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16話




「この時間のニュースをお伝えします。特性能力罪が増加傾向にあることに対し、警察は取締りを強化すると発表。これまで逮捕した容疑者からは、『タダでもらった薬を飲んで能力の制御ができなくなった』と供述があり、それが違法薬物なのかを含め、流通経路を調べる方針です。

 続いて。昨日、製薬会社からの献金疑惑が報道された榎田(えのきだ)防衛大臣ですが、先ほど記者に対し────」

「見てみて! 紅葉してる!」


 八風山(はっぷうざん)トンネルを抜けてすぐ、山の木々の色付きを見た蒼太が車の窓に貼り付くくらいテンションを上げた。


「ほんとだ」

「こっちの方はだいぶ紅葉してきてるな」


 天高く馬肥ゆる秋の空の下、(こう)たちを乗せた車は上信越自動車道を走っていた。午前中に出発し、目的地まではおよそ三時間半の道のりだ。道中は必ず、それぞれお気に入りのドライブソングを順番に流し、カラオケをするのがお決まりだ。


賢志(けんし)。次のサービスエリアで運転交代するよ」

「ありがとう、煌」


 運転は賢志がしていた。昨夜の反応で下りるかと思った煌たちだったが、今朝LINEで「迎えに行く」と連絡をくれた。危険に遭遇するのも不安だが、メンバーが危険に晒されるのを見過ごせないのだろう。F.L.Yのお父さんは、何だかんだで放っておけない質なのだ。

 車は上田市、長野市を通過して、長野県北部にある小川(おがわ)村に向かった。小川村は、白馬村と隣接するのどかで穏やかな場所だ。その景観は、古きよき日本を思い出させてくれる。天文台がある宿泊施設や、雄大な北アルプス山脈を眺められる展望広場などの観光スポットもある。

 四人は東斗(はると)に会いに行く前に、いつも立ち寄るアルプス展望デッキへやって来た。北信の山々と、これからの時期は雪を被った北アルプス山脈が一度に見られる眺望が気に入っている。


「やっぱ、都内と比べると寒いねー」

「景色もいいし、リフレッシュするには最高の場所だよな」

「そう言えば。みんなで来るのすごく久しぶりだよね」

「四人揃って来るの、一年ぶりくらいか」

「ほったらかしにされたって、ハルくん怒らないかな」

「はっきりとは言わないかもしれないけど、熱々の飲み物出されたりしてな」


 四人は十分ほど景色を堪能してから、改めて東斗が住んでいる家に向かった。

 村内には山に挟まれるようにしていくつか集落があり、東斗は小さな集落の一角にあるログハウス調の小さな一軒家に一人で住んでいる。緑に囲まれた清閑な場所で、休養するには丁度いい土地だ。

 空きスペースに車を停めて、四人が玄関の前に立ったちょうどその時、チャイムも鳴らしていないのに扉が開いた。


「みんな。いらっしゃい」


 ニットカーディガンを着た東斗が出迎えた。顔色も良く体調も問題なさそうで、穏やかな笑顔で迎えてくれた。


「扉を開けるタイミング、ぴったりだな」

「今から行くって電話が来てから、休憩を含めて3時間56分34秒だね。今日は、高速の通行止めや事故もないみたいだから」

「さすが〈絶対時間感覚〉の持ち主」


 東斗の異能は、第二種特性の〈絶対時間感覚〉。時計を見なくてもほぼ正確な時間がわかる能力で、その誤差は三分前後だ。


「賢志と流哉と蒼太は久しぶりだよね。四人揃って来てくれて嬉しいよ」


 東斗は釈放後に精神疾患になり、アルコール中毒の一歩手前までいった時は、明日にでも自分で命を断つのではないかと煌たちに心配させた。カウンセリングを受けながらの静かな田舎での療養は、東斗を少しずつ元の彼へと戻していった。頻繁に会いに来ていた煌は、メンバーの中でその変化を一番見ている。


「ハルも元気そうだな」

「おかげさまで。最近はドライブで遠出もしてるんだ」


 家の前には、中古の黄緑色の軽自動車が停まっている。二年以上引きこもり村を出ていなかった東斗だったが、人とコミュニケーションが取れるほど回復してからは外出も増えた。それが気分転換になり、だいぶ表情も明るくなった。

