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25話




「……俺達って実は、お互いのこと何も知らなかったよな。記事が出たり噂を聞いて、それを痛感した。まぁでも、全部知らなくたってちゃんとグループとしてやって来れてたし問題はないんだけど、今回メンバーの色んな面を新しく知って、なんかまた一歩近付けたというか。知らなきゃよかった、なんて思わなかったってことは、相手のことをちゃんと真正面から見れてるんだなと感じた」


 耳を傾けているのかわからないが、リンゴを切る賢志は沈黙し続けていた。煌は独り言になってもいいと、話し続けた。


「グループだから所詮は他人の寄せ集めだけど、時間を共有した分だけ、その関係性は変わるんじゃないかと思う。少なくとも、俺にはこの四人は……いや、五人は、家族同様に大事な存在だ。だから本当は、一人でも欠けてほしくない」

「……」

「だけど俺はまだ、全員のことを知らない。俺は、家族のことを知りたい。だから一度、考えてみた。賢志のこと」


 決して自らプライベート話をせず、ほとんど仕事をしている時の顔しか知らない賢志。だから煌は、これまで一緒に活動して来た賢志を振り返りながら、本当の彼がどういう人物なのかをよく考えてみた。


「振り返るとさ、出会った時から賢志って父親みたいだったよな。覚えてるか。オーディションの四次審査の合宿の時、流哉が他の候補生と喧嘩したこと。俺もあれ見てたんだけど、その時の賢志の止め方がちょっと父親っぽい感じだったんだよ。あの時の印象から、賢志って父親みたいな役回りになったよな。元々世話焼くところがあるし、余計にそうなった感じだったのかな。それから、最終的に俺たち五人でのデビューが決まって、グループ名もデビュー曲も決まって、じゃあリーダーは誰にするかって話になった時。俺たちの中で一番年上の賢志に白羽の矢が立ちそうになって、お前めちゃくちゃ拒否したよな。僕には相応しくないよ! 華やかじゃないし、みんなと比べれば平凡だし、引っ張ってく自信はないから! って、めちゃくちゃ必死になって」


 その時の光景を思い出した煌は、少し笑いを零した。


「それで結局、一番背が高くて、オーディションの時から視聴者の人気もあった東斗がリーダーになったんだよな。あんなに必死になった賢志を見るの、あれ以降ないよな。でも、何があっても冷静さを忘れない振る舞いは、俺も尊敬する。番組のMCを任された時も、適任だなって納得した。賢志の能力を見抜いた庄司さんも凄いけど、周りの期待に応えようとする賢志も凄いよ。だって未経験だぞ。それなのに、勉強して来たかのように最初から回すの上手くてさ。宮沢さんとの息もぴったりで。あれにはみんな驚いてた。収録終わってから、すげー! って、俺たち賢志に駆け寄ったっけ。素質があったんだな」

「……そんなことないよ」


 煌の称賛の言葉に、賢志はポツリと返した。


「実はまとめる力があって、冷静で、周りをよく見てて、尊敬するところがたくさんある……だけどそれは、仕事をしてる時の賢志のなんだよ」


 煌は、他のメンバーの知っていることを話し始める。


「流哉は兄貴キャラで、抜群の歌唱力の他にバスケが得意で、人の誕生日や好きなものを覚えるのが得意で、流行りのファッションにも精通してる。ラーメンが好きで、舞台が終わったあとは必ず背脂マシマシのこってりラーメンを食べるのが決まりで、ちょっとチャラく見えるけど芯はしっかりしてて優しくて、実は以外と寂しがり屋。

 一番年下の蒼太はムードメーカーで、天性の愛されキャラだけど、凄い努力家で幾つも資格を持ってて、実は利き酒ができるとか、ヒップホップを習ってたからダンスがグループの中で一番上手い。仕事中は一番アイドルっぽくしてるけど家に帰ると別人で、俺たちの中で一番オンとオフの差が激しい。

 東斗はおおらかで社交的で、スタッフや共演者からの評判がよくて、だからよく相談事を持ち込まれたりして、それが人たらしの所以になった。得意の料理はマジで美味しいし、プレゼント選びのセンスもよくて、共演したアーティストからオススメのプレゼントを相談されたこともあったな。あと、酒を飲むとちょっと性格が変わって、時々面倒くさくなる」


 残るは、賢志。


「賢志は。穏やかで、心が広くて、全然怒らなくて、世話焼き。家ではメガネをかけてるのは新発見だな。あとは……妹がいて、その妹は障害を持ってるかもしれない。プライベートが見えなくて、グループの中で密かに一番ミステリアス……。

