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星の雫

作者: YUKI

星の雫


「おい、見ろよ。蛇の子供だぜ」

「白蛇なんて珍しいな。捕まえようぜ」

「噛まれたらどうすんだよ」

「こんなちっちゃなのに噛まれたって、へっちゃらさ」

棒で突きまわし、捕まえては投げたりと、子供たちは僕をおもちゃにして遊び、動かなくなった僕に興味を無くすと、草むらに投げ捨て駆けていった。

ガサガサと草むらに飛び込んで来た一匹の犬。草むらでグッタリとした僕を鼻先で突く。食べられると、身じろいだ僕に舌を這わし傷を舐める。

「北斗、どうした?」

多分、犬の飼い主だろう。

北斗と呼ばれた犬が、飼い主の少年と僕を交互に見る。

少年が草むらを覗き込み、

「真っ白の蛇。北斗、下がって、死んでるのかな?」

少年がそっと労わるように僕の体を手のひらにすくい上げた。

「北斗、帰ろう。この子を助けないと」

僕は少年の手のひらの中で、暖かさを感じていた。

手から伝わる振動が止み、ふわっとした物の上に置かれた僕。

「人間の傷薬で効くのかな?あぁやっぱり叔父さんに電話だ」

少年が一人言の様に何か喚いていたかと思うと、大きな音がしたがその音は小さくなっていった。

僕の周りは静かになった。

「お前、生きてるか?」

不意に声がした。

「誰?」

問いかけると目の前に僕を見つけた犬が現れた。

「俺だ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」

「俺が助けたわけじゃないさ。俺は見つけただけ。心配して走り回ってるのは昴だ」

「昴って、あの人間?君はえっと北斗だったよね」

「あぁ、あの人間が那原昴、そして、俺は北斗。俺の兄弟であり、仲間であり、親友って感じかな」

「いいね。僕には何もない」

トントントンと軽快な音が近づいてきてガチャと音がすると

「傷薬でOKだって。北斗良かったな、すぐ良くなるからな」

傷薬を塗る指の動きは優しく、気持ちの良いものだった。


昴がいない時、北斗は色んな事を教えてくれる。

昴は、中学1年になったばかりで、まだ4年の付き合いだと言う。

昴が動物好きなのは、近くに動物病院を開業してる叔父、天音箔がいる影響らしい。

北斗は夜に僕の側に来てくれる。窓ガラス越しに見える星空を見上げ「お前、星に願いをしたことあるか?」

「ううん、ない。何を願うの?」

「俺は、泣き明かす昴を抱き締めたい、その悲しみごと包み込みたいと願った」

「叶ったの?」

「あぁ、叶った」

「でも、どうやって抱き締めたの?無理だよ」

「抱き締めることのできる姿になったんだ」

「えっ、姿を変えたの?わからないよ」

「自分の為でなく愛する者の為に心から願えば、時として不思議な事が起こるってことさ。お前もそんな時が来たら願ってみるんだな」

北斗はどんな姿に変わって昴を抱き締めたんだろう。

僕には、まだ何もない。

僕にも、大切に思える事が出来るのだろうか?


昴は僕を友達の様に、家族の様に接してくれ、僕の事を炎と呼ぶ。蛇の星は綺麗な赤だからと、僕はただの蛇なのに。

昴の住む家には親らしき姿がない。

「北斗、昴の親はいないの?」

「いない、事故で死んだ」

北斗の声が低く沈んで行く。きっとその時に北斗は昴を抱き締めたのだろう。僕にはよくわからない、生まれた時には一人だったから。

でも、窓から見える大きな人間は小さな人間に優しい眼差しを注ぎ、側に寄り添っている。

昴は誰に寄り添うのだろう、寄り添っていた人が突然いなくなるってどんなに悲しいのだろうと思うようになっていた。

「北斗、僕みたいでも昴の悲しみを癒せるかな?」

「炎、何を今更言ってるんだ、昴はあんなに優しく話しかけてくれるじゃないか、炎も昴の大切な家族だろ」

そうなのか、話しかけられても言葉を返す事が出来ない僕、ただ見つめるしかできなくても?

昴は叔父の天音と二人で住んでる。でも、預かった動物達がいるため病院に寝泊まりする事が多い。そんな時は広い家に昴一人、北斗が側に寄り添うが寂しそうに見える。


中学生の間に昴は少し背が伸びたが、幼く見える。

高校生になってもあまり背は伸びず、僕や北斗に話しかける時は子供っぽい仕草や話し方をする。学校でもそうなのだろうか?

