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21話




「速報です。本日正午ごろ。アイドルグループF.L.Yのメンバーの緑川煌さんが、病院に緊急搬送されました。テレビ大洋の午前中の生放送番組に出た緑川さんですが、出演後、非常階段の踊り場で倒れているのが発見され、119番通報されました。搬送時、意識はありませんでしたが、現在は意識が戻っているとのことです」


 煌の()()は、昼のニュースで速報で伝えられた。

 気絶した煌は、偶然非常階段を上っていたスタッフが落下する音を聞き駆け付けたおかげですぐに発見され、その後、病院に搬送された。

 診断は、左腕の骨の不全骨折と、後頭部外傷、それから全身打撲だったが、咄嗟に受け身を取ったおかげもあって幸い命に別状はなかった。術後に意識も取り戻したが、一日検査入院することになった。

 しかし仕事の方は影響が出てしまい、ドラマの最終回の告知する予定だった夕方の報道番組の出演は急遽取り止めになり、出演が決まっていた年始の特番の収録など来年一月放送の番組への出演は、全てキャンセルすることになってしまった。


「煌! 大丈夫か?!」

「煌くん!」


 翌日二十五日の朝。結城マネージャーと一緒に、話を聞いた流哉と蒼太が血相を変えて病室に駆け付けた。


「心配かけてごめん」


 頭と左腕に包帯が巻き付いているが、起き上がって元気そうな姿を見た流哉と蒼太は、ホッと胸を撫で下ろした。


「本当だよ。救急搬送されたって聞いた時、お前が終わったと思ったんだからな」

「勝手に殺すな」

「階段から落ちたって聞いたよ」

「ちょっと運動不足だと思って、次の仕事まで時間があったから運動してたんだよ。そしたら足を滑らせて」

「この前までドラマ撮って、同時に番組ロケと『黒須』探しもしてたから、疲れが溜まってたんだろ。無理すんな」

「そうかもな。気を付ける」

「社長もだいぶ心配されてましたよ。事故だということなので、ひとまず安堵されていましたが」


 何かあれば最悪グループの活動停止を言い渡されていたので、一報を聞いた流哉たちはヒヤッとしたが、それは回避できてひと安心している。

 少し煌と話した結城は、電話をしてくると言って病室を出て行った。昨日から煌の出演キャンセルなど対応に追われ、徹夜明けだそうだ。メイクをしているが、目の下に薄っすらクマができていた。


「またSNSで結構言われてるぞ。ヤバイ集団に狙われてるとか」

「ファンの子たちは心配してくれてるけど、他の人は本当に他人事だから好き勝手言ってる」

「今に始まったことじゃないから気にしてないよ。それより、話したいことがある」


 結城が席を外したので、煌は神妙な面持ちで二人には真実を打ち明けることにした。病室は個室だが、声だけ外に漏れないように大声だけは出さないよう頼んだ。


「報道だと転落事故ってことになっているが、あれは嘘なんだ」

「嘘?」

「ああ。混乱が生じないように、嘘を話した。本当は突き落とされたんだ」

「えっ!? じゃあやっぱり、煌くんも狙われたの?」

「明るいところなら、顔見てるんじゃないのか。誰に突き落とされたんだ」


 自分たちを狙ったやつと同じ人物かもしれないと、流哉は犯人を知るために尋ねた。


「……賢志だ」

「えっ……」

「はぁっ!?」


 流哉は思わず大声で驚いて、蒼太に「シーッ」と人差し指を立てられた。流哉は慌てて口を手で覆うが、大声を出すなという方が無理だ。


「そんな訳ないだろ。お前、見間違えたんじゃねぇの?!」

「本当なんだ。賢志に話があると言って非常階段に呼び出されて、突然」

「そんな……信じられないよ」

「あの賢志が……嘘だろ?」


 突き落とされた煌もその理由が何もわからないのに、現場にいて見ていた訳ではない二人が鵜呑みにできるはずがない。しかも、突き落としたのがあの賢志だなんて、エイプリルフールの嘘でも冗談がキツ過ぎる。


「信じられないよな。だから警察にも、自分で勝手に足を滑らせたと嘘をついた」


 今朝早くに警察が事故当時の状況を聞きに来たのだが、何もわからないまま賢志を犯人にしたくなかった煌は、つい嘘を言ってしまった。警察に嘘をついた罪悪感が、さっきからずっと胸のあたりに刺さっている。


「だからあいつ、見舞いに誘っても無視したのか」


 結城から煌の件を聞いて三人で面会に行こうとLINEで誘ったのだが、賢志に送ったメッセージは既読にもならず、今朝電話をしてみても出なかった。賢志がメンバーからの連絡を無視するなんて、初めてだった。


