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20話




 呼ばれた理由はそれだけだったので、三人は今日はこのまま大人しく帰ると言って仲元に挨拶し、席を立った。見送るために一緒に外に出た賢志(けんし)は、少し怒っていた。


「みんな。仲元さんが説得してくれようとしたのに、強情過ぎるよ」

「忠告を聞かないのは、本当に悪いと思ってるよ」

「それなら……!」

「お前もオレたちを心配してるんだよな。だから仲元さんに相談して、止めてもらおうと思ったんだろ」

「でも今やめたら、東斗が戻って来ない気がするんだ。失踪した東斗の手がかりを探すためにも、やめちゃいけないんだよ」

「そうかもしれないけど……」

「賢志くん。ボクたちのこと、信じてくれないかな。危険なことには絶対に首を突っ込まないし、ちゃんと期限も守るから」

「みんな……」


 誰が何を言っても折れない芯の強さに、賢志も困り果ててしまう。賢志の思いに、(こう)たちも胸が痛む。

『黒須』捜索を抜けた賢志の選択はきっと正しい。自分たちもそれに続くべきなのだろう。けれど、事件の真相があると知りながらそれを見過ごし、嵌められた東斗の無念を無理やり胸の底に埋めてしまっていいのだろうか。


「ごめんな、賢志」


 煌は賢志にひと言だけ謝り、流哉と蒼太とともに背を向けた。

 最初は四人で足踏みを揃えて始め、協力して進んで来たが、とうとう志のすれ違いで道を分かたれてしまった。


 三人を見送り店内に戻った賢志は、強情なメンバーの振る舞いを仲元に謝罪した。仲元は、テーブルの上の料理を好きに飲み食いしていた。


「本当にすみませんでした。仲元さん」

「あんなに意志が強いとは思わなかったよ。まぁ意志が強くなければ、もう諦めてるか。仲間のきみの言葉すら聞かなかったんだもんね」

「本当にすみません」


 賢志は自分の監督不行届だと自責し、心からの謝罪を示すために繰り返し頭を下げた。ジョッキのノンアルコールビールを飲み干し、電子タバコを咥えた仲元は、その謝罪を受け入れる反応も拒む反応もしない。


「しかし。このままだとマズいね。だいぶ危険だ。ここでなんとかしないと」

「わかってます」

「……賢志。もう一度きみを頼っていいかな」

「僕……ですか?」


 意外な指名に、少し賢志は驚いた。グループのリーダーとしての責務を果たせなかったというのに、仲元はまだ賢志を信頼してくれていた。


「芸能界の父親の僕が言っても聞かないなら、外から誰が言っても結果は同じだろう。だから、きみがもう一度止めるしかない。そもそも、F.L.Yの今のリーダーはきみだろう。まとめ役がしっかりしないから、こんなことになってるんじゃないのかな」


 信頼しているのではなかった。仲元の声が重い。彼は賢志の責任を静かに咎め、優しかった瞳は濁り、外に出していないもう一人の仲元の顔が覗く。その雰囲気を感じた賢志は畏縮する。


「……おっしゃる通りです」

「じゃあ、できるね。賢志。なんとかして彼らを止めるんだ」

「はい……」

「大丈夫。お母さまが見ているよ」


 励ます時だけは仲元は優しく微笑んで、賢志の背中を押した。





 十二月二十四日。クリスマス・イヴ。

 午前中の生放送の情報番組に出るために、煌はテレビ大洋に来ていた。出演したドラマ『猛獣は眠らない』の最終回が明日放送されるので、その番宣をするためにゲストで呼ばれて来たのだ。

 世間はクリスマスで浮かれモードだが、明日も仕事が入っている煌にはあまり縁がなくなってしまった。デビューした年からクリスマスは仕事に奪われていたので、これはもう仕方がないことだと今は割り切っているが、デビュー当時は芸能人になれたのを実感できた喜び半分、これが芸能人の運命さだめかと諦めの気持ちが半分だった。休みなら休みで嬉しいが、どちらにしろ一緒に過ごす素敵な相手がいないので、賢志たちと集まってパーティーをするか、一人で家飲みをするかの二択だ。

 そう言えば賢志も、今日はテレビ大洋で昼の生放送に出演するために来るらしく、出る前に話がしたいと朝LINEが来た。MCやパネラーでマルチに活躍する賢志も、この年末年始はだいぶ忙しそうにしている。恐らく今の時期、グループの中で一番忙しいのが賢志だろう。

 出番の時間が迫り、煌はスタッフに呼ばれてスタジオに移動した。番組は、月曜〜金曜の帯番組で、司会とMCは局のアナウンサーと中堅芸人で、曜日ごとに違うレギュラーゲストが出ている。今日呼ばれたのは、プライベートな話をするトークコーナーだ。