 四人はリビングに通される。テレビで午後の情報番組が流れていて、凡能者(ノーギフト)を対象とした新法案が否決されたという映像で一部の議員が抗議の声を挙げている。解説の途中で東斗はテレビを消した。テレビが最新型になっているので、避けていたテレビを観る機会も増えたようだ。


「座って待ってて」


 四人は床が掘りごたつになっているテーブルに座り、東斗が淹れるコーヒーを待った。

 リビングはすっきりしていて、昭和レトロな家具や傘がステンドグラスのライトは、もともとあったものをそのまま使わせてもらっていた。家の中のものはカーテンやラグやソファー以外は、ほとんど残っていたものだった。

 東斗は、柄も大きさもバラバラなカップに淹れたインスタントのホットコーヒーをそれぞれの前に置く。これも元々あったもので、各自の好みのカップが決まっていた。

 すると、こたつ布団を気にしていた蒼太が東斗に尋ねる。


「東斗くん。お香とか炊いてる?」

「お香じゃなくてディフューザーは使ってるけど。どうして?」

「なんか、こたつ布団から匂いがするんだ。何の匂いだろ。香水の匂いとかかも」


 蒼太は第二種特性の〈匂いの記憶・嗅ぎ分け〉だ。香水やお香などあらゆる種類の匂い判別や、一週間以内くらいであれば付着した時期も確定できる。


「あ……カウンセリングの先生かな。いつも来てもらうと、ここでコーヒー飲みながら話すから」


 東斗の家には、近くの心療内科からカウンセラーが来ることもある。当時の東斗の状況を考慮してわざわざ医院から出向いて来てくれていて、ずっと世話になっていた。


「今日はもう展望デッキには行って来たの?」東斗も一緒にこたつに入った。

「うん。あそこから見る景色って本当にいいよね」

「オレも時々あそこに行ってるよ。景色を見ながら、ここに来てよかったなぁって毎回思う」

「ハルくんのお墨付きなら、ボクも芸能界に疲れたら引っ越して来ようかな」

「※これは個人の感想です。だけどね」

「人によっては馴染むの無理だよな」

「そうだね。特に、ずっと都会の暮らしをしてるとね。田舎暮らしに憧れて移住したけど、イメージと違って挫折する人もいるって言うし」


 田舎はコンビニが遠いとか噂話がだだ漏れしそう、という話から、将来は都会と田舎のどっちに暮らしたいかの話題が広がり、賢志は畑をやりたいとか、蒼太は古民家で宿泊施設をやってみたいとか、それぞれがイメージする将来の暮らしを話した。

 その話がひと区切りつくと、東斗から話し出した。


「みんな。オレのためにありがとう。ニュースを観た時は、本当に始めるなんてちょっと信じられなかったけど」

「今、めちゃくちゃ頑張って情報集めてるからね」

「協力してくれてる人もいるんだよな」

「そうなの?」

「その人も、色々思うところがあって名乗りを上げてくれたんだ」

「そうなんだ。落ち着いたら、できれば直接会ってお礼したいな」

「伝えておくよ」


 その相手が東斗の記事の写真を撮った人物だと、三人は言わなかった。せっかく回復をしたのに、余計なことを言って当時のことをフラッシュバックさせてしまうのを避けた。


「それで、聞きたいことがあるって言ってたけど。なに?」

「賢志と蒼太が、生天目(なばため)から教えてもらったみたいなんだけど。これ、お前の裏アカって本当か?」


 煌は、スマホの画面を見せながら尋ねた。これが東斗の裏アカウントだという噂は、まだ半信半疑だ。だから今はまだ、これが東斗の裏アカウントではないと信じたい気持ちの方が強かった。

 見せられたアカウントのプロフィール画面を目にした東斗は、一瞬「あ」と言う顔をした。そして決まりが悪そうに、画面から視線を逸らした。


「……そうだよ。オレの裏アカ」


 デビューして三年目くらいから使っていた、と本人から直接肯定の言葉を聞いた煌たちは正直、がっかりした。周囲の人たちから好かれ、人たらしとまで言われていた東斗が、メンバーにも秘密で隠れて過激な発言をしていた。東斗に裏の顔なんてあるはずがないとどこかで決め付けていたその期待を、裏切られたと感じた。

