3話
「『ステップ&F.L.Y』ー!」
四人とスタッフらの大きな拍手でロケは始まった。
「ということで! オレたちF.L.Yの新番組が始まったぞ!」
「みんなお待たせー!」
「二人とも元気いいな。五月なのに夏日なんだぞ」
「何なに煌くん。涼しい顔しとして、まさかもう夏バテとか言うの?」
「夏バテにはまだ早すぎるぞ。夏日なんかに負けんじゃねぇよ、アカデミー俳優!」
「そのイジりするの、もうお前だけだぞ」
冒頭から三人が早速脱線し始めたので、進行役の賢志が仕切り始める。
「みんな。僕たちのことを初めて見る人がいるかもしれないから、一応、自己紹介しておこう」
「ねえねえ。何なら、最近ハマってることも言おうよ」
「そうだな。ファンに最新情報を提供しとかないとな」
蒼太の提案に乗った流哉が「じゃあオレから」と自己紹介を始めた。
「オレは七海流哉。最近ハマってるのは、海外セレブのアカウントを巡回して流行りのファッションをチェックすること。宜しく」
「じゃあ次はボク。F.L.Yの末っ子、玉城蒼太です! 最近ハマってることは、ワインを飲むことです。赤ワインも白ワインもスパークリングワインも飲んで、全種制覇を目指してます!」
「利き酒の次はワイン制覇か。蒼太も酒強いよな。……俺は、緑川煌です。最近ハマってることは、そうだな……。時々、昭和歌謡をギターで弾いてます。宜しく」
「僕は、倉橋賢志です。新しくF.L.Yのリーダーとなりました。宜しくお願いします」
「オレたちのお父さん的な存在だよな」
「まだ結婚もしてないのに、お父さんはないよ……」
メンバーが揃うと必ずと言っていいほど出るイジりに、賢志は困り顔をする。
「賢志くんが最近ハマってることは?」
「ハマってること? えーっと。何だろう……。何も考えずにボーッとすることかな」
「何だよそれ。それもうじいさんじゃねぇか」
「他に浮かばないんだから、しょうがないでしょ」
他にはないのかと訊かれそうな雰囲気だったので、進行の賢志は「それじゃあ、番組の説明するね」と趣旨の説明を始めた。
「この番組では、アラサーに向かう僕たちが年齢に見合った大人になるために色んなことを学んでいきます」と、せっかく軌道修正をしたが、
「ちょっと待て。今さらっと年齢イジったか?」
「ボクはまだ二十三だよ! めちゃくちゃZ世代だよ!」
「二十四のオレもそうだぞ! アラサーは賢志と煌だろ!」
「俺も二十五だから、まだアラサーの手前だ」
三人から猛抗議され、賢志はまた困り顔になる。
「落ち着いて三人とも。だから『向かう』って付けたでしょ。大人の階段を上る準備をしましょうってことだよ。じゃあ、お店の紹介していいかな」
賢志は強引に抗議を収拾させ、店の紹介に入る。賢志が後ろの店舗が見えるように身体の向きを変えると、カメラも店舗名が入るよう和食店のような外観全体を映した。
「今回は赤坂見附にある、こちらのしゃぶしゃぶとラーメンを出しているお店に来ています。早速お邪魔しましょう」
ここで一度カットされ、一同は店内に移動した。
店内は洗練されていて、すっきりとした廊下や、食事をする客への配慮で足音が響かないように絨毯が敷かれた階段は、旅館のような雰囲気がある。部屋は全て畳で、艶のある黒いテーブルが高級感を出していて、置かれている間接照明や小物に店のこだわりが窺える。店内を見ると、ラーメンを提供している店とは思えない。
撮影する二階の座敷でスタッフたちが照明やカメラ位置を確認しながらセッティングする中、煌たちは待機した。その中に突然、男性スタッフの怒号が飛び込んで来た。
「注文したばっか?! 何やってんだ! 先に注文しとけって言っただろ!」
「すみません」
APが廊下で新人ADの女性を叱っていた。制作会社に今年度入社したばかりで、経験もないのだろう。新人は「すみません」と何度も頭を下げて謝っているが、先輩スタッフは怒号だけでは気がすまないらしく、罵声まで彼女に浴びせる。
