表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/58

1話




 二〇二四年三月下旬、夜。アイドルグループ『F.L.Y(フライ)』の公式SNSで、予告されていた緊急告知の配信が始まった。オシャレな小物が置かれた棚や星のオーナメントやライトが飾られた壁を背景に、ソファーに座ったメンバーの四人が約三年と五ヶ月ぶりに顔を揃えていた。


「みなさん、こんばんは!」四人は声を揃えて第一声を発した。

「F.L.Yの緑川(こう)です」

「同じく、七海流哉(りゅうや)です」

「玉城蒼太(そうた)です」

「倉橋賢志(けんし)です」


 煌はクールに、流哉は気さくに、蒼太は明るく、賢志は謙虚な姿勢で自己紹介した。


「今日はみなさんに、嬉しいお知らせがあります」

「活動休止をしていたF.L.Yですが、いよいよ、来月から活動再開することが決まりました!」


 煌からの発表と同時に四人は大きな拍手をし、画面の外からはマネージャーたちがクラッカーを鳴らして画面を賑やかした。


「ファンのみんな、待たせてごめんね」と、蒼太が手を振る。

「ずっと俺たち個人を応援してくれてたから、やっと四人揃った姿を見せられると思うと嬉しいな」

「そして、気になるF.L.Yの新しいリーダーは……賢志です!」


 流哉からの新リーダー就任の紹介とともに、賢志を挟む三人は両側から「イェーイ」と手をヒラヒラさせる。


「至らないところがあるかもしれないけど、F.L.Yを守れるように頑張ります」

「堅いって賢志!」


 流哉が緊張した賢志の身体を「リラックスしろよ〜」と言いながら揺らすと、賢志は照れ笑いした。


「新しいF.L.Yが始まるんだと思うと、ワクワクするね!」

「そうだな」

「賢志。他にも知らせることがあるんだよな」煌が告知があることを振った。

「そうなんです。活動再開の日、四月二〇日に新曲を出すことも決定しました!」


 賢志の発表と同時に『祝!活動再開記念曲リリース!』とテロップが出て、蒼太はテンション高めに「イエーイ!」と盛り上げた。


「タイトルはまだ秘密だけど、カッコイイ曲に仕上がったんで楽しみに待っていて下さい」

「今年は、三曲は出したいねって話てるんだよね」

「他にも、みんなに喜んでもらえそうなお知らせがあるんだけど、それは詳細が決まったらお知らせします」


 告知が終わると一度四人はお互いに視線を交わし、真面目な顔付きに変わった煌が切り出した。


「それから。ファンのみんなだけじゃなくて、これを観ている全員に伝えておくことがあります」


 賢志と流哉の顔付きも変わり、テンションが高めだった蒼太も姿勢を正して真剣な表情になる。そして、煌から大事な話が始まった。


「みなさんが知っての通り、俺たちがグループ活動を休止したきっかけは、元リーダーの森島東斗(はると)の事件でした。ですがあれは、誰かに仕組まれたことがわかりました。東斗は、嵌められて逮捕されたんです」

「最初は驚いたけど、本人からそれを聞いて、オレたちはどうするべきか考えた」

「ボクたちは、ハルくんのために何かできることがあるんじゃないかって、ケンカしながら何度も話し合いました」

「そして決めました。俺たちは東斗を嵌めた人物を探し出し、事件の真相を明らかにします」


 煌は力強い目で、確たる意志を観ている人たち全員に伝えた。


「何を今さらなことを、と皆さん言われると思います。当時のニュースや記事を目にして、それが全てだと信じていると思います。だけど、報道されたことだけが事実じゃない。明かすべき真実があるんです」

