6話
F.L.Y活動再開から三ヶ月が経過した、八月上旬。番組はこれまで四回配信され、視聴回数やお気に入り登録も徐々に右肩上がりとなっていた。番組公式アカウントへの感想の投稿も、最初はほぼファンだけだったが、ファン以外からの感想も届くようになった。
一方の四人のアカウント『F.L.Y公式裏アカウント』もフォロワーが増え続けていたが、東斗のイメージ払拭の投稿に対するリプライや擁護する投稿はあっても、求めていた『黒須』の情報はなかなか来なかった。
「知り合いに同じ苗字がいる」
「三十代の黒須は日本にいっぱいいますよ」
「東斗のためはわかるけど、普通にアイドルやってほしい」
業界関係者からは有力な情報は得られず、一般人からも情報は寄せられず、『黒須』へ辿り着く道筋はまだ現れそうになかった。
「あ。もしもし宮沢さん。この前はありがとうございました……大丈夫ですよ。心配しないで下さい。僕がフォローしているので」
賢志は宮沢からの連絡を待っていたが、『黒須』の関する連絡はなく、四人はもどかしい日々を送っていた。
そんなある日のロケの合間。スタッフが店員と打ち合わせをしているあいだ、四人はテーブルに座ってロケが再開されるのを待っていた。
「今ってさぁ、実質まだスタート地点だよね」
「人探しがこんなに大変だとは思わなかった……」
「オレが何か役に立つ能力を持ってればよかったのにな」
煌も賢志も蒼太も能力を持っているが、グループの中で唯一、流哉だけは能力を持っていなかった。
「ボク、心が折れそう……」
「事件が違法薬物関連なのは周知されてるから、界隈から情報集まりそうなのにね。公表できる情報が少な過ぎるんだ」
「だが、それが東斗から得られた『黒須』の情報だ。けど、探し始めてからもう三ヶ月だ。探し方を変えなきゃならないかもしれないな」
「変えるって?」
「売人にコンタクトを取ってみる」煌が真面目にそう言うと、
「いやいやいや! 待て、早まるな!」
流哉たちは顔色を変えて制止させようとする。
「そうだよ煌。確かに僕たちにはタイムリミットがあるし焦りたい気持ちもわかるけど、それはマズいよ!」
「煌くん暑いんじゃない? 冷房強くする? 店員さんに言おうか」
「わかった。やめるから落ち着け」本当は半分冗談だった煌。
とその時、SNSの通知音が鳴った。流哉がスマホを開くと、公式裏アカウントにDMが届いていた。
「これ見ろよ」
流哉は他の三人に見せた。メッセージの内容はこう書かれていた。
「突然のご連絡、失礼します。動画を拝見しました。僕に何かできることがあるかもしれません。もしもお困りでしたら、ぜひ協力させてもらえませんか。」
プロフィールを見ると、『澤田安寿@フリーフォトグラファー』とある。
「なんでフォトグラファーの人が」賢志がやや訝しげに言う。
「カメラマンてことだよな。新聞社とか出版社の記者と繋がりがあるのかもしれないな」
「だとしたら、世間に出てない事件のことを何か知ってるのかも!」
「どうする?」
煌は、この人物とコンタクトを取ってみるか三人に意見を訊いた。
「でも、冷やかしかもしれない」
「賢志が心配するのもわかるけど、チャンスかもしれないぞ」
「ボクもそう思う」
「そうだな。現状何も進んでない訳だし、もらえる情報が少しでもあるならもらいたい」
賢志は無駄足を危惧したが、話し合った四人はこの澤田という人物にメッセージを送り返し、会う約束をした。
一週間後。全員の仕事が終わった夜九時過ぎに、中野駅のすぐ側にある全室個室の和食ダイニングで待ち合わせをした。先に煌たちが到着し飲み物も頼まずに待っていると、約束の時間の五分前に店員に案内されて男性がやって来た。
「お待たせしてすみません」
急いでやって来たのか、タオルハンカチで汗を拭きながら澤田は何度もヘコヘコした。顎髭を生やしていて、見た目は四十歳前後。大きめのリュックを肩にかけ、無地の黒の半袖シャツにジーパンを履き、年齢のわりには無駄な肉が付いていないようだ。全員の第一印象は、悪意のある人には見えなかった。
