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十六品目 オルトロスの美味いところ1

「くそ……まさかここまで融通が利かないとはな」

「相手が魔王軍なら協力できると思うんだけどね。やっぱり手ぶらだったのがいけなかったのかなあ?」


 厳つい門番に睨みを利かされては、港湾都市(マリーナ)を目前に渋々と踵を返す。そうしてまた紛れることになるまばらな集団。例にもれず足踏みを余儀なくされた者たちを目の端に見送っては、目についた一枚の看板を前に、未練がましく足を止める。


「工事中につき、一時的に人の出入りを制限しています――ね。本音は有事に備えて、戦力の流出を避けたいだけだろうに」

「うーん、それなら僕らが入れなかった理由は何だろうね。いま思えばもと冒険者ってところに過剰に反応してたような気もするし、もしかするとその辺に理由があるのかな? それに陸からはだめで、海からは大丈夫な理由も結局よくわからないままだし」

「冒険者に個人的な恨みでもあるんだろう。レティシア崩壊後に、私たちと同じようにバルバラを目指したやつもいれば、マリーナを目指したやつもいるだろうからな……マルタ村を襲った連中よろしく、マリーナでも無茶をやったやつがいるんだろう。はた迷惑な話だが、想像に難くはないしな。未だに海からは入れる理由もそこに――」


 ふと、響いた衝撃にマリーナへと目を向けては、今まさにと剥落していく壁の一部。その記憶と一致しない別人のような姿はさておき、どうやら壁の補強には難航しているようだ。


「陸から流れてくるのは厄介者。海からやってくるのは、少なくとも船を持っている以上、境遇を同じくする人。距離感でいえば近所の人だったり、感覚的には知り合いか身内――そんな感じなのかな。でも冒険者がそう思わせちゃったのだとしたら、今の対応も仕方がないのかもね」

「半分はな。もう半分はこの近辺に現れたという、魔王軍にも原因があるだろうが……しかしこんな対応をいつまでも続けていたのでは、街は疲弊する一方だろうに。いや、そこに住む人もか。モノだけは海から入ってきているのかもしれないが――」


 またか、と。空気を揺らす二度目の衝撃。半ば呆れながらも目を向けては、続く三度目の衝撃と共に、マリーナの壁が盛大に内側へと吹き飛ぶ。


「キリボシ!」


 走り出しては、一足先にと壁の向こうへと消えていく蛇の頭を追う。これでは何のための壁かわからない――そんな風に存在意義を疑いたくもなるが、その崩れた姿が妙に不憫に映るのは、立ち尽くし、見送るしかない門番たちの背中がやけに頼りないからだろう。


「蛇のしっぽ……顔は見えなかったけど、たぶん双頭の犬(オルトロス)だね。一応聞くけど、アザレアさんはこれからどうするつもり?」

「むろん追いかけて斬る。マリーナに入るにはちょうどいい口実だろう?」

「うん。僕らの他にも何人かはそのことに気付いてるみたいだね。腕に自信があるならいい機会だし――たまには誰かと競ってみるのも悪くはないかもね」

「やけに乗り気だな?」

「オルトロスは一頭で二度おいしいからね」

「そんなことだろうと思った」

「まっ、ここは僕に任せてよ。アザレアさんには剣がないし――」

「心配するな。剣ならある」


 そう言ってすれ違いざま引き抜いていく、厳つい門番の剣。そのままオルトロスが壁にあけた道を通っては、緊急事態だと門番の制止を無視して街の境界線を越える。そして思い出す、マリーナの美しい街並み。一方でオルトロスが刻んだ傷跡も生々しいが、すぐに気を取り直しては瓦礫を避けて先回りするように街中に入る。


「アザレアさん! あれ!」


 キリボシの声にその視線が向かう先を目で追っては、壁の上に見つけるいくつかの人の群れ。キリボシの言葉を借りるならその者たちも競争相手に違いないだろうが、どうやら現在進行形で競っているのは、外の連中だけではないらしい。

 直線距離ならこちらが近い……だがマリーナの道は入り組んでいる上に、道にも詳しくないとなれば、まっすぐ進んでいるつもりでも、それが最短かまではわからない。加えてあの足の速さは魔法の介在をいやでも意識させる。それでも問答無用で踏み入った都合上、結果は伴わなければならない。ならば――。


「キリボシ! 肩を借りるぞ!」


 言うが早いか飛び上がっては踏みつけるキリボシの肩。そのまま更に飛び上がっては、建物の屋根へと駆け上がる。そうして見据えるオルトロスの双頭。これで邪魔な障害物もなくなったと最短距離をかけ始めては、地上のキリボシとはいったん二手に分かれることにする。

