第110話 計画
クリスは賢者と共に教会本部に到着している。
アリスは賢者との入れ替わりで想像以上に疲れたのか眠ってしまった。
そして今は教皇ラグナを前にしてアリス以外の全員が集まっている。
「魔族が完全に研究所を支配していた…
その意味が分かるか?」
賢者が全員に問いかける。
その表情は真剣そのものだが危機感が感じられる。
「研究所には擬態で化けた魔族がいた。
長い年月をかけてテティスは、
魔族に支配されているだろう」
クリスはルミナスが襲われた時を思い出していた。
幻惑魔法でマリアと入れ替わった時も間者に居場所が漏れていた。
「もしかして本部や神殿に間者が?」
賢者は無言で頷く。
そしてその対策に加えて新たな問題も出てきている。
「契約の腕輪で眷属も呼び出される」
居場所や作戦が漏れているだけでなく、
その情報をもとに眷属を呼び出されてしまう。
「かなりヤバいわね…」
シャルロットも危機を感じてしまう。
集団戦だと明らかに不利で状況をひっくり返せる手段を思いつかない。
「まあ、待て…
手がない訳ではない」
賢者は懐から三つの魔導具を取り出した。
それは研究所から回収してきた魔導具、
指輪とイヤリング、そしてメガネだ。
その内二つのアイテムは黒い瘴気を纏っている。
「まず初めに悪魔の鏡。
次に、呪われたイヤリング、
最後に遠距離メガネだ」
「呪われたイヤリングなんて、
付けたくないわねね…」
シャルロットはあからさまに嫌そうな顔を見せたが
賢者は至って真面目だ。
研究者も呪いを回復する術がなかったのだ。
「待て、これこそ量産しても良いくらいなんだ
効果は………」
全員がイヤリングの効果に驚いてしまう。
スキルを複合して恐ろしい効果を発揮する。
「さて、クリス…
お前には今から魔界へ行ってもらう」
「はい?」
突拍子もないことを言い出す賢者にクリスは驚く。
修行と聞いていたため、てっきりマリアとの特訓かと思っていた。
「何惚けているんだ…
時間がないんだ、テコ入れするんだよ」
俺は賢者が言った事を聞かなかったことにしたい。
是が非でも人間界から離れたくない…
「あ、あの魔界って…
あの魔族のいる魔界ですよね?」
マリアが心配そうに賢者に伺う。
心配になる気持ちも当たり前である。
婚約者がいきなり修行で魔界に飛ばされるのだ。
「あぁ、悪魔の鏡は魔力を込めた分、
長時間、魔界へ旅立てるのさ…
今回の目的地は死の山だね」
クリスは、死の山という不穏な単語が出てきて、
一気に顔が青くなっている。
「あの…
俺生きて帰れるのでしょうか?」
「そりゃあ、誰にも保証できんさ…
なんせ死の山だからな…」
死の山は魔界の中でも特に高レベルのモンスターが
生息している。
そして賢者は更に懐から魔法の筒を取り出す。
「こんなの時のために、
筒に魔力を貯めておいて良かったよ…」
クリスは事前準備を徹底している賢者を、
この時ばかりは恨んだ…
「今の魔法の筒の魔力量なら、
5日くらいだろうな…」
そう賢者が伝えると予想外にも、
教皇が勢いよく反対する。
「だ、駄目だ!
聖剣の儀式の日程は決まっている!
5日間も先延ばしにはできない」
教皇の反論に賢者は疑問を覚えた。
聖剣の儀式は聖剣のスキルを獲得するためだ。
しかし500年前の儀式では正確な日程の取り決めは、
無かったため賢者は怪しく思っている。
「ほう、なぜ儀式にそこまでこだわる?
5日間の間に何かあるのか?」
賢者は教皇を完全に信用した訳ではない。
怪しい点があれば徹底的に追求すると考えている。
そして賢者に勘繰られてしまい教皇はこれ以上の反論を避けた。
「い、いや、大丈夫だ。
日程はこちらも調整しよう」
ラグナは打って変わって日程調整を了承したが、
クリスはそれを複雑な心境で聞いていた。
つまりこの瞬間、魔界行きが確定したのである。
「まあ、クリス心配するな、
こちらで様子を見ててやる」
「へ?」
クリスは賢者が何を言っているのか理解できないが、
その説明のために賢者は最後の魔導具を見せた。
「遠距離メガネさ」
クリスが遠距離メガネをかけることで、
その様子を賢者が見る事が出来る。
更に賢者が通信機で死の山の助言をしていく。
そうすることで5日間を乗り越える作戦だ。
「ま、まあそれならいけるかも…」
クリスは賢者の助言があれば安心だと思ったが、
後の壮絶な体験で後悔する事になる。
この時もっと反対しておくべきだったと。
そして全員が心配をする中、魔界への転移が始まる。
賢者は大きな決断をしたが後に英断となる。
このクリスの死の山での修行がなければ魔族との死闘を乗り越えることは出来なかったのだ。




