13話
『緑川 煌 さま
突然のお手紙、失礼します。
本当はご自宅に直接送りたいところだったのですが、やむを得ず事務所を通して送らせて頂きました。
急なことで申し訳ありませんが、私は今、自由に動けそうにない状況にあると察しています。この数日間、見知らぬ複数人の人物に後を付けられたり、見張られているような気がするのです。なので、しばらく行動を自粛することにしました。
その理由もあり、自分の身にいつ何が起きるかもわからないので、これまで集めた情報を手紙にてご報告させて頂きます。ハッキングの恐れも考慮しての判断ですので、ご了解頂ければと存じます。
まず『黒須』については、やはりほとんどわからなかったのですが、薬物ライターの方が親切に色々と情報を集めてくれました。
いくつも名前があるのは、もう知っているでしょうか。『ユーレイ』『UMA』などあり、中でも『シノ』はヘビーユーザーから呼ばれているそうです。身体的特徴も、事前情報と特に変わりはありませんでした。
あと。教えて頂いたアカウント名の『すなふきん』ですが、事件当時はそれとは別のアカウント名で取引をしていたようです。そして現在、その『すなふきん』のアカウントは削除されています。』
ということは、東斗にコンタクトしてきた『すなふきん』は、『黒須』の表向きのアカウントということだろう。わざわざアカウントを変えて接触して来たのだから、やはり噂通り、簡単に足跡を追わせてくれない強敵だ。
『『黒須』が現在使っていそうなアカウントも訊いてみましたが、プライベートが全く見えない人物なので、麻取も含め特定に苦戦しているそうです。これではないかというアカウントはあるんですが、取引以外のアカウントは今は持っていないんじゃないかという推測もあります。
僕がコンタクトを取ったライターの方には三つ目星があり、既に接触を図ったらしいのですが、いずれも見当違いだったそうです。ですが、そのハズレの人物にも心当たりを訊いてくださり、そのうちの一つにコンタクトを試みてみるそうです。そのアカウント名は、『manju』と言います。危険がありそうですが、できれば僕も付き添い、その人物に話を訊こうと思います。
それから。この話はまだ不確定事項なので真に受けないで頂きたいのですが、一応記しておきます。
ある記者からの情報で、森島さんのある噂を耳にしました。それは、『森島東斗が教団と何かある』という曖昧な噂です。教団とは『宗教法人ピースサークルファミリー教会』のことです。その名前はみなさんも一度は聞いたことがあるかと思います。出処までははっきりとしないんですが、どうやら芸能関係者らしく、飲食店で話していた男性客の話を店員が偶然聞いて、それが人伝に伝わっていく過程で曖昧な内容になったのかもしれません。
あと、報道規制の理由に関しては依然として全くわかりません。
最後に。これはみなさんへの注意喚起となりますが。ライターの方からの情報提供で、みなさんもニュースで聞いたことがあると思いますが、特性能力犯罪事件に関してです。
今年に入ってから特性能力犯罪は増加傾向にあり、現在も右肩上がりで拡大しています。警察も懸命な捜査と関係者への取り調べを続けていて、その事件の容疑者全員がある薬を服用してから能力が操れなくなったと証言しているそうです。
その薬の名前は《P》と言います。その薬は普通に入手できるものではなく、有性者をターゲットにして裏で出回っているらしく、警察も違法薬物の線で捜査を進めているそうです。その薬は“タダでもらった”と口を揃えて言っているようなので、怪しげな薬を勧められても手を出さないでください。心配はないと思いますが、念のため。
ご報告は以上となります。この手紙を出した翌日に、薬物系ライターと一緒に『manju』に会いに行きます。無事に帰ることができたらご連絡しますが、生存証明はまた手紙となるかもしれないことは、ご了承ください。
澤田 安寿』
簡潔にまとめられていた内容ではあるが、誰が聞いても緊迫する内容であることは間違いなかった。
「接触するって。薬物バイヤーに、だよな。それが『黒須』の可能性もあるってことだよな」
「澤田さん、そんな危険なことを……」
調査の依頼をしたのは自分たちとは言え、協力を願い出てくれた澤田にはそこまでしてほしいなんて望んでいない。そこまで彼に償いを求めていなかった四人は、澤田の身を案じる。
「二通目、読むな」