 他の三人のことはたくさん知ってるのに、賢志のことはこれしか知らないんだ。でもプライベートを知らなくても、今まで別に支障はなかった。俺たちは賢志が好きで、賢志も俺たちのことが好きで、そこに信頼が存在しているから一緒にやれてる。なら、全部知らなくてもいい。これからも一緒にアイドルができるなら気にしない。……そう考えてたけど、それじゃあダメなんだと思う。その考えは、お前を知ろうとしてない。今まで、自分のことを話してくれないなら別にそれでもいいと思ってたけど、もしかしたらその思い遣りだと思ってたことが、賢志が自分のことを話しづらくさせてたのかもしれないと気付いた」


 煌の言葉に、賢志は特に反応はしなかった。カットし終えたリンゴを食べるでもなく、まるでインテリアの一つのように一点を見つめ、話す煌の方を微塵も見ようとしない。


「賢志はいつも、控えめなところが出てるよな。普段の話し方も、俺たちといても、MCやってる時も。絶対周りの人と並ばなくて、二歩も三歩も引いてる感じがする。それって、育ってきた環境とか関係してるのかなって考えた。よく世話を焼くのも、家族を助けてきたのが出でるのかなって。それを面倒とも苦労とも思ってなくて、賢志にはそれが当たり前で……。でも本当は、気配りをするのは疲れてて、放っておきたくてもそれができないのかも。それを誰かに言いたいけど言えなくて我慢してないか……と、色々考えた。好きそうなこととかも。ベストセラー小説とか読んでそうだなとか。休みの日は下北沢とか行ってカレー食べてそうだなとか。夜は間接照明だけにして昭和の映画観てそうだなとか。当たってるか?」


 尋ねると、それまで沈黙を守っていた賢志は、


「全然。一人で休んでる時は、何もしてない。ずっと空を見ながら音楽を聴いて、ぼーっとしてる」


 と、初めてちゃんと反応した。


「残念。違ったか」

「当たる訳ないよ。だって煌は、きれいな僕しか想像できてないから」


 しかしその反応は、煌の想像を否定したかっただけのようだった。

 なるべく賢志が話しやすいように心掛けたつもりの煌だったが、その反応で失敗に終わるかと思った。すると、賢志は再び自分から話し出した。背中の宮沢の手を、思い出したかのように。


「……あの記事の通り、ノイローゼでなった母親は鬱を患って、妹は障害者支援施設にいる。父親は二人を支えようとして在宅に仕事を変えたけど、手一杯になった……。僕は、僕がなんとか家族を助けないとって頑張ってきた。オーディションを受けた本当の動機だって不純だし、なれたらラッキーくらいに思ってたくらいだ。そんな僕がアイドルをやってるなんて、未だに信じられない。こんな僕が女の子たちに応援されて、キラキラのステージに立つなんて、本当は相応しくない。本当の僕は、水溜りに落ちた虫みたいに醜いんだから」

「動機なんてそんなものだ。俺の動機なんてめちゃくちゃ不純だし、本当はコンプレックスの塊だ。でも大事なのは、今の自分の気持ちだろ。オーディションを受ける前と同じ適当な気持ちじゃなくて、プロとしての思いが胸にあるだろ。アイドルとして生きる覚悟が」

「ないよ。そんなもの」


 煌の励ましの言葉を、賢志は迷わず切り捨てた。仲間からの温かい言葉や、自分が危害を加えた相手とか、嘘でも何を言えばいいのかなんて、関係なかった。


「オーディションを受ける前と、今と、僕が考えてることは何も変わってない。あの時から僕の目的はずっと同じなんだよ。やっぱり煌は、きれいな僕しか見ようとしてない」

「そんなことは……」


 煌が“きれいな賢志”しか見られていないと言うなら、それは、今までその部分しか見られなかったせいだ。けれど煌は、自分が知っている賢志だけではなく、自分を突き落とした賢志も突き放さず見ようとしている。その誠意は、全く伝わっていないのだろうか。歩み寄ろうとする煌から、賢志は一歩、また一歩と遠ざかろうとする。


「僕は、とても歪んでるんだよ。何度も真っ直ぐに直そうとしても、歪んだ形は記憶されてるから元には戻らないんだ。だからきみを襲った。死んだとしても仕方がないって思って、階段から突き落とした。もしも僕がきれいな人間だったら、何を言われても、洗脳されても、きみの脳内ではそんなことはしないだろ?」

「賢志……」


 賢志はゆっくりと椅子から立ち上がった。その手には、フルーツナイフを持っていた。


「僕はそういう人間なんだよ。だから諦めて。僕は、犯してはならない罪を犯したんだから」


 そう言って、賢志はナイフの刃を自分の首に当てた。




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