最近、朝になると熱を出す事が多くなった。だから、学校も休みがちになる。

今日もなんだか昴は学校に行くのが嫌そうな顔で朝食を食べている。天音がそんな昴の様子に

「昴、学校で何か嫌な事があるのか?」

でも、昴は笑顔で

「何もないよ。今日は英語のテストするって言っていたなぁ〜と、ちょっとテンション下がり気味なだけだよ」

僕は、北斗の背中に乗ったままその様子を見ていたが、昴は嘘で誤魔化してるような感じがする。

「北斗はどう思う?今の話信じる?」

「嘘だな」

「やっぱり、叔父さんは気づかないのか?」

「気づいても言えないんだろう、あんな笑顔で言われちゃうとな」

そんなもんなんだろうか、僕にはわからない。

「僕、昴の学校に行ってみたい」

「俺が連れて行ったとしても、中には入れないぜ、どうするんだ?」

この姿だと無理なのはわかっているけど、気になって仕方ない。

何も出来ないまま昴は学校に行き、外が暗くなってから帰ってきた。

「北斗、昴の帰り遅くないか?いつもはもう少し早いだろ?」

「炎、見てみろ、昴の靴ずぶ濡れだぞ」

「絶対何かあるよ」

あぁそうだなと北斗も何か考え込んでる。

昴がお風呂に向かう後ろを気づかれないようについていく。

ドアが閉まる前に滑り込み隠れる。

服を脱いだ昴の体は痣と傷であちこちが赤く腫れていた。

浴室から水の音に混じり、昴の泣き声が聞こえる。

いつも、一人で泣いていたのか、僕では守る事も出来ない。

昴は、僕に命をくれたのに、昴が助けてくれなければ僕はあの草むらで動けず死んでいたと思う。

どうすればいいのだろう。

夜中を過ぎ、家の中は静まり返っていた。

「炎、起きてるか?」

「北斗、どうしたの?昴に何かあった?」

「昴が熱を出した。風邪とか病気とかじゃない気がする」

脱衣所で見た昴の体の事を北斗に話した。

「殴られたりしてるのか、だから熱ばかり出すのか?学校で虐められているとしたらなんとかしないと」

「何ができるって言うんだ、何も出来ないじゃないか」

僕はあの時の小さな蛇のままじゃない、成長もした。でも、人間には勝てない。北斗だって犬の中では大きな方だろう、それでも勝てるとは限らない。

僕が泣きながら喚いている傍で黙っていた北斗が

「願い事をしてみるか?叶うかわからないけど、昴は大事な家族だ。このまま黙って見てるのは辛すぎる。昴が壊れてしまいそうだ」

「僕はやる。昴の力になりたい」

僕たちはそっと外に出た。

今日の空は星の雫がサラサラと降り注いでいるような不思議さを感じる。

僕は願う、昴が強く生きていけるように側にいて力になりたい。

家族が無理なら親友として一緒に生きたい。

僕たちの周りをキラキラと雫が舞い、包み込む。

その後の事はよく覚えていない。激しい痛みが襲ってきて意識が朦朧とし、暗闇に落ちていった。


「炎、起きろ。大丈夫か?」

僕を呼ぶ声に夢から覚めたように瞼を開ける。

まだ、見えるものが歪んでゆらゆらしているようだ。

「炎、大丈夫か?」

「北斗?」

段々と焦点が合ってきた僕の前には黒い服を着た男がいた。

「炎、早くこれを着ろ。誰かに見られたら大変だ」

差し出されたのは昴の服だった。

僕は人間になっていた。もしかして、目の前の男は…

「北斗なの?」

「話は後だ、早く服を着ろ」

僕は何も身につけていない、急いで服を着ようと立ち上がろうとするけど上手く立てない。

「まだ、慣れてないからゆっくり立て、支えてやるから」

北斗が脇に手を入れ僕を抱き支えてくれる。

なんとかシャツとズボンを履くことができた。

「少し慣れたか?ここだと話難いから神社まで歩けるか?」

北斗は慣れてるようだが、僕は足で立った事がないから、力の入れ方がわからない。フラフラ体が揺れながらもなんとか北斗にぶら下がりしがみつきながらも神社まで辿り着いた。

