門出-前半-
物書きとしての実力をつけるために、日々精進しております!!
しかし私生活の関係で更新は遅め;;
でも面白いといってくれる方のために一生懸命書いていきます!!
暗く廃れた廃墟の中、鎧を身に纏った脱走兵は少女と出会った。戦の絶えない時代、故に増え続ける戦争孤児は背景の一部と化し、当たり前なもののように溶け込んでいた。男は虚ろな瞳の少女の手をとり、一流の戦士として育て上げることをその胸に誓う。それからというもの、脱走兵は16年と2月余りの生涯を一人の少女のためだけに費やし、しかし、その願いは途上にて叶うことなく、脱走兵は静かにその人生に幕を閉じた。
残された少女は旅に出た。己に力を与えてくれた親であり師の願いを受け継ぎ叶えるべく、そしてある約束を守るために強者を求めて故郷を離れた。
――――その両手には、男から受け継いだ夢を硬く握り締めて…
よく晴れた夏の日、岩肌を打つ風が不思議なメロディーを奏でるトラロック山脈、その巨大な山岳に包まれて聳え立つここバルトロマイ王国は、近年稀に見る慌しい喧騒に包まれていた。重量感のある古びながらもしっかりとした城壁に囲まれた城下町には、今多くの猛者共がその腕を存分に振るうべく各地から集まっている。その様は悪名高い狂戦士、代々優秀な剣豪として名をとどろかせる貴族の末裔、長年の修行の末ここへたどり着いた流浪の戦士など様々である。しかし、そんな屈強な男達の中に一際目立つ戦士の姿があった。その者の身に纏うシャツは襤褸切れ同然に汚れ、少々大きすぎる軍服のようなズボンを穿き、がっしりとしたブーツは所々穴が開き泥汚れが目立つ、つまるところそこらへんの物乞いと変わらない姿をしていた。しかし、彼の者の髪は黒く艶やかで、少しの穢れも感じられない。更に短く無造作に切られている事で、その猛々しさを掻き立てている。それと同じように容姿も美しく、頬に深い切り傷がありながら、純白の肌が髪同様に穢れを全く感じさせない。加えて鋭く切れ長な瞳は、まるで狂犬のような荒々しさと獅子のような威圧に満ちている。小柄ながらも身に漂うオーラは、そこら辺の図体ばかりの戦士など遥かに凌駕していた。が、一際目立つのにはそれ以外に二つ大きな理由があった。
「おい、アイツ見てみろよ」
「ありえねぇだろ、アレでこの試験を受けようってのか?」
「舐めてるんじゃねぇ?」
「アレを扱えるのかね?」
「どうせ冷やかしに決まってるだろ」
「…………」
「なかなかいい身体してるじゃねぇか、ヒヒヒヒ!」
「アイツと当たった奴はラッキーだな」
「ルークか、まぁ得物以外大したことなさそうだが…」
雑踏の中から様々な声が飛び交う。が、その対象は皆一致していた。中には容姿など全く気にすることなく、対象の漂わせるオーラの強さを察知し遠目に様子を窺う鋭敏な者もいたが、大半が高を括って罵声を浴びせていた。この二つの反応を見れば、ここに集まった者の力量が容易に察知できるだろう。
―――全く… 小物ほど群れると口がでかくなると言うが、全くその通りだな、全く…
対象となっている当人は、まるで見せものにでもされたかのように、ジロジロとへばりつく視線を四方から感じつつ、心底呆れた視線をギャラリーに送って返す。すると、群衆の中から毛深い大男が歩み寄ってくる。大男は大振りで無骨な剣を背負い、所々血錆の付着した甲冑を纏っている。何日も入浴などしていないのだろう、男の体臭は思わず鼻を覆いたくなるほど強烈なものだった。話題の中心へと十分接近した大男は、その大きな目を思い切り皮肉で彩り、自分より遥かに小さい相手に向かって言い放った。
「誰も表立って言おうとしねぇがよ、俺は戦いに命かけてんだ。だからお前ぇみたいに殺し合いを舐めてる奴には堂々と言わせてもらう!」
身体と同様大きく品の無い台詞を言うと、男は一呼吸置いてこの場の大半の人間が抱いている不満を本人に投げかけた。
「女風情がこんな場所に来るんじゃねぇ! 力のねぇ奴はとっとと家に帰んな! どこで手に入れたか知らねぇが、そんな大層な盾と甲拳も拵えやがって、格好だけはルーク気取りってか? あぁ!?」
