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12話




 その翌日の夜。四人は事務所の会議室に集まり、机を挟んで一対三で向き合っていた。顔を合わせるのは前回の番組収録以来だったが、三人はあまり煌と目を合わせてくれていない。


「みんなごめん。疑って悪かった!」


 重い空気が流れる中、来てくれた三人に対し煌は腰を折って頭を下げ、誠意を込めて謝罪した。


「俺は焦ってたんだ。東斗が失踪したのはまた狙われたからなんだと考えたら、無事なのか不安になって、早く『黒須』を見つけなきゃと思って。でもだからって、みんなを疑うのは間違ってた。本当にごめん!」


 猛省していることを証明するように、頭を下げ続けた。もしも一度で許してもらえないのなら、何度でも頭を下げるつもりでいた。


「頭を上げろよ、煌」


 三人の中で一番最初に流哉が口を開いた。煌はゆっくりと顔を上げ、流哉の顔を見た。その表情は険しくなかった。


「オレはもう責めてないよ。冷静になって考えてみたら、オレも煌と同じように考えたはずだ。でもやっぱり、疑われたのはショックだ」

「……ごめん。流哉」


 心に負った傷は少しだけ残してしまったようだが、流哉は煌を許した。


「ボクももう大丈夫だよ。リュウくんと話して、ああそうだなって煌くんが考えたこと納得したから。ボクだって焦る気持ちを抑えられないし、ボクが煌くんだったら一人で突っ走ってたかもしれないから」


 続いて蒼太も許してくれた。あの時の蒼太は急変した状況に困惑していたから、100%煌に対して裏切られたと思っていた訳ではなかった。煌を信たい気持ちがあったから、仲の良い流哉の気持ちにも影響を与えることができたのだろう。


「ごめん。蒼太」

「でも、一人で考えないでほしかったな」

「そうだよ! オレたちみんな東斗のこと心配してんのに、お前一人の問題にするな。活動再開した時、一丸となって立ち向かおうって決めただろ。やることも、考えも、気持ちもちゃんと共有して、一つの目的を果たすために協力していこうって。その約束、忘れたのかよ」


 それは、一番最初に四人で誓い合った言葉だった。一人のために四人全員で立ち向かうには、気持ちも考えも一つになろうと。四人が一つになれば、やり遂げられると。


「ごめん」

「謝るんだったら、これからは約束を守ってくれ。この約束を守ってくれるなら、特別に許す」

「……ありがとう」


 犯してはならない罪を許されて、煌の胸に詰まっていた罪悪感が小さくなっていった。

 三人にしつこく協力を仰ぎ、もしもダメだったら一人でも煌はやるつもりだった。けれど、一人ではなくてよかったと、動き始めてから思った。こんな大それたこと、一人では無理だった。焦りや苛立ちを抱えながらでは、途中で限界を感じてやめていた。共に歩んでくれる仲間がいなければ、今こんなに彼らの存在にありがたみを感じることもなかった。

 流哉と蒼太との和解で、部屋の中の空気が少し軽くなった。そんな中で、


「……そう言えば。そんな約束もしてたね」


 ずっと俯いて口を噤んでいた賢志が、静かに口を開いた。


「煌は、悪意があって僕たちを疑ってた訳じゃないんだよね。それなのに僕は、襲いかかってきた感情に負けて、煌を責めた。今回一番悪いのは、僕なんだ」


 賢志は、煌よりも強い自責の念を抱いていた。その胸中は、誰が聞いても声音で窺い知ることができた。


「賢志……」

「振り返ってみれば、本当にらしくなかった。でも僕は、怖かったんだ。自分の周りで起きていることが。次は僕に降りかかってくるんじゃないかって。だから、恐怖を遠ざけたかった。自分を守りたかったんだ」

「賢志は最初から、危険を危惧してたもんな」流哉は庇うように言う。

「だけど。恐怖から逃げるために煌を敵にするのは違うんだ。僕は、他のみんなを傷付けたい訳じゃない。グループを壊したい訳じゃない。ただ、自分を守りたいだけなんだ……」


 賢志はテーブルの下で組んでいた手に、ぎゅっと力を込めた。その心情の吐露は、まるで独白にも聞こえた。煌たちに言っているようにも聞こえ、賢志が自分自身に言っているようにも聞こえた。