「周りからは大反対されました。でもなんとかボクたちの熱意を伝えて説得して、芸能活動を怠らない約束をして社長にも許可をもらいました」

「その代わり、期限を設けられました。僕たちが真相を追えるのは、活動を再開する日から一年間です。そのあいだに真相を掴めるのかどうかは、わかりません」


 そして四人は、自分たちが追うべき人物の名前を明らかにする。


「東斗の事件と深い関係のある人物の名前は、知っています。名前は、『黒須』という男性です」

「この『黒須』という人物が、ハルを嵌めたかもしれません。オレたちは、この重要人物の情報を求めます」

「その人物に関する他の情報は、活動再開当日に立ち上げる『F.L.Y公式裏アカウント』に公開します。もしもその人物に関する情報を持っていたら、そのアカウントに投稿して下さい」

「情報は噂でもなんでも構いません。僕たちには情報が必要なんです」

「ご協力、宜しくお願いします」


 四人は頭を下げ、情報提供の協力をお願いした。


「俺たちは諦めない。東斗を嵌めた『黒須』を探し出し、その理由を知るまでは」


 最後は印象的な煌の決意の眼差しで、配信は終了した。

 現役アイドルグループの前代未聞の宣言。その衝撃はファンだけに留まらず、ファンから広まった動画は瞬く間に日本中に拡散され、一般人から様々な反応があった。


 「F.L.Yがやっと活動再開! でもこれって素直に喜んでいいのかな?」

  │

 「私は素直に嬉しいよ。でも東斗くんの事件の真相て何? 逮捕されたのは覚醒剤を使ってたのが事実だからじゃないの?」

  │

 「それが本当じゃないってことなんでしょ。陥れたやつがいるなら許せないし、真実があるなら知りたい!」

 「F.L.Yって、あの覚醒剤で逮捕されたやつがいたグループなんだ? 興味無」

 「探偵ごっこならプライベートでやって」

 「これ、ただの話題づくりじゃねー?」

  │

 「芸能事務所が考えそうなことだな。単純じゃねw」


 このSNSの盛り上がりのおかげで、「F.L.Y活動再開」「F.L.Y復活」「森島東斗」「事件の真相」など関連ワードが一時トレンド入りを果たした。活動再開に合わせて新しく開設した公式アカウントも次々とフォローされ、あっという間にフォロワー十万人を突破し、ファンから多くの祝福の投稿と、事件追及に対する意見が寄せられた。

 これは活動再開のための話題づくりだと揶揄する声もあったが、その周囲の反応は煌たちの狙い通りだった。堂々と真相追及を宣言することで周囲の注目を集め、情報収集をしやすくしようと考えたのだ。

 動画を配信直後にはネットニュースになり、翌日にはニュース番組にも取り上げられ、宣言についてインタビューがしたいと言う話も来た。グループ活動再開と新曲発表を知った歌番組やバラエティー番組からも、出演オファーがいくつも舞い込んで来た。グループで出演するメディアが増えれば、宣言に関する話題も多く触れられることになる。

 宣言の反響は予想通りで、事件の真相追及への滑り出しは順調と言えた。




◆ ▷ ▷ ▷ ▷




 彼らが事件の真相を探る決意をしたのは、東斗の発言がきっかけだった。それは、F.L.Yが活動休止して二年半が経った頃。一年前の、二〇二三年四月下旬のことだ。

 その頃の四人は、それぞれのフィールドで活躍していた。煌は演技力が注目されドラマや映画に立て続けに出演し、アカデミー賞新人俳優賞を受賞。流哉は抜群の歌唱力を買われてミュージカルに挑戦し、蒼太はファッション誌の専属モデルとなり、賢志はバラエティー番組などでMCを務めていた。活動休止前に立てた「自分たちの大事な居場所であるF.L.Yを必ず守る」という誓いを果たすために。

 煌は休みの日には、静養で長野県に移住した東斗に会いに行っていた。現在東斗が住んでいるのは事務所の社長の両親の持ち物なのだが、今は管理だけして全く使っていない家だったので好意でタダで住まわせてもらっていた。

 年齢が同じで、オーディションの時から切磋琢磨してきた東斗を心底心配していた煌は、他のメンバーと休みが合えば一緒に訪れ、他愛のない話をして東斗を元気付け続けていた。精神疾患を患いカウンセリングも受けていた東斗は、この頃にはだいぶ精神的にも安定してきていた。

