5話
東斗には多少の悪意が含まれていたとしても、二人は教団に対して損害を被らせようとか、結託して悪行を働こうとしていた訳ではない。教団は東斗の批判に過剰に反応し、賢志には私欲のために不義理だという理由をつけて金銭を巻き上げようとした。教団側にも弁解の余地はあるが、それはその辺に蔓延る悪と変わらないと煌は詰責した。
東斗の薬物事件への関与が明らかとなった貴美と仲元は反省の弁でも述べ始めるかと、煌たちはその口が開くのを待った。しかし先に聞こえたのは、仲元の拍手の音だった。
「よくぞ全てを明らかにできたね。証拠もそこまで集めて、凄いよきみたち。どうやって『黒須』の手を借りたのかは推測できないけど、お金でも渡した?」
と、仲元は相変わらず飄々とした態度を留めていた。
「あんたらと一緒にするな。オレたちは汚い手段は使ってない」
「本当かな? 本当にお金をもらってないの『黒須』?」流哉の言葉を疑った仲元は『黒須』に尋ねた。
「さっきも言いましたけど、俺は最初からあんたらと手を組んでないし裏切ってもない。俺は、森島さんの力になりたかっただけですよ」
「罪滅ぼしってこと?」
今さら善人面をするのかと言いたげに、仲元は薄ら笑う。自分に向けられたその軽蔑を無視して、『黒須』は自分語りを始めた。
「家柄のせいで、俺は生まれてからずっと窮屈だった。あの家は俺を縛る場所で、俺の居場所じゃなかった。行ってみた大学も早々に中退して、父親に反抗して家を出て、そのあとも色々やってみたけど続かなかった。だから今の仕事は、たぶん俺の性に合ってるんだ。だけどそれでも俺は、現実にもSNSにもどこにも居場所がない気がした」
「一体何の話?」仲元は首を傾げるが、『黒須』は話を続けた。
「でも、森島さんは言ってくれたんだ。食事をしていた時に、今一緒にいるこの場所は自分と俺の居場所にならないか、って。一瞬何言ってるのかわからなかったけど、家も、親父も、仕事も関係ないなんでもない場所のせいだったからか、その言葉が妙に胸にストンと落ちた。だから俺は、森島さんを助けることにしたんです」
『黒須』は今まで、「ああしろ、こうしろ」と跡を継がせるために全てを命令され、勝手に自分がやることを決められやらされてきた。それにうんざりして、自分の意志はここにはないと家を出た。けれど家の外にも居場所がなく、随分と彷徨い続け、勘当された自分の存在意義も曖昧になっていた。そんな時に東斗と会うことになり、東斗がかけてくれた何気ない言葉が彼を救った。初めて無理やり与えられる居場所じゃなく、自分で選べる居場所を。
「……まぁ、よくわらないけど。きみがそうしたかったのは何となくわかったよ」仲元は興味がなさそうに、傾げていた首を戻した。
「用件は以上よね。帰らせてもらうわ」
『黒須』の自分語りも終わり、呼び出された用事は全て終わったと思った貴美と仲元は帰ろうとする。ところが。
「いいえ。まだ確かめたいことがあるんです」
煌は二人を止めた。そう。まだ東斗の事件の真相が明かされただけで、他にも知るべきことがある。
「事件の真相は暴けたでしょう。他に何が……」
「特に仲元さんに訊きたいことなんです。もう一人のゲストと一緒に」
「もう一人のゲスト?」
その時ちょうど、スタジオの扉のノブが回され開く音がした。貴美と仲元は、黒幕の向こう側に視線と神経を集中させる。
黒幕の後ろからは、まず庄司が姿を見せた。そのあとに、白髪混じりの壮年のグレーのスーツの男性が現れた。
「なっ……」
「どうして先生が!?」
三人目のゲストとして現れたのは、参議院議員で防衛大臣の榎田敬だった。
庄司に「あちらへ」と促された榎田は、迷わず貴美と仲元の方へと歩いて来る。その時、彼は『黒須』の存在に気付いて仰天する。
「道久! なぜお前が!?」
「先生はあちらへどうぞ」
煌は、一瞬立ち止まった榎田を貴美たちの方へ行くように促した。榎田は、『黒須』と煌の二人を怪訝な表情で交互に見てその存在を気にしながらも、貴美たちの方へ合流した。
賢志たちは予め榎田が来ることは知っていたが、大物政治家の登場により一気に緊張の糸をピンと張る。その中で煌と『黒須』は、睨むようにジッと榎田を見つめていた。
「みんな、どういうつもりだい? 防衛大臣の先生までお呼びして」
榎田の登場に喫驚した仲元は、半ば動揺と困惑を隠せずに問う。煌はその問いかけを無視して、榎田に対して話し始めた。
