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18話




 翌日。番組収録に揃って行くため、四人は事務所に集まっていた。賢志に澤田からの報告を話さなければならなかったため、集合時間より早く集まり、事務所の会議室を借りていた。


「とにかく、澤田さんが元気そうで安心したよ」

「気になることは残ってるけどな」

「『黒須』は本当に、今回のことには関係ないのかな」

「薬物系ライターの人はそう見てるらしい。俺たちもやつの性質を考えると、関与はしてないと思う」

「もう一つの可能性の、例の薬の方が怪しいよね」


 蒼太が言うと、賢志が訝しる表情をする。


「例の薬って?」

「今ニュースでも時々やってるだろ。特性能力犯罪者の急増に関わってる可能性のある《P》っていう薬だよ。ライターはそれも取材していたらしいんだけど、そっちが原因で監禁されたんじゃないかって」

「それから。俺たちはもう一つ気になってることがある」

「『黒須』に関すること?」

「そうじゃなくてね。賢志くん、璃里ちゃんの能力が消えた話、覚えてるでしょ? その璃里ちゃんがね、飲んでたサプリのことを教えてくれたんだ」


 蒼太はそう言って、賢志にも璃里とのLINEのやり取りの画面を見せた。彼女からのメッセージと、そのあとに送られてきたサプリの写真を目にした賢志は、眉頭を思い切り寄せた。


「サプリの名前はわからないが、とりあえず《S》と呼ぶことにした。生天目はこのサプリを飲み続けて、能力が消失したと言っている」

「他の同じ症状の人もこのサプリを飲んでるみたい。しかもこれ、仲元さんからもらったって」

「……」


 賢志は眉間に深い皺を作ったまま、サプリの写真から目を離さない。仲元から提供されたもので発症したという事実を、認められず唖然としているようだ。


「賢志はどう思う?」


 煌の問いに、少し眉間を開いた賢志は顔を上げる。「どう思う、って?」


「仲元さんは、この症状が出ていることを知ってると思うか?」

「そんなの、僕に訊かれても……」


 その時賢志は、煌が何を考えているのかをなんとなく察した。


「まさか煌。仲元さんがサプリの効果を知ってて生天目さんたちに配ったって言うの?」


 自分たちを導いてくれた恩人を疑うのかと、賢志は若干険しい目付きで尋ねた。流哉と蒼太もまさかと思い、煌に視線を集中させた。しかし煌は、「そこまでは」と一度は否定する。


「だが、仲元さんと仕事をしたその誼でサプリをもらっていたとしても、全員に同じ症状が出るなんて偶然が合致し過ぎてる」

「考え過ぎだよ、煌。仲元さんがなんでそんなことをしなきゃならないんだ。また焦ってるんじゃないの」


 賢志は同じ過ちを繰り返すのかと案じて言うが、今日の煌は焦りはない。


「幾分か冷静だ。それに、同じ時期に特性能力増進効果のある薬が出回ってるのも少し気になる」

「冗談はやめてよ煌。まさか、二つが関係してるとか考えてないよね?」


 ニュースでも取り上げられている《P》は能力を増進させる薬だが、同じく一文字の《S》は能力を減退・消滅させる薬だ。効果は相反しているが、同時に密かに流通する二つの薬の関連を煌は疑い始めていた。

 煌がまたよからぬことを言い出し、賢志はだんだんと厳しい顔付きになる。気のせいだろうか。揉め事に発展したあの時と似た雰囲気を漂わせている。


「《P》は能力を制御不能にさせた。《S》は能力を減退させ、消失させた。効果は正反対だが、どっちも特性能力をコントロールしている。そんなものが同時期に、正規ルートではなく人の手によって広められている。何か意図しているように」

「煌。やっぱり考え過ぎだよ。そしたら仲元さんが何か画策しているみたいじゃないか」

「俺もそこまでは考えてない。仲元さんは信頼してる人だし、俺たちの生みの親を疑うなんてできない。だが、仲元さんがあげたサプリと事件の容疑者が摂取した薬は、どこかで繋がっているような気がする」


 煌のその発言で、賢志の眉間にまた深い皺が現れる。煌がまた、絆で結ばれた人に疑心を向け傷付けようとしている。そんなことはさせてはならない。これ以上、身内に疑心を向けさせてはならないとシビアに考える賢志は、リーダーらしい態度を示す。


「煌。僕たちは、東斗の事件の真相を知りたいだけだよね。それとは関係のないことに首を突っ込んだら、期限内に終われず中途半端になるだけなんだよ。そんなの不本意でしょ?」

「わかってる。そんな怖い顔するなよ」


 賢志の咎めるような視線に、煌は思わず上半身を反らしそうになる。


「煌。僕にはわかるよ。きみはまた、ここを熱くさせかけてる」


 そう言った賢志は、煌の胸を人差し指で触れた。


「これ以上熱くしたらダメだ。一度燃えてしまったら、きみを燃やし尽くしてしまうよ」


 煌を真っ直ぐに見つめ、賢志は警告した。再びいつもと違う雰囲気を纏っているが、けれどあの時の羊の皮を被った狼のようなものではない。恐らく今日は、グループのリーダーとしてメンバーを正しく導こうとしているだけだと、煌はそう感じた。