 その日は、賢志たちとは都合が合わず一人で来ていた。近況報告をしていた時、急に真顔になった東斗はこう言い出した。


「オレは、嵌められたのかもしれない」

「嵌められた? 何が」

「あの事件だよ」


“あの事件”とは『森島東斗薬物事件』───つまり、彼が覚醒剤取締法違反で逮捕された事件だ。F.L.Yファンにだけでなく業界内でも波紋を広げ、煌たちメンバーにも飛び火し、グループを解散危機まで追い込んだ。しかし、関係者に多大な迷惑を及ぼした事件だが、東斗自身も釈放後にSNSの誹謗中傷で心をズタズタにされ心身衰弱するなどして悪い状況が重なり、復帰を望むことなく芸能界を引退していた。移住したのもそのあとだ。

 その事件の当事者だった東斗が、自身の罪を覆す発言をしたのだ。


「あの日、誰かがオレのバッグに覚醒剤を仕込んだんだ」


 この前まで当時を想起するのも精神的に苦しかった東斗が、苦衷を滲ませながらそう告白した。煌はずっと、東斗が逮捕されたのは何かの間違いだ、東斗は過ちなど侵さないと否定し続けていた。だから告白を聞いた瞬間は戸惑い驚いたが、信じていてよかったんだと安堵した。

 煌は持っていたコーヒーカップをテーブルに置き、詳しく話を聞くことにした。


「東斗はずっと無実を訴えてたんだよな。でも覚醒剤は、持っているだけで逮捕される。しかも尿検査も陽性だったから、罪は認めるしかなかった。そうだよな」


 東斗はコクリと頷いた。「尿検査でも陽性反応が出て、言い訳は通じなくなった。勾留期間ギリギリまで知らないと言い続けたけど、証拠が揃ってしまっていたから認めざるを得なかった。でもオレは本当にやってないし、バッグに……ポーチに入っていたのだって全く身に覚えがないんだ」

「俺たちも、お前がそんなことをやるはずがないってずっと信じてたよ。けど、嵌められたってどういうことだ」

「わからないけど、でも、それしか考えられない。オレは誰かの思惑で嵌められたんだ」


 東斗は煌に訴えた。悔しさを覗かせるその目をまっすぐ見ても、嘘を言っているようには見えない。九年も付き合っているからわかる。社交的でおおらかで、共演者やスタッフを始め誰からも好かれていて“人たらし”だった東斗は、犯罪者ではなく被害者だと、煌の中でも確信できた。


「相手に心当たりは? もしかして有性者(ゆうせいしゃ)が何かの能力で……」


“有性者”とは、『特性能力』が使える人間のことだ。

 この世界のほとんどの人間は有性者で、生まれつき遺伝子に刻まれた「持って生まれ死ぬまで消えることのない能力」を持った人間のことだ。その全ては日常に活かせるもので、三歳ころからその兆候が見られるようになり、今や全人類の98%が持っている。

 その種類は、身体能力や頭脳が優れた、第一種特性の「運動・頭脳能力」。五感や空間認識や時間感覚が発達した、第二種特性の「感覚能力」。霊視やオーラなど第一種〜三種に分類できない、第三種特性の「特殊能力」。そして、第一種〜第三種を二つ以上持つ者は『特異能力者』と呼ばれ、中には『変異性能力者ミュータビリター』と呼ばれる有性者もいると言われているが、確認された例は極端に少ない。残りの2%は特性能力を持って生まれておらず、その者たちは『凡能者(ノーギフト)』と呼ばれている。


「有性者かどうかはわからないけど、心当たりはなくはないよ。でも、そんなことをした理由が思い当たらない」

「それは誰なんだ。名前は?」

「『黒須(くろす)』」

「『黒須』……」

「あの夜、連行される直前まで一緒にいた知り合いなんだ。あのポーチにはいつもワイヤレスイヤホンを入れてて、彼に会う前にポーチを漁った時は覚醒剤なんて入ってなかった。でもまさか……」