「今日はクリスマス・イヴだけど、緑川くんは予定はあるの?」

「いえ。特にないですね。仕事が終わったら家でゆっくりテレビを観ながら一人で飲むと思います」

「えー。お友達とかメンバーのみんなとクリスマスパーティーしないの?」レギュラーゲストのベテラン女性タレントが訊いて来た。

「仕事が終わる時間や休みが合えば、集まって食事をすることはありますよ。でも、今年のクリスマスは無理そうですね」

「じゃあメンバーで、お酒が入るとこいつ面倒くさいなーってなるのは誰なの?」

「賢志ですかね。普段は真面目な感じでMCとかやってますけど、飲むとよくグチりますね」

「えー意外! そうなんだ」と、同じくレギュラーゲストの芸人が相槌を打つ。

「それから、クリスマスというと年に一度のイベントな訳だけど、何か記憶に残る思い出はある?」

「クリスマスの思い出ですか。そうですね……」


 煌は少し考え、あることを言ってみた。


「ショートケーキを買って、母と家でささやかなパーティーをしたことですかね」


 自然と母親のことを思い出したので、あの記事について全く言及していないことを考え、敢えて自ら触れた。それは、ファンの心情を考えてのことでもあった。

 煌の記事を知っていたMCの芸人もそれにわざと触れているのだと察し、様子を見ながら話の続きを尋ねた。


「これ訊いていいのかな。緑川くんは、お母さんと二人で暮らしてたの?」

「そうなんです。色々と事情が重なって、住んでいた神奈川から母の生まれ故郷の青森の東津軽郡の方に引っ越したんですが、かなりの貧乏暮らしで。二人で助け合って生活してた感じですね」

「緑川くんが貧乏暮らし? 本当に?」

「メンバーも疑ってましたけど、こう見えて昔はだいぶ苦労したんですよ。でも母が『自分が支えるからね』じゃなくて『一緒に頑張ろう』って言ってくれたから、環境が変わっても堪えられたんです。だから、一緒に頑張ってくれた母には感謝しています。今はこうして皆さんのおかげで仕事を頂けているので、母へのクリスマスプレゼントも感謝の気持ちを込めて毎年送っています」

「そっかぁー。今の活躍してる姿を見ると全然想像できないけど、大変だったんだねぇ。プレゼントも毎年送るなんて親孝行だね。お母さん喜んでるでしょ」

「はい。いつもお礼の電話をくれます」

「素敵な息子じゃないの。感動しちゃったぁ」ベテラン女性タレントは瞳を潤ませていた。


 話は煌から触れられたが、MCの芸人は調子に乗ってそれ以上土足で踏み荒らすことはせず上手く話の流れを変え、スタジオが変な空気になることもなく始終和やかムードで進んだ。そして最後にドラマの最終回の番宣をし、十分強のコーナーは終わった。

 出演者やスタッフに挨拶をして、煌は楽屋に戻って来た。今日は、夕方の報道番組のエンタメコーナーでも告知をさせてもらうことになっているが、出演時間まではだいぶ時間があるので、賢志との話が終わったら昼食と買い物にでも出ようと考えていた。

 話がしたいと言っていた賢志からは、昼間の出番が終わったら楽屋に声をかけてほしいと言われていた。時計を見ると十一時を回っている。そろそろ賢志も来ているだろうと、煌は一度私服に着替え、LINEを送ってから賢志の楽屋に向かった。


「お疲れ。話ってなんだよ」

「ここだとちょっと。場所変えよう」

「楽屋じゃダメなのか?」

「うん。他の人に邪魔されたくないから」


 そう言って煌は連れ出された。きっとまた、『黒須』捜索はやめてほしいと説得をするつもりなのだろうと考えていた。協力を仰いだ仲元に恥をかかせてしまったと責任を感じていて、なんとか自分で止めようとしているのだと。

 廊下を歩いてどこに行くのかと付いて行くと、賢志は非常階段の扉を開けて入った。真っ白い壁と階段の空間を、ひゅうっと冷たい風が幽霊のように通り抜ける。煌はシャツとニットを重ね着していたが、首を撫でられて寒気が身体を走り抜けた。

 賢志は半階上り、踊り場で足を止めた。煌も踊り場に上ったところで立ち止まる。


「ここで大丈夫なのか? それで、話って何だ。『黒須』探しの説得なら……」


 煌から話を切り出したその時。背中を向けていた賢志は後ろを振り向いた。


「ごめん」


 そして両腕を煌に突き出し、彼の両肩を強く押した。

 不意に押された煌はバランスを崩し、踊り場から足を踏み外し、階段に向かって身体が倒れる。

 その瞬間。賢志の左手首に、シルバーのアクセサリーが見えた。これまでに何度か見たコイントップが、照明を僅かに反射しながら揺れていた。

 突き落とされた煌は全身に強い衝撃を食らいながら十二段を転げ落ち、階下の壁にぶつかって踊り場で仰向けに倒れた。

 煌の全身に激痛が走る。頭も、腕も、胴体も、足も、全てが激痛に悲鳴を上げる。味わったことのない痛みに声も上げられず、堪えられずに表情を歪ませ、歯を食いしばってただ唸る。

 目を開けて上にいる賢志を見ようとしたが、視界がぼやけて彼の輪郭がわからない。助けを求めたくても、痛みを堪えるのに精一杯で声が出ない。助けてくれと手を伸ばしたくても動かせなかった。

 階下で悶え苦しむ煌の姿を、賢志はただ見ていた。助けに下りて来る様子も、慌てて誰かを呼びに行く素振りもない。

 階下に落ちて唸っている煌を見届けた賢志は、そのまま見捨てて去ってしまった。


(賢……志……)


 どうして俺を突き落としたんだ。

 そう問いかけることもできないまま、煌は意識を失った。




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