第37話 救出
ダカールを出てから半月以上は経つ。
馬車を走らせながら、いつも日課になった訓練は欠かさず行っている。
スキルが分かってからフィリアさんと同じ戦闘スタイルを目指すことにした。
だが覇王と回復魔法、身体強化は訓練を続けていき、
休憩スキルでレベルアップを図るようアドバイスも貰った…
今後規格外の敵と戦う時に必ず役に立つからだ。
「クリス君、そろそろ射撃の腕も上がってきたわね…」
「ありがとうございます!
大体は、外さずにいけます…」
フィリアさんに教えられた水魔法バブルショットで木を打つ練習だ。
訓練の成果もあり、実践でも使えるレベルまで上達した。
更に強化格闘術での組み手もしている。
帰りのエルフの里からルミナスへ帰宅する頃にはレベルアップして、今のフィリアさんと同格になるよう言われている。
一旦訓練も落ち着き、2人で馬車に乗り込んだところでフィリアがふと急に口を開く。
「クリス君…何か聞こえない?」
ふと耳を澄ますと…
「フィリアさん!
これは誰かの悲鳴だ…」
「そうよね…
声の方向にすぐにいくわよ…」
馬車をその方向まで走らせる…
するとそこには…
「た、助けてくれ〜」
助けを呼ぶ兵士と馬車が見える…
馬車の中には女性と子供が乗っているようだ…
襲っているモンスターはオークのようだ。
4体ほどのオークが馬車を囲み兵士を襲っている…
ダカール襲撃から、道中でオークの出現は確認できたが、
しかし原因までは分からなかった。
「フィリアさん、行きますよ…」
「クリス君、今の貴方なら身体を変化させずとも、
オーク相手くらいなら瞬殺できるはず…」
そのようにフィリアが告げると、
俺はオークに向けてバブルショットを放つ。
二発同時撃ちを行い、同じ箇所を狙う事でまだ低い威力を補う。
「よし、撃破した!」
クリスは確かな感触があった。
射撃訓練した甲斐もあり、オークは胴体を貫通され息絶える。
「ナイスよ!残りもすぐに片付けるわよ」
フィリアも商人の元に行き、近くのオークを強化格闘術で始末する。
ひとまず馬車と商人の安全は確保した。
「これで後3匹…
後は俺が全部やる…」
手を拳銃のように構えてバブルショットを放つ。
そして正確にオークを射抜いていく。
あっという間に残り最後の1匹になった。
怒り狂ったオークはクリスの元へ向かう。
近接戦闘に持ち込みたいようだ。
「クリス君、強化格闘術よ」
クリスはフィリアの組み手を思い出しオークの攻撃をいなしていく。更にオークの腹部を蹴り飛ばし、
倒れたオークにトドメとして肘打ちを喰らわせる。
あっという間にオークの撃退を完了させた。
まるでこれは夢でも見ているかのように兵士は唖然としている。
「あの…大丈夫ですか?」
「た、助けて頂きありがとうございました…」
「ところで馬車の方は無事ですか?」
クリスはそう言いながら、馬車の扉を開ける。
するとそこには綺麗な女性とその娘がいたのだ。
「あ、あの…」
2人とも震えている…
襲われていて怖かったのだろう…
「もう、大丈夫ですよ…
オークは既に全て退治しました…」
「へ?」
ご婦人らしき方は気品あふれる服装から間違いなく貴族だ。
社交界にあまり出ないクリスにとって、
どこの家の人か分からない…
父上と訓練漬けの毎日だったから全く分からない…
ん?なんか隣の女の子、同い年くらいの子かな?
「あの…貴方は男性なのですか?」
「ええ…そうですが…」
はぅーと声が漏れると急に顔を赤くする少女。
その隣にいる婦人が口を開く。
「この度はオークの群れから助けて頂き本当に感謝致します…
宜しければ貴方様のお名前を教えていただけますでしょうか?」
「ルミナスのクリス・レガードと申します」
「え?レガード家のクリス様って、
最近マリア殿下と婚約発表されたクリス様ですか?」
クリスはそのように告げると、
婦人の目が飛び出るのではないかと驚くほどに見開いている…
ルミナスを出てもマリア婚約の噂は広まっている。
それほどまでに聖女の人気は轟いているのだ。
「貴方様はまさか公爵家のメリナ様ですか?」
フィリアが尋ねると婦人の方が口を開く。
「これは命を救って頂いたお二人に御無礼を。
私はルミナスの公爵家メリナ・ルミナスと申します。
私の夫が陛下の弟なのですよ…」
「私は公爵家の娘カリナ・ルミナスと申します…」
「えええええ」
クリスは空いた口が塞がらない…
まさか公爵家を救ってしまうとは。
しかもマリアの親戚である。
「あの…お住まいはどちらでしょうか?」
「ここから1時間ほどの港町ミゲルです」
公爵婦人がそのように口にすると、
クリスは咄嗟に提案をする。
「あの…もし宜しければ護衛いたしましょうか?
