14話
賢志と蒼太が璃里から話を聞いた翌日の夕方。四人は番組のロケで、新宿の繁華街の界隈に来ていた。番組は当初は三ヶ月だけの配信だったが、上層部の予想に反して視聴回数がよかったので、続けてもうワンクール配信することが決定したのだ。今は次の三ヶ月分の収録を行っていた。
ロケが始まるまで、四人はロケバスの中で待機していた。賢志と蒼太はラフな服装だが、煌と流哉の二人はジャケットを着ていた。
「えっ。実はそれ、オレも聞いた。噂だって言ってたからスルーしてたわ」
東斗の裏アカの話を聞いた煌と流哉は、親指のホクロが映った写真を見せられた。
「確かにこれは、東斗のホクロと同じだ」
「やっぱそうだよね」
「ハルがこんなアカウント持ってたなんて、全く知らなかった」
「俺もだ。あいつとはよく食事に行ったり遊びにも行ったけど、そんな話は聞かなかったし、こんな一面があるなんて想像もしなかった」
「煌でさえ知らなかったのか……」
メンバーの中で一番東斗と親しかった煌でさえ知らず、軽くショックを受けている。
「こんな炎上するようなアカウント持ってるなんて言えないから、僕たちにも秘密にしてたんだろうね」
「て言うか。勝手に決め付けてるけど、一応ハル本人に確認するべきじゃないか」
「そうだな。活動再開してから会いに行けてなかったし、報告ついでにみんなで行こう」
「賛成ー!」
流哉の舞台の休演日や煌のドラマの撮休の日と、賢志と蒼太の休みが合う日に、数ヶ月ぶりに東斗に会いに行くことにした。
「それから『黒須』の方だが。澤田さんが違法薬物系ライターに話を聞けることになったらしいんだが、俺たちの方でも情報を集めたいと思ってる。だから、東斗が連れて行ってもらってたって言うバーをあたってみようかと思うんだけど」
「そうだな。ちょっと捜索範囲を広げてみるか」
煌から提案され、現状を考慮した流哉も賛成した。ところが賢志が危険を危惧する。
「ちょっと。簡単に言うけど大丈夫? 『黒須』が出入りしてる店だよね。ヤバそうな店だったらどうするの」
「ヤバそうだったらすぐに撤退すればいい。それに、あからさまに聞き込みする訳じゃない。それとなく店の人に聞いてみるだけだ」
「らしい人が来てることがわかれば、張り込めばいい話だしな」
「嫌ならボクたちだけでやるけど。賢志くんはどうする?」
「蒼太も参加するの?」
「だって、ハルくんのためだから」
危険な橋を渡るかもしれないというのに、蒼太も煌の提案に乗る気だった。メンバーの中で最年少の蒼太もやると言われ、頭の中で危ない場面を想像する賢志は眉間に深い皺を寄せる。
考慮したリーダーの賢志は皺を寄せたまま「はあっ」息を漏らし、メンバー最年少がやるというのに、最年長の自分がやらない訳にはいかないと、渋々同意した。
「と言うことで。今日これから実行する」
「これからって仕事のあと?」
「いや。仕事中に」
「まさか。これから行くバーが、行ってたお店なの?」
「いや。それはわからない」
東斗からは事前に、いくつかのバーに連れて行ってもらっていたと聞いていた。しかし、行くのは毎回違う店で、店名や店の特徴は覚えていなかった。酔っていたせいもあるかもしれない。だが、よく代々木駅前で待ち合わせをして食事をして、そのあとに徒歩でバーに行っていたと言うので、代々木周辺から徒歩で行ける範囲のバーを探し、片っ端からあたってみようと考えた。
ならば番組を使ってもいいだろう、大人へのステップがテーマの番組にバーはぴったりだ、と考えた煌は庄司に直々に企画を提案し、今回の新コーナー「夜の店で大人の過ごし方をたしなむ」が決まった。
「今回は新宿だけど、徒歩圏内だからアリだと思う」
「煌って時々凄いよね。僕たちの目的を公言することもそうだけど、信じられないくらい大胆になるよね」
クールな煌がそこまで積極的になることに、賢志は感嘆する。もちろん番組だけじゃ回り切るのに時間がかかるので自分たちの足でも調べるし、公式裏アカウントでも代々木・新宿周辺のバーでの『黒須』らしき人物の目撃情報を求める計画だ。
しばらくして撮影の準備が終わり、夕方四時にロケ開始となった。今回体験するのは、煌と流哉の二人だけだ。賢志と蒼太はロケバスに残り、モニターで店内の様子をモニタリングする。
ロケバス内でオープニングからコーナーの説明を撮り終えると、体験組はロケバスを降り、飲食店が建ち並ぶ通りにある雑居ビルへ徒歩で向かった。
雑居ビルに到着した二人は細く縦長の外観に少しだけ触れると、バーを目指して狭い階段を上って行く。二階の店舗前に着くとシルエットがスマートな木製の看板と、店名がわかりづらいくらい控えめに施された木製の扉が現れた。上品な店構えに、煌と流哉は少し緊張ぎみだ。目を合わせて深呼吸をする。
「では。お邪魔します」
煌はカメラに一度視線を送ると扉の金の取っ手を引き、開店前の店内に入った。
バーのマスターが「いらっしゃいませ」と二人を迎えた。煌たちも「宜しくお願いします」と会釈した。