揃ったので、ついでに店員に生ビールを五つと、料理を適当に何品か注文した。
店員が個室の扉を閉め、五人だけの空間になると、ひと息ついた澤田は煌たちの顔をまじまじと見た。
「本物なんですね。SNSの名前が『F.L.Y公式』とは書いてあったけど『裏アカウント』とも書いてあったので、最初は本物かどうかわからなくてメッセージを送るの迷ったんですが」
どうやら、煌が提案した名前で困惑させてしまったようだ。流哉と蒼太は、ほら見ろと言わんばかりの視線を密かに煌に送った。
「偽アカウントじゃなくて安心しました。改めまして。フリーフォトグラファーの澤田保寿と言います」
澤田は名刺を出して、いちいち会釈をしながら四人それぞれに渡した。
「どんなものを撮っているんですか?」賢志が尋ねた。
「主に広告に使われる写真です。人物だったり、物だったり。たまに風景写真も撮ったりしています」
「見てみたい! 今写真ありますか?」
「ありますけど、そっちは仕事じゃなくて趣味だから、そんなに上手くないですよ」
興味を持った蒼太のリクエストで、澤田はリュックから高そうなカメラを出し、保存してある風景写真を見せた。煌たちはスマホよりも小さい画面を食い入るように覗いた。
「最近だと、石垣島。その前はちょうど時期だったので、いすみ鉄道の桜と菜の花。去年は北海道へ、セブンスターの木を撮りに行きました。それから」
「あっ、シマエナガ! かわいい〜」
「これは本当に運よく撮れたんです。あと、修復が終わった日光東照宮の陽明門もとても美しかったです」
「日本全国行ってるんですね」
「どの写真もきれいだな」
写真のプロだけあってどれも美しく撮れているが、澤田は「とんでもないです。息抜きに撮ってる程度なので」と謙遜する。四人が芸能人だからか年下相手に敬語を使い、だいぶ腰が低い人物なのが窺える。
「あ、そうだ。一昨日まで佐渡島に行っていたんですが、よかったらお土産どうぞ」
そう言って澤田は、リュックの中から朱鷺のイラストのパッケージの箱を差し出した。黄味餡と栗の和菓子らしい。七個入なので、あとで分けることにした。
しばらくして生ビールが先に運ばれて来たので、一同は喉を潤した。澤田は喉が乾いていたのか、ジョッキの半分ほどまで一気に減った。
「澤田さん。どうして今回連絡をくれたんですか。何かできることがあるかもしれないということでしたが……」
煌が尋ねると澤田は表情を曇らせ、気不味そうな雰囲気を出して、ビールジョッキを置いた『黒須』探しに協力するつもりで煌たちにコンタクトを取ったはずだが、いざ本題に触れられた途端に様子が変わるとは。澤田は一体、東斗の事件の何を知っているというのだろうか。
澤田は、煌たちに視線を合わせないまま話し出した。
「……実は僕は、以前は出版社で働いていたんです。週刊実報の政治担当でした」
「週刊実報?」週刊誌の名前を聞いた流哉の眉間に、皺が寄せられた。
「それじゃあ、元記者?」
「はい。あの事件当時は、芸能をやっていました」
「芸能を?」
「そうです」肯定した澤田は一度口を噤み、告白する。「森島東斗くんの記事は、僕が担当していました」
それを聞いた流哉は突然血相を変えて勢いよく立ち上がり、正面に座る澤田の胸ぐらを掴んだ。
「お前があの記事を書いたのかよ!」
「流哉!」
「『森島東斗は信じた者を欺く詐欺師だ』って、お前が!」
「やめろ!」
隣にいた煌は、激昂した流哉の身体を抑える。澤田の隣にいた賢志は流哉の手を解き、突然怒りを向けられ身体を強張らせた澤田を「大丈夫ですか」と気にかけた。
煌に強引に剥がされた流哉は、澤田に向けた憎しみの視線を外そうとしない。だが、どうにか自分で感情を抑えようとした。隣の蒼太も流哉を宥めようとする。
「……でも、澤田さんはフォトグラファーなんですよね。週刊誌の記者はやめたってことですか?」
流哉を落ち着かせつつ、煌は話の続きを訊いた。澤田は、自身が話すべきことを話した。
