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10話




 九月上旬。事件を取材した記者に会い話を聞けたと澤田から連絡を受け、煌たちは報告を聞くために、初めて顔を合わせた和食ダイニングレストランで再び集合した。

 澤田は話をメモしたiPadを開き、煌たちに報告する。


「森島くんが逮捕される前の状況を聞いて来ました───ニ〇ニ〇年六月ニ十一日の午前〇時を回る少し前、彼は麻取に連行される前に誰かと一緒にいたそうです。森島くんの話では、それが『黒須』という人物ですね。事件関係者への取材によると、森島くんを逮捕する約五ヶ月前に、麻取に匿名で情報提供があったと言っています」

「情報提供?」

「誰かが、『森島東斗が覚醒剤を使っている』と麻取に教えたんです」

「誰なんだよ教えたやつ。まさか『黒須』じゃないよな」

「自分も一緒に逮捕されるリスクがあるのに、それはないだろう」

「電話での情報提供だったそうですが、個人情報なので詳細は公表されていません。それから、直前まで一緒にいた『黒須』らしき人物のあとを追ったそうですが、見失っていたとも言っています」

「さすが絶滅危惧種。危険から身を守るのも上手いんだね」と敵を感心する蒼太。


「絶滅危惧種?」澤田は少しだけ不思議そうにしたが、話が脱線しそうだと思った煌は、「気にしないで、続けて下さい」報告の続きをお願いした。


「あと。覚醒剤が出てきたポーチはもらったものだと言っていましたが、どこにでも売っている量産されたものでした。その後、森島さんは気が動転していたので尿検査のために移動。しかし検査で陽性が出たので逮捕となった。この辺りは各報道でも出ている情報ですね」


「他には? 『黒須』に関しては?」

「実はこんなものを入手できました」


 煌が尋ねると、澤田はタブレットを操作してある写真を見せた。多くの人々が行き交う、夜の飲食店街のようだ。


「これは、飲食店の監視カメラの映像を撮らせてもらったものです。この二人を見てください」


 澤田は画面に指を二本当て、ある人物らをピンチアウトして拡大した。監視カメラの映像なので鮮明ではないが、男性が二人並んで歩いているのがわかる。一人は黒いバケットハットに黒いTシャツ。もう一人は黒いキャップを被りグレーっぽい半袖シャツを着て、茶色いトートバッグを持っている。顔ははっきりとは確認できないが、四人には一人が誰かはすぐに判別できた。


「これ、一人はハルじゃないか?」

「さすがですね。トートバッグを持っている方が、森島さんと思しき人物です。この映像は、森島さんが身柄を確保されるおよそ三時間前の映像です」

「この隣にいるのは?」

「実はこの一緒にいる人物が、『黒須』の可能性があるんです」


 画面を見ていた煌たちは、一斉に顔を上げた。


「二人はこのあとバーに行き、その店を出たあとに別れています」


 あの夜、東斗が帰る直前まで一緒にいたと言っていた『黒須』。東斗を覚醒剤取締法違反で逮捕させた疑いのある『黒須』。その姿が、四人の双眸に映る。残念ながら顔の下半分しか確認することができないが、自分たちが追っている人物が実在していることが証明されたことで、煌たちの胸に熱いものが生まれる。


「麻取の間でも『黒須』は要注意人物としてマークされているようなんですが、警戒心が強くて頭の回転も早く、少しでも怪しいと思われると接触は不可能となってしまうようです。なので、どういう人物なのか麻取でも掴みきれていないらしいです。事件の時も、この人物を怪しんで追跡したようですが、簡単に巻かれたみたいで」

「プロでも手を焼いてんのか」

「他に事件について何かありますか?」貪欲な煌は、まだ情報はないかと澤田に求めた。

「僕が話を聞いた記者は森島さんの身辺、特に業界関係者に聞き込みをしていたみたいですが、事件に繋がるようなことは一切聞けなかったと言っていました。みなさん『信じられない』と口を揃えていたと。森島さんの評判は、業界内では相当よかったんですね」