「参議院議員で防衛大臣の、榎田敬さん。あなたは、宗教法人ピースサークルファミリー教会の永島町支部の幹部で間違いありませんね?」
一文字も間違えずにはっきりと肩書きを言い当てられた榎田は僅かに驚き、横にいる二人に目をやる。貴美は厳しい表情で、仲元は肩を竦めてサインを送った。二人の表情でだいたいの状況を理解した榎田は、政治家らしく動揺を微塵も見せず毅然として訊ねる。
「私に一体、何の用事だ」
煌は榎田の質問は聞き流し、もう一つの明らかにするべき事実に関する質問を開始した。
「まずは仲元さんに質問です。仲元さんは以前、元・夢色オトメ学園の生天目璃里さんにあるサプリをただであげていますよね」
「あー……うん。あげたよ」仲元は煌の質問を警戒するように答える。
「他にも、ご自身がプロデュースしたり楽曲提供した何人かの歌手やタレントに渡した記憶もありますよね」
「……あるね」そして腕を組み肯定する。
「そのサプリを飲んでから生天目さんの能力が消失したのは、ご存知ですか?」
「えっ。そうなの? 全然知らなかったよ」
仲元は驚いているようだが、明らかに上辺だけのように見える。
「実は、そのサプリを飲んだ他の方も同じく、能力の減退や消失寸前だと報告されていますが、それもご存知ないんですか」
「うん。初耳だよ」重ねて上辺だけの相槌をする仲元。
「本当にそうですか? 仲元さんは、そのサプリの効果がどんなものかを知って渡していたんじゃないんですか?」
「全然知らないよ。僕も人からもらったものだから」
煌が検事のように事実を聞き出そうとしても、仲元は言い逃れをしようとする容疑者のようにのらりくらりと否定し続ける。
「では、その通称《S》というサプリは誰からもらったんですか? なぜ能力を持つ芸能人だけに狙いを絞ったかのように渡したんですか?」
「怖いなぁ、緑川くん。何かの役が憑依してるみたいだよ」依然として飄々とした態度を続ける仲元だが、
「ジャックの三人のようにあなたの雰囲気には流されませんよ、仲元さん」
煌が放った威圧感のある雰囲気に、仲元は押し黙った。まるで本当に検事の役が憑依したかのように、悪と真っ向勝負に挑まんとする姿勢が、周囲の人間にまで緊張感を波及させる。
「とぼけるのもいい加減にして下さい。教団が密かに開発していた薬に関しても、証拠があるんですよ」
煌がそう言うと、モニターに別のものが表示された。それは『新薬開発計画(特性能力抹消計画)』と表題が書かれたものだった。教団幹部でも成都子の許可なしでは持ち出し不可なはずのファイルがモニター画面いっぱいに表示され、仲元だけでなく、貴美も榎田も動揺を露にする。
「これは……!」
「こんなものどうやって!?」
これは、四人の執拗なまでの粘り強さに負けた事務所の吉田社長が、手を回してどうにかして入手したものだった。煌は三人のリアクションを無視して続ける。
「これを見ると、二種類の薬が同時に開発されていたようですね。一つは《Sealed》。生天目さんたちが飲んだ《S》のことですよね。そしてもう一つは《Promotion》。特性能力犯罪ニュースでも取り上げられている通称《P》。《Sealed》の意味は《封印》。《Promotion》の意味は《増進》。どちらも、薬の効果を意味している。名前との一致は、ただの偶然ではありませんよね。教団は、特性能力を抹消する薬と増進させる薬の開発をしていた。そういうことですね」
煌は鋭い視線で三人に問い質す。が、三人とも口を噤み明答を避ける。
「無言、と言うことは、肯定ととってもいいんでしょうか」
さらに煌は問い質した。すると、堪らず仲元が口を開いた。
「わかったよ緑川くん。正直に話すよ」
「仲元さん!」
「仲元くん。これは極秘だぞ」
貴美と榎田は、これは教団自体の危機に関わるからやめろと言うが、言い逃れが無駄と悟り面倒になった仲元はそれでもしゃべる気だ。
「いいじゃないですか。どうせこの場には僕たち以外は誰もいない。彼らに話したところで何の問題もないですよ。あとでどうにでもなりますから」
貴美はついに傍若無人となった仲元に苛立ち、榎田も呆れた様子だ。そんな仲間たちの心の内を無視してこのあと見放されるとも限らないことも考えず、仲元はサプリについて勝手に話し出した。