「生天目さんの話もいったん忘れよう。余計な情報が入って来過ぎて、本来の目的を見失いかけちゃダメだ」


 賢志は目的は一つだけだと改めて言い聞かせるように、三人それぞれの顔を見た。リーダーの賢志のその真っ直ぐな目を見て、まず蒼太が首肯した。


「そうだね。偶然に色んな情報が一気に集まってきちゃったから、考え過ぎてるかも」

「だな。いったん冷静になるか」


 煌は何も言わないが、軽く頷いた。

 熱くしてはいけない。それはわかっている。自分が熱くなるべきは、東斗の事件の真相だけだ。しかし、これまで起きたこと全てが、煌の脳内で渦を巻いている。一つの出口を求めて彷徨うように、回遊を続ける。

 その時、会議室のドアがノックされた。


「みなさん。そろそろ行きましょう」


 ドアを開けて結城マネージャーが顔を覗かせた。そろそろ、配信番組の最後の収録へ向かう時間だった。


「んじゃ。気合入れて行くか!」


 流哉の気合いのひと言を合図に、煌たちは移動しようと会議室のドアへ足を向けた。ところが、賢志が三人の足を止めた。


「あの。みんな」

「なんだよ賢志。お前の心配はわかったから」


 三人が振り返ると、賢志は振り向いた煌たちの視線を避けるように目を逸らした。


「そうじゃなくて……この前の記事のこと……」

「あの記事がどうかしたか?」

「うん。あの、僕の記事……」

「賢志くんの?」

「あの……あの時、僕、何も……」


 煌の思考を止めようとしていた先ほどとは全く逆で、賢志は自分の言いたいことをためらっていた。自らの言葉で仲間たちに伝えたいのに、言葉が堰き止められている。しかし。


「別にいいよ」

「え?」


 その煌のひと言に、賢志は複雑な気持ちになる。拒否されたのだと思った。お前の記事は別に気にならないから言わなくていい、と。それならそれで構わなかったが、そういう意味ではなかった。


「俺は、公にされたことを今さら隠す必要もなくなって、話しただけだから」

「ボクたちが話したからって、流れで話さなくていいよ」


 それは、賢志を気遣った言葉だった。自分も話さなければと彼がためらっていたのを、三人はわかっていたのだ。その気遣いに胸が痛くなり、賢志は逆に申し訳なくなる。


「……でも」

「話したくないから黙ってたんだろ。別に、不公平だなんて思わないから。俺たちは自分の判断で話しただけだから」

「煌……」

「誰にでも秘密はある。大したことない秘密から、一生明かしたくない秘密も。人に知られたくなくて秘密にしてるんだから、気にするな。だから、賢志の気が向いた時でいい。一年後でも、十年後でも、お前が話せる時が来たら、俺たちも聞くよ」

「墓まで持って行ってもいいけどな」

「……そんなこと言ったら、おじいさんになるころには隠してたことボケて忘れちゃってるよ」


 流哉が言ったことに賢志が微苦笑して言うと、蒼太が「そうだよ流哉くん」と突っ込んで、煌と流哉と一緒に笑い飛ばした。賢志も合わせて笑いたかったが、心が追い付かなかった。

 三人の気遣いはとても有り難かった。家族のことは本当に誰にも触れられたくなくて、このまま秘密にしておいて許されるなら十年でも二十年でも、抱えているものが降ろされるまで隠しておくつもりだ。けれど、そのつもりなのに、三人の優しさが賢志の胸を締め付ける。

 賢志の煌たちへの思い遣りと、煌たちから賢志への思い遣りは、すれ違ってしまっていたから。





 十二月も中旬に差しかかったころ。『トライんぐ&F.L.Yんぐ!』の最終回を撮り終え、番組スタッフたちとの打ち上げも済み、四人に少し時間の余裕ができた。

 先月『黒須』の張り込みに失敗した一同は、今度は全員で協力して二度目の張り込みを決行しようとしていた。ところが、再び作戦を決行しようとした矢先、賢志が『黒須』捜索から外れたいと三人に意志を伝えた。これ以上危険なことになる前に、離脱したいとのことだった。突然の離脱宣言に驚いた三人だったが、これまで渋りながらも協力してくれていたので煌たちはその気持ちに感謝し、その意志を受け入れた。

 しかし、生放送の番組があったり新年の特番の収録があったりと何かと忙しい年末は、なかなか三人揃って行動ができなかった。F.L.Yとしても、帝日テレビとテレビ大洋の四時間生放送の歌番組になどに出演するので、なかなか自由に動ける時間は限られた。

 そんな忙しい中、スケジュールが合った流哉と蒼太は、十五日にバーへ行くことができた。二人が店に入ったのは二十二時の僅か十分前。『黒須』が現れる直前だった。

 二人は空いていたカウンター席に座り、カクテルを注文して、全身黒い姿のやつが現れるのを気を張り詰めさせて待ち構えた。ところが。


「そのお客さまなら、先日いらっしゃいましたよ」

「「えっ!?」」


 静かにジャズが流れる落ち着いた雰囲気の店内で、二人揃って声を張ってしまった。二人の両隣に座っていた客たちは、「静かにして」という顔をして雰囲気を乱した流哉と蒼太に視線をやった。

