミアはそんな蛮族相手にも話し合いを持てるだけの器量を持っていた。私はお前もそうだと踏んでいるが?」
「何を言い出すかと思ったら……ご機嫌取りならカワマタで十分足りてるんだけど?」
メデューサはそこで隣のカワマタをチラと見ては不敵に笑う。続く命乞いならもっと上手くしたら? という彼女の言葉は、まさに勝利宣言そのものだった。
「一つ言い忘れていたが……ラミアはバルバラに単騎で突っ込んできた。実際のところ、その目の力を考えればそれが最も効率のいいやり方だということもわかる。だがその結果として私たちに敗れた。お前にはお前の思う人間像や確固たるラミア像があるようだが――そんな過ちや驕りが、果たして今の魔王軍以外にあるのか、私ははなはだ疑問でならないがな」
「だから魔王軍だっていうの? 自分に都合のいいようにものを考えすぎでしょ」
「ではなぜ、ラミアがお前の姉の目を持っていた?」
「それは――」
口を開いては固まるメデューサ。そうして考えてくれるのは喜ばしいことなのだが、それにしてもとやけに沈黙が長い。まあまだ一日は始まったばかりだしな……村に差し込んだ朝日にそっと目を細めては、不意にメデューサの視線が逸れる。
「あんたたちが嘘ついてるんでしょ」
「嘘? まさかとは思うが……お前は私たちがお前の姉をどうにかしたとでも思っているのか? それならお前がメデューサであることにいち早く気付いたキリボシが石化されているのもそうだが、私が抵抗しないのはどうしてだ?」
「それは……」
また黙り込むメデューサ。ただ今度はすかさずとその間を埋めるように、横のカワマタが大げさに手を挙げる。
「アザレアさん。ラミアが魔王軍であろうということは十分にわかりました。ただそれ以上に私たちが知りたいのは、ララさんのお姉さんの居場所です。心当たりはありませんか」
それなら――と、キリボシに一度目を向けては、相手の反応を待つ。そうして二言、三言、カワマタがメデューサを説得しては、ようやくと帰ってくるキリボシ。
「一応言っておくけど、もし逃げたり、ちょっとでも反抗しようものなら、今度こそ殺すから。それからカワマタや私に失礼なことを言っても殺す」
「ララさんっ、言ったと思いますが、お二人は私の恩人で――」
「だからってやっていいことと悪いことがある」
「肝に銘じておくさ」
「話はまとまったみたいだね?」
キリボシは笑う。そしてその場の全員が思わずと苦笑する。
「すみませんキリボシさん。実は一番聞きたいことはこれからでして……」




