19話
二人は言われるがまま煌にメッセージを送り、仲元の車に乗って、いつも澤田と会っている居酒屋に連れて行かれた。どうやら仲元はすでに誰かと待ち合わせをしているらしく、その相手がいる個室の場所を目指して店の奥へと進んだ。
ある個室まで近付くと、通路に誰かが立っていた。賢志だ。流哉と蒼太は彼がいることを不思議に思いながら、席に座った。
メッセージを送ってから約三〇分後、煌も合流した。仲元に捕まったと聞いて疑問に思いながら来たが、賢志が一緒にいることに煌も不思議そうな顔をした。
揃ったところで飲み物とつまみを頼んだが、そのあと一同は沈黙した。対面に座る賢志と仲元はまだ口を開かず、煌と流哉と蒼太は視線を交わす。まるで生徒指導室に呼び出されたような、そんな空気が漂っていた。
テーブルに飲み物などが揃うと、お手拭きで手を拭きしながら仲元がようやく本題を切り出した。
「なんで僕がきみたちを迎えに行ったのか、そこから知りたいだろ。賢志から相談されたんだ」
煌たち三人は、仲元の隣に座る賢志に視線を向ける。賢志はさっきから、視線を落として大人しくしていた。
「賢志はきみたちを心配して、僕に相談してくれたんだ。まだ探してるんだって?」
なんとなくそうなのだろうと薄々気付いていたが、三人の頭には「なぜ仲元に?」と疑問が浮かんだ。
「はい。でも、もうすぐ『黒須』に近付けそうなんです。もうしばらく粘れば……」
「それは、オススメしないなぁ」
だし巻き卵を一口食べた仲元は、ノンアルコールビールを飲んで流した。仲元は自分たちを説得するつもりだと知った煌は、矢面に立つ役を買って出た。
「『黒須』がどんなやつかは、大体知っています。俺たちは危険を覚悟でやつを探してきたんです。今さら止められても」「いいや」
仲元は食い気味に煌の覚悟を否定する。目の前にいて話をしているのに、仲元は店に来てから三人と一度も視線を合わせていない。
「きみたちは何も知らない。知らな過ぎる。だからそんなに向こう見ずに行動できるんだ」
「でも俺たちは……!」
「きみたちは立派な社会人だろう。しかもそこら辺の、酔っ払ってわーわー騒いでるお気楽なやつらとは背負っているものの大きさが違う。十代の時から一緒にやってきた仲間でそういう雰囲気になることもあるかもしれないけど、もう少し自覚を持ってもらわないと」
仲元は、今度は揚げ出し豆腐を一口食べた。煌は頼んだ烏龍茶に一回も口を付けずに、真摯な姿勢で話し続ける。
「仲元さんは、これがただの“友情ごっこ”だとでも思ってるんですか。友情ごっこに覚醒剤だ何だ危ないものが絡まないことくらい、知ってますよ」
「僕はただ、育てたきみたちを心底心配しているんだよ。せっかく発掘して磨き上げた宝石を、誰かのせいで砕かれるのを見たくない。まだきみたちは大いに輝けるはずなのに、これまでの努力を台無しにしてほしくないんだ」
そんな大事なセリフを言う時も、気持ちを伝えるためには彼らの目を見なければならないのに、仲元の視線はテーブルに向かっていた。
「仲元さんが言っていることはわかります。俺たちも仲元さんに感謝してるし、まだ恩返しし足りないとも思ってます。けれどこれは、東斗の名誉を守るためなんです」
「仲間の名誉のため。ね」
「真実があるのなら、ちゃんと暴かれるべきなんです。仲元さんだって、東斗の事件はショックだったんでしょう? その事件に真相があるなら、知りたいと思わないんですか!?」
「思わない」
間髪を入れずきっぱりと言い切った仲元のひと言に、煌は言葉を飲み込んだ。流哉も蒼太も、信じられないという眼差しを仲元に向けた。
仲元はズボンのポケットから電子タバコを出し、吸い始める。
「思わないって……冗談すよね」
「ボクたちのことを怒ってるから、そんなふうに言うんですか?」
堪らず、戸惑いながら流哉と蒼太は尋ねた。
「きみたちの味方だと思っていた僕がそう言うのは意外かな。でもこれが、大人の正直な意見だよ。これまでの恩を忘れて裏切るのかってね」
「裏切るだなんて……」
「そんなふうには考えてない? だけど、周りはみんなそう捉えているよ。『危ないことに首を突っ込むような人たちじゃないと思ってた』って。口にはしなくても、心の中では失望してるよ」
「仲元さんも、そう思ってるんですか」
「思ってるよ。芸能人の過ちはこれまで幾度となくあった。薬物問題、事故、不倫、浮気、暴力事件。中には、まさかあの人がと驚かされた事件も何度もあって、その度に周囲を失望させてきた。緑川くんたちも、芸能人が起こした事件をニュースで聞いたことくらいあるでしょ。きみたちもその芸能人たちと同じなのかと、僕はがっかりしているんだよ」
仲元が言う「裏切る」は、「それまでの彼らのイメージを壊す」ことを意味しているようだ。確かに芸能人が犯罪者になったというだけでもセンセーショナルだが、誰もが知る人気俳優やトップアイドルが逮捕された時の影響力は桁違いだ。仲元が言ったように煌たちも「まさかあの人が」と驚かされたこともある。それは、東斗の時も然りだ。その影響力は人気度や知名度が高ければ高いほど注目され、波紋の広がり方も波のように大きい。