「何せ人たらしだからね、東斗は」

「だからその分、波紋の広がり方は半端じゃなかったな」

「みんな訊いて来たもんね。あの事件は本当なのかって」

「そんなんオレたちが聞きたいわ! って内心ずっと思ってたけどな。あ、いや。誰かに一回は言ったかな」


 すると、澤田も当時のことを思い起こしたのか、自分がファインダー越しに見た東斗のことを伏せ目がちに徐に話し出した。


「この前、森島さんのマンションを張り込んでいたと話しましたよね。判決が出たあとの森島さんは全く外出をせず、部屋はカーテンで締め切られていて、夜は明かりも点きませんでした。何日も。ある日から心配した母親が毎日来て、少しだけカーテンが開けられていたんですけど、森島さんの姿はほとんど見ませんでした」

「その頃はたぶん、引き籠もりになってた時期だと。ずっと、寝室にいたんだと思います」


 ほぼ毎日のように様子を見に行っていた煌が言った。あの頃の東斗の姿を思い出すと、今でも胸が詰まりそうになる。なぜ東斗がこんな姿にならなければならなかったのか、と。同じ姿を見ていた澤田も、痛苦の表情で続けた。


「一度だけ、リビングにいるところをカメラ越しに見たことがありますが、とても見ていられませんでした。これがあの森島東斗だなんて信じられなくて、カメラに収めることすらできませんでした。あんな姿を世間に晒す代わりにお金をもらうなんて、僕にはできなかった……」


 俯くその口から出る言葉は、微かに震えているように聞こえた。


「編集長に怒られませんでした?」

「怒られました。まともな写真も撮って来られないのかと。その程度で金をもらおうとするな。それでもプロかと。何も言い返せなくて、重い足取りで仕方なく借りた部屋に戻って、母親に介護されているような彼の姿を……自分が嫌になって、気持ち悪くなりました」

「澤田さん……」


 澤田には、相当の抵抗があった。本当は撮りたくないものを撮らされ、仕方なく撮ったものは使えないと撮り直しをさせられ、何日も何日も見たくないものをファインダー越しに見続け、写真を撮り、生活費をもらった。それが彼の生業だった。週刊誌の記者の仕事だ。しかし澤田には、芸能よりも政治が合っていたんだろう。たった一度、芸能のスクープ写真を撮ったことが、彼の人生をがらりと変えた。


「すみません。余計な話を……」


 澤田は気分を変えようと、チューハイを飲んだ。煌たちも、それ以上やたらに話を広げなかった。


「ひとまず、僕からの報告は以上です。すみません、あんまりなくて」

「とんでもないです。『黒須』の姿を見られただけでも、大収穫です」


 それで報告は終わるかと思いきや、澤田は「ですが……」と話を続けた。


「話を聞いた記者は、当時のことを振り返ると少しおかしかったと言うんです」

「おかしかった?」

「さっき、森島さんの身辺で事件に繋がるようなことを聞き込みしても一切聞けなかったと言いましたよね。その原因が、どうも報道規制をされていたようなんです」

「なんで報道規制なんか……」

「ハルの身辺に、公にするのを憚れる何かがあるのか?」と眉間を寄せながら流哉は言うが、

「と言うよりは。森島さんに仕掛けた側の圧力では」

「圧力……」


 あの事件に関して公にされてはいけない、もしくは、されると都合が悪いことがある。そういう意味ではないかと澤田は言う。もしや『黒須』が報道規制されるように操作したのか。それとも、『黒須』と関わる何者かがそれを行ったのか。煌たちがまだ遭遇していない暗闇の中に、知らぬ誰かが潜んでいるのだろうか。


「澤田さん。その辺りをもう少し探れませんか」

「わかりました。他にも紹介してもらっているので、聞いてみます。あと、薬物関連のライターとも会えそうなので、『黒須』のことを聞いてみます」

「宜しくお願いします」


『黒須』探しを始めて、約四ヶ月半。麻取でも足取りが掴めない謎の深い人物であることは、確かだった。

 それよりも、報道規制がかかっていたことが引っかかる。大物俳優でもなく、某大手アイドル事務所所属でもない売れ始めたばかりのアイドルの薬物事件に、何の事情が隠されているというのだろう。『黒須』が何か操作をした可能性も考え得るが、その隠すべき事情に東斗が関わっているのだろうか。

 煌たちは東斗を信じている。罪に手を汚すようなことは絶対にしないと。だが、


 彼らが見ていた東斗は、本当の東斗だったのだろうか。


『黒須』と並んで歩く東斗が、笑い声が聞こえてきそうなほどにとても仲が良さそうに見える。

 澤田が持ってきた情報は、煌たちに余計な不安を抱かせ始めていた。




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