「タレントを待たせるなって何度も教えただろ! 要領悪いな。本当に使えねぇ。お前凡能者なんじゃねぇの?」
それを見た賢志は立ち上がろうとしたが、それより先に庄司が駆け付け、見兼ねた煌も素早く動き二人のあいだに入った。
「ちょっと上野くん。注意するのはいいけど、怒鳴るのはダメだって」
「上野さん。注文はしてあるんですよね。ラーメンならすぐに出来上がるだろうし、お店の方も急いで準備してるはずなので」
「彼女も反省してるよ。それに、今の差別発言はマズイよ」
二人が仲裁すると、さすがに上司とタレントに物言いをする勇気はないAP上野は「悪かった」と一言だけ新人ADに謝り、厨房の状況を確認しに一階に降りて行った。
「ありがとうございます」
新人ADは、二人に頭を下げてお礼を言った。ヘコんではいるようだが、泣いている様子はなかった。
「大丈夫ですか。上野さんてピリピリするとちょっとキツい言い方するけど、本当はいい人だから」
上野は、昔の冠番組でも一緒だったスタッフだ。彼も当時はまだADだった。彼が仕事熱心な性格なのは煌も承知していたので、軽くフォローだけしておいた。
「そう言えば、お名前何ですか」
「原です」
「原さん。これから宜しくお願いします。一緒に楽しい番組作りましょう」
AD原は頭を下げ、仕事に戻ろうとした。その時、彼女の足元にコイントップのシルバーネックレスが落ちていたので煌は拾った。
「これ。原さんの?」
「あっ」
原は煌の掌に乗ったネックレスを見た瞬間、パッと素早く取った。タレントに拾われて恐縮したのだろうか。彼女はもう一度頭を下げ、上野を追うように下の階に降りて行った。
庄司にも仲裁に入ってくれたことに礼を言われた煌は、テーブルに戻った。
「煌。何か見えたか?」
「いや。特には」
流哉に尋ねられた煌は首を振る。
煌は、第三種特性の〈物を触って記憶を見る〉能力を持っている。物を通して、持ち主や触れた人物の二十四時間以内の行動を見ることができる。煌はネックレスに触れた五秒にも満たない僅かなあいだに能力を発動させ記憶を読み取り、『黒須』への着く手がかりを得ようとしたが、ネックレスからはそんな記憶は見えなかった。最初の成果はこんなものだ。
十数分後、準備が整ったので収録が再開された。待っていた煌たちの目の前に現れたのは、普通の何倍もある直径50cmほどの器のラーメンだ。高級ブランド牛肉のスライスが表面を埋め尽くし、更には金箔が振りかけられている。
「なんだこれ! 上に乗ってるの全部サーロインなのか!?」
「しかも金箔も乗ってる! ビジュ爆発してるよ!」
「こちらは、お店で一番高いラーメンで、なんと! 十一万円もするそうです!」
「「じゅ、じゅういちまんえん!?」」声を揃えて驚く流哉と蒼太。
「普通に引く金額なんだけど。と言うか、配信番組なのに初回にこんな高額ラーメン出して大丈夫なのか? 制作費そんなに出てないんじゃないのか」
「煌。テレビの裏側を暴露しなくていいから」
煌が制作費の心配をすると、「これは、僕と神部プロデューサーからのお祝い」とカメラの後ろから庄司が言った。
「F.L.Yの活動再開とまた番組が始まったことへの、僕たちからのプレゼント」
「庄司さん個人から?」
「それって、庄司さんと神部さんのポケットマネーってこと?」
「そういうこと」
「という訳で。みんな。庄司さんと神部さんの身銭を切った高額ラーメン、食べたいよね?」
「「「食べたいっ!」」」
超豪華ラーメンを他人のお金で食べられると聞き目の色を変えた三人は、一斉に手を挙げた。
「身銭って生々しいよ、倉橋くん」
「それでは行きましょう! 『十一万円の超豪華ラーメン争奪! あっち向いてホイ、トーナメント!』」
賢志とスタッフは拍手で盛り上げる。が、三人は流れを知りながらもちろん抗議する。