「きっと、東斗が失踪して神経過敏になったんだな。大丈夫だって。オレたちは元気だぞ。グループだって壊れてない」

「それに、ボクたちはそう簡単に壊れないよ。だって絆は強いもん。ケンカになったのも、仲がいい証拠でしょ」

「流哉。蒼太……」


 明るく振る舞う二人に、賢志は罪を悔やむ罪人のような目で顔を上げた。誰かに救われたいと願うような眼差しで。そんな賢志に近付き、煌は言った。


「賢志。お前は悪くない。気の済むまで俺を責めてくれていい。そしたらまた、俺を信じてほしい。そして、辛かったらその気持ちを俺にも分けてくれ」


 それが、信頼を裏切ったことへの償いであると、衷情ちゅうじょうを込めて言った。

 賢志もまた、状況に不安を感じて追い込まれていたのだろう。だから彼らしくない言動を取ってしまったのだ。それだけ東斗を心配しているのだ。煌と同じくらいに。

 煌の言葉を救いだと受け止めた賢志は、瞳を潤ませた。


「……ありがとう。東斗もきっと無事だよね」

「そうだ。ハルは絶対に無事だ。信じようぜ」

「早く連絡くれればいいのにね」


 蟠りが取り払われ、雰囲気はいつもの四人に戻った。

 こんなに東斗を心配しているメンバーの中に、裏切り者がいる訳がない。やはり自分は間違っていたんだと仲間への疑いを完全に消し去った煌は、もう同じ過ちはしないと心に誓った。しかし、今回の東斗失踪事件の原因は、東斗に近い人物であることは間違いない。誰かが『黒須』と共謀しているという可能性は外せないと考えている。


「そう言えば。東斗の件は公開捜索に切り替わるんだろ?」

「ああ。ご両親が決意してくれた」


 バッシングを懸念して渋っていた東斗の両親が、ようやく公開捜査を決意してくれた。近日中に長野県警等のホームページに、東斗の顔写真付きで公開される。


「これで見つかりやすくなると思うが……」

「マスコミに情報が流れたら、またハルくんが何か言われそうだよね」

「世間の声が、東斗の耳に届くようなことはないと祈りたいけど……」

「なあ、煌。お前は東斗が失踪したのは、また『黒須』が原因だと考えてるんだよな」


 流哉は今回の失踪事件に関しての考察を煌に尋ね、煌は首肯する。


「この前言った通り、東斗の居場所を知っている人物が『黒須』に居場所を教えたか、共犯者がやつに指示されて襲いに行ったんだと推測してる」

「お前のその考えはおかしくないと思う」


 身近な人物の中に共犯者がいるという煌の考えには、流哉たちも同意していた。


「でも、共犯者になる理由が全くないよな」

「そうなんだ。心当たりを想像しても、そこまでする理由はないんだ。あと一つ気になるのが、東斗が嘘をついたことだ」

「カウンセラーが来るって言ったことだよな。東斗には、嘘をつかなきゃならない理由があった。オレたちを帰すために」

「その人物に会わせたくなかった?」


 不可解な東斗の嘘の理由を考えて、四人は一緒に眉頭を寄せる。と、蒼太が言う。


「……ねえ。それが『黒須』ってことはないよね」

「まさか。東斗が『黒須』を招いた? そんなバカな話があるかよ。東斗はやつに嵌められたんだぞ」

「そうだよね。ごめん。変なこと言って」

「だが。東斗はその人物を俺たちに会わせたくなかった。その人物と関係があることがバレるとマズいから」

「じゃあ、貴美さんは? 元カノとまだ会ってたりしたら、隠したくならない?」

「いや。オレは別に。元カノが友達になったりしてるし、おかしくないと思う」

「それに、もう連絡は取ってないって言ってたしね」


 そう。事件後に自然消滅したと東斗は言っていた。しかし、一つ疑問が浮上する。


「だけどあいつ、貴美さんといつから連絡取らなくなったって言ってた?」

「確か、色々あってから、とは言ってたけど……」

「それはいつなんだ。釈放されたあとなのか? 裁判後なのか? 自宅療養中なのか? もしも引っ越す直前だったら、別れ話の流れで東斗が引っ越し先を漏らしてるかもしれない」

「だとしてもだよ。貴美さんが東斗の居場所を知っていたとしても襲う理由はないし、『黒須』とも無関係だよ」

「そうか……」


 東斗が嘘をついた一番の理由としては貴美が有力候補ではと思ったが、動機がない。未練があって断ち切れなかったという理由も考えられるが、失踪事件が公になったあとに関係発覚のリスクを考えると流石にそこまでしないだろう。

 だとすると、怪しいのはやはり煌が挙げた人物の誰かということになるが、動機がわからず一同は沈黙してしまう。


「まとめると。また『黒須』が関わっているだろうってこと以外は、理由も何も全くわかんねえってことだな」

「全然進まないね。澤田さんが協力してくれてるから、ゴールは近いんだと思ってたけど……」


 蒼太が半分スライムのようにテーブルにへたりながら言った。が、その蒼太のおかげで流哉が大事な件を思い出した。


「あっ。手紙! 煌に来たって言ってたよな?」

「あっ。そうだ!」半分スライムだった蒼太も一瞬で人間に戻って、煌に目を向けた。

「そうだ。俺も忘れかけてた」


 グループ分裂危機のことで頭がいっぱいでそれどころではなかったから、仕方がない。煌はずっとトートバッグに入れていた澤田から届いた封書を取り出したが、一通ではなく二通に増えていた。


「実はつい一昨日、二通目が届いた」

「二通目が?」

「両方とも、俺が代表して読んでいいか?」


 三人は同意して頷いた。

 煌は事務員からペーパーナイフを借りて封を開け、三つ折りにされた手紙を開いて内容を読み上げる。




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