 だがしかしと、こちらの動きを見てか、壁の上から次々に街へと飛び降りる集団。もはや疑う余地もない魔法による加速まで重ねられては、そこまでは出来ないと出し惜しみするこちらを横目に、紙一重の差でオルトロスへと先を越される。


「やれやれ……」


 戦う前からそんなに魔力を消費していいのか? と少し呆れながらも、ここまで本気を見せられたのでは、おとなしく眺めるほかない。


「アザレアさん」


 わずかに遅れては顔を見せるキリボシ。屋根の上からそっと手を貸しては、どちらからともなく一段と高い場所を目指して移動し、最終的には教会の上という特等席から、やや覚束ない戦闘を見下ろす。


「なんだ、急いで来たわりには大したことない連中だな」

「もしかしなくても自分と比べてるなら、それはあの人たちがかわいそうだよ」

「ああも魔法に頼り切った戦い方を見ているとついな。あくまでも魔法は一時的なものに過ぎない。それを常用していると、さも自分の実力が上がったように勘違いする。あいつらはそれで身を滅ぼす典型だな」

「強さのわりに中身が伴ってないね。ただ鍛錬を怠ったからそうなったのか、経験がまだ浅いからそうなのかは分からないけど――本来あるべき技術や度胸が備わっていないのは確かだね」

「まあ、だからといってオルトロス程度で死にはしないだろうが……」


 戦闘が長引くほどに壊れていくマリーナの景観。それもオルトロスが一方的に破壊しているのではなく、応戦する連中も()()()()それに加担している。


「おいそこの二人組! 不敬だぞ! 神聖な教会の上で! 降りてこーい!」


 ふと足元からの声に目を向けては、取り乱した様子でこちらを見上げる聖職者の一団。近くに見えるオルトロス相手に剣を構えている者も中にはいるが、その一挙手一投足に右往左往するばかりで、参戦しようという気はさらさらないらしい。

 ただ彼らの及び腰を見ればそれも英断だと理解できる。しかし見せかけに命を懸けるか……明らかに戦闘要員ではない者にまで無理やり剣を握らせているところを見るに、この教会がひどく面子にこだわっているということだけはすぐにわかる。


「どうする? アザレアさん」

「さてな……まあ、守ってやるとでもいえば納得するんじゃないか?」

「うーん、あんまり気は乗らないけど、アザレアさんがそう言うなら……おーい! 守ってあげるって!」


 キリボシのそのどこか他人事のような言い方に相当イヤなんだなと苦笑しては、返ってくる怒号。もはや何を言っているのか分からないほど怒りをあらわにする男をよそに、その周りの反応は、至って冷静にまんざらでもないと伝えてきている。


「あいつは見捨てたほうが世のためだな」

「先に守ろうって言いだしたのはアザレアさんだからね?」

「言ったのはお前だろう?」


 顔を見合わせては無言で押し付けあう役目。結果が出る前に戦闘を終えたオルトロスが教会の横腹に突っ込んできては、一時休戦だと二人して屋根から飛び降りる。


「教会などいくらでも建てられる……あ、おい! 逃げるな! くそ――あ、お前ら! いまさら降りてきたところで力は借りないからな!」

「なら任せた」


 そう言うと顔を真っ赤にして当てが外れたと逃げていく男。一方で震えながらも、未だにその場に残って戦おうという意思を示す勇敢な者たちの前に進み出ては、キリボシと二人で崩れていく教会とそれを突き崩す巨体を見上げる。


「オルトロスはどう調理するんだ?」

「大事なのは鮮度だよ」

「いま面倒くさいと思っただろ」


 キリボシを横目に見ては当たりと浮かぶ苦笑。正面に迫るオルトロスから振り下ろされる前足を剣で受け流しては、続く双頭による左右からの牙をその場で一回転して弾き返す。それと同時に粉々になる剣――引き換えに守り抜いた視界から、オルトロスの腹の下で拳を振り上げるキリボシを眺めては、直後に走る衝撃に目の前の巨体が打ち震える。


「おめでとう。これでお前も金級だ」


 倒れていくオルトロスを見送っては、キリボシに冗談めかして笑いかける。


「ここだと余計に刺激するだけで、逆効果になりそうだけど……ともかく街には入れたことだし、今までは食べてなかったけど、今回は内臓も頭も余すとこなく食べられるといいね」

「私は肉より魚派だがな」

「今後のためにもいい鍋といいナイフが手に入るといいんだけど……」

「心配するな。カワマタからの前金がある。まずは真珠を買い取ってくれる場所を探して――」

「逮捕ー!」


 そして私とキリボシは、忘れたころに現れた厳つい門番たちに逮捕された。


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