第二話「私が新人の研修係?」
地元を離れ、この大都会に移り住んでから、もう何年経ったことか。
もう満員電車で揉みくちゃにされるのも慣れっこではあるのだが、昨日の疲労も相まって、今すごーーーーく眠い。
つり革にぶら下りながら体を揺らす私、岩田浩一郎は、昨日の事後処理のために出社を強いられていた。折角の休日も返上ですよ、ええ。
「今回もブレイブマンの活躍により、東京の、いや世界の平和は守られた!
だがしかし!
いつまた凶悪な怪獣たちが、我々の平和を壊しに来るかわからない!
戦え、ブレイブマン!
負けるな、ブレイブマン!」
妙に小っ恥ずかしいナレーションがつけられた、昨日の戦闘を編集した動画が私の視界に入る。というか、イヤホン外れてますよ、そこのお兄さん。
画面にはなんちゃらビームを喰らって苦しむ巨大怪獣バベラ、つまり昨日の私が写っていた。
確かに火薬の量が多かったために、良い画が撮れている。
いや、でも火傷はアカンでしょ。ちゃんと報告書には記載しないと。
(やっぱり今から転職、無理かなぁ)
もうこんな無茶苦茶な生活を何年も送っているけど、そろそろ体力の限界を感じ始めている。
まぁそろそろ、
『なんでこのオッサン怪獣になれるんだ?』
的な疑問を持った方々もいらっしゃると思うので軽く説明を。
時は2030年。
銀河の星々を征服して回るベラー星人との対決に備えて地球に飛来したブレイブ星人は、秘密裏に地球人に接触して様々な技術を与えた。
そして優秀な戦士の一人を、地球を守る正義のヒーロー、ブレイブマンの変身者とし、その補助役として不特定多数の一般人がサポート怪獣への変身能力を身につけたのだった。
だが。
当のベラー星人たちは母星の天変地異によって侵略どころじゃなくなり、早々にブレイブ星人たちと和平を結ぶ。ブレイブ星人たちも、特にすることがなくなったので、母星へと去っていった。
ブレイブマンと怪獣に変身できる、すごいのかはた迷惑なのかよくわからん能力だけを残して。
役目が無くなったブレイブマン一行だったが、
「とりあえず怪獣とヒーローがワンセットいるならそれでヒーローショーできるじゃん!」
などとバカげたことを言った輩の所為で、急遽そのための会社が政府の後ろ盾を得て設立、いやでっち上げられたのだ。
つまりは怪獣の襲撃はただのマッチポンプ、世界の存亡をかけた戦いに見えた昨日の一件も、蓋を開ければ規模のデカいただのプロレスなのだ。
最寄りの駅で降り、近くのコンビニで朝食を選んでいると、誰かに肩をちょんちょんとされる。
びくっとして振り返ると、そこには爽やかな好青年が立っていた。
「岩さん、おはようございます」
「ああ、三宅君か。おはよう」
三宅ワタル。25歳。
彼もまた、怪獣になれる能力を持った一人である。
変身すると手がクワガタの角のようになった凶暴な怪獣ゴルダ―ンになるとは思えないほど、今どき珍しい爽やかな好青年だ。
「三宅君、今日出勤だったっけ? 次の戦闘スケジュールは週明けじゃなかった?」
怪獣の襲撃は不規則に見えて、実はしっかりとシフトが組まれている。怪獣やブレイブマンになること自体の負荷が高いこともあるが、主な理由は飽き防止らしい。
ちなみに昨日の私は別の人の代打で、二日前に出勤してからの連勤だったわけだ。連続して出勤した場合はボーナスが認められているため、気は進まないものの老骨に鞭打って出勤した訳だ。
「それがなんか人事部に呼び出されたんですよね。俺なんかやっちゃいましたかね」
首を傾げる三宅君につられて、私も首を傾げる。
「う~ん、特に何もなかったと思うけどねぇ。あ、そろそろボーナスの時期だからじゃない?」
自分で言って気付いたけど、確かにそろそろボーナスの査定の時期だ。
非常にキツイ業務ではあるのだが、この仕事は給料自体は悪くない。いや、むしろかなりいい。
ちなみにボーナス査定はブレイブマンとの戦闘の視聴率だったり、グッズの売れ行きだったりで決まるらしい。
さらにいうと戦闘中に物的被害を出してしまうと減給処分を食らってしまう。もし人的被害を出してしまったら一発でクビだから、戦闘は必ず東京湾で避難が完了した状態じゃないと行われない。
「う~ん、そんな明るい話題とかだったらいいんですけどねぇ」
会話をしながら朝食の会計を終わらせた私達は、コンビニを後にする。
駅から少し歩いた先にある高層ビルの一角に、私達が務める企業「株式会社ブレイブスターズ」が入居している。
表向きはWEB制作会社ということになっているが、その実は私達怪獣とブレイブマンを支援するための企業だ。戦闘フィールドのセッティング、行政との調整、各報道機関との連携、グッズの販売、怪獣たちのケアなど、業務内容は多岐に渡る。
定期入れの中の入館パスをかざしてエントランスを抜け、エレベータでオフィスへ。
あっという間に、私達は第二事業部興行課のオフィスに辿り着く。
ドアを開けた瞬間、私達の鼓膜をけたたましい爆音が襲う。
「うるっさっ! またかよ!」
三宅君が耳を抑えながら叫ぶ。
