17話
東斗はひと言断って立ち上がり、キッチンに行ってコップ半分の水道水を飲んだ。そして戻って来たが、どうしたのか立ち止まり、逡巡するような様子を見せた。それに気付いた賢志は声をかけた。
「東斗?」
賢志に呼ばれた東斗は目を合わせる。賢志の声で、煌たちも東斗に視線をやった。
四人の視線を集めた東斗は、少し躊躇いがちに口を開いた。
「実は……『黒須』と知り合ったのは、この裏アカなんだ」
「えっ!?」
「そうなのか!?」
「東斗。本当に?」
驚き戸惑った表情でそれぞれが問いかけると、東斗は頷いた。
「スマホ解約する時にアカウント削除し忘れたけど、きっと誰もオレの裏アカだなんて気づかないと思ってたから、バレなければいいやと思って何も言わなかったんだ」
「最初はどんな感じで接触して来たんだ」真実の詳細を知りたい煌は、少し前のめりになって訊いた。
「別に。夕焼け空の写真の投稿に、普通にリプライが来ただけだよ」
東斗は腰かけ、煌のスマホを操作する。スワイプして過去に遡り、とある日の投稿で止めた。それは、事件が起きる十ヶ月前の投稿だった。
「燃えるような夕日。オレもこの空のような心を持って仕事をしたい。」
という東斗の投稿に対したリプライが、
「本当に燃えているように見えますね。」
と、あっさりしたものだった。リプライしたアカウント名は『黒須』ではなく、ウイスキー瓶がアイコンの『すなふきん』だ。この日を境に向こうからよくリプライが送られて来るようになり、相互フォローもしている。
「会うきっかけは、自分の話を聞いてほしいっていう向こうからの誘いだったんだ」
「DMじゃダメだったのか?」
「長くなるからって。だいぶ仲良くなってたし、いいよって言って初めて会った」
「『黒須』が違法薬物を売ってたのは知らなかったの?」蒼太が訊いた。
「全然。それに、関係は良好だったよ。SNSのやり取りでも会ってた時も、酔っ払ってオレから暴言吐いてないし。向こうもオレが芸能人てことに全く興味なくて、悪ノリで嫌なことをさせられたこともないから」
「それなのに、やつはハルを嵌めた」
「理由もないのに、なんで……」
『黒須』との関係は悪くはなかったと聞き、余計に嵌められた理由がわからなくなる。『黒須』に嵌められたというのは、東斗の勘違いなのだろうか。東斗の裏アカウントに接触して来たのもただの偶然で、二人が会うことを知った別の人物が『黒須』を隠れ蓑にして実行したのだろうか。
「裏アカの存在は、誰にも教えてないんだよな?」
煌が改めて尋ねると、東斗は気不味そうにして黙ってしまった。
「いるのか? いたら教えてくれないか。もしかしたら、事件の真相を解く鍵になるかもしれない」
「それはたぶん、あり得ないと思う。無関係だよ」
「いるんだな。とりあえず、名前だけでも教えてくれ」
煌たちに問い詰められた東斗は、ますます気不味そうになる。しかし圧に負けて、その名前を口にした。
「……貴美嶺さん」
「俳優の貴美さんが?」
四人の頭の上に、クエスチョンマークが一斉に浮かび上がる。昔ドラマで共演経験はあるものの、そこまで親交はないのではと不思議だった。
「なんで貴美さんが裏アカ知ってんだよ」
気不味そうな東斗は少しモジモジし始める。「実は、その。みんなには黙ってたんだけど……付き合ってたんだ」
「「「「付き合ってた!?」」」」
四人は同時に驚き声をハモらせた。F.L.Y活動再開以来……いや。グループ誕生以来最大の驚天動地並の衝撃だった。
「嘘だろ。ぜんっせん気づかなかった!」
「ボクも」
「俺も寝耳に水だ」
「僕も知らなかった」
「でも、一回も週刊誌に載らなかったよな? 噂も聞かなかったし」
「すごい。ステルス交際だね」
「でも今はもう、色々あってから連絡も取らなくなってる」
スマホを解約した東斗が連絡先を知っているのは、煌たちメンバーや実家など必要最小限で、現在の連絡方法は固定電話しかない。なので、貴美とは音沙汰なしとなったようだ。
悲しき恋愛秘話を聞いた流哉は、同情して東斗の肩に手を添えた。
「そうだったんだな。本当に一気に色々あって、相当辛かったよな……よし! この件が終わったら、東斗を元気づけるために焼肉パーティーやろう!」
「やった! 焼肉パーティー!」
蒼太がテンションを上げて一番喜んだ。
「パーティーなんて、ご無沙汰だな」
「煌の家でやった、たこパ以来かな」
