7話
しかし、澤田にばかり頼っていられない。自分たちで決めたことである以上、自ら積極的に行動するのは変わらなかった。
煌たちは引き続き、それぞれの現場で『黒須』や『吉岡』の聞き込みのためにスタッフや共演者にそれとなく聞いて回った。だが中には、反応を見る限り知っていそうな感じは出しても、違法薬物に手を出したことがあるのか、その罪を隠そうとするように話をわざとらしく避ける者もいた。どちらにしろ、業界関係者は、噂が広まるのが早いくらいおしゃべりなくせに口が固く、洪水を恐れて頑丈な堤防を作っていることだけは充分に理解した。
一方『F.L.Y公式裏アカウント』には、少しだけだが『黒須』の噂を耳にしたことがある人から情報が集まっていた。その中に、「知人が新宿で接触した」という情報が含まれていた。公表した身体的特徴も似ているという。煌たちはこの情報を元に一度捜索に出てみようと話すが、賢志は警戒して賛成しなかった。なら、全員ではなく少数で行ければいいという話になり、それに名乗りを上げたのは流哉と蒼太だった。それでも賢志は行動に反対した。
「目立った行動はやめた方がいい」
「変装するから大丈夫だって」
「そういう意味じゃなくて。変な文書が届いただろう。僕たちみんなに!」
そう。一昨日のことだ。それぞれの自宅のポストに、宛名しか書いていない差出人不明の封書が入れられていた。入っていたのは紙一枚だけで、謎の一文が書かれていた。
『愚かな子羊たち。お母さまは見ているぞ。』
パソコンで書かれたものだったのだが、四人全員、それが誰からのメッセージなのかは直感で理解した。だから賢志は再び反対派となって訴えた。
「やっぱり危険だ。これ以上はやめた方が……」
しかし流哉と蒼太は、怖じ気付いてもいなかった。「悪い、賢志。俺ももう、やめるつもりはないんだ」
「賢志くん、ごめんね。ボクも、ハルくんを助けたいんだ」
「二人とも……」
煌の熱意の炎が飛び火して、既に鎮火させるのは困難だった。未だ冷静な第三者の視点を持っている賢志の言葉では、その意志は小さくはならない。
「だが、本当に二人だけで大丈夫か?」
「大丈夫だって」
「ただ人を探しに行くだけなんだから。煌くん心配し過ぎだよ」
楽観的な二人に呆れて、煌は溜め息を漏らす。しかしドラマ撮影で都合が付かないので、二人に任せてみることにした。賢志は最後まで許さないままだった。
行動したのは翌日。そういう取り引きは夜が相場だと決まっていると思った二人は、舞台稽古と雑誌の撮影が終わったあとに待ち合わせ、夜の歓楽街・新宿へと向かった。
時刻は午後九時過ぎ。変装した二人は、入口に赤いネオンが輝く歌舞伎町へとやって来た。平日だがこの時間になっても人通りが多く賑わいを見せていて、サラリーマンよりも二十〜三十代の男女の往来が目立っている。
「人凄いね。ボク初めて来たよ」
店から流れて来るBGMに混ざって、新宿警察署と歌舞伎町商店街振興組合からの詐欺行為などの注意喚起のアナウンスが流れる。それに加え、往来する人々の楽しげな話し声と、オレンジや青や黄色の看板で祭のように賑やかな一番街を、蒼太はキョロキョロしながら歩く。
「ソウは打ち上げで、みんなと食事でこういう賑やかな場所に来たりしないのか?」
「行くことはあるけど、渋谷とかの方が多いかな」
「シャレた店行ってそうだな」
「リュウくんはこういう所来ないの?」
「たまにかな。役者の先輩に連れられて」
「本当に? キャバクラとか行ってるの!?」
「誰がキャバクラって言ったよ! 普通の飲食店だよ!」
と、流のはいつもと変わらない突っ込みをするが、ネオンに照らされてか耳を赤くする。
「とか言って、一度くらいあるんじゃないの?」
「からかうな! それより『黒須』を知ってるやつを探すんだよ!」
「そうは言ってもさぁ。一体誰に聞く? 本当に覚醒剤売ってる人なら、あからさまに探るのって大丈夫なのかな。そもそも、本当にこの辺りで売買してるの?」