うん、この光景も最早見慣れちゃいましたよ。
爆音の発生源は、何故か普通の会社には不釣り合いに鎮座しているギターアンプ。
そしてその前でエレキギターをかき鳴らしている、派手な青年だ。
「万城寺!! オフィスの中でギター弾くのやめろって何回言えばわかるんだ!」
三宅君が詰め寄るも派手な青年はギターを弾くのをやめない。それどころか早弾きに突入しだした。
怒りが爆発してる三宅君はそんな彼に対し、暴挙に出る。
ギターとアンプを繋げるシールドケーブルを、勢いよく引っこ抜いたのだ。
今度はオフィスにけたたましいノイズが響く。
派手な青年がマスターボリュームを絞ると、三宅君をスゴイ剣幕で睨みつける。
「三宅ェ!! テメェこの万城寺様のライブをぶった切るなんていい度胸だ! 脳みそに直接ロックを叩き込んでやろうかぁ!?」
「黙れこの社会不適合者が! ここがオフィスだということを一般常識と共に遺伝子に刻み込んでくれる!!」
罵声を浴びせ合いながら三宅君と力比べを始めた、派手な青年。
彼の名は万城寺カイ。
確か年齢は三宅君とほぼ変わらないはずだが、入社時期はこの部署で最も遅い。
無論彼も怪獣に変身する能力を持った一人で、巨大な翼を持った蝙蝠のような怪獣「ルガン」に変身する。
元は売れないバンドのギタリストだったらしいが、怪獣への変身能力者であることが分かり、弊社が無理矢理スカウトしたのだ。
そして彼が入社してからというもの、三宅くんと万城寺くんの喧嘩は朝の恒例行事と化している。
まぁ誰が見てもこの二人は仲が悪い。絵に描いたような犬猿の仲だ。
二人の喧嘩はどんどんヒートアップしているが、すぐ近くに座る一人の若者は、ヘッドフォンを被って我関せずを決め込んでいる。
私が近くに来ると、彼はヘッドフォンをずらし、軽く会釈をする。
「根津くん、おはよう。テレビ局に提出する書類ってもう出来てます?」
「……もうすぐ、できます」
消え入りそうなぐらい小さな声で、根津くんは返答する。
根津タダシ、ヘッドフォンと黒地のパーカーが似合う、現代の若者って感じの青年だ。確か年齢としてはこの部署で最年少だったはずだ。
そして言わずもがなだが、彼も怪獣の能力者だ。
といっても、彼の変身した怪獣「ポロビー」は戦闘能力が皆無であり、他の怪獣を治癒する能力しかない。さらに見た目が綿菓子のようにかわいらしいため、彼とブレイブマンとの闘いは全然盛り上がらない。
でも愛らしい見た目から、何故か女子人気は高いらしく、グッズの売り上げはブレイブマンを凌ぐほどだ。
そんな彼は人付き合いが苦手で、まだ三宅君や万城寺君とも打ち解けていないように見える。どうしたものかなぁ。
「じゃあ、後で僕の作った報告書と一緒に提出するから、メールで共有お願いします」
私がそういうと、彼はかすかに頷き、再び耳をヘッドフォンで塞ぐ。
どうやら自分の世界に入ってしまったようだ。
まだ喧嘩している二人を後目に、私は自分のデスクに辿り着く。
今、このオフィスにいる4人以外に、あともう一人、鷹宮さんという女性の仲間がいるのだが、それはまたの機会にしましょう。
丁度、自分の椅子に腰かけようと思った瞬間、オフィスの扉が開き三人の人影が入ってくる。二人は顔見知りだったのだが、もう一人は見覚えがなかった。
「おー、みんな揃っとるね」
一人は人事課の山路課長だ。
恰幅が良く、人当たりも柔らかな印象だが、かなり辛口な査定で有名な人だ。なんだかんだで、私も付き合いは長い。
山路課長の横には男性が二人、片方は筋肉質で、もう片方はかなりほっそりとしている。
「おうおう、あいかわらず騒がしいなぁ、お前ら」
そう威勢よく言ったのは筋肉質の方、そして面識がある方だ。
矢島ゲンキ。
何を隠そう、彼こそがあのブレイブマンの正体なのだ。
柔道家のような風貌。あふれる熱血な雰囲気。彼がブレイブマンですって他の人に言っても、恐らくすぐ納得するだろう。
「おい、ゲンさん! こないだの勝負、俺は負けたわけじゃないからな! 次を楽しみにしてろよ!」
先程まで喧嘩していた万城寺くんは矢島くんの方を向き、指を差して宣戦布告する。
我らの戦いはただのプロレスでしかないのだが、万城寺くんはブレイブマンを倒して自分が新しいヒーローになると本気で思っている。
まぁ、割といつもササっと撃退されちゃってるわけなんだが。
「おう、バン公。いつでも受けてやる、っと言いたいところなんだがな……」
矢島君はバツが悪そうに頭をかき、言葉を濁らせる。
それを見て山路課長は助け舟を出そうと、軽く咳払いをして皆の注目を集める。
「えー、今日非番の人にまで集まってもらったのは報告があります。鷹宮さんには後程メールで共有しておきます」
何処か言いづらそうな山路さんの表情を、恐らく私だけは感じ取れた。この感じはいいニュースと悪いニュースを持ってきた時の感じだ。
「えー、長らくブレイブマンとして頑張ってくれていた矢島くんでしたが、今月いっぱいをもって引退することになりました」
――はい?