「でも。何で賢志くんがそんなこと……」

「そうだよ。賢志にそんなことする理由なんて……」

「思い当たらないよな。揉めた時のこともだいぶ反省してたし……だが、俺が知らないだけで、賢志には報復しなきゃならない理由があったんだろう」

「報復って……」


 話があると呼び出してまで犯行に及んだのだから、そう考えるのが妥当だ。賢志は何かしらの深い恨みを、煌に抱いていた。しかし、それをチラつかせたり予感させる仕草や行動は微塵もなかった。

 ……いや。予感なんて誰もする必要がなかったのだ。賢志は滅多なことでは怒らない、穏やかな性格だ。あの揉め事での賢志は、正体不明の誰かに狙われているという恐怖に襲われていたからで、あの時以外に賢志が感情を激しく乱すことはなかった。だから、父性の内側に隠し持っているものがあったとしても、誰も気付けなかった。

 賢志は一体、いつから煌への報復を考えていたのだろう。あの賢志を突き動かした衝動を芽生えさせた煌は、彼にどんなきっかけを与えたというのだろう。

 すると煌は、事故当時の記憶を微かに思い出した。


「……いや。もしかしたら賢志は、そんなつもりはなかったのかも」

「え?」

「どういうこと?」

「突き落とされる直前、賢志が『ごめん』て言った気がする」


 賢志が煌へ手を出す瞬間、確かに賢志は謝っていた。ひと言だけ

「ごめん」と。

 それを聞いた二人は、怪訝な表情をする。


「危害を加える相手に対して、謝ったのか?」

「煌くんを傷付けるけど仕方がないんだ。だから『ごめん』。てこと?」

「たぶん、賢志には俺に恨みはなかった。だが、襲わなきゃならない理由ができて、突き落とさなければならなくなった」

「何だそれ。意味わかんねぇ。その言い方だと、誰かに言われたからみたいじゃねぇか」

「言われた……命令された?」


 その時。煌の脳裏に、当時の微かな記憶が再び甦る。ほんの一瞬ではあるが、賢志は左手首にコイントップのシルバーアクセサリーを着けていたのを見たことを思い出す。もしもそれが、番組ADや、貴美、東斗、そして自分が持っていたものと同じだとしたら……。


「七海さん、玉城さん。現場に行く時間なので送ります」


 電話が終わった結城が戻って来て、流哉と蒼太に仕事の時間を告げた。


「はーい。じゃあね煌くん。もうちょっと話したいけど、また今度だね」

「このあと検査なんだろ。家に帰るまで大人しくしてろよ。今度、様子見に家行くから」

「じゃあその時は、ちゃんと手土産持って来いよ」

「わかったよ。何がいい」

「木村屋のあんぱんか、デメルのチョコ」

「オッケー」


 仕事の前に面会に来た二人は滞在十分ほどで、結城と一緒に行ってしまった。結城は二人を現場に送ったあとにまた来ると言い、扉が閉められた。再びまた静かになった病室に一人になった煌は、思案する表情をする。

 その時、メッセージを受信したスマホが短くバイブした。見ると、青森で一人で暮らしている母親からだった。昨夜も、ニュースを観てすぐさま泣いているスタンプ付きで長文のメッセージをくれ、たった一人の家族を心から心配していた。今日もまた、怪我は痛まないか、朝ごはんは食べられたかと心配のメッセージを送ってくれた。

 大丈夫だというメッセージを返そうとすると、また母親からメッセージが届いた。今度は、煌が送ったクリスマスプレゼントのハイヒールの写真を添付して、「毎年ありがとう」と感謝の言葉をくれた。煌は、「その靴履いて、いい男見つけてよ」と返信した。すぐさま母親からガッツポーズをするスタンプが送られて来て、煌はクスッと笑う。

 しかし、表情はすぐに切なげなものに変わった。


「……ごめん、お母さん。来年は、あんまりいいものをプレゼントできないかも」


 煌の母親も、彼が今何をしているのかを知っている。最初こそ止めようとしたが、息子の性格を熟知しているので早々に説得はしてこなくなった。だが、呆れた訳ではない。呆れてはいるだろうが、見守ることに徹する判断をしたのだ。

 「大切な人のために無茶をする息子を、母は遠く離れたところから支えます。お布団もちゃんと干しておくからね」

 と、何かあっていつ帰って来てもいいように息子を迎える準備だけはしておくと、メッセージをくれた。

 自分は親不孝者だと、帰ることも躊躇う母の思いに胸が痛まないはずがなかった。


 検査で異常が見られなかった煌はその日の夕方に退院を許された。病院の玄関前に取材陣が待っていることもなく、結城の車で帰宅した。

 報道があった時は、「余計なことに首を突っ込んだせいだ」「自己責任だ」とSNSで言われていたが、事件性はないと報じられたニュースが取り上げられることがなくなると、同時に非難の声も引いて行った。





