第三話「時には、飲みにケーションも大事」
衝撃的過ぎるにも関わらず、あまりにも軽い人事発表があっても、私の通常業務は相変わらずだ。
ブレイブスターズは表向きはWEB制作会社のため、通常業務として一応WEBページの作成や更新業務を行っている。
また、テレビ局からの依頼でブレイブマンと怪獣との戦闘の動画編集も行っているため、怪獣としての出番の時以外でも、割とやる事は多い。
(正直、中年のオジサンにパソコンをバリバリ使うデスクワークは難しいんじゃないの?)
って思いそうな人に言っておくが、一応この会社にも長く勤めてるだけあって、この業務自体はさほど苦ではない。
日々勉強しなければ新しい技術についていけないのはあるが、元々勉強は好きな方だし新しい技術も好きだ。
何より、レベルアップしてる感じがしてRPGで育ってきた私には嬉しい限りの業務だ。
そんな通常業務に没頭しているとあっという間に定時に。
制作会社は割と納期に追われるイメージが多いが、ブレイブマンとの戦いを考慮し、そこは仕事量を営業がセーブしてくれている。
おかげでちゃんと定時に帰れるのは本当にありがたい。
「イワさん」
いつの間にか後ろに立っていた大柄の青年が声をかけてきた。
先程突然の引退宣言をしていたブレイブマン、いや”先代”ブレイブマンこと矢島ゲンキくんだ。
鞄を持っているので、彼ももう帰るのだろう。
「この後どうです? 久しぶりに」
そういって矢島くんは口元で御猪口を傾けるしぐさをする。
もうそのしぐさ、若い子やらないよなぁと苦笑いしながらPCの電源を落とす。
「ホントに久しぶりだね。じゃあ万城寺くんや三宅も誘おうか。根津くん……は流石に来ないかなぁ」
そうやってスマートフォンを操作し、「怪獣組」と書かれたグループにメッセージを送ろうとした時だった。
「あ、いやちょっと待って!!」
矢島くんがすごい剣幕で顔を近づけ、スマホを操作する手を止めようとする。
突然の出来事に身を強張らせ、少し恐怖の表情を浮かべる私を見て、矢島くんは小声で謝罪する。
「すいません……。今日はイワさんと二人きりでお話させていただきたくて」
何やら重たい話でもありそうだ。
わかった、とだけ応えて個室の居酒屋を探し、運よく空いていた海鮮居酒屋を予約して私達は会社を後にした。
「もう10年ですか、興行課で一緒になって」
熱燗を御猪口に注ぐ矢島くんの言葉は、まるでいろんな思い出を噛み締めているような感じだった。
ブレイブマンの力を授かった当初の矢島くんは、正義感に燃える熱い漢で、いずれ襲来するベラー星人との激しい戦いに闘志を燃やしていた。
が、結局ナシになったベラー星人の襲撃、政府の考えたブレイブマンとサポート怪獣のプロレス興行と矢継ぎ早に起きた事件は彼の闘志を激しく萎えさせ、一時期は完全に落ち込んでいたものだ。
そんな彼もいつの間にやら後輩を育て、闘志だけでなく責任感も強くなり、何より仕事に誇りを持つようになっていた。
そんな彼との対決はあくまでパフォーマンスだが、私にとってはとても誇らしいものだった。
「本当に早いものだね。私なんて、随分白いものが増えたよ」
「そんなこと言ったら、俺もあちこち爆弾増えまくりですよ」
豪快に笑う彼に、私もつられて笑ってしまう。
肌の温度のぬる燗をクイっと流し込む。いろんな感情が体にしみこむような感覚だった。
「イワさんには、ずっと助けてもらいっぱなしでした。感謝してもしきれません」
座りながら頭を下げてくる矢島くんに、私は苦笑いを浮かべながら手を振る。
「いやいや、君がいなかったら興行課は成り立たなかったよ。こちらこそありがとう」
こちらも本当に感謝している。
その意思表示として、私はまだ少し熱い徳利を掴み、彼の御猪口に注ごうとする。
少し涙を浮かべていた矢島くんは、「ありがとうございます!!」と少し声を荒げながら、お猪口の中身を勢いよく飲みほした。
「正直、バン公やミヤっち、ネズネズが一人前の怪獣になるまでは頑張りたかったっす!! それに鷹ちゃんとこもまだ娘さん小さいし!! 心はまだやりたかったっす!!」
酔った勢いなのか、それとも万感の思いが爆発したのか、丸まってオイオイ泣き出す矢島くんを、私はただ慰める事しかできなかった。
「鷹宮くんは最近旦那さんも育児に協力してくれてるって言ってるし、それに若手の子たちも成長はとても早いよ。それに今すぐウチの会社を辞めるわけじゃないんだろう。今は療養して、若手を陰から見守ってあげなさい」
あまり説教くさくなってもよくないので、今は最低限のフォローと優しい言葉にとどめておく。
するとまだオイオイ泣きながらも、矢島くんは手酌でガンガン飲み進めだした。
「そっすね……、そっすよね。イワさん、興行課を頼みます!!」
空になった徳利をテーブルに叩きつけると、今度は畳に土下座をし始めた矢島くんを見て、私は慌てて制止する。
「ちょっと顔を上げてよ矢島くん! 私はただの平社員なんだから!」
正直、声のデカい矢島くんのおかげでさっきから周りのお客さんや店員さんからの視線が痛い。
身を起こした矢島くんを座布団に座らせ、私も元の場所に戻る。
「そういえば、新しいブレイブマンの子のこと、全然聞いてなかったね。どんな子だい?」
私がそうやって聞くと、何故か矢島くんはバツが悪そうな顔をしていた。
「あー、いや~。あはは」
頭をポリポリとかきながら笑う。
彼が話づらいときに出るクセだ。
「……実を申しますと、アイツは自分のイトコなんです」
「え?!」
私がビックリして声をあげると、彼は照れ臭そうにしていた。
「そうなんだ、でも確かにそれなら納得かもしれないね」
そう、ブレイブマンになる変身能力は、繋がりの強い者に継承が出来ると、研究で明らかになっている。
両親も高齢、今のところ結婚もしていない彼にとっては、親戚が一番継承者としては適任なのかも知れない。
「かなり高飛車だし、浮いたヤツですが根はいいやつなんです。なんでお手を煩わせるとは思いますが、教育係の件よろしくお願いします!!」
また土下座をしようとする矢島くんを慌てて止める。そろそろ店から苦情が来そうだ。
「わかった!わかったから頭を上げて!!」
その後、二軒ほどハシゴしてべろべろになった矢島くんをタクシーに乗せ、私も帰路に就く。
もう長い事一人暮らしのアパート。特に隣人トラブルも起きていないし、不自由もない私の手狭な城。
勿論、扉を開けても誰が待っているわけでもない。
と、思っていたが、ポストに何か刺さっている。
まさか、と思って手に取る。
悪い予感は当たるものだ。
今一番来てほしくない、健康診断の結果だった。
恐る恐る開封すると、いの一番に目に飛び込んできた「再検査」の文字。
どうやら肝臓がレッドゾーンらしい。
新人の教育係に、そろそろガタが来た体。
矢島くんを見送る前に私に限界がくるんじゃないかと心配になりながら、脱いだスーツをハンガーにかけ、そそくさと寝間着に着替える。
今日は風呂はいいやと思い、ほろ酔い状態のまま私はベッドに倒れ込んで、そのまま眠りについたのだった。