 まるで針山になった気分になって肩身が狭くなりながら、二人はマスターに詳しく話を訊いた。


「どういうことですか。毎月十五日に来るって言ってましたよね?」

「そうなんですが。今月は三日前に来て、先月は十七日にいらっしゃいましたね」

「ちなみに、月に何回か来たりは……」

「それは一度もありませんね」

「嘘だろ……」


 つまり、もう今月は現れない。マスターも娘のためにせっかく協力をしてくれて、自分たちも気合いを入れて来ていたのに、努力が無駄になってしまった。流哉と蒼太は揃って気力を消失していく。

 仕方なく、おつまみのナッツをつまみながら、ちびちびとカクテルを飲むことにした。

 二人が意気消沈しながら飲んでいると、二人組の男性客がやって来た。


「こんばんはー。あれ。カウンター埋まってるのか」

「すみません。テーブル席で宜しければ……」


 カウンター席が空いていないのを見て少しがっかりする常連客二人を、マスターがテーブル席に案内しようとしたが、「よければ、ここどうぞ」と流哉と蒼太はカウンター席を立ち、彼らに譲った。

 そして二人は、半個室の小さなテーブル席に移動した。初めてこの席に座ったが、カウンターがすぐ側でも気にならない、いい具合の個室感で、誰にも聞かれなくない話をしたい時には最適な席だ。高級感のあるチェスターフィールドの椅子に座っているだけで、二人はリッチな気分になる。

 心地良いBGMと、座り心地のいい椅子と、いい感じの空間で、今日の任務を諦めた二人は寛ぎ始める。アルコールが入って気も抜けて、完全にリラックスモードだ。蒼太はプラス五歳になった気分で背凭れに寄りかかり、大人の空間を愉しみ始めた。

 その時、蒼太は能力で椅子に残っていた匂いに気付いた。


「……あれ。この匂い」

「何か匂いが残ってるのか?」

「うん。東斗くんちで嗅いだ匂いと同じだ。香水とお香の混ざった香り」

「そうか。来たばかりだから残ってるのか! その香り、本当にハルん()で嗅いだのと同じか?」


 そう聞いた流哉は、思わず身を乗り出した。椅子に付着している匂いは様々あるが、蒼太はその中から、東斗の家で嗅いだあの匂いを確実に嗅ぎ分けた。


「他の人の体臭や葉巻とかの香りもするけど、間違いないよ。あれと同じ匂いを付けた人が、ここにも座ったんだ」

「何の香りが混ざってるかわかるか?」

「えっとね……」蒼太は目を閉じて香りに集中する。「ローズ系と、柑橘系と、シナモンが少し。それからあと一種類あるんだけど、これ何だっけ。絶対嗅いだことあるんだよなぁ……」


 三つの香りは確実にわかる蒼太だが、残り一種類の香りが思い出せない。これまで必ず一度は嗅いだことがあり、心を静かにさせ雑念を取り払ってくれるようなイメージの香りだ。


「……思い出した。サンダルウッドだ。ちょっとスモーキーな感じもあるから、お香で間違いない。どれも付着したのは、三日前だよ」

「てことは。その匂いを着けていたのは『黒須』が会ってる女性。そしてその人が、東斗の家にも出入りしたことがあるってことか」

「流哉くんの方の椅子も嗅いでみる」


 蒼太は椅子から立ち、流哉の椅子の肘掛けや背凭れに鼻を近付けた。


「こっちからは、同じ匂いはしない。サンダルウッドは少し感じるけど」

「そもそも『黒須』の匂いがわからないからな」

「でも、僕が覚えてた匂いの人が同一人物とは限らないよ」

「いや。『黒須』が現れた同じ日にこの椅子に全く同じ匂いが付着したのは偶然じゃないかもしれない。煌も言ってただろ。ハルが再び狙われたのは、共犯者がいるからだって」

「そっか。もしかしたらこの匂いの人が、『黒須』の共犯者の可能性もあるんだ」


『黒須』の匂いを知っていればよかったのだが、東斗の家で嗅いだ同じ匂いを付けた人物が来ている可能性を突き止められたのは大きな収穫だった。女性が共犯者でなかったとしても、運よく会うことができれば『黒須』の情報を聞ける。あわよくば連絡方法も聞き出せれば、急激にやつに近付く大きなチャンスになる。

 しかし、二人が煌に手がかりを掴んだことを連絡しようとした、その時だった。


「ここでロケしてから、大人のお店に嵌っちゃったのかな。きみたちは」


 突然男性に声をかけられた。二人が同時に反応して目をやると、キルティングジャケットにマフラーを巻いた呆れ顔の仲元が、カウンターを背に立っていた。


「僕が支払うから、今日はもう出ようか。あ。ついでに緑川くんに、『いつものお店に来て』って連絡してくれる?」


 と、自称・F.L.Yの芸能界の父親は、二人を強引に店から連れ出した。




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