 翌日になった二十六日の夜。煌の無事をファンに伝えるべきだと話し合った流哉と蒼太は、F.L.Y公式SNSで急遽配信をすることにした。

 それには、連絡を無視していた賢志も参加した。二人は煌から事実を聞いて声をかけるか悩んだが、ここで賢志まで出なかったら事故に関係しているとファンに気付かれるので何も聞いていないふりをした。

 生配信は、流哉の仕切りで始まった。


「どーも、こんばんは。F.L.Yです。今日は、緊急生配信します」

「初の生配信だから緊張するね」

「おい賢志。お前も緊張してんのか? リーダーが一番緊張してどうするんだよ!」

「そっ……そうだよね。ごめん」


 賢志の表情は強張っていた。彼自身も、本当は出るべきではないとわかっている。だが、流哉と蒼太の考えと同じ、自分がここにいないと不自然に思われると考え、堪えていた。


「今日は何で生配信にしたのか説明しないと。賢志くん。宜しく」


 蒼太からパスされた賢志は、強張った表情のまま逸したい目を前に向け、重たい口を懸命に開き、カメラの向こうにいるファンへ説明をする。


「……もうみんな、ニュースで知っていると思いますが……二十四日に煌が怪我をして、病院に搬送されました。みなさまには大変ご心配をおかけして、申し訳ございません」


 一応カンペは目の前に用意してあったのだが、それを読む賢志の言葉は一文字一文字が固かった。

 謝罪の言葉は、三人同時に頭を下げた。そのあとのコメントは、流哉・蒼太の順番で話した。


「で、煌ですが。無事で元気にしてます。怪我の状態を言うと、後頭部のあたりを少し縫って、左腕にヒビが入ってて、あとは全身の至るところに打撲傷がある状態です。一日検査入院しましたが、脳を検査をしても意識障害や記憶障害はなく、他も異常はなかったので退院して、これからしばらくは自宅で療養ということになります」

「そういう訳で。煌くんは、怪我が治るまで活動をお休みすることになりました。年末年始に出る予定だった番組も、全部出られなくなりました。関係者のみなさん、ご迷惑をおかけして本当にすみません。煌くんが出るのを楽しみにしていたファンのみなさんも、がっかりさせてすみません」


 三人はもう一度頭を下げた。

 ひとまずするべき報告が終わると、蒼太が「うーん」と唸った。


「やっぱり煌くんがいないと、物足りないなぁ」

「何言ってんだよ。オレたち三人がいるのに何が不満なんだよ」

「ほら。顔面偏差値的に」

「オレたちの顔面偏差値は低いって言うのかよ。オレも一応アイドルだぞ、アイドル!」


 重苦しい空気を変え、自分たちは大丈夫だとファンに伝えるために、蒼太と流哉はわざとふざけ始めた。


「等身大パネルを用意した方がよかったかな。それか、AIでニセ煌くん作って合成するか」

「いやいや。この生配信急遽決めたし、準備が間に合わなかっただろ」

「じゃあ。この辺に拡大した写真を……」蒼太は斜め上にジェスチャーで四角を作る。

「卒業アルバムの集合写真に休んだやつみたいじゃん。いやだから。もう手遅れだから」


 と、残りの時間は蒼太と流哉が作った和やかな雰囲気が続き、配信は十分ほどで終了した。煌の状況を知ることができたファンからは、安堵のコメントが次々と寄せられた。


 「煌くん無事でよかった!」

 「手術したみたいだけど、生きてるならそれでいい!」

 「流哉くん、蒼太くん、賢志くん。報告してくれてありがとう!」

 「と言うか、ずっと賢志くんの顔色が悪かったね。無理しないで」


 煌も自宅で配信を観ていて、グループLINEで感謝の言葉を送った。それとは別で賢志個人にも何か言いたかったが、何を書いたらいいのか悩んでしまった。


(「よく出られたな」……違うか。

「ずっと顔色悪かったぞ」……これも違うな。

「もっとしゃべれよ」……いや。これも違う)


 浮かんだ言葉を打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返し、右手の親指の関節が痛くなりかけながら三〇分くらい悩み続けた。

 その末に決めたメッセージは。


 「やっぱり俺たちは、四人揃ってF.L.Yだな」


 これ以上にいい言葉が思い付かなかった。

 しかし、メッセージを送信し、既読にはなったが、いくら待っても返信されて来なかった。

 その後も煌は、賢志に何度か何でもないメッセージを送ったが、既読無視が続いた。流哉と蒼太からも送ったりしているが、年始の番組の収録もあって忙しいのか、賢志は三人からのメッセージを読むこともなくなった。




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