 しかし、その事実が判明しただけでは見放したりはしないのが彼らだ。裏アカウントを作ったのはきっと理由があるんだと信じた。


「投稿を遡って見ると、結構過激な投稿もしてるよな。なんでこんな裏アカなんて作ったんだよ」


 煌は理由を訊いた。黙っていたことを責めるつもりのない、ただ、真実を知りたいという気持ちで。


「その頃はグループの人気もうなぎ登りでファンも増え続けて、オレたちも個人の仕事をし始めた頃だった。注目されるのは嬉しかったけど、あることないこと言われることもあって」

「はけ口がほしかったってことか」

「それなら、ボクたちに言ってくれればいいじゃん!」

「そうしたかったんだけど……」東斗はちらりと三人を見ると、また視線を下げた。「抜群の演技力を認められ始めた煌は映画のメインキャストに決まったり、流哉も歌唱力に注目されてミュージカルに挑戦し始めてた。賢志はMCやったり、蒼太も愛されキャラが受けてバラエティー番組によく呼ばれてた。みんな忙しくなり始めてたから、なかなか言えなかったんだよ」


 デビューして三年目は、ちょうど同じくらいの時期に全員の仕事が増え始めた時だった。それまでとフィールドも違い、今後の仕事を広げるためにも適応していかなければと努力している最中だった。故に、自分のことで精一杯で、他のメンバーを気遣うことはあまりできていなかったかもしれない。四人は過去を振り返り、それぞれの中に心当たりがあるのは明白だった。


「気付かなくてごめん。東斗」


 煌たちが申し訳なさそうな表情をすると、東斗は「いいんだよ」と声を明るくした。


「オレだけみんなほど仕事のオファーがなかったから、取り残された感じがあって焦ってたんだ。料理コーナーには何度か呼ばれたけど、企画が終わったらそれきりだったし。でもそれは、スキルが中途半端で他の仕事に繋げることができなかったっていうだけで……今頃それを思い出してさ、それでなんか悔しくなって。その反動で、治療中にやってなかった料理をまた始めたところ」


 リビングから見えるキッチンには、フライパンやステンレス製の鍋などの調理器具はもちろん、十数種類のスパイスが並べられていたり、ミキサーや圧力鍋や低温調理器具も揃えられている。全て、料理を始めると知った両親や友人たちからのプレゼントだ。煌も包丁セットを贈っている。時間が有り余っているので、東斗は毎日様々な料理を作って腕を上げていた。


「けど。たまに炎上してるやつあるぞ。そんなに不満が溜まってたのか?」

「それは、お酒がかなり入ってた時の投稿だと思う。オレってお酒を飲み過ぎると、結構攻撃的になるみたいで」


 東斗はとても言いづらそうに目線を下げて、正直に言った。酔った勢いなので、そんな投稿をしたことはほとんど覚えていないようだった。


「そうなの? ハルくんが酒豪なのは知ってたけど、全然想像できない」

「東斗は優しいからな。なんたってオレたちの“お母さん”だったし」

「久しぶりに聞くなぁ、その呼び方」

「東斗は普段が優し過ぎるんだよ。メンバーだけじゃなくスタッフにも気を遣って相談受けてたし。それを全部受け止めていたから、疲れてたんだよ。いい人過ぎるんだ」と、F.L.Yの“お父さん”賢志が憂うように言った。


「同じようなこと、カウンセリングの先生にも言われたよ。ちゃんと外に向けてストレス発散した方がいいって」

「じゃあ裏アカの過激な投稿は、普段から蓄積された様々なストレスの反動ってことか」

「翌朝になって過激な投稿してるの気づいて、もうやらないようにしようって思うんだけど、お酒を飲むとそれを忘れて繰り返してたんだ」

「僕が一番年上なのに、全然周りが見られてなかった。ごめん、東斗」

「大丈夫だよ、賢志」


 少し落ち込んだ様子の賢志に、東斗は微笑んだ。

 東斗がストレスを抱えたのは、誰のせいでもない。誰しも本当のことが言えずにいる時は、違う自分を別の形で作り出す。日記帳だったり、スマホのメモ帳アプリだったり、SNSの裏アカウントだったり。そうすることで自分の心を守り、維持するのだ。




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