「……その通りだと思います。俺たちがやっていることは、仲元さんを始めとしたお世話になった業界の方々、それにファンを裏切る行為なのかもしれません。ですが、これは確実に言えます。周囲のみなさんに迷惑がかかることはありません」
脅迫状に加えて明らかな身の危険も感じているが、幸い自分たち以外の無関係な人たちにはその気配はない。今は確実に自分たちにだけ危険な刃が向けられていることを確信している煌は、周囲への危険はないと言った。しかし。
「だから自分の正義を信じて突き進んでも誰にも迷惑はかからない、かからなければいいと。そんな軽薄に考えてるんだ?」
それまで目を合わせなかった仲元は、煌に真剣な視線を真っ直ぐに向けた。そんな目はオーディションでも見たことはなく、その声音には重圧が加わっていた。
「軽薄だなんて。それに俺たちは、事後の身の振り方もちゃんと考えた上で……」
「事後のことはどうでもいいんだよ。僕は、今すぐ芸能活動には無益なことはやめるべきだと言っているんだ。誰にも迷惑がかからない? そんなはずはないよ。それに事後を想定している時点で、周囲に多大な迷惑をかけることを承知しているということじゃないか」
「それは……」
「誠に不義理だよ、きみたちは。そんなんじゃ個人の仕事だけに留まらず、今後のグループ活動にも影響が出るのは仕方がないと言わざるを得ないね」
自分が育て上げたグループがこんなエゴイズムの持ち主だったとはと、仲元はほとほと呆れた様子だ。その言い方はまるで、芸能人として不合格だと言われているようで、煌たちを厳しく突き放すようでもあった。
「どうして僕の気持ちを理解してくれないんだい。僕だって、きみたちがスターダムにのし上がる未来を夢見ているんだよ。そのチャンスを棒に振るなんて……特に緑川くんはもったいないよ。これからは、助演男優賞に主演男優賞も獲れる実力を持っているのに」
「……そんなにキャリアは大事ですか」
また同じことを言われ、半ば苛立ちを覚えながら煌は尋ねた。
「大事だよ。きみが取った新人俳優賞がどれだけ価値のあるものかを、きみは全く気付いていない。たかが新人賞だと思ってたら、全ての俳優に失礼だ。映画に出演した全ての若手俳優がノミネートされたくても、一年に五人にしか与えられない宝なんだよ。きみがもらったトロフィーは、ただの飾りじゃない。きみが感じた以上に重いものなんだ。その重みを、もう一度思い出してほしい」
そんなことは、煌自身もわかっている。アカデミー賞新人俳優賞に選ばれたと一報が来た時は事務所のみんなが喜んでくれたし、映画で共演した俳優や監督にも祝福された。テレビで授賞式の様子が放送されると、大勢のファンからも溢れんばかりのお祝いの言葉が贈られて来て、母親も喜んだ。それだけ価値があるものであり、自分が選んだ道が正しかったことが証明された証だ。新人俳優賞の受賞は確実に、煌の自信とプライドとなった。
しかしそれは、今の煌にとっては大して大事なものではない。
「俺にとってあのトロフィーは、宝なんかじゃありません」
「じゃあ、きみにとって新人俳優賞のトロフィーはなんなの?」
「あれは、バトンなんですよ」
「バトン?」
「あれは、俳優の先輩から後輩に受け継がれる、成功と繁栄の願いが込められたバトンなんです。確かに、自分が選んだ道が正しく、俳優として生きていいと許された証かもしれませんが、俺が受け取った時点で後輩に渡すものだと決まっているんです。だから、俺がいつまでも握り締めていていいものじゃないんです」
煌がもらったトロフィーは、すでにただのインテリアの一つになっている。それにはもう執着も何もなかった。
「ですが。これまで積み重ねたものの重さも、トロフィーの重さも、自分なりにわかってるつもりです。なので今後、賞を受賞するに相応しくないと観た人たちが判断するのなら、俺はそれを受け入れます」
今後の自分への評価が今の行動の報いとして表れるのなら、それが行動の結果である以上、反論する資格はないと煌は言った。隣で煌の信念と覚悟を改めて聞いた流哉と蒼太は、彼の意志の強さはグループの誇りだと思えた。
煌の変わらぬ意志を聞いた仲元は、流哉と蒼太にも視線を向けて尋ねる。
「流哉くんも蒼太くんも、考えは同じなのかい?」
「はい。変わりません」
「ごめんなさい、仲元さん」
二人は、気持ちを同じくする仲間を信じ、その大木のように揺るぎない意志に付いて行くと伝えた。自分たちの正義を貫くと。
仲元は眉間に深く皺を寄せて腕を組み、深く溜め息をつき唸る。ものも言えないくらい大層呆れてしまったのだろうか。意志を伝えた三人は、あとは怒鳴られるのかと身構えた。
「そっ、かぁ〜〜〜……」
ついには頭を抱えて仲元は俯いた。フツフツと沸き上がる怒りを抑えようとしているのか、それともやはり呆れ果ててしまったのだろうか。
「きみたち、意志が強過ぎるよ。僕の言葉なら、言うこと聞いてくれると思ったんだけどなぁ」
そうではなく、自分の言葉が届かなかったことが悔しかったようだ。仲元も煌たちを相当心配し、末永く芸能界で活躍してほしいと願ってくれていたのだ。
「ごめん賢志。僕には無理だった。力及ばずで申し訳ない」
「仲元さん」
賢志はもう少し粘ってほしそうにしていたが、煌たちの意志はテコでも動かないと理解した仲元は、それ以上の説得はしようとしなかった。