「はい。僕はずっと、政治担当でした。なんですが、あの事件を取りあげることになった時、担当するはずだった記者が大怪我をして、入院することになったんです。でも、他の記者も追っている案件があって人手が足りなくて。なので編集長が、偶然余裕があった僕に白羽の矢を立てて、事件を取材しろと」
「つまりあの記事は、芸能のド素人が書いてたのか。道理でクソったれ内容だった訳だ」
流哉が悪態をつくと、澤田の背が丸くなる。
「あれは、編集長が勝手に書き替えたんです。僕が書いたものは生温いからと」
「わざと大きくセンセーショナルに書いたのか」
「嫌なやり方だね」蒼太は眉頭を寄せて不快を表した。
「そしたら、記事は自分が適当に書くから、お前は自宅にいる森島東斗の写真を撮って来いと言われて、当時彼が住んでいたマンションが見える建物に部屋を借りて、数週間張り込みました。本当はそんなことやりたくなかったんですが、ハラスメントの悪評が酷い人だったので、嫌だなんて言えなかったんです」
「どうして出版社を辞めたんですか」煌は訊いた。
「取材者の名前が出ていなかったにも関わらず、特定されてしまったんです。書いたのは編集長なのに僕だと思われて、記事を読んだファンから結構酷いことを言われたんです。誹謗中傷に、脅迫紛いまで。それでもう嫌になって辞めたんです」
当時を振り返った澤田は「巻き添えはもうこりごりだ」と、甦った精神的疲労とともに吐き出した。
「そうだったんですか」
「だけど。僕が取材することを断れれば、森島くんも余計に傷付く必要はなかったんですよね。それがずっと心に引っかかっていて、どうにかして謝罪する機会がないかと思っていました。そしたらみなさんの宣言を聞いて、これは協力しないといけないと思い立って連絡した次第です」
「結局は償いたいってことか。最初からそう言えよ」
澤田の事情を知り怒りは収まった流哉だが、まだ少し棘が残る彼の言い方に「すみません」と謝る澤田は更に背中を丸めた。仕方がなかったことではあるが、東斗を追い詰めた一因は自分にもあることを猛省しているその姿を見て、煌たちは誰も責められなかった。
「わかりました。どんな理由でも、協力してもらえるのは嬉しいです。実はちょうど行き詰まっていたので」
「ありがとうございます」
澤田は繰り返し感謝の言葉を言いながら、また頭を何度も下げた。それを正面で見ていた流哉は、自分だけにもの凄く謝られているような気になり、もういいからと勘弁してもらった。
話がひと区切りついた時に、注文した食事が運ばれて来た。枝豆、しらすの大根サラダ、イカの炙り焼き、豚の肩ロース炙りをつつきながら、一同は気分を切り変えて話を進めた。
「協力して頂けるということは、出版社時代のツテがあるんですか?」
「はい。あの時記事を書くはずだった記者とは今でも連絡を取り合っていますし、彼に頼めば他の出版社の記者からも色々と話を聞けると思います」
「他の出版社ってことはライバルなのに、仲がいいんですか?」
「仲がいいというか、よく情報交換をしているらしいです。ほしい情報を提供する代わりに、有力情報をもらうとか」
「『黒須』について詳しく知っていそうな人もいそうですか?」
「それはわからないですけど、そっち方面を取材しているフリーライターもいるので、もしかしたら何か聞けるかもしれません」
「すぐ話を聞けそうですか?」
「人を介してなら紹介してもらえると思います。そしたら『黒須』を探しているみなさんのことを伝えて、協力してもらえるように交渉してみます」
煌たちは口にせずとも、これは大いに期待ができそうだと、現状からの脱却を確信する。事件を取材していたなら、必ず当時の取材メモも残っているはずだ。
「澤田さん。東斗の事件の真相に繋がる情報の入手とライターへのアポイント、お願いしてもいいですか」
煌がかしこまって依頼すると、澤田も箸を置き咀嚼していたものを飲み込んで、同じくかしこまって言う。
「わかりました。みなさんと森島さんのために頑張ります」
こうして四人は澤田に協力関係となり、『黒須』へ辿り着く道を再び作り始めた。