直後ギャラリーからは一気に笑いが込み上げた。言い放った大男も気分が晴れたようで、満足げに皮肉たっぷりの笑みを浮かべている。罵声を浴びせられた当人、若い女戦士は、ゆっくりと閉じていた瞳を開き、まるでギャラリーを笑い飛ばすように余裕たっぷりな表情で顔を上げ、大男と目線を合わせる。
「お前、型はなんだ?」
見くびっていた相手からの意外な返答に、大男は一瞬怪訝な顔つきを見せ、余裕な表情を浮かべる相手に対し少しばかりの苛立ちが込み上げた。
「俺様に質問してんじゃ――」
「お前の型は何だと聞いている。そんなことも答えられないのか?」
間髪いれずに少女に言葉を遮られ、男の怒気はさらに上昇しその様は表情から容易に察することが出来た。それと同時に、返答の語調は先ほど以上に荒くなる。
「んな事も見てわかんねぇのか? 俺は敵をこの剣で切り殺し捻じ伏せる、最も攻撃的なナイトだ。戦いも経験こと無いお嬢ちゃんにはちぃとばかし難しかったか!? はっはっはっは!」
大男はあらん限りの皮肉を込めるが、しかし当の本人は全く微動だにしない。すると突然今度は少女が大男の背後に移動し、その背に携えられた大剣をじっくりと観察し始めた。数秒の観察の後、少女は何か納得したように頷いた。
「てめぇ、俺の剣をジロジロ見やがって、それ以上舐めた真似し―――」
「お前、戦闘経験は何回ある?」
またも途中で言葉を遮られた男は、その怒りもピークに達しついに刀に手をかけ、青筋を立てて背後の少女に向き直った。
「”これで”139度目だ―――― お前を切り刻んでなぁ!」
大男は粗末な鞘から見事な装飾の刀を抜くと、両手でガッチリと握り締め腰を入れて突進の構えをとる。
「嘘も休み休み言えよこの木偶坊、それほど戦い積んできた戦士でないことは、お前のその剣が証明してる」
冷静にそう言いうと、直後今度は少女のほうが、身の丈以上もある巨大な鋼の角付き盾を右手に、同様に鋼の鋭い角を仕込んだ甲拳を左手に、隙のない低い構えを取った。その身体は完全に巨大な盾の中に納まり、対峙する大男には彼女の姿を窺うことは出来ない。
「お前がいかに非力か… 丁度良い、この場で分からせてやる」
少女が言い放った直後―――
「うおぉぉ!」
大男は勢い良く突進し、一気に少女との間を詰める、これに対し少女は巨大な盾を構えたまま依然動こうとしない。
「おいおいやばいんじゃないか!?」
「いいじゃねぇか! 殺れ殺れ!」
「あの嬢ちゃん、まさか受け止める気か!?」
「俺は男に賭けるぞ!」
「はははは! 女の血なんて久々にみれるぜ!」
ギャラリーからは様々な叫びや歓喜の声が上がる。しかし両者の耳にそれは届くことは無く、ついに男の射程距離に少女が入ってしまった。
「それぇ! 俺を舐めた事を後悔させてやるぜ!」
「………」
アドレナリンの増幅で興奮状態になり叫び声を上げる男に対し、少女は冷静に男の動きを見極めている。男は天高く得物を振り上げると、突進の勢いを殺すことなく真っ直ぐ少女へ剣を振り下ろした。普通なら恐怖を感じるであろう光景にも、対する少女は全く臆することなく、自分の機をじっくりと狙っていた。そして剣と盾が衝突する瞬間――――
「もらったぜぇぇぇぇ!!!」
「―――――ッ!」
少女はこの機を待っていた。剣と盾が衝突する瞬間、見事な力加減で剣の軌道をずらし男の体制を崩すと、前のめりになり低くなった顔面に甲拳の一撃を叩き込んだ。鋭い角がぶ厚い肉に食い込み、真っ赤な血を吹き立たせ深く減り込んでゆく。
「ぐあぁあぁぁぁあ!!!!!!!!!!」
何が起こったのかもわからず顔を抑え悶絶する男に対し、少女は容赦なく止めを刺すために血に染まった顔面に襲い掛かる。
「終わりだ、優秀なナイトさん」
男の胸倉を掴んだ彼女は、先ほどまでとは打って変わって猟奇的な笑みを浮かべていた。その変貌に完全に心を乗っ取られた男は、言葉にならない叫びを上げて必至に逃れようと抵抗する。しかし、単純な力では圧倒的に勝っていると思っていた男は、ここで追いうちをかけられたかのように驚愕の事実を知ることになる。
――――こ、この女ぁ! なんて力してやがる!?