 名前を挙げた東斗だが、彼にはその人物を疑う余地は全くなくただの可能性でしかなかった。


「だが、心当たりがあるのはそいつなんだな」


 思案顔になり黙り込んだ煌は、真実を話してくれたのにこのまま放置していいのだろうかと考える。

 煌は鮮明に覚えている。釈放され、黒いスーツで警察署から一人で現れた時の東斗の姿を。テレビ越しでもわかるくらい憔悴して目の下にくまをつくり、スラッと高かった背は背負わされた罪の重さで少し猫背だった。謝罪し頭を下げると、待ち構えていた報道陣の冷たいフラッシュがまるで無言の糾弾のように彼に容赦なく突き刺さり、梅雨の雨さえも責め立てるように降り注いでいた。

 覚醒剤使用の事実は覆すことはできないが、嵌められたのは恐らく事実。これは、大切な仲間の汚された名誉を挽回する時ではないのだろうか。

 黙考した煌は、決断した。


「わかった。事件の真相を明らかにして、東斗が嵌められたことを証明する」


「証明するって!?」煌の宣言に東斗はにわかに驚くが、「でも、今さら……」と無理だと諦める。しかし、煌の中にはすでにやる気の火が灯っていた。


「今さらも何も関係ない。東斗は嵌められたんだろ。覚醒剤の反応が出たのも、知らないうちに摂取させられたんだよな。だったら、直前まで会ってたその『黒須』ってやつを探し出して、お前が嵌められたことを証明してやる」


 煌は東斗のために一肌脱ぐことを決意した。ところが、彼の中の熱を感じる東斗は、なぜかその厚志を拒んだ。


「いいよ煌。オレはもう芸能人じゃないんだし、またみんなに迷惑をかけたくないんだ」

「じゃあ、なんで今になって言ったんだよ」

「それは……」

「罪を着せられたからだろ。俺だって、お前が犯罪者にされたのは納得してない。自らの意志でやってもいないことで罪を被ったまま、お前はこの先も生きたいと思わないだろ。俺だったらそんなの堪えられない!」

「煌……」

「俺はやる。お前が止めても勝手にやるからな」


 灯された火は、僅かなあいだに立派な炎となっていた。その仲間思いの熱のおかげで、東斗の心も温かくなる。


「でも仕事があるのに」

「あー……」


 熱くなった煌は、仕事のことを忘れて東斗を嵌めた人物探しをしようとしていたらしい。けれど「なんとかする!」と、一度やると決めたことを仕事を理由に諦めるという選択肢は彼にはなかった。


「嵌められたって言ってるやつを助けないなんて、仲間失格だろ。だから仕事を多少犠牲にしても、お前が嵌められた証拠を見つけてやる」

「煌。もしも同情だけで言ってるなら……」

「そうじゃない。お前は俺との約束を守ってくれてるから、その“借り”を返すだけだ」

「“アレ”のこと? 約束したんだから、当たり前じゃないか」


 煌はそのたった二つの理由で事件の真相を追うつもりだった。仕事を犠牲にしてもいいというのも本気のようで、等価交換としては釣り合いが取れないように思えるが、東斗のために動く動機としては煌にとってはそれで十分だった。

 やる気に満ちている煌に、東斗はクスリと笑った。


「煌は見た目と違って、本当に中身は熱いよね……ありがとう、オレのために。でも、無茶はしないでほしい」

「わかってる。だが必ず『黒須』を探し出して、東斗が嵌められた証拠を掴んでみせる」


 煌の決意はメンバーにも伝えられ、最初は三人からも反対された。特に賢志は、F.L.Yのこれからを考えてくれと猛抗議した。それでも諦められなかった煌は時間をかけて説得し、煌の熱意にやられた流哉と蒼太は協力を承諾し、反対し続けていた賢志も渋々首を縦に振った。

 しかしどうやって『黒須』探しをするかと考えていた時に、グループの活動再開をきっかけにしたらどうかと案が出て、その経緯でF.L.Yの活動再開も決まったのだった。




◆ ▷ ▷ ▷ ▷




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