十九品目 セイレーンの境目2
「なるほどな……」
最低でも人外、おそらく魔物であろうというところまでは予想がついていたが、まさかその正体が伝承上の化け物だったとは……どう考えても関係ないはずがないのに、どこか他人事のようにキリボシの石像を眺めては、それにしてもと抜け落ちたような危機感に少しだけ戸惑う。
そんな中、場に鳴り響く何かが破裂したような音。反射的にその方向へと身構えては、平手打ちしたのであろう――腕を振りぬいたカワマタと、それに驚きを隠せない様子のメデューサの表情が目に入る。
「なんで? カワマタ……?」
「こんなのは違う!」
感情的に声を荒げては身を打ち震わせるカワマタ。ただそうして浮かべた怒りとは裏腹に、その悲しげな表情には、明らかに見て取れる苦悩が入り混じっていた。
「事情を聴いてからと……事情を聴くだけだと……あれほど――!」
言いながらカワマタの頬を伝う一筋の線。零れた涙にどうしてとカワマタが固まっては、その顔にメデューサが恐るおそると華奢な手で触れる。
「ごめんなさい……」
「ララさん……僕は……くそッ!」
カワマタは突然また感情的になっては、勢い任せに自分の頬を自分で殴る。
「ちょっと、何やってんのよカワマタっ」
「ララさん。本当にすみません。私はあなたにとんでもないことを……それからアザレアさんも」
「いや? 私は別にお前らに何かされたわけでもないしな。謝るならキリボシにと言いたいところだが――この調子では夜が明けた程度では、目覚めそうにないな」
「ずいぶんと落ち着いているんですね……信頼というやつですか」
「私とこいつの立場が逆なら、みっともなく取り乱していたさ。まあそもそも、そんな時間があったようには見えなかったがな。それにこいつが言っていたことだ。メデューサの石化は制御できる。仮にできなかったとしても、こいつならそのうち起きるだろうよ。私はその時を気長に待てばいい――なんてな。私が驚かないのは、これを見るのが二度目だからだ。お前はそれが聞きたかったんだろう?」
「なるほど……やはり元冒険者ですね。それも金級のアザレアさん相手に、慣れない腹の探り合いを挑んだ私がバカでした」
カワマタは流石ですと、自嘲の笑みを浮かべる。
「キリボシさんを石にするつもりはありませんでしたが……アザレアさん。私が彼女と、ララさんと一緒にいる理由――もちろん聞いてくれますね?」
「まさかとは思うが、人質のつもりか? 別に話には見当がつくし、聞きたいことがあるというのならもちろん話すが……そういう態度で聞かれたのでは、嘘を言ってしまうかもしれないぞ?」
「その時はあんたも石になるだけよ。そうなりたくなかったら素直に話すことね。あんたたちがなんで、メデューサの目を持っていたのかを」
「なんだ、よく似ているという話だったから、てっきり姉妹のものかと思ったが」
「知った風な口ばかり……少しは自分の立場を理解したら?」
「ララさん!」
メデューサの目が妖しく光っては間に飛び込んでくるカワマタ。いわゆる間一髪というやつなのだろうが……今のところそこに緊張感はない。
そもそも相手の目的からして、私かキリボシ、どちらか一方が石化されないことは初めから分かっていたことだ。そしてカワマタたちは私を選んだ。それが偶然ということは――カリブディスのときの用意周到さからして――ないだろう。
ただ不確定要素としてのララという存在は気にかかる。それでもこちらの不興を買うとわかっていながら、キリボシを石化し、未だにそれを解かないあたり、そこまではいわゆる既定路線だったとしても、何らおかしくはない。
「やれやれ……」
早々に会えたこと自体は幸運だったが、相手も警戒しているのか、やけに回りくどく感じてならない。それもメデューサの目を持っていた都合上、対抗策があると思われているのなら仕方のないことなのかもしれないが……。
「時間の無駄だな」
「アザレアさん! ララさんをあまり刺激しないで――」
「その目はバルバラで手に入れた。魔王軍の配下であろうラミアからな」
「なにそれ、嘘にしても程度が低いって、自分でも思わない?」
「さあな。ただ気の毒なことに目が入れ替えられていたのは事実だ。そしてメデューサの目を持つラミアにバルバラが襲われ、多くの者が石化した。その場にたまたま居合わせた私とキリボシは、街の商人から依頼を受け、そのラミアを狩った。私も最初は魔眼か魔法の類だと思っていたが……」
そこで一度言葉を切っては、これ見よがしに横のキリボシを見る。
「キリボシが答えを出した。メデューサの目だとな。キリボシは一度その目を見たことがあるらしい。そして返そうと言い出したのもキリボシだ。マリーナに向かっていたのもそれが目的――カワマタも私たちがマリーナを目指していたのは、知っているはずだ。ただ手元に両目が揃っていなかったのは……ラミアに負わされた部分的な石化を解くために、やむなく私がその片方を食べたからだ」
大体の経緯を話し終えては、特にとメデューサの反応をうかがう。仮にこの答えが気に入らないものだった場合、最悪石化も覚悟しなければならないが……ふとカワマタとメデューサが顔を見合わせては、それぞれ毛色の違う表情を浮かべる。
「ララさん……!」
「カワマタ!」
「やっぱりお二人は悪くなかった!」
「こいつら姉さんの目を……ぶっ殺してやる!」