激しい抵抗もどこ吹く風のように、少女は掴んだ胸倉を決して離そうとしない。それどころか、どこか抵抗し怯える男をあざけ笑っているようにも見える。その光景は、先ほどまで歓声を上げていたギャラリーを黙らせるには十分すぎるほどの効力を発揮していた。
「さて、焦らすのももう良いだろう? アタシは十分満喫させてもらったよ」
「ヒィ! たた、助けてくれ! 頼む、俺が悪かったから! 頼む! 頼む!」
もはや抵抗もせず、拝むように命乞いをする男を全く無視し、少女はゆっくりと左手の甲拳を構えた。
「生きてたことを後悔しろ、自分のことをウジ以下だと認めろ、二度と剣を振るわないと誓え」
冷徹なこの台詞に、男は全く反抗することなく首を一心不乱に縦に振り続けた。もはや最初の威勢の良さなど見る影も無く。
「誓う、誓います! 俺はウジ以下だ! 生きてる価値も無い! 二度と剣も持たない! だから勘弁してくれ!」
鼻をたらし、涙と冷や汗の区別も付かなくなった男の顔は、もはや無様としか言いようが無かった。そんな醜い表情をぐっと近づけ、少女は最後にこう呟いた。
「その言葉、二度と忘れるな? 誓いを破ったとき、お前はただの肉塊になる」
彼女は掴んでいた胸倉をぱっと離し、解放された男は呼吸が荒れ、汗が噴出し、しばらく腰が抜け立ち上がることすら出来なくなっていた。あまりの恐怖に痛みなど既に感じることも無く、初めて体感する残忍な死への恐怖に、解放されてからも全てを支配されていた。
この騒ぎの張本人はと言うと、崩れ落ちた男を哀れみと憎しみを込めた瞳で静かに見下ろし、しばらくすると興が醒めたようで、スタスタとギャラリーの中を突っ切るように歩みを進め(戦士達は黙って道を明けるしか出来なかった)近くに置いてあったベンチに乱暴に腰掛けた。
―――ホント、アイツの言ったとおりだよな、所詮は見かけとハッタリでのし上がって来たボンクラばかりだ…
彼女は酷く落胆しきっていた。元々この国に訪れたのは、バルトロマイ王国軍入隊試験を通して強者と手合わせをするため。そしてあわよくば戦場にて己の力を高めるためである。しかし、意気揚々と乗り込んで実際蓋を開けてみれば、この場所に集まった者の大半が自分以下の力しか持ち合わせていない有様であった。
―――それだけならまだ救いようはあるが、集まった奴のどいつもこいつも口ばかり達者なむかつく野郎共とくれば、闘争心が萎えるのも仕方ない……か…
ベンチに行儀悪く胡坐をかき、少し先で未だに怯えている大男をぼんやりと眺めながらそんな落胆に荒んでいると、真正面からギャラリーを掻き分けて、今度は先ほどの男とは対照的に良く磨かれた黒い鎧を纏った細身のの男が歩み寄ってきた。短髪のプラチナブロンドの髪が良く似合う、顔立ちの少しばかり幼い男である。腰に携えた二本の剣は、無駄な装飾が一切取り除かれた見事な二振りで、他の剣からは見られない半円形状の刀身をしていた。
「ほぅ、ショーテルなんて珍しい剣を使うじゃないか」
先ほどまで落胆の表情を浮かべていた少女は、珍しい武具に少しばかりの興味を抱いた。対して持ち主の男は、少し驚いたような表情を浮かべ、直ぐになにか満足そうに柔らかい笑みを浮かべて見せる。突然の男の登場に、先ほどまで静けさを保っていたギャラリーが少しづつ騒ぎ始めた。
「ははっ、ショーテルを知っているなんて珍しいな。好き好んで使っているナイトなんてそういないと思うけど?」
男はそう言って、自分の腰にある得物を軽く小突いて見せた。
「なに、そこいらのぽっと出の戦士とは違って、ここ最近は毎日のように戦いの繰り返しで、中には変わった武具を使う変わり者もいたものだ」
少女は少し懐かしむように語る。男は興味心身に話を聞き、聞き終わると同時に少女の目の前まで歩み寄った。
「アンタがそこら辺の二流よりも優れていることは、今の話とさっきの戦いで十分承知した。で、それを踏まえて聞きたいんだが、あのデカブツの力量、”お前のその剣が証明してる”と言ってやり合う前から見切ってたみたいだけど、その理由は?」