オークも多いですし…」
「よ、宜しいのですか?」
無言で頷くクリス。
クリスの提案を聞くとともにメリナが喜ぶ。
「では、私たちの馬車で先導しますので…」
「あの…宜しければクリス様の馬車に乗せて頂けませんか?」
カリナが目を輝かせながらもお願いしてくる。
フィリアはその様子を見ながら苦笑している。
「カリナったら……すいませんけど、
お願いしても宜しいですか?クリス様…」
「ええ…大丈夫ですよ」
そして馬車に乗せたカリナと和気あいあいと話しながら港町ミゲルに向かう。
そして初めて見る海にクリスは感動をする。
こんなにも青くて綺麗なのかと…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
港町ミゲルに到着すると、
まずは公爵家に挨拶をする事になった。
「この度は我が妻、娘を救ってくださり感謝する…」
そのように口にしたのは、ルミナス国王の弟のライラック公爵だ。
「こちらこそ、こんなに良くしてくださり、
ありがとうございます…」
クリスが言うのは目の前に広がる豪華な食事、果物の事だ。
フィリアと共に盛大に歓迎されているのだ。
「はっはっは!これくらいは当然だろう…
2人は命の恩人だからな…」
何処かで聞いた事のあるような笑い声を聞く。
やはり兄弟だなと思うクリスである。
「ところでだが、クリス君はマリア殿下と婚約したと言うのは本当かね?」
「はい…婚約いたしました。」
「それは誠に残念だ…
もし良かったらうちのカリナを、とも思ったがな…」
公爵が言った途端にカリナが顔を赤くする…
クリスもいきなりそんな話を振られると思っていなくて、気恥ずかしくなる…
「まあカリナも来年は儀式と学園だからな…
クリス君もその時は宜しく頼む…」
「ええ…是非宜しくお願いします…」
カリナは王族の血筋を引いているだけあって、
良いスキルに目覚めるかもしれない。
陛下に聞いた、しきたりの件もある。
俺が現れた事でスキル目的の政略結婚は無くなるのだろうか…
「ところでだが、クリス君…
褒美の件だが…」
「し、失礼します!」
突然だが公爵家に現れた王国騎士団の兵士。
とても慌てた様子である。
「公爵……御歓談の中、大変失礼いたします…
緊急事態により参上いたしました…」
「何だ…申してみよ…」
「オークが……オークの群れが…
エルフの里を目指しております…」
公爵の顔が強張っていく…
それだけにオークの群れの戦力に警戒しているのだろうか…
「総勢は500です…」
「なん…だと…」
オーク一匹あたり兵士2人、3人で対処する。
フィリアは一流の宮廷魔術師だ。
そのためダカールの街で40匹対処できた。
それは異常な強さなのだ。
「このままではエルフの里が壊滅してしまう…」
「公爵…私たちの目的地もその先なのです…
何とか先回りできませんか?」
クリスが公爵に確認する。
エルフの里にオークよりも先に到着し、
エルフと賢者を救出したいのだ…
「それであればここは港町ミゲル…
海から行けば、すぐに行けるが…
まさか…」
「助かります…
俺とフィリアさんが救出に行きます…」
「い、いかん…
相手が悪すぎる…
500の部隊だと、
確実に災害レベルの化け物がいる」
オークの部隊がこれだけの数であればその統率者が潜むと指摘する。
「オークキング…」
フィリアが呟く…
王と名のつくモンスターは災害レベルとして、
竜と同等程度の対象として討伐する。
兵士1000人規模で編成していくのだ。
「群れを見たのはいつですか?
エルフの里にどれくらいでオークは着きますか?」
「昨晩発見して、恐らくは7.8日ほどで着くかと…」
そう返事をしたのは、王国騎士団兵士。
そしてクリスは公爵へと尋ねる。
「海から行くとどれくらいで行けます?」
「かなり飛ばせば2日もあればエルフの里に着けるだろう」
一つずつ状況を確認したところ、
無謀な作戦ではなく救出できる可能性もある事に気づく。
「分かった…私も同行する…
だが、時間的な限界が来たらその時点で帰るぞ…
クリス君を死なせたら陛下に会わせる顔がないからな…」
「はい…そのお約束で結構です…
俺も死にたくないので…」
「決まりましたね…
私も宮廷魔術師の一人、
誰も死なせません…
私が必ず守って見せます…」
最後に言い切ったのはフィリア。
目の前で大切な人を失いたくない…
その想いが彼女を強くしてきた。
「お礼の会ではなくなってしまったな…
だが、これが噂に聞くルミナスの英雄、
そして覇王を受け継ぎしものか…」
「へ?」
急に公爵はクリスの噂話を口にする。
ルミナスの都からミゲルにまでセシル撃退の話は轟いていたのだ。
「君と話して分かった…
英雄とは凡人には無謀な挑戦と思うことでも、
諦めずに成し遂げてしまうからこそ英雄なのだとな…」
「いや、そんな大それた事は…」
「はっはっは!
謙遜するでない…
これでオークキングまでも倒してしまった暁には、
泣いてでもカリナを嫁にしてもらわないとな…」
「ちょっとお父様…」
カリナが顔を赤くしながら公爵に詰め寄る。
クリスはそれを微笑ましくも眺める。
こんな平和な日常がいつまでも続いて欲しい…
そして待ち受ける災害級モンスターと500にも及ぶオーク部隊。
自分に全てを守れるとは思っていない。
だがこの小さな手でも守りきれる者は必ず救ってみせると心に誓うクリスであった…
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