9話
それは四人全員で、活動再開とともに東斗の事件の真相追求の決意表明を、事務所の社長の吉田に話に行った時だった。
「何を考えているんだっ!」
普段はあまり怒鳴ることはない吉田から当然、修羅の如く形相で怒鳴られた。さすがにビビったが、煌たちは自分たちの東斗への思いと確固とした信念とやり遂げる覚悟、そして責任の取り方を話した。そのあいだ吉田は黙って聞いてくれていたが、眉間の皺は深く刻まれ続けた。
「きみたちの意志は十分にわかった。その嵌めた疑いのある人物を見つけたら、どうするつもりなんだ。訴えるのか?」
「俺たちはただ、なんでそんなことをしたのか理由を知りたいだけなんです。何もわからない今は、そいつをどうしたいとかは考えていません」
そう答えた煌だが、場合によっては公にすることも本当は考えている。東斗が故意に仕立て上げられた犯罪者なら、その理由によっては『黒須』の正体を世間に晒すことも。だが、まだ何も明らかにできていないので、そこまでは口にしなかった。
「だが。そういうことなら弁護士を頼ればいいだろう」
「嵌められたって聞いただけで、しかも既に終わった事件に、弁護士が取り合ってくれるとは思いません。だから俺たち自身で動くんです」
「……どうしても、自分たちの力でやりたいと?」
「はい」
「どうか、許可をして下さい!」
四人は最後は頭を下げ、許可が下りないなら土下座もする所存で身勝手な許しを求めた。同席していたマネージャーの結城は、嘆願する四人と険しい顔付きの吉田のあいだに立ち、複雑な面持ちで見守った。
静寂の中、四人が頭を下げ続けて数分。呆れて彼らにかける言葉をずっと探していた吉田はひと言、
「やってみるといい」
と、以外にも理解を示してくれた。と言うよりも、全く折れない四人に根気負けした。しかしその代わりに条件を出した。期限は一年間。危険な人物との接触が確認された場合や、警察沙汰もしくはそれと同等の事態になった場合は即座にやめること。その約束を守れなければ、今度は活動停止にすると宣言された。
そして吉田は、最後にこう言った。
「きみたちは、芸能界全体で言えばまだまだひよっこだし、代わりもいる。けれど、それぞれの居場所がちゃんとある。緑川くんは俳優業、倉橋くんはタレント業、七海くんはミュージカル界、玉城くんはモデル業があって、必要としてくれている人がいる。仲間のために行動できるきみたちのことは、僕も誇らしい。けれど、もっと自分を大切にしなさい。代わりがいたとしても、きみたちは一人しかいないんだから。僕たちは、きみたちのこれからをもっと見たいんだ。その望みをどうか、忘れないでくれ」
そう、思いを託された。
吉田の言う通り、煌たちが使えないと判断されれば代わりの俳優やタレントが代役を任される。いくら四人が輝かしく有能でも、僅かな傷や汚れがあればそれを避けられる。そして切られた代わりに、他の誰かが選ばれる。芸能界とは、そういう場所だ。スポットライトの影には、戦場に倒れた敗者たちの屍が山になっているのだ。
「わかりました社長。俺たちは全てを終わらせるまで、社長とみなさんの思いを裏切りません」
四人を代表して煌が宣誓した。そうして、四人と吉田は契を交わした。
煌たちが社長室を退室した直後、再び深い溜め息を吐いた吉田は高級チェアに凭れて頭を抱えた。
「大丈夫ですか、社長」
退室を引き止められていた結城が、その気苦労を案じた。
「あんなことを考えるような子たちだとは思わなかった」
「私もです。でも緑川くんたちは、本気でやろうとしています」
「それは僕にも十分に理解できたよ。彼らのあの信念の塊みたいな目。デビュー時にもあんな目をしていなかったのに」
吉田の脳裏に、デビューしたての頃の五人の姿が想起された。まだ垢抜けず湧き出るやる気に満ちていた、磨きかけのアイドルだった姿を。
「結城くん。彼らのことをしっかり監視しておいてくれよ」
「監視だなんて……」結城はそんなことはしたくないと目で言うが。
「一番近くにいるきみが目を光らせるしかないんだ。もちろん僕も、東斗が嵌められたと聞いて悔しいんだ。けれど、一人失っただけでも悲しかったのに、全員失うことは堪えられない」
「社長……」