腕を組み少し興奮気味に問いかける男に、少しばかり引っかかりを感じながらも、少女は戦闘前に行った観察の結果をつまらなそうに話し始めた。
「アイツの剣、派手な装飾が掘り込まれていただろ? その装飾にはほとんど汚れや傷が付いていなかった。にもかかわらず、あの剣は刃こぼれが大分進んでいた。これはつまり、あれは最近入手したもので、使い手が力任せで雑に振り回した結果を物語ってる。これだけの証拠があれば奴の力量は大体予想が付く、それにアイツ139度目とかなんとか言ってただろ? 本当に強い奴ってのはいちいち殺してきた人間の数なんて数えない」
これを聞いて、男は心底満足したように首を縦に振って見せた。後ろで聞き耳を立てていたギャラリーも、彼女の鋭い観察眼に思わず賞賛の声を漏らすものまで出ている。
「すばらしい! すごい! やっと出会えた! はっはっはっはっはっは!」
興奮がピークに達したようで、唐突に男は高らかに笑い始めた。先ほどまで平静を装っていた少女も、流石に男の異常な反応に驚いたようで、その顔には怪訝そうな表情が浮かんでいた。
「お、おい… お前大丈―――」
「今すぐ手合わせしてくれ!」
その瞬間、ここにいる誰もが耳を疑った。先ほどの圧倒的な彼女の強さを目の当たりにして、反抗することの愚かさをその目に焼き付けたばかりのギャラリーは、男の命知らずな申し出にただあっけらかんとしていた。申し出を受けた少女はというと、言葉を遮られ一瞬唖然としていたが、次の瞬間には状況をしっかりと把握し、素早くその鋭い観察眼を男の隅々に巡らせた。
―――コイツ、何を考えてる? “やっと出会えた”とか分け分からん台詞まで抜かして、気でも狂ったのか? 見た目それほどやるようには見えな……ッ!?
と、男に向けられていた観察眼が、ある二点でピタリと止まった。その刺すような眼光はじっくりと、そして執拗に男のショーテルという風変わりな剣、そしてその身に纏った黒い鎧の腰部分、二点に注がれている。
―――あの剣、よく磨かれているが所々血錆が目立つ、なのに刃こぼれや刀身の歪みが全く見られない。これはかなりの使い手でなければ起こりえない現象、腰に付いた刀傷は恐らく長年の抜刀によって付けられた痕、一点に集中しているのを見るとかなり研ぎ澄まされた抜刀術だな。雰囲気に騙されたが、コイツ……
すると、視線から剣とそれを携えている腰部分に視線が注がれていることに気がついた男は、
「この剣と鎧はね、俺のお師匠様から頂いたものなんだ」
と、唐突に呟いた。対する少女は男と眼を合わせ、そして同時にただならぬ威圧感を込めて言葉を返す。
「その師匠とやら、相当な手練だな。そして、その師匠から武士の命でもある武具を授かったお前も……」
この時、先ほどまで余裕な態度を示していた少女が完全な戦闘態勢に切り替わった。鋭い眼光は更に研ぎ澄まされ、盾を握る右手は力強くきつく握られ、狂撃を振るう左拳は好敵手の存在に武者震いする。そんな彼女の様子を察した好敵手も、幼さを感じさせる雰囲気を完全に消し去り、まるで血に飢えた獣のように殺気を放ち始める。その両手はそれぞれショーテルの柄を握り締め、いつでも抜刀できる構えをとる。さらにその顔は、狂喜と悦楽に満ちた色に染まる。
「お前、その双剣で何人の武士を葬ってきた?」
男同様、新しい標的に猟奇的な笑みを浮かべる少女は、その相貌に似合わぬドスの聞いた声で男に問うた。
「数なんて覚えてないな、ただ一つ確かなのは… 俺が退けてきた奴は、全員あんたと同じルーク、盾使いだ!!」
その台詞と会戦の合図とするように、男は双剣の寸分狂いなき抜刀術による素早い斬撃を、少女は巨大な盾で全身を覆いつくし、左拳に反撃の力を込める。
そして、双方がぶつか―――
「そこまでだ!」
る直前、高くそびえる門の頂上より、低く圧力のある声が轟いた。少女と男は襲い掛かる寸前の状態でピタリと動きを止め、同時に声の方向へ目線だけを向ける。少々遅れて、回りを包むギャラリーも一斉に門の頂上目掛けて天を仰ぐ。
