1話
「『ステップ&F.L.Y!』始まるよー!」
十月中旬。煌たちはショッピングモール内のアパレルの店舗で、番組の2クール目のロケをしていた。蒼太の元気いっぱいのタイトルコールで始まった今回は、ファッション対決だ。オープニングのグダグダトークの区切りがいいタイミングを見計らって、賢志からルール説明をする。
「今回は、一人あたり予算二万円以内で、それぞれテーマを決めて冬のトータルコーデを組んでもらいます。そしてコーデが決まったら、スタッフがランダムに声をかけたお客さんにランキングを決めてもらいます」
「それ、ファンの子じゃない可能性もあるんだよな」
「忖度なしのガチランキングになるってことだね」
「それだけじゃないよ。そのランキングで最下位になった人は、一位になった人のトータルコーデを自腹で購入してもらいます!」
「マジかよ! なんだよそれ!」
「ダサいからセンスある人をお手本にしてね、ってことだね」
煌と流哉と蒼太は、プライドがかかっているとわかった途端に真剣モードになる。
「自腹の上に、圧倒的に負けた相手の服を着せられる屈辱を味わわされるのか……」
「蒼太は絶対に負けられないな。これで最下位だったら、モデルの仕事減るぞ」
「二人だって。最下位になったらイメージダウン間違いないよ?」
対戦する三人は、始まる前からバチバチと火花を散らす。今回進行役で他人事の賢志は、余裕の表情で笛を手にした。
「みんな、イメージダウンしないように頑張ってね。制限時間は三十分。よーい、スタート!」
賢志が笛で合図すると、自撮り棒を取り付けたスマホを持ったスタッフを連れて、三人は一斉に店内に突入して行った。
店内での撮影がスタートして、進行の役目がいったん終わった賢志は、このあとの段取りを確認してから結城マネージャーのところへ行った。
「マネージャー。連絡はありませんか?」
「はい。何も」
「……そうですか」
答えた結城も尋ねた賢志もお互いに深刻に憂う表情をし、ただ待つことしかできない現状をもどかしく思った。
東斗の行方がわからなくなってから、三日目だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
煌たちが東斗の家から帰って来た翌日から、彼は行方不明になっていた。連絡先を交換していたカウンセラーから連絡をもらった煌は、他のメンバーが動けない代わりに、ドラマの撮影が終わってすぐに自身の車で長野中央警察署に急行した。到着したのは日付が変わるころで、同じく知らせを受けた東斗の両親も来ていた。
到着した煌は、カウンセラーに改めて状況を訊いた。
その日、東斗との約束があったカウンセラーが家に着いたのは、お昼の十二時になる少し前だった。チャイムを鳴らしても出ず、呼びかけてみても応答がなかった。玄関の鍵はかかっていてカーテンも締め切られたままで、東斗の車もあった。唯一、勝手口の扉の鍵は開いていたので、そこから入り所在を確認したが、リビングの明かりも点いておらず、家中を探しても東斗の姿はなかったと言う。
カウンセラーは、近所の人にも見ていないか尋ねて回ったが、見た人はいなかった。それから三時間ほど家の前で待っていたが、帰って来る気配は一向になかった。東斗の実家にも連絡し帰っていないかと尋ねたが、帰ってもいなかった。なのですぐに警察に相談し、精神疾患を患っていた患者だということを説明すると、状況を調べるために家に来てくれた。
警察は家の中を調べて回った。シンクには飲み終わったコーヒーカップが一つと、煌たちが使っていたコップが水切りかごにあった。風呂場やトイレも異常はない。寝室にも入ったが特に変わったところはなく、貴重品の財布や鍵は見当たらず、いつも履いていると言っていた白いスニーカーも玄関から消えていた。世の中には特性能力を使った犯罪もあり現在は増加傾向だが、部屋の中は荒らされておらず争った形跡もないので、これはほぼ事件性はないという警察の見解だった。
