3話
某日ニ十一時。帝日テレビのトーク番組にゲストで呼ばれて来た貴美は、時間まで楽屋で過ごしていた。収録時間間近になると、庄司ディレクターが呼びに来た。貴美と彼女のマネージャーは庄司に連れられてエレベーターに乗り、スタジオのある階へと移動する。
「それにしても。随分と遅い時間の収録なんですね」
「すみません。インタビューだけなので、一時間ほどで終わる予定ですので」
そしてスタジオに着き扉を開いた庄司は貴美のみをスタジオに入れ、マネージャーを閉め出した。
自分だけが入ったことに気付いていない貴美は、収録があるはずのスタジオに入るなり立ち止まり、怪訝な顔をする。
「なにこれ?」
連れて来られたスタジオには、廊下から見られないように天井から大きな黒幕が垂れ下がっていた。それに不自然なまでに静まり返っていて、スタッフが一人もいない。
「お待ちしてました、貴美さん。こちらへどうぞ」
困惑する彼女を、黒幕の向こうから誰かが呼んだ。呼ばれた貴美は怪訝な表情のまま、声がした方へゆっくり進んだ。これはドッキリなのだろうか。この黒幕の向こうにはカメラと少数のスタッフが待っていて何かを仕掛けられているのだろうか、と考えを巡らせながら一歩ずつ近付いた。
ところが、そこにはドッキリのスタッフはおらず、カメラも一台もないどころか、セットすら組まれていなかった。片付け忘れたのか、壁際に箱馬が積まれているだけの、ただのグレーの大きな箱だった。ただ真っ先に、貴美の視界に一人の男性の姿が入った。
「えっ。仲元さん?」
「貴美さん?」
空っぽのスタジオに、なぜか仲元がいた。そして。
「どうしてあなたたちまでいるの?」
モニター画面を挟んで仲元と対面するように、黒幕を背に煌たち四人が立っていた。番組ゲストは自分だけだと聞いていた貴美は、煌たちまでいることに困惑する。
「どうしてって。オレたちが貴美さんを呼んだからですよ」
「ちなみに、番組収録というのも嘘です」
「嘘?」
意味不明なことまで言われた怪訝な表情の貴美は、眉間に深い皺を寄せる。
「僕もトーク番組のゲストで呼ばれたはずなんですけどね。来た瞬間こんな状況で」
同じく嘘の理由で呼ばれたと言う仲元は、困惑はもう既に通り越して、いつも通りに飄々とした様子でいる。
「呼んだって……私と仲元さんに、一体なんの用があるのかしら」
貴美が来るまで仲元も呼ばれた理由を聞かされていない。ひとまず二人が揃ったところで、煌の切り出しで全てが始められた。
「東斗の薬物事件に関してです」
「森島くんの事件?」問い返す貴美。
「ボクたち、活動再開する時に宣言しましたよね。ハルくんの事件の真相を明らかにするって」
「その事件の真相、全てわかったんですよ。事の発端から何もかもが」
「本当に!? 突き止めたってこと? 凄いね!」
聞いた仲元は四人を称賛するように一驚するが、眉頭を寄せたままの貴美は腕を組んだ。
「それをどうして私たちに話すの? わざわざこんな所に嘘を付いてまで呼び出して」
「どうしても聞いてほしかったからに決まってるじゃないっすか」
「もしかして、僕はきみたちの生みの親だからってことかな。そこまで気を遣ってくれなくても」
いつも通りに飄々と振る舞う仲元に、貴美は苛ついた視線を向ける。
「では、話しましょうか。あの事件の真相を」
広々として静寂なスタジオ内に、緊張感が漂い始める。眉頭を寄せる貴美も、普段と変わらない雰囲気の仲元も、どんな内容が彼らから明かされるのか注目して耳を傾けた。
そんな空気の中話し始めたのは、賢志だった。
「あの事件の発端は僕でした。二〇一九年当時、僕はある事情で仕方なく違法薬物を売っていた。それを東斗に知られてしまい、その事情に腹を立てた東斗は、ピースサークルファミリー教会のSNSにクレームを送った。それがきっかけで教団は東斗を粛清対象とし、『黒須』という人物を送り込んで東斗にわからないように覚醒剤を摂取させた上に荷物に忍ばせ、通報して逮捕させた」
「えー。そうなんだ」
仲元は他人事のようにリアクションする。そんな彼に煌は言う。
「仲元さん。まるで他人事のように聞いてますけど、あなたも関係者ですよね」
「え? なんのこと?」
「あなたは、宗教法人ピースサークルファミリー教会の芸能界支部の幹部ですよね。貴美さんも幹部の一人であり、しかも教祖の後継者で間違いありませんね?」