「試験開始時刻となった。これより先、受験者達の勝手な揉め事は即失格とみなす。特別に今のは見逃してやるが、次は無いと思え」
そこにいたのは、深緑の生地に所々金色のラインが入った、バルトロマイ王国軍軍服を身につけた初老の男であった。しかし老いて見えるのはその厳格に満ちた顔だけで、体つきは先ほどの大男を更に凌駕するほど逞しく、無駄のない戦いの肉体が軍服越しからも十分窺えるほどだ。更にその背に背負った巨大な一振り、どんなモノでも叩き潰せるのではと思うほど分厚い大剣が、その重厚な雰囲気を更に引き立たせている。初老の男は二人の動きが完全に止まったのを確認し更に続ける。
「ワシの名はウラヌス=インガファム、階級は大佐、本日の試験において総監督を任された。お前達は今日一日ワシの言うとおり試験をこなして貰う。その上で試験結果と審査員の審議で合格者を決める。ちなみに例年の合格率は2~3割程度と厳しい審査基準となっている、各々己の腕を余すことなく存分に振るって欲しい。それでは各自準備を整え、門をくぐって直ぐ左手の闘技場に集まるように。五分以内だ、それを守れぬ者はいらん、即刻失格とし郷に帰ってもらうので覚悟しておけ。以上」
誰にも有無を言わせぬまま用件を伝えたウラヌスと名乗る男は、スッと振り返るとそのまま門の向こう側へ去っていった。すると直後、先ほどまで硬く閉ざされていた門が開門し、目の前に城へ続く長く広い石造りの大通りと大小様々な建造物が現れる。突然の急展開に言葉を失っていたギャラリーは、数秒の沈黙の後ようやっと状況を把握しそれぞれ慌しく準備を開始し始めた。その中で、唯一時間が止まったままの少女と男は、視線を再び合わせ互いに反らさぬまま数十秒が経過―――と、
「受験者間の揉め事はご法度だそうだ。残念だけど、ここで失格になるのはお互い御免蒙りたいだろ、ここは一旦休戦にしないか?」
男は先ほどまでの狂喜の表情を一変させ、最初の幼い印象に戻っていた。少女のほうも興に突然の横槍が入り心底不機嫌な顔をしている。
「仕方ないな、アタシもここで下手するわけにはいかない、休戦でいいだろう」
相手の殺気が完全に消えたことを確認し、双方同時に構えた武器を降ろした。それから両者静かに見つめあい、しかしそれは決して甘いものなどではなく、獲物を逃さんとする鋭い眼差しの応酬であった。すると、
「俺の名前はアレス、アレス=ランツォーニだ…… アンタは?」
「フレイヤだ…… アレスか、戦った相手の名を覚えたのは初めてだ」
基本的に戦士同士で名を交わすことは少ない、それに加えどちらかが力尽きるまで果たし合うデスマッチを続けてきた彼女は、戦闘前に言葉を交わさない限りまず相手の名を知る機会はない。今回のように途中で邪魔立てが入るケースは本当に稀なため、フレイヤは少しばかり新鮮な感触を味わっていた。
「フレイヤか、いい名前だな。二度と忘れないぞ、ここまで本気で立ち合えそうな相手は初めてだしな。試験が終わった後、必ず再戦を」
アレスは挑戦的な笑みを浮かべ、片手をフレイヤに差し出した。彼女は一瞬目を丸くして驚いたが、アレスの真剣な眼差しを受け、これが再戦の誓いであることを察し、差し出された手を力強く握った。
「試験、ヘマするなよ」
最後にそう言って、アレスは雑踏に紛れて門の向こう側へ歩き出す。フレイヤは彼の背を眺めながらこれから先の戦いを思い、久々に狂犬のような心を躍らせた。彼女はゆっくりと背筋を張り、親であり同時に師である男から受け継いだ夢を両の手にしっかりと携え、今、血と鉄と狂気に溢れた世界へと、一歩足を踏み入れていった。
奴は見ていた。遠目から目立たぬように―――
奴は目をつけた。命を奪うに値するその男を―――
奴は待っていた。確実に仕留めるその瞬間を―――
評価&感想をお待ちしています!!
アドバイスや指摘をしてくれる方には、真摯に対応していきたいと思います!