「ちょっと待って! 庄司さんたちがボクたちにって言ったのに、みんなで食べられるんじゃないの!?」
「みんな知ってるでしょ。大人の世界は甘くないんだよ」
「いやいや。ここは甘んじて好意をみんなで受け取ればいいだろ」
「異論は受け付けません。ではゲームの前に、僕が代表して試食を」
賢志は事前の打ち合わせ通りに、先に一人だけ試食をしようと箸を持つが、なぜか庄司からストップがかかった。
「あ。このゲーム、倉橋くんもやって」
「えっ? 進行の僕だけは食べられるって……」
「初回だし、四人でゲームをやってもらおうと思って」にっこり笑顔で言う庄司と神部。
「そんな。打ち合わせと違いますよ!」賢志は二人に嵌められたのだった。
「大丈夫だ賢志。もしもお前が負けても、お前の誕生日に奢ってやるから。普通のラーメンだけどな」
「僕の誕生日先月だったし。負ける前提で言わないでよ流哉」
そんな訳で、進行の賢志を含めて高級ラーメンをかけたゲームトーナメントが行われた。最終的には煌が優勝して、ラーメンを独り占めする姿を賢志たちはよだれを飲み込みながら羨ましそうに見つめた。しかしさすがに一人では食べ切れない量だったので、結局四人で幸せを分け合って平和的に一本目の収録は終わった。
「一本目お疲れ様。面白かったよー。掛け合いが久し振りに揃ったとは思えなかった」
「倉橋くんも、他の番組で進行をやってるから安定してるねぇ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、撤収したらすぐに次の現場に移動して、二本目を撮るから。次もグルメだから、美味しいもの期待してよ〜」
この日は配信二回分を撮って、夕方に撤収となった。
番組配信が半月後に迫ると、先行して公式アカウントで告知した。テレビ番組出演時にも告知し、待っていたというファンからの嬉しい反応がたくさん届いた。
初回配信前には、四人の番組への意気込みややりたいことをインタビューした特別版を配信。第一回が配信されると、番組お気に入り数も視聴回数もなかなかよく、番組公式アカウントには、視聴したファンや興味本位で観た一般人から多くの反応をもらった。
「F.L.Yの番組面白かった! 久し振りに四人の掛け合いが観られて嬉しいです! これから毎週楽しみにします!」
「流哉くんと蒼太くんのコンビかわいい! 大好きです!」
「ラーメンを分け合って食べるみんながかわいかった〜」
「初回はまぁ普通に面白かったかな。ラーメンも美味そうだった」
「番組内容としては平凡。事件の真相を追うとか言ってた件については触れなかったな」
「初回の感想は、ファンにF.L.Yを見せるためだけの番組だな、という感じ。とりあえずもう少し観て視聴継続するか決める」
番組の回数を追うごとにお気に入り登録は増えていき、番組とグループの両公式アカウントのフォロワーも増えていった。以前は興味がなかった人が友達に勧められて観始めて新たなファンになる、という現象が起きたのだ。過去に何があろうと、アイドルや人間としての魅力が四人になければ、応援してくれる人が増えることはなかったはずだ。
そして、ファンが増えるのと同調するように、あの事件を言及する投稿を「F.L.Y公式裏アカウント」でちらほら見るようになった。「優しい東斗が覚醒剤なんてやるはずがない!」「あれは証拠が残ってるから無罪はありえない」と二分した意見が投稿され、
「『黒須』って本当にいるのか? 森島東斗が言ったことをみんな鵜呑みにするのか?」
という投稿がきっかけで、議論が勃発し始めた。そのファンとファン以外の投稿が白熱してくると面白がった記者が食い付き、ちょっとしたネットニュースになった。
一方の業界内は、変わらず好奇心からF.L.Yの動向を観察する者もいれば、通常通りを装いながら静かに彼らの様子を見る者たちもいた。