しかしカウンセラーは、午前十一時ころと立ち寄ったコンビニで二度自宅に電話をしたが、留守電にもならなかったことを不審に感じていることを訴えた。しかも、スマホを持っておらず連絡が全く取れないのが心配だったので、東斗の両親と話して行方不明者届を提出することにした。不受理届は出されていなかったので受理されたが、精神疾患も完治に向かっていたため特異行方不明者とならず、通常の行方不明者として捜索されることになった。
その話を聞いた煌は、通常は行方不明者は各都道府県警のホームページ上で公表され情報提供を求めるのだが、世間を騒がせた元芸能人だったことを踏まえ、それは控えてもらうようお願いした。
その後。手続きを終え、東京に帰ろうとした時だった。煌は、カウンセラーからあるものを渡された。警察が来る前に、東斗の家の前で拾ったと言う。
それは、コイントップのシルバーネックレスだった。
東斗のものなのかと、その場にいた全員がそれぞれに問おうとした。ところが、誰もそれが東斗のものだと断言できなかった。だが煌だけは、見たことがあった。
番組ADと、貴美が持っているものと同じだったのだ。
煌はそのネックレスを預かり、東京にトンボ帰りした。
ここで一つ、重要な事実が発覚していた。
煌たちが会いに行った日はカウンセラーは東斗の家には行っておらず、しかもカウンセリングは二ヶ月ほど前に終わっていると言ったのだ。その日東斗の家に訪れたのも、ヒーリングミュージックのアルバムを貸すためだったと言った。煌は耳を疑った。しかし、先生のその証言が嘘ではないとすると。
東斗はあの時、嘘をついていたことになる。
(どうして東斗は、カウンセラーが来ると嘘をついた? なぜその必要があったんだ。俺たちが帰ったあと、本当は誰が来たんだ?)
東斗の突然の行方知れずと、嘘。ネックレスを受け取った時点で持ち主の手から離れて二十四時間以上経過してしまっていたために、記憶を読み取ることもできなかった。それも相俟って、衝撃と動揺で混乱する頭がぐちゃぐちゃと掻き回されるようだった。
今日もドラマの撮影があるというのに、煌は帰宅後のリビングで寝ずに考え込んだ。日の出の時刻となって、カーテンの色が濃さを変えていることにも気付かなかった。
ふと。会いに行く前に言っていた「こんな一面があるなんて想像もしなかった」という自分の言葉を思い出す。
「まだ知らない東斗がいるのか……?」
煌は、ズボンのポケットに入れたままだった、東斗の家に落ちていたネックレスをテーブルに出した。そして寝室から何かを握り締めて持って来て、その横に並べて置いた。
同じ色、同じデザインのネックレスが並んだ。
「やっぱり同じだ」
見間違いではなかった。自分の記憶の中の人物と東斗の家から持って来たネックレスは、同じものだった。その判明した事実に、煌は非常に複雑な気持ちになる。
(なんであいつと同じものを持ってるんだよ……)
それがただ不可解で、頭がぐちゃぐちゃの上に、心に不安と焦燥が募っていく。
「どこにいるんだよ。東斗……」
未だ、東斗とは連絡が付かない。
外はもう明るく、カーテンの向こうは朝を迎えていた。時間の経過を知らない煌は、まだ夜明け前だと思っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一本目の収録が終わった四人は、ロケバスの中で休憩をしていた。ファッションコーデ対決の結果。一位は、流行をうまく組み合わせた流哉。二位は、当たり障りのない無難なコーデをした煌。そしてビリが、柄物の組み合わせが不評だった蒼太となった。ルール通り、蒼太は流哉のコーデ一式を買うハメになり、一人だけ買い物をしたように大きめのショピングバッグを傍らに置いている。
いつもなら収録が終わったあとは、ロケの感想や反省点を話し合っているのだが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。