突然すぎる報告に、私は開いた口がふさがらなかった。
それは勿論、他の人達も同様だった。
「腰の持病が悪化しちゃいましてねぇ、ドクターストップかかっちまったんですよ」
矢島君は非常に申し訳なさそうに、腰をさすりながら説明を始める。
相当申し訳なかったのか、いつも自信たっぷりだった矢島君が、今日はだいぶ小さく見える。
「みなさんとは建前上敵として戦う間柄でしたが、それでも公私ともに家族のような付き合いをさせてもらいました。本当に感謝してます。長い間お世話になりました」
普段は着ない下ろし立ての背広を着て、矢島君は深々と頭を下げる。堂々としていたその声は、最後だけ少し震えているように感じ取れた。
「ちょ、ちょっとまてやゲンさん!」
これまで黙っていた万城寺くんが叫ぶ。彼の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「俺との勝負、勝ち逃げなんて許さねぇぞ!! 大体、これから俺達は誰と戦っていきゃいいんだよ!?」
喚く万城寺くんに対し、三宅君は冷静に山路課長に視線を向ける。
「確かに、矢島さんがいなくなったらブレイブマンはどうなるんです? 私達興行課も廃業ですか?」
不安そうに聞く三宅くんに対し、山路課長はふっふっふと不適な笑い声をあげる。
「そう、今回は悪いニュースだけではない。矢島君の引退に対し、今回新人を起用することにしたのだ。ほら、自己紹介を」
山路課長に促されると、細身のほうの彼が一歩前にでる。
中性的でどこか幼さを帯びた顔をしていながら、自信に見溢れている彼は胸を張り、大きく口を開ける。
「やぁ諸君! 僕が2代目ブレイブマン、そして世界を救う男、暁ミナトだ! 今まで誰も見たことがないような、エレガントでエキサイティングな戦いを見せてあげよう! 期待してくれたまえ!」
……う~ん。
なんというか、ミュージカルスターのような人だ。
あまりにも独特過ぎる自己紹介と、矢島君の突然の引退宣言のせいで、脳の処理が追い付かない。
「というわけで、諸々の引継ぎは矢島君がやってくれるけど、しばらくの業務については興行課の方で研修をお願いします。
あー、岩さん、あなたが研修係ってことでよろしくね」
――はぁ。
――うん?
――はい?
私が新人の研修係?
この明らかにめんどくさそうな新人さんの?
「な、なぜ私みたいな老骨が? こういうのは若い人がやった方がいいんじゃ?」
あまりに唐突に投げられた問題に、私は動揺の色を隠せない。
「いやー、本当は三宅君にお願いしたかったんだけど、新規事業の立ち上げに三宅君を使うことになってねぇ、それで消去法で岩さんにお願いってわけ。
あ、三宅君。そんなわけで君、来週から人事部と兼任だから」
「いや課長、そんなモノのついでみたいに言うことじゃないですよ!?」
山路さんは仕事がめちゃくちゃ出来るんだけど、こういう大事な人事発表をギリギリにしてくる悪癖があるのだ。そのため僕とはまた別の衝撃の人事に、三宅くんも面食らっている。
「まぁ、そんなわけで、仲良くしてやってくれ」
笑いながらオフィスを後にする山路課長と、そのあとを新旧ブレイブマンが追う。
と、新ブレイブマンこと暁くんがこちらへ向き直る。
「今後ともよろしく頼むよ、怪獣君たち!」
ものすっごいキザなキメポーズを見せ、彼は去っていった。
もう今の時点で不安しかない。
本当に私に、新人研修なんて出来るのだろうか?