「じゃあ、また煌ん家でやるか」
「嫌だ。たこパやった時に、ソファーとかカーテンに匂いが付いたから拒否する」
「そんなこと気にするなよ。ファブすればいいじゃん」
「嫌なものは嫌だ。それなら、現リーダーの賢志の家にしよう」
「僕の家もダメ! 絶対ダメ!」賢志は顔の前でバツを作って拒否した。
「賢志くん家はなんでダメなの?」
「それは……い、今は、家族と一緒だから」
「同居中なのか?」
「そうだ。賢志くんの妹に会いたい!」
「お前、妹いたのか?」
「蒼太、余計なこと言わなくていいから! とにかくダメ! 人を呼べるほど広くないから!」
と、メンバーと言えど無理だと賢志は断固拒否した。
「じゃあさ、お店に行こうよ。高級焼肉店!」
「と言ったら、叙々苑か」流哉は定番の店名を挙げた。
「俺は賛成!」ビシッと右手を挙げる煌。
「煌は自分家じゃなければどこでもいいんでしょ」と、微笑する東斗。
「じゃあ、リュウくんの奢りで叙々苑に決定!」
「なんでオレが奢る流れになってんだよ!」
「だって、言い出しっぺだから?」
「ゴチになります!」某ゴチバラエティー番組を真似る四人。
「しないぞ! 絶対、ハル以外で割り勘だからな!」
焼肉パーティーの話をきっかけに、五人は色んな話でわいわい盛り上がった。一年ぶりに四人全員と会えた東斗も、嬉しさで笑顔が絶えなかった。
五人はそれぞれを思い遣り、助け、苦楽を共にした唯一無二の絆があった。例え知らなかった顔を知っても、それも含めて信頼する仲間だと受け入れられる。それだけ五人は仲が良く、絆が強かった。
煌たちが来て三時間あまりが経った。今日はこれからカウンセラーが来ると言うので、四人は帰ることにした。
「じゃあなハル」
「舞台頑張ってね、流哉」
「いつか観に来いよ」
「必ず行くよ。煌と賢志も、テレビで応援してる」
「焼き肉、楽しみにしててね。ハルくん」
「お前が一番楽しみにしてるじゃねぇか」
「もちろん行く気満々だよ」
「流哉が奢ってくれるしな」
「だからオレは奢らねぇぞ! 奢るなら一番稼いでそうな煌だろ!」
「はいはい。もう行くよ」
玄関先でひと揉めしそうな雰囲気だったので、賢志が流哉を外に押し出した。それぞれ東斗に別れの挨拶をしながら、玄関を出て行く。
「あ。待って煌」煌に伝えることがあったのを思い出して、東斗は呼び止めた。
「どうした?」
「思い出したことがあるんだ。あの事件に関係してるかもしれないこと」
「本当か?」
精神疾患まで患った影響で、東斗のあの事件に関係した記憶はほとんど封印状態だった。しかし精神的にも回復して、蓋をされていた記憶が少しずつ戻ってきていた。
「何を思い出したんだ」
「『黒須』と行った場所だよ。一ヶ所、バーの特徴を思い出した。店の名前は覚えてないけど、カウンターに紳士みたいなニワトリの絵が飾られてるバーに行った」
「ニワトリの絵……」
「新宿だったと思うんだけど、そこには月に一度、約束があるから行くって言ってた」
新宿にある、カウンターに紳士のようなニワトリの絵が飾られているバー。煌たちがロケで行ったあのバーだ。
「約束って。月に一度誰かと待ち合わせてるってことか?」
「ごめん。そこまでは……」
場所の特徴を思い出しはしたが、詳しい会話の内容までは覚えていなかった。だが、適当に目星を付けた店の一つが『黒須』へ辿り着く手がかりだと判明したのは、大きな一歩だ。
「あと、もう一つ……」
「何だ」
東斗はもう一つ煌に伝えるべきことがあるようだった。だが言いかけて、ためらうように口を噤んだ。
「みんながいるから、また今度にするよ。二人だけの時に」
「事件とは関係ないことか?」
「うん……そうだね」
「ならいいけど。でも電話でもいいから、いつでも話してくれ」
二人だけの秘密の話なら、と煌は言い、東斗は「うん」と頷いた。
「バーのこと、教えてくれてありがとう。今度来る時は、いい知らせを持って来れるように頑張るよ」
「うん。くれぐれも気を付けて」
そうして東斗と数ヶ月後の再会を約束して、煌たちは帰った。東斗は道まで出て来て、車が見えなくなるまで手を振って見送ってくれていた。
その翌日のことだった。三度、謎の人物から脅迫文が届いた。
『お母さまが抱く鬼胎を消し去るべく、然るべき処置をする。これはお前たちが招いたことだ。』
同日の夕方。
東斗のカウンセラーから、彼が姿を消したと連絡があった。




