十九品目 セイレーンの境目1
「カワマタァ!」
海辺に差し込む朝日、波打ち際に揺れる幸せそうな二人の影。キリボシと馬鹿みたいにはしゃいでは、私は思わずとその緩んだ表情に海水をかけていた。そして時刻はことの始まりである、夜明け前にまでさかのぼることになる。
「キリボシ」
「うん……野盗だろうね。それもかなりの数みたいだけど……」
ナディアへと向けて、丸一日かけて進んだ距離をまた丸一日かけて戻っては、とりあえずと踏み入れた砂浜。カワマタのところに行くのならと、速度が出そうな海路を選んだまではよかったのだが――船を求めて立ち寄った村はことごとく荒らしつくされた後であり、ようやくと見つけた村もどうやら、絶賛その最中らしい。
「どうする? 一方的に見えて、そうでもなさそうだし。事情も知らないまま突っ込んで場を荒らすよりかは、このまま静観するのも一つの手だとは思うけど」
「それで肝心の船に何かあったのでは、これまでの苦労が水の泡だ。どのような理由がそこにあろうとも、少なくとも女子供から力で奪おうというやつにろくな正義などありはしない。早々に切り伏せるに限る。その代金と言っては何だが、船を一隻ばかり貰っていくとしよう」
「なんだろう。筋は通っているのに、やってることは目の前の野盗と変わらないような気がするんだけど……」
「帳尻はあっている。何ならこれからのお前と私の働きようによっては、相手がこちらに比べて多く得するぐらいにはな」
「そうなったら食事でもご馳走してもらおうかな」
「それはいい。結局マリーナでも魚には縁がなかったからな」
「魚も肉のうちだと思うけどね」
「それは違う」
きっぱりと否定してはどちらからともなく暗闇の中を駆け出す。そうしていざ村を前に自然と二手に分かれては、躊躇なく海へと飛び込んでいくキリボシ。その背中をいつの間に脱いだんだと見送っては、抜身の刃を手に、乱暴に開け放たれた扉からとりあえずと手近な建物に足を踏み入れる。
「随分と好き勝手やっているようだな? 近くの村もお前らがやったのか?」
床に流れた血などまるで気にならないのか、灯した蝋燭の明かりを頼りに、その上を忙しなく動き回る二人組。こちらの声に抱えた物品をその場にまき散らしたかと思うと、直後に二人して問答無用と斬りかかってくる。
やれやれ……もはや弁解の余地はないと、二つの剣が描く二通りの線を一振りで軽くあしらっては、一瞬の火花の中に見るお粗末な光景。室内かつ二人同時という状況で躊躇なく振るって見せたその大胆さと、繊細さに似合わず、手入れを怠っていたのか――ぶつかった拍子に真っ二つになった剣の奥で、そのまま半円を描いたこちらの刃が、不意に二人の腕と胴体を見事なまでに切り裂いていく。
「ああ……?」
「冗談きついぜ……」
最後にふとした笑みを浮かべては倒れていく二人。それが自嘲からくるものなのか、それとも自らの運命を受け入れられずに浮かべた困惑なのかはわからないが、とりあえずとそれで騒がしい村はいくらか静かになる。
「それにしても……」
少し切れ過ぎじゃないかと思わなくもないが、反対に切れないよりはいいかと、すぐに考えるのをやめてその場を後にする。そこからはただの繰り返し、相手がよからぬ連中であればこそだが、ほとんど流れ作業そのものだった。
そうして村の中央に辿り着いては、見計らったような朝焼けに浮かぶ三人の影。キリボシにカワマタ、そして見知らぬ一人の女性。それぞれ別方向からやってきては、自然と二対二の二組に分かれる。
「アザレアさん! キリボシさん!」
突然の再開に驚きながらも、喜びを隠しきれない様子のカワマタ。どちらかというと探していた手前、こちらのほうがそうあるべきなのだろうが――カワマタのそのあまりの感情の爆発具合に押されては、キリボシと二人、ここからどう話を切り出したものかと苦笑に似た笑みを浮かべる。
「元気そうだな、カワマタ。あれから海のほうはどうだ?」
「そんな――そんなことどうだっていいんですよ! 私はてっきりお二人とももう……本当によかった!」
「どうでもいいか……」
キリボシと顔を見合わせては今度こそ苦笑する。カワマタは知らなくて当然だが、結果的には命をかけるところまでいったわけで……それはそれでどうなんだと思わなくもないが、今はただ目の前の心配を素直に受け止めることにする。
「まあ、お前がいいならそれでいいがな。それで? お前はこんなところで何をしているんだ? まさかとは思うが、野盗の一人だとか言い出さないよな?」
「失礼な奴……」
そこでカワマタの隣で黙っていた女性が、不意に敵意むき出しの声を上げる。
「ちょっ、ララさんっ」
「カワマタがここで何をしてるかって? そんなの海に落ちた間抜けなあなたたちを探してたに決まってるじゃない。運よく助かったみたいだけど、こんな奴らならそのまま海の藻屑になってればよかったのに」
「ララさん! すみませんアザレアさん、キリボシさん……彼女はちょっとその、他人を必要以上に警戒する癖がありまして」
警戒? とそもそもカワマタの言葉選びに引っかかる部分もあるが、まずもってきつい物言いをしたララという女性からして、少なくとも嘘は言っていないんだろうなということは、その不快感丸出しの顔を見れば簡単にわかる。
だが前提としてこちらが事情を知る由もなかったことぐらいは、彼女も少し考えればわかるはずで……チラと横を見ては、わかりやすい可能性に行き当たる。
「カワマタ、一つ聞きたいことがあるんだが……ララさんと言ったか。私たちとは初対面だよな?」
「だと思いますが……」
「自分の記憶に自信がないからって、勝手に顔見知りにしないでくれる? ホント、これだから人間は……」
「キリボシ、彼女はああ言っているが、お前のほうも見覚えは――いや、まて。人間……?」
噛みしめるように言葉にしては、それでようやくと答えが出る。白い髪、野生的な犬歯、赤い目。そのどれか一つだけならばまだしも、三つ揃うとなると、それはもう人間離れしているという言葉だけでは片づけられない領域だ。
そしてそのどれもを持っていたとしても違和感のない存在、それは――。
「なんだ、よく見たらそっくりだね。でも目があるし……もしかして姉妹とか?」
そう何でもなさそうにキリボシが彼女に笑いかけたその瞬間――彼女の引きつったような笑い声が聞こえてきては、キリボシが私の目の前で石化した。