「まだ連絡が取れないなんて。東斗は今どうしてるんだろう……」
「何かあったんじゃないよね。事故に遭ったとか、事件に巻き込まれたとか」
「カウンセラーじゃない、別の誰かが来たんだよな。そいつが何か知ってるんじゃないのか」
賢志、蒼太、流哉はそれぞれ心配と焦燥の面持ちで東斗の身を案じていた。
「こっちから連絡する手段がないから、余計に焦るのはわかる。だが俺たちは、警察からの連絡を待つしかない」
「警察に任せるしかないなんて、もどかしいね。居ても立っても居られないよ」
とてもではないが、仕事をしている場合ではなかった。許されるなら全員で長野へ行き、手分けして東斗を探したいところだ。しかし、事情を話して事件を公にはしたくない。事件が世間に知れ渡ろうものなら、東斗はまた格好のエサとなる。社会復帰を目指す東斗のために、それだけは避けたかった。だから、事務所関係者以外には誰にも知らせていない。
すると、深刻な表情で賢志が口にする。
「あのさ……あの脅迫文。東斗を攫うっていう予告だったんじゃないの?」
その言葉に、煌たちは一瞬息が止まった。
あの文書には
『鬼胎を消し去るべく、然るべき処置をする。』
と書いてあった。それは、
『煌たちの行動を戒めるべく東斗を狙う』
という意味にも取れる。つまりこの事態は、
煌たち自身が招いた悪夢、という可能性がある。
「……」
「……」
「……」
「あっ。こ、これは、僕のただの想像だから。みんなそんなに気にしないで」
自分の発言でまるで殺人事件でも起きたかのような空気に一変してしまい、賢志は懸命にフォローしようとした。しかし、煌は賢志の言及を受け止めた。
「いや。賢志の言ってることは、憶測でも間違いでもない気がする。俺たちは、二通の脅迫文を無視してきた」
「二通目までは警告だった。でも三通目は、本気の脅迫文だった……てことか?」
「じゃあやっぱり、ボクたちの」「いや」
自分たちの浅はかさが生んだ悪夢なんだと蒼太が言いかけるが、それを言わせないように煌は食い気味で否定する。
「東斗は姿を消したが、命は無事だ」
「えっ。でも」
「家の中は争った形跡はないし、何より、財布と鍵を持って姿を消している。だから誘拐じゃなく、失踪の方が正しい見方だと俺は考える」
「失踪? なんで」
「もしかしたら、また『黒須』に狙われたのかもしれない。俺たちのように脅迫文が来て身の危険を感じて……」
「そっか。その可能性も考えられるんだ」
「また狙うなんて何考えてんだ。もう罪を背負ったんだからいいだろ」
東斗は誘拐ではなく失踪したという煌の考察に、三人は同意する。しかし、煌の頭をある疑問が過る。
(だが、なぜ車を使わなかった?)
逃げるのなら、自分の車を使うことを考えるはずだ。しかし東斗は、車を使わずに逃げた。
(もしかして、また狙われるなんて予兆はなかったのか? だとすると脅迫文が届いた訳じゃなく、失踪する直前に身の危険を感じて、焦って身支度をして必要最低限の荷物だけを持って逃げ出した? でも、あの嘘は?)
東斗が「カウンセラーが来る」という嘘をついたのも気になるが、煌の考察が正しいとすれば、東斗を油断させて家に入ることができる人物。それを考慮すると、『黒須』が東斗の現在の居場所を知っているはずがなかったので、『黒須』以外の人物の可能性が煌の中で候補に上がった。
そこで『黒須』を除外して、現時点で居場所を知っている人物を挙げてみると、
事務所の社長の吉田
結城マネージャー
東斗のカウンセラー
東斗の家族
そして、煌たちだ。
まだ憶測だが、それに加えて『黒須』に共犯者がいる可能性は捨てきれない。
(もしも共犯者がいるのだとしたら、その人物が『黒須』に指示されて近付いたのか。それとも、共犯者と通ずる誰かが『黒須』に東斗の居場所を伝えたか……どちらにしろ、)
東斗の居場所を知っている者だけが、それが可能だった。それに気付いてしまった煌は、身近な人物を疑い始めた。




