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四十二品目 帝都ラヴィニアの味はいつも一つ3

「失礼、言葉が過ぎましたね。しかし帝国のことを考えると言いながら、その実、逃げる画策をしていただなんて信じられませんよ。それも立場ある人間が……」


 サエグサは見下げ果てましたよとまたヒイラギをチラと見ては、不快感に口元を歪める。


「それよりももしこいつらの言う秘薬がよくある偽物ではなく、本物の秘薬だとしたら。逃げるのではなく、戦う力を必要としている今の帝国にとって、その効能は傷を治すのみに留まらず、ヒイラギのように及び腰になった連中の弱気や性根を叩きなおす、いいきっかけにもなってくれると思いますけどね」

「サエグサ、お前の考え、よく分かった。私もお前の言うように、この国が強くあることを願っている。だが意見が割れたのなら、どちらか一方を蔑ろにするのではなく、まとめるのが私の役目だ。分かってくれるな?」

「またヒイラギ贔屓(ひいき)ですか。確かに現状の帝国ではローランドとまともに戦うことも――」

「サエグサさん! 私のことをどのように評価しようと勝手ですが、滅多なことを部外者の前で言うものではありませんよ」

「少し調べれば分かることだ。帝国はローランドという個人に敗北を喫し、今やお前の計算とやらで守るべき民まで見捨てている始末。こんな屈辱的な状況を俺はいつまでも放置しておくつもりはない」


 サエグサはそう力強く断言するや否や、壁際から大股で歩み寄ってきては、(ひざまず)く私とキリボシをその迫力のある顔で上から見下ろしてくる。


「だから、さっさと話せ。秘薬の製法とやらをな」


 (おど)すようにまた剣の先で床を叩いては、急かしてくるサエグサ。いつからこいつは皇子の代理になったのだろうかと相手にすることなく球を見据えていると、そんなこちらの考えを察したかのように、サエグサから乾いた笑い声が漏れる。


「お前らは知らないだろうが、ローランドの襲撃で政治に軍部と権力を(にぎ)っていた連中がことごとく消えてな」

「サエグサさん!」

「身分で住み分けなんかしてるからそんなことになるんだと、平民出の俺にお(はち)が回ってきた時には呆れたものだが――臆病な皇子が一人だけ生きててな。ただ運よく難を逃れたばかりに、その臆病さに拍車がかかったのか。俺にもよく分からないんだが、いま話してるのも実は本人じゃないっていうんだから笑えるよな」

「サエグサさん……アザレアさん、それにキリボシさん。残念ながら、お二人を帝都から出すわけにはいかなくなってしまいました」


 望むところだがな。脱出には困らない関係上そう口にしかけたが、取引が成立していない今はまだ、檻の中の可能性のほうが高そうなのでぐっと我慢した。

 ただなぜここに来るまで手荷物検査すら行われず、武器を没収されなかったのか。またこの場に、ヒイラギとサエグサ以外の帝国の人間がおらず、やや場違いな言動を二人が繰り返していたのか。

 分かった後だからこそ余計に杜撰(ずさん)な対応だなと思わなくもないのだが、それらおかしな点に一応の説明がついたのもまた事実だった。


「長居をするつもりはないんだがな……だが致し方ないだろう。ただ余計かもしれないが、これだけははっきりさせておく。そもそも私には何が正しくて何が正しくないのか分からない。だからこの場で聞いたことは忘れることにする。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからな」

「助かります。ただし帝都でのお二人はあくまでも客人として私が個人的に招いただけ。そのことはよく理解しておいてください」

「おいおい、帝都の治安維持はいま、俺が預かってるんだぜ? 勝手に俺抜きで話をまとめて、それで帝都を自由に歩けるとでも思ってるのか?」

「サエグサさんは信じていないようですが、お二人は安住の地からやってきたんですよ? そんな二人が武力に訴えるではなく、話し合いに応じているのですから、それを断る理由もないと思いますが……まあ、事前に情報を伝えていなかった私にも落ち度はあります。ただ治安どうこうというのであれば、いくら自分の腕に自信があろうとも、お二人から武器を取り上げないのはどうかと思いますよ?」

「まさか戦場にも出たことのないお前にそんなことを言われる日が来るとはな。確かに男の方は多少頑丈だったが……こんなやせ細った奴らに俺が負けるとでも?」


 ヒイラギに対して徹底(てってい)して否定的な態度を(つらぬ)くサエグサ。お互いにまるで譲らず視線を真っ向からぶつけ合っては、そこまで言うのならと、サエグサの手が剣へと伸ばされたところで、ああ、本当に帝国の上部構造は消し飛んでしまったんだなと嫌でも理解させられる。

 やれやれ。例え皇子本人でなくとも、皇子ということになっている以上は体裁(ていさい)を整える意味でも、球から聞こえてくる声と取引したかったのだが――。

 サエグサの機嫌(きげん)を取って、無理やり取引相手を皇子にするのも面倒(きわ)まりない。

 こちらの意図に反して引き抜かれた剣に同じ剣士だからという理由で標的に定められては、そのつもりはないとすぐさまキリボシの腕を掴んでサエグサから距離を取る。

 そうして小柄なヒイラギの体をサエグサとの間に挟むことで仕掛けづらくし、邪魔が入らぬうちにと口を開く。


「秘薬の材料はアムブロシアの種、ラフレシア、マンドラゴラ、不死者の血だ。分量はアムブロシアの種が一に対して、ラフレシアとマンドラゴラが三、不死者の血が二。マンドラゴラなら少しは提供できるが――必要か?」

「いえ、()()()()()なら帝都の工房を探せばあるでしょう。ですがよかったのですか? こちらはまだ何の保証もしていないというのに話されて……」

「帝都での安全と自由はお前が責任をもって保証しろ。そうすればお前の欲しいものもいずれは手に入るだろう」


 なるほど、と頷くヒイラギの背後で顔を真っ赤にするサエグサは、もはや駄々をこね、泣き出す寸前の子供そのものだった。

 円滑な取引のためとはいえ、少しやり過ぎたか?

 そんなことを考えていると不意に聞こえてくる間の抜けた音。

 球から漏れてきた隠し切れない空腹に、そういえば昼食がまだだったなとヒイラギと顔を見合わせては、ほぼ同時に苦笑を浮かべる。


「続きは昼食をとりながらにしましょうか」

「もちろんお前のおごりだよな?」

「そうですね、それでお二人の口が軽くなるなら喜んで。サエグサさん、貴方も一緒に――」

「もう勝手にしろ!」


 サエグサはそう叫ぶと、半ば逃げ出すようにして玉座の間から飛び出していく。

 どうやら本当にやり過ぎてしまったらしい。


「後が大変そうだな……サエグサは根に持つ性格か?」

「心配なさらないでください。飲んで寝れば忘れる人です」


 言いながら愛想笑いを浮かべるヒイラギに、それはそれでどうなんだと思いながらも愛想笑いを浮かべた。

 何はともあれ、久しぶりにまともな料理にありつけそうだ。


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