「!?」
貴美は一瞬動揺を見せるが、肯定も否定もせず口を噤み、あからさまな感情は演技力で抑え込んだ。仲元からも余裕の表情がフッと消え、飄々としていた雰囲気の陰からオーディションやレコーディングの時とは違う三つ目の顔が現れた。が、仲元はその顔をすぐさま消し、とぼけるように笑った。
「適当なことを言わないでくれよ。もしも賢志くんの話が本当なら、ここにカメラがあったら営業妨害だよ?」
「証拠ならあります」
煌の合図で、両者のあいだにあったモニター画面に教団の組織図が表示された。自分自身でも見たことのあるそれが突然目の前のモニターに現れ、さすがの仲元も驚いた反応を見せた。
「俺たちは、ある人からこんなことを聞きました。『森島東斗と教団は何かある』という曖昧な噂です。ある飲食店の店員が、客が話していた内容を偶然聞いたのが始まりだったようですが、話していたのは仲元さんですよね」
「お店の店員さんに顔を覚えてないか聞きに行ったら、覚えててくれましたよ。その人、〈人の顔と声を一度覚えたら忘れない〉能力の持ち主だったんで、確証が持てました」直接聞き取りに行った流哉が言う。「話していた本当の内容は、『森島東斗は教団に仇をなす愚か者だったよ。残念だけど、彼には芸能界から消えてもらおう』ですよね」
教えてもらった内容を一言一句忘れないようスマホにメモしておいた流哉は、確認しながら一言一句間違えずに言った。その話をどこかの飲食店で確かに言ったことは仲元も覚えていて、肯定するかのように黙ってしまう。がしかし、すぐに反論にかかる。
「きみたちは僕が森島くんを嵌めたと考えてるのかい? そんな証拠はないだろう。その話だって証拠にはならない」
「ありますよ」
煌は今度は、下に置いていたバッグからクリアファイルを取り出し、何かが書かれた紙を仲元に向けて見せた。
「これは、ある人物と仲元さんのSNSのやり取りの履歴です。その相手とは、俺たちが探していた『黒須』だ」
「いやいや。そんなものを証拠だと見せられても。いくらでも偽造できるでしょ」仲元は平静を装いながら言うが。
「そう言うと思って、連れて来てます」
「え?」
「入ってくれ」
煌がスタジオの扉の方へ向かって呼ぶと、扉が開いて二人の人物が入って来た。一人は全身黒い服装の『黒須』で、もう一人は、現在失踪中のはずの東斗だった。二人の姿を見て、仲元だけでなく貴美も驚愕する。
「お前……」
「はる……どうしてここに……」
現れた『黒須』は勝手にしゃべり始める。
「仲元って言いましたっけ。全部あんたからの指示でしたよね。森島さんの裏アカにまずは普通に接触して、ある程度仲良くなってから覚醒剤漬けにしちゃってよ、みたいに。確か、あんたから言われたって」『黒須』は貴美に視線をやる。「あんたからも、そんな感じの仕事の依頼をするから宜しくって言われたよな」
煌が示した証拠を、約束事を確認するかのようにさらっと暴露され、仲元はあからさまな動揺が止まらない。貴美もうまく平静を保つことができず、表情を僅かに歪ませる。
「嘘だ。どうしてお前がそっち側にいる!? お前はこっち側の人間だろう! 裏切るのか!」
仲元は堪らず怒号をとばした。けれど『黒須』は全くそれに臆さない。
「勘違いしないでくれ。俺はあんたらの仲間になったつもりはないですよ。森島さんを嵌めたのも、ただ指示されたことをやっただけです。だから裏切りじゃない」
「お前……」
さらっと指示されたことを暴露しただけでなく、違法薬物の売人であることを知りながら警察や麻取に通報してやっていない義理すら感じていない『黒須』を、仲元は憎たらしく睨みつける。
一方で貴美は、眉間を寄せたまま東斗と『黒須』が一緒に現れたことが不可解で動揺していた。
「だけど、どうして? 森島くんは失踪したって……なんで二人が一緒にいるの?」
「そうっすよね。オレたちも二人が一緒にいることを知って、理解できませんでした」
「でも。意味があったんです。ちゃんとした正当な理由が」蒼太が言った。
あの事件で嵌められた東斗と、教団から指示されて嵌めた『黒須』。一緒にいられるはずのない二人が、なぜ一緒に現れたのか。その理由が、東斗から明かされる。