「少し歩く練習しなきゃな。すぐに歩けるようになるさ」

「本当に叶ったんだね」

これで昴の側にいられる。

「炎、泣くには早いだろ。今からどうやって昴に近づくかだ。あの家に一緒に住まないと…」

僕は北斗のように冷静でいられない。蛇だった僕が人間になったんだから。


「俺たち高校生でいけそうだし、どうにかして紛れ込むしかない」

「紛れ込むなんて無理だよ。人間の北斗のこと昴は覚えてるの?前にもその姿になったことあるんでしょ、どうなの?」

「覚えているかもしれない、まだ小さかったからな俺も昴も」

「試してみてよ、そして僕は弟とかでもいいじゃん」

「弟って似てねぇ」

「北斗、人間になって口悪くなってない?」

炎もなんか違うと北斗は言う。

僕は、何も変わってない。昴が一人で泣いている声が耳に残っている。

あんな悲しい泣き声、聞きたくない。

「北斗、行こう。昴が起きてくる頃なんじゃ、あぁぁぁ北斗どうするの僕たちいないと捜すんじゃ」

人間の姿で会うわけにいかないし、どうしよう。

「炎、ちょっと静かにしろ。俺たちが消えて寂しがるだろな。自由に姿が変えられないもんかな」

昴の事が気になるから、そっと覗いてみようと神社を出た。

僕の歩きは、まだぎこちないが最初よりは歩けるようにはなった気がする。

「叔父さん、北斗と炎がいない」

家の中から昴の叫ぶ声が聞こえてきた。

やっぱりと僕たちはため息をついた。

「散歩にでも行ったんじゃないか。最近、北斗の背中がお気に入りの炎だからな」

「こんな朝早くから散歩なんて行くわけないだろ。僕捜してくる」

「昴、お前は学校に行け。俺が捜すから」

「嫌だ、僕も捜す」

泣きながら大きな声で叫んでいた昴の体がグラリと傾いていく。

「昴、お前凄い熱じゃないか!馬鹿野郎、大人しく寝ていろ。体は痛くないか?」

倒れた昴を抱き抱えベットに寝かせ、

「打ち身とかの熱だろうから寝ていれば下がる。もう、心配かけるな、頼む」

涙の止まらない昴の頬の涙を拭いながら天音は情けない声で昴に俺に頼ってくれ、一人で悩むなと訴える。

「叔父さんごめん。僕が我慢すれば、相手にしなければ飽きるかなって思ったんだけど、もう駄目かも」

昴を抱き締め、何もしてやれなくて悪かったと泣いていた。

「転校するか?」

「逃げるのは嫌だ」

「わかった、二人でどうするか考えよう、今日はゆっくり寝とけ、北斗達は俺が捜すからな」

昴は頷き、目を閉じた。程なくして寝息が聞こえてきた。


リビングに天音が一人で珈琲を飲んでいた。庭からそっと伺っていると

「お前らいつまでそこにいるんだ?早く入ってこい」

まるで人間の姿なのに北斗と炎と解って話しているような言葉にびっくりして動けなくなった。

「北斗、炎、珈琲は無理か、水か、ジュースでも飲むか?早く入ってこい」

やっぱり天音は僕たちに何が起こったか知っている。

躊躇いがちにリビングに入る。

「何が飲める?」

「俺は珈琲、炎は水だな」

天音は珈琲と水を僕たちの前に置き

「北斗は二度目だよな。炎は初めてか。それにしても北斗、カッコよくなったな。前の時は小さかったのにな。どうするつもりなんだ?」

北斗は天音が最初の時を知っていた事に驚きを隠せない。

「何故知ってるんだ?」

「公園で泣く昴を抱き締めてるのを見たからさ。その後、北斗に戻るのもな、その時は腰が抜かす程にびっくりしたがな」

炎は天音が味方になってくれると思い

「僕たち学校に行きたい。昴の側で力になりたい」

「俺たちに協力してくれ、頼む」

天音は難しそうな顔している。駄目だと言われそうで身を硬くする。

「炎は、昴と同じ年ぐらいでもいけそうだが、北斗は先輩だな」

俺の親戚とでも言って編入するかなと僕の不安を裏切る言葉だった。

「エッ、俺、同い年には無理か?」

「無理だよ」

「無理だな」

二人の声で否定され、北斗は渋々わかったと言うしかなかった。

天音の病院によく来る患者の飼い主に学校関係者がいた。

その人には、田舎で学校まで遠く、学校に行った事がない。自分が引き取る事になり、学校に通わせたいと、嘘の情報を話した。

その人は、快く引き受けてくれ、一学期も残り少ないという事で、二学期から学校に通えるようになった。

大変な夏を味わった。

二人とも勉強をしたことがないのだから。

必死で勉強した。もちろん、昴には親戚の子を預かる事になったと話して協力して貰った。昴は、頭がいいのにびっくりしたし、教え方が上手い。

僕も北斗も頭の中に詰め込めるだけ詰め込んだって感じだった。

昴が、俺たちに直ぐに打ち解けた理由に名前の事もあったのか、もしかしたら昴は気づいているのかもしれない。

僕たちが一緒に住むようになって、犬の北斗や蛇の僕の事を口に出さなくなったのだから、僕は昴は解って黙っていてくれてる気がする。

「北斗、炎、今日から学校だよ。ご飯食べたら一緒に行くよ」

昴は嬉しそうだ。

昴もあの熱を出した後、学校を休んでいた。

家の前、学校へ続く道、僕たち三人で進む道。笑顔でいられる時ばかりではないだろう。泣くのも、笑うのも、怒るのも、今は一緒に進んで行きたい。この先、それぞれが違う道を辿る結果が待っていようとも、僕は、昴や北斗が必要とする限り力になりたい、なることが出来ると。

新たな一歩、踏み出す。


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