一通目では澤田の安否が何より気になったが、二通目には一体何か書かれているのか。末尾に書いてあったように、生存証明の手紙であることを全員が祈った。
封を開けた煌は、再び読み上げる。
『緑川 煌 さま
先日はご心配をおかけするような手紙を送ってしまい、大変驚かれたかと思います。緑川さんを始めとしたみなさまには、ご迷惑とご心配をおかけして、申し訳ございませんでした。
僕は、無事に自宅に帰って来ました。
ですが、まだ完全に自由の身になったとは言い難い状況です。取材のあと、再び見知らぬ人物たちに見張られているのです。
ですので、身に起きたことなどお話したいことはあるのですが、まだそれはできないようです。
この状況はまだ続きそうですが、そう長くはないと取材に同行した薬物系ライターの方も言っていましたので、恐らくそうなのでしょう。
一応警察にも相談したので、様子を見ながらもう少し自宅で大人しくしていようと思います。
安全の確保が確認できましたら、今度はお電話させて頂きます。それまでもう少しだけお待ちください。
澤田 安寿』
煌が代読を終えて手紙を折り畳んだ瞬間、全員から大きな安堵の溜め息が漏れ出た。
「よかった。澤田さん無事で」
「一通目で不穏な空気出し過ぎだろ〜」
「でも、本当によかった……」
全員が脱力して、しばらくその場から動けないくらいジワジワと安堵を身体中に染み渡らせていく。
「でも見張られてるって、何でだ。薬物バイヤーってそんなことするのか?」
煌は何気ない疑問を三人に投げかけるが、三人とも「さあ?」と首を傾げる。
「でも。ちょっと気になることが出てきたな」
「東斗の噂か。何だっけ。ピース……」
「ピースサークルファミリー教会。凡能者の人々のために創設された法人団体だよ」とさらりと言う賢志。「ついさっき名前聞いたばかりだよ。と言うか、流哉も知らないことはないでしょ」
「凡能者だから勧誘は何度か来たけど、全戦全勝してやった」自慢げに言う流哉。
「つまり、しつこい勧誘を断ったってことだな」
「ハルくんがその何とか教会と何かあるって、何があるんだろう?」
「“何か”ってことは、“繋がりがある”ってことか?」
「でも単なる噂だよ? 澤田さんも出処が不明だって書いてるんだし、深堀りしてもあんまり意味がない気がする」
東斗に関係する噂とは言え、賢志は不確定情報に惑わされることを避けたいようだった。発信源も芸能関係者のようだし、小さな話が盛られて噂としてさらに広まったという可能性もあり得る。
「そうだな。何の根拠もない噂を深堀りしても仕方がない」
「とりあえず今回は、澤田さんの無事が確認できただけで十分てことでいいのか?」
「そうだね。こっちもこっちで、『黒須』に近付けないままだし」
「何で十五日に来なかったんだろー」
そう。煌が雑居ビルの前の店で出入りを見張っていた日、結局『黒須』は店に訪れていなかったのだ。翌日、流哉と賢志がマスターに確認しに行ったが、賢志の能力でもマスターは嘘はついていないことが証明された。
「しょうがない。次の機会を窺うか」
東斗失踪事件が公開捜索に切り替わって数日。メディアの耳にもその情報が入り、情報番組、週刊誌、スポーツ紙で取り上げられた。
『元・F.L.Yのリーダー森島東斗行方不明事件』を面白がる週刊誌は、あの事件と関連付けた記事を書いた。そのネット記事を見て、信憑性のない内容を鵜呑みにし、また心無い言葉をSNSに投稿する一般人も少なからずいた。そしてその投稿を引用したり、リプライして広める者もいた。
しかし、事件に進捗がないとメディアはすぐに飽き、超人気アイドルと売れっ子俳優の熱愛報道に掻き消された。事実上、芸能界を追い出された元アイドルだが、所詮は一般人ということだ。人生に疲れて失踪しただの、山奥で自殺しただのと適当に言われただけで、大して取り上げられなかった。それはそれでよかったのかもしれない。東斗の両親が危惧していたようなバッシングはなく、一週間と経たずに忘れ去られたのだから。
SNSのトレンドは日々移り変わる。人々はそれだけ、退屈な毎日に新たな発見や刺激を求めている。やれ円高だ、新手の詐欺だ、物価高だなど聞くだけで気が滅入るような話題はできるだけ見聞きしたくないし、どこかの誰かが何気なく発信した投稿にエモさを感じて「いいね」をする方が幸せなのだ。
人々は、自分の幸せを最優先する。エモい投稿に「いいね」をするのも、見知らぬアカウントの炎上に乗っかるのも、自身の快楽を求めているからなのかもしれない。




