四十三品目 ベルゼブブ4
「え? あー……」
キリボシは遠い目をする。
「それを餌に食料を調達するわけだ? でもそれって食料を得るために食料を調達するっていう、よく分からないことになると思うんだけど、帝都はいいとして、外の人がやってくれるかな?」
「そこは帝国の腕の見せ所だな。まあ重要なのはその過程で出来上がる流れのほうだ。上手くいけば食料は一度帝都に集約されて外へと供給されるようになる。つまり食料は帝都から手に入れるものになる。そうなれば誰も断れはしないさ」
「外に流した分、内に入ってくるってことなのかな。最初に余るぐらい流して……あとから供給量を絞れば、そうなるよう人と食料を導くのは難しくなさそうだね」
キリボシは何なら僕にも出来そうと苦笑する。それを見て私も苦笑した。
確かに手順さえ間違えなければそれは誰にでもできるだろう。
ただ重要なのはそのあと。流れを作るのは簡単だとしても、その流れを維持するというのは簡単ではない。
求められる能力が違うというのもそうだが、帝都がやろうとしている対症療法的な立ち回りには、ローランドという脅威がある限り、終わりがないからだ。
まあアシッドスライムがダメだと分かった以上、帝国はそれでも上手くやるしかないのだが。
「でもバレたときには、それこそローランド? って人がまた現れるよりも早く、帝都がなくなっちゃうかもね」
「バレないさ。そもそもアシッドスライムは、帝国の優秀な研究者をして人体に影響がないと言わしめたほどだ。仮に腹を開かれたとしても、症状との因果関係までは証明できないだろう。要するに噂の域を出ないのなら否定してしまえばそれで済む。まあ不信感が募れば飯も喉を通らなくなるだろうが」
「そうなったら帝都はなくならなくても、人はかなり減りそうだね。いや、そうなるまでにどうにかできなかったら、結局アシッドスライムを食べることになって、帝国はそれで終わりかもね」
「まあそれもこれもローランド次第なわけだが……お前はどちらが早いと思う?」
そう聞くとキリボシは腕を組んでうなりだす。ただそうしてみたところで答えは出なかったのか。
次第に深くうなりだしたところで、分からないなら分からないでいいんだがなと質問を変えることにする。
「キリボシ、私たちはあと何日、いや、何度アシッドスライムに耐えられる?」
「いつまで耐えられるかって言われると、保証はできないからはっきりとは言えないかな。でも二、三日でどうこうってことはないと思うよ」
「それは十日は厳しいということか?」
「それにいいえって言っちゃうとアザレアさんは十日はアシッドスライムを食べ続けそうだから、答えはうんかな」
キリボシは微妙そうな顔をする。その分かりやすい葛藤を見るに、どうやら食べてほしくはないが、それでも十日は大丈夫ということらしい。
その十日というのが長いのか短いのかは正直わからないが、とりあえずそれだけあれば魔法もそれなりに学べるだろう。
ただロサの言っていた近いうちに帝国がまた襲われるというのが、いつなのか分からない以上、楽観はできないのだが。
「一応聞いておくが、お前基準じゃないだろうな?」
「僕ならその倍は大丈夫だよ。なんて言っちゃうとアザレアさんが張り合いそうだから、そんなことは言わないけどね」
「安心しろ。私ならそのさらに倍は大丈夫だ」
「せめて五日にしない?」
「心配するな。それまでには門が開く。帝都の人間にはその五日が命取りになりかねないからな。そうなればアシッドスライムは卒業というわけだ」
「ならいいんだけどね」
キリボシは笑う。
「そういえばアザレアさんのほうはどうだった? 僕もそのうち顔をだすつもりだけど、学院は楽しい?」
「なんだ、今日もまたヒイラギに呼ばれてるのか?」
「それもあるけど、その代わりにってお願いしたらアシッドスライムの加工場を見せてくれることになってね」
「そういうことか。取引が上手くなったな?」
「ごめん、いいように言ったかも。ヒイラギさんの誘いを断った後にお願いしたら、また顔を出すことになったんだよね」
「そんなことだろうと思ったけどな」
むしろしっかり足元を見られていて安心したぐらいだ。
「まあ、学院のほうはそうだな。お前が意外と退屈していないと言っていたが、私もそんなところだ。お前にもそのうち紹介することになるだろうが、レティシアの生き残りに会ってな」
「友達が出来たんだね?」
「まあ今ならそう呼んでも差支えはないだろうが、相手はエドアルド王家の血筋らしいからな」
「次は一度目で顔を上げないように気を付けるよ」
「ここが王国ならな。まあ眉唾だがレティシアで私に助けられたあと、曾祖父の伝手を頼る形で、今はヒイラギにも遠からずなタチバナ家の当主を務めていると私は聞いている。確認の意味でも、一度ヒイラギに会わせたいところではあるな」
「それなら舞踏会が近々あるらしいよ。なんでも国の権力者が一堂に会するんだってさ。僕は断っちゃったけど」
「賢明な判断だな。無駄に首を突っ込んで、いざというときに当てにされても面倒だ。しかし権力者の集まる舞踏会か」
そういえばタチバナも近々ちょっとした社交の場があると言っていたが……まさかな。ただタチバナの言う社交の場がもしキリボシの言う舞踏会を指しているのなら、ヒイラギと会わせるのにはいい機会なのかもしれない。
「キリボシ、おまえ踊れるか?」
「え? まさか行く気なの?」
「分からない。まだ分からないが、私のほうもタチバナに誘われているかもしれない」
「れ、練習しないと……」
空を見上げるキリボシの顔は心なしか青くなっていた。
「もう朝だ。そろそろ戻るか」