薄暗いオーセンティックバーの店内は思っていたより狭く、カウンターは六席しかない。なので狭い店内での撮影は、カメラマン、照明、音声が一人ずつと、庄司チーフディレクターの少数となる。カウンターには予め、二人の顔を撮る用にスマホを設置させてもらっている。
二人はカウンター席に座ると、まずは店内を見回して雰囲気をコメントする。
「始めてこういう店に来たけど、めちゃくちゃ雰囲気いいな。ザ・大人の店って感じ」
「照明が暗めだから、落ち着いて話したり飲めそうだな」
所々にある間接照明の明かりが、大人しか入れない落ち着きのある雰囲気を作り出している。バーカウンターの後ろには大きな棚があり、グラスと、銘柄の違う数えられないくらいのウイスキーの瓶がランダムに並んでいる。並べられたウイスキーの数も目を引くが、棚の隣に飾ってあるニワトリの絵も気になる。タバコを咥えてステッキを持ち、紳士のような服装でポージングをしている。
席はカウンターだけかと思ったが、振り向くと一つだけテーブル席があった。低いテーブルを挟んで、赤い一人掛けのチェスターフィールドソファが二脚置かれている。壁には一枚の絵画が飾ってあり、フロアより少し段を低くしているので個室感がある。
店内をぐるりと見回したところで、マスターに話を聞いた。いつから店を始めたのか、バーをやろうと思った経緯、客層などを聞いた。メニューを見せてもらうと、ウイスキーだけでなくカクテルも提供していて、葉巻も嗜めるらしい。
次は、ドリンクを頂くことにする。カクテルがよく飲まれているようなので、マスターからお酒の好みや強さを聞かれ、おまかせで作ってもらう。提供されるまでの間、二人は雑談をして待つが、緊張が解れず雰囲気に飲まれて小声で話した。
「て言うか。めっちゃ緊張する」
「俺もこんな店来たことないから、少し緊張してる」
「本当かよ。全然わかんねぇ」
「大人になるには、この程度でうろたえられないからな」
「さすが、アカデミー賞俳優」
「本当にお前だけだぞ。未だにそのイジりするの」
もう何度も擦られているネタなので、身内のスタッフすら笑わない。
「煌は家飲みが多いんだよな。最近は芸能人の友達と飲みに行ったりしてないのか?」
「この前ドラマの共演者と行ったけど、だいたい家で一人でちびちび飲むのが好きだな」
「映画観ながらとか?」
「いや。猫の動画で癒やされながら」
「お前、意外とかわいいとこあるよな」
そこから、猫の種類は何が好きか、飼う予定があるかとか、流哉は犬派などど雑談していたところへ、カクテルが二人に出された。お酒が好きで強い煌はマンハッタン。流哉には、バーに行ったらベターだというジントニックが出された。
それぞれカクテルの感想をひと言ずつコメントして、いったんカメラは止められた。アルコールが入ったおかげで、二人はようやく少し肩の力が抜けてきた。
「すごいなハル。二十代前半の時に、こんな大人な店来てたのかよ」
「もしかしたら、ここで仕込まれてたかのもしれないのか」
「だな」
ちらりと庄司たちを見ると何やら話していたので、今のうちに『黒須』の手がかりを探ろうと、グラスを磨くマスターに尋ねた。
「すみません。聞きたいことがあるんですが」
「何でしょう」
「ここ、食事をした帰りに来るお客さんが多いと言っていましたが、やはり皆さん外出着のような格好なんですか?」
「そうですね」マスターはにこやかに答える。
「それじゃあ、カジュアルな服装の人はあまりいないんですか?」
「あまりお見かけすることはないかもしれませんね」
「例えば、全身真っ黒な服とか。Tシャツやパーカーを着てる人が来たりは?」
「申し訳ありませんが、そこまでは。お客様のプライベートに関わることですので」
マスターはにこやかだが口が固かった。懇意にしてくれている客もいるので、変なことを口にはできないのだろう。マスターの鑑だ。しかし、ただでは引かない煌は諦めずに質問を続けた。
「こういう雰囲気のいい店って、ダンディーな男性や美人な女性が来てるイメージなんですけど、やっぱり多いんですか?」
「そんなことはありません。性別も年齢も、様々なお客さまがいらっしゃいます」
「じゃあ、芸能人も来たりしてるんですか?」
「いらっしゃることもあるかもしれませんね」
「ここは雑居ビル内の店舗だから、一見すると芸能人なんかが来てるなんて一般人はあまり思わないでしょうね」
「そうですね。芸能人の方は日頃からお二人のように輝いていらっしゃいますから、もしいらしたら、私もびっくりしてしまうかもしれません」
「因みにマスターは、ミーハーですか?」
「ミーハーとまではいきませんが、一緒にいらした方との関係は多少気になってしまいますね」
と、マスターは最後にポロリと口を滑らせた。
「宜しかったらお二人もまたいらして下さい。ぜひ、プライベートで」
にこやかなマスターはそう言って、新しいコースターとともにグラスの水を二人に出した。
そのあとはなぜか、会社の先輩と後輩の設定のショートコントをやり、カウンターの中から見ていたマスターは微笑みながら小さく拍手をしてくれた。二人はは恥ずかし過ぎてマスターの顔が見られなかった。
予定していた全ての撮影が終わり、最後にマスターにお礼を言って新コーナーのロケは終了した。




