第66話 別れ
壮絶な戦いから一夜明けて、今はエルフの里にて身体を休めている。
各自、自由行動となったのだ。
ユーリは、クレアと共に里の食事処に行っている。
お腹すいたと煩いから連れて行くと言い、一品だけという約束のもとで食べに行った。
カートは、言うまでもないだろう。
イリーナの元へ行っている。
エルフ達はこれから全員で王都に向かうため、その身支度で忙しい。
カートはイリーナ姉妹のために早朝から手伝っているのだ…
サリーは、昨日から体調を崩して寝込んでいる。
恐らく大雨に降られて風邪をひいてしまった…
出発は明後日となっているため、今日はゆっくり眠っている。
そして、クリスは賢者と共にユグドラシルの大樹の前に来ている…
クリスは、賢者と二人でゆっくり話したいことがあり頼み込んだ。
「未来に戻る準備は出来た…
いよいよだな…」
賢者は、ユグドラシルの枝と魔法の筒を手に持っている。
ようやく、未来に帰るための道具は揃った。
「あの……」
クリスは、気になって仕方がなかったことがあるが、なかなか皆んなの前では聞きづらかった…
「今の俺で黒騎士を倒せますか?」
「まあ、五分五分だね…
勝てるとまでは断言できない」
今の俺の力で黒騎士が倒せるのか、自分の実力がどこまで通用するのか分からない…
未来に戻って絶対に負けてはならないため、
黒騎士の実力を知る賢者に問いたかった…
「五分ですか……」
「覇王が続く限りは、
押せるだろう………だが…」
魔力が切れ時に俺は負ける…
賢者はそう言いたいのだろう…
「魔力次第って事ですか…」
「そうだ…
だから、もしもの時は…」
賢者が、もしも俺の魔力が尽きた時、
その緊急時の最終手段を口にする…
だが、未来は誰にも分からない。
本当に賢者の言う通りになるかは断定できない。
「いつ行くんだ?」
「明日の夜に行きます…」
賢者は目を見開いて驚く。
エルフをルミナスまで送り届けてから未来へ旅立つとばかり思っていた。
まさか、その前に未来へと帰るとは思いもしない。
「母上のいるレガードの屋敷に帰ったら、
未来へ戻りたくなくなる…
そんな気がするんです…」
「そうか…」
賢者は、今日と明日がクリスと一緒にいられる時間だと思うと、賢者自身も寂しくなってくる…
「クリス…
お前は覇王を所有している…
お前を待ち受ける運命は、過酷だろう」
「…………」
「だが、一つだけ言っておく…」
賢者は、はるか昔の覇王の所有者との日々を思いだしていた。
その時の経験からクリスへ言葉を紡ぎ出していく。
「ひたすらに前へ進め!」
賢者の言う言葉に何故だか分からないが、説得力を感じてしまう。
「後ろを振り返るな…
困難だろうと関係ない…
その強い志が、未来を切り開いていく」
「賢者…」
「ふふ、そんな風に生きていた奴を、
私は知っているし、憧れていた」
賢者は、遠くを見つめながら話している。
その瞳は何故だか少し、切なそうな色をしていた。
「クリス…みんなにちゃんと話すんだぞ」
俺は無言で頷くと、
賢者に頭を下げる…
「一年間ありがとうございました…
必ず、みんなを救います…」
「あぁ、お前も私の可愛い弟子だ…
必ずその手で幸せを掴めよ…」
賢者はそう言うと後ろを振り向き、目を拭っている。
そして、賢者は涙声で呟く…
「絶対に…生きろ…」
その一言は、震えた声が混じり、一番切なく重みを感じてしまう…
俺は、その一言に応えるように賢者に告げる…
「生きて、帰ります…」
賢者に別れを告げて、俺は大樹を背にして里の住居へと戻っていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして夜を迎え、皆んなに別れを告げる時が来る。
長老の家に集まるクレア、ユーリ、カート、ゲイル、サリー、そして賢者。
その全員が集まったところで俺は呟いた…
「みんな…突然で申し訳ない…
明日、俺は帰ろうと思います…
元の世界へ」
するとユーリは、クリスの言葉に驚き目を見開いてしまう…
クリスが帰ってしまう…
いなくなってしまう…
そのフレーズが頭の中で一杯になってしまい、現実を受け止められない。
気づけば瞳に涙が溢れてしまう…
「い、一緒にエルフをルミナスまで
送り届けてからで良いだろう!」
クレアは、納得していない…
まだ心の準備ができていない中で、いきなり別れたくない。
それだけに未来の息子の存在は大きくなってしまった…
「そうすると…
帰りたくなくなっちゃうんだ…」
クリスは、目の前の家族と一緒にいる時間が楽しくて仕方ない。
そのひと時が幸せでたまらなかった。
「みんなといると…
別れたくなくなっちゃうんだよ!」
ユーリは、クリスの言葉に我慢が出来なくなってしまった。
ずっと一緒にいたい…
それが叶わなくて、切なくて胸が締め付けられて苦しくなる…
「いや…だ…
いかないで…」
ユーリの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていく…
「ユーリ…」
クリスは、こんなにも泣き崩れてしまったユーリを見て別れたくなくなってしまう…
それほどにユーリは、クリスの中で特別な存在となってしまった…
「俺は、みんなが好きなんだ!
大好きなんだよ…」
気づけば涙で前が見えなくなっていた。
声も震えてしまい、ちゃんとしっかりと発声出来ていない…
「わ、私だってそうだ…
お前は誰がなんと言おうと…
私の息子だ…」
「母上……」
クレアは、気付けば目の前の息子を抱きしめていた。
そしてクリスは、母親の腕の中で声を出しながら泣いてしまう。
「母上に会いたかった…
なんで死んでしまったのか…
ずっと思ってた…」
「………」
「でも……ここで会えて…
一緒に旅ができて、
俺は、幸せでした…」
クレアはその声を聞いて、抱きしめる腕に力が篭る。
気付けばその背中は震えている…
「夢みたいでした…
それだけ幸せだったんです…」
「クリス…」
クリスは心から母親に出会えたことを、神様に感謝していた。
二度と会えないと思っていた人に出会えたことに…
「ユーリにも会えてよかった…
一緒にいて楽しくて…
お腹が苦しいほど食べて笑って…」
ユーリと初めて出会った時を思い出していた。
浜辺で餓死しそうに倒れていた。
食い意地が悪くて母上に怒られていて、
でも、誰よりも優しくて寂しがり屋で母上が好きで…
俺は…そんなユーリが好きだった…
「ユーリと一緒にいた時間は、
楽しくて…楽しくて仕方なかった…」
「クリス!」
そして、母上と抱き合っている俺にユーリも抱きついてきた…
「わたしも…
こんなに…楽しくて…
幸せだったこと…ない…」
三人で抱きしめ合って声をあげて泣いている。
悲しくて…切なくて…
でも、嬉しくて…
色んな感情が呼び起こされて涙する…
「クリス…
それでもお前は、やっぱり…
帰らなければならないんだな…」
カートさんが俺に声をかける。
俺のやるべき事、宿命を理解している。
「未来で待っているんだ…
俺が助けに来るのを…」
そして、ゲイルも告げる…
その顔は、優しさに満ち溢れた表情をしている。
「クリス…お前が困った時は、
俺たちが何度だって助けるさ…
だって俺たちは、家族なんだからな…」
「父上…」
そして、俺たちは別れを惜しんだ。
最後の夜を大切な家族と共に暮らし、泣いて笑って過ごしたのだ。
明日の夜に、俺はいよいよ元の世界へと帰る。
俺を待っている大切な人を救うために…
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