「わかんねぇよ。そういう取り引きって、こういう歓楽街のクラブとか裏道でこっそりやってるイメージじゃん……て、ソウ。何してんだ?」
蒼太は何やらスマホをいじっていた。「覚醒剤の取り引きってどうやってるのか調べてる……あ。載ってた……えー! そうなの!?」
「なに」
「SNSで欲しいやつを探して買ってるんだって。で、売人に連絡して、時間と場所を決めてから直接会って買うって書いてある。あと、中東系の密売人が多いみたい」
「そんなん書いてあんのか」流哉は蒼太のスマホを覗き込んだ。
「麻取のホームページだから間違いないね」
「なんだよー。そういう取り引きも時代の流れに乗ってんのな」
その事実が発覚した途端、行き交う人々全員がごく普通の一般人に見え始めた流哉。
「警察も取締強化してるんだろうね。どうする? 歩き回って探しても無理そうだよ。いっそのこと、SNSで『黒須』っぽい人探してみる?」
「煌と同じこと言うなよ。それに、SNSで探しまくってもオレたちが怪しまれる」
「そうだよねー。どこかに偶然いたりしないかな」
「絶滅危惧種だからなー。いたとしても、全身黒コーデのやつがこんな所歩いてても人混みで逆に見つからないな」
「じゃあ……思い切って、裏路地行ってみる?」
「……そうだな」
往来している一般人に下手に聞き込んで、その人物が私服警察や麻取だったらアウトだ。無闇に聞き込むのをやめた二人は一番街を離れ、密売人がうろついていそうな道を探した。そして、ゴジラヘッドで有名な東宝ビルの裏の方へ移動すると、いかにもそれっぽい怪しげな裏路地を見つけた。ネオンサインはあまりなく、居酒屋の看板や提灯がひっそりと路地を灯していた。メインの通りよりは人通りは少なく、BGMも遠くなる分、少し静かだった。
その路地を中心に『黒須』っぽい人物はいないか周辺を探し回ってみたが、客引きに声をかけられたり、知らない女子に一緒に飲もうと誘われはしたが、それらしき人物は見当たらない。
二人は三十分ほど歩き回り、最初にいた裏路地前に戻って来た。
「全然らしい人いないね。て言うか、連続で同じ場所に現れるとは限らないのかも」
「ああ。そもそも顔を知らないからな。服装と大体の年齢だけで探すのは、さすがに無理だったな」
「……帰る?」
「そうだな。もう一回りしながら帰るか」
こんな探し方では時間を無駄に消費するだけだと気付き、二人は切り上げて帰ろうと再び歩き出した。すると後ろから、男性に声をかけられた。
「コンバンハ。お兄サンたち、遊びに来たの?」
カタコトの日本語で話しかけて来たのは、麻取のホームページにも情報があった中東系の男性だった。流哉と蒼太はそれを思い出し、距離を取って男を警戒する。
「いや。オレたちもう帰るんだ」
「そうなの? アノネ、こういうの興味ない?」
と、男はズボンのポケットから透明な小袋をいくつか出した。入っているのは、キャンディーのようにカラフルな錠剤や、干した草、小麦粉みたいな白い粉だ。二人は実際に見たことはないが、それが何なのかすぐに察した。
「これって……」
「ヤッタことある? 買わない? コレ、トモダチから安くもらったやつだから、トクベツに安くしてもイイヨ」
恐怖を感じる蒼太は、流哉の服を掴んで後ろに隠れた。流哉も恐れを抱いているが、年下の蒼太を守るために毅然としてそれを抑える。
「いや。いい」
「フツウのはいらない? じゃあ、違うのあるヨ。コレは、本当にトクベツ」
男は二人が普通の薬物に興味を示さないので、その小袋をしまい、ボディーバッグからコインケースを出し、その中からまた違うものを取り出して見せた。
「コレ、アシッドとかエクスタシーじゃないけど、《P》っていう薬。能力持ってる人にしか効かないヤツだよ。トクベツだから、タダであげる。だから他の買ってヨ」
「オレは能力持ってないからいらない!」
これ以上この男に捕まっていると自分たちの身が危険だと判断し、流哉は蒼太の腕を掴んで走って逃げた。