「だから、GPSで位置情報を共有してくれても構わない。何がなんでも彼らに無茶をさせないでくれ」
「それはコンプライアンス的に検討すべきだと思いますが……」
「きみだって、デビューからずっと四人を担当してきただろう。だから頼むよ結城くん。彼らがちゃんと戻って来られるように、きみが目印となってくれ」
自由に動けない吉田は、結城に己の望みを託した。結城は煌たちとそう年齢は変わらない。入社して二年目で彼らのマネージメントを任され、彼らとともに成長してきた。言わば、“もう一人のF.L.Y”だ。彼女ならば、彼らの道を守ってくれると信じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ひとまず煌のズボンの汚れを拭き取り終えた貴美は、ふうっと息をつく。生地が暗い色だったので、乾けばアイスが垂れた跡はほとんどわからないはずだ。
すると貴美は、煌に真剣な眼差しを向けた。
「悪いことは言わないから、もう一度みんなで話し合ったら? 引き返すなら早い方がいいわよ」
「そうですね。でも、何度も話し合って決めたことなので」
貴美が再度諭そうと試みても、彼女の言葉では、根を張った大樹のような煌の意志は微動だにしない。それでも貴美は煌を見つめた。煌も、濁りのない眼差しで見つめ返した。
まるで、ドラマで刑事が容疑者を見つめるように煌と顔を合わせていた貴美だが、また溜め息をついて顔を逸らし、長い足を組んだ。
「揃いも揃って頑固なのかしら。アイドルが世間を巻き込んで探偵の真似事なんて」
「これで何かやらかしたら、大いに笑って下さいよ」
「そうね。お腹を抱えて笑い転げてあげるわ」
眉尻を下げる貴美は、説得は難しいと諦めた。しかし、深憂までは取り除いていなかった。
「だけど、本当に気を付けなさい。あなたたちが探してる人物が、週刊誌の記者のようにあなたたちの行動を見ているかもしれない。足を踏み外して、穴に落ちないようにね」
「ドラマのセリフみたいですね」
「茶化さないでちょうだい」
貴美は立ち上がると、電話をして来ると言ってロケバスの外に出て行った。
行動する前から覚悟していたことだが、やはり周囲に心配をかけてしまっていることが、煌に少し罪悪感を抱かせていた。
現役アイドルの上に俳優やモデルの仕事も盛んで、仕事で繋がった人は活動休止前よりも増えている。煌たちは、その人たち全員に迷惑をかけている。そして、ファンに再び心配をさせてしまっている。貴美のように面と向かって言われると、迷いが生まれて足を止めてしまいそうになる。
賢志たちに賛同を得るのは難しいとわかっていながら話を持ちかけた時、三人からは最初は猛反対された。説得の甲斐あって協力してくれているが、自分が巻き込んでいる自覚はある。だから中途半端にすることもためらわれた。だから煌は突き進んでいる。全ての責任を背負うつもりで。大いなる覚悟を持って。
「……まぶし」
雲間から西日が射し込んで来て、暑夏の陽光とともに熱も窓を通り越してきた。煌はカーテンを閉めようと立ち上がった。その時、射し込んだ光に照らされて、座席でキラリと光るものがあるのに目がいった。
シルバーのネックレスだ。貴美のバッグから落ちたのだろうか。煌はそれが気になり、貴美がまだ戻って来ないのを確認して手に取った。そのコイントップのシルバーネックレスは、以前、番組の初回ロケで怒られていたADの女性が持っていたものと同じだった。煌はそれをまじまじと見つめた。
(やっぱり。見たことがある)
そのネックレスは、煌の記憶の中にも存在していた。
煌が幼稚園児の頃、彼の父親が同じネックレスを常に身に着けていた。そのキレイなものをいつも見ていた煌は、ほしいと我儘を言って母親を困らせた。
しかし優しかった父親は、そのネックレスを煌にくれた。煌は、誕生日プレゼントをもらったかのようにとても喜んだ。母親は父親に、大切なものじゃないのかと尋ねたが、父親は微笑みながら
「いいんだよ。またもらうから」
と言って、幼い煌の頭をくしゃっと撫でた。
当時の記憶を思い出した煌は、不快と腹立たしさで表情を歪めた。
「くそっ。嫌なこと思い出した」
その記憶を疎む煌は、貴美の座席にネックレスを戻した。




