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第一話 「これって労災おります?」



「全国の皆様! ご覧になっておりますでしょうか!?

 私は今、東京湾上空におります!

 そして私が見下ろす東京湾には、幾度となくこの東京へ襲撃を繰り返す巨大怪獣、バベラがいるのです!」


 興奮気味に叫ぶ女性リポーターの声は、お台場に集まった野次馬達にまで届いているようだ。

 全高40メートルは有に超える巨大怪獣が大地を揺らしても、若者達は怪獣を各々のスマホやカメラで撮影するばかりで、避難する気配すらない。

 闇夜の東京の空を飛ぶ報道ヘリに乗ったリポーターも、現実離れした光景をどこかプロレスの実況のように伝えている。


「このまま東京はバベラの思うがままに破壊されてしまうのでしょうか!?

一体どうなってしまうのでしょうか!?」


 言ってる内容の緊張感とテンションが矛盾してますよ、リポーターさん。

 このリポーターも割とベテランさんだった気がするが、昔よりオーバーリアクションになってる気がするのは、この際気にしないでおこう。


「ああっっとおっ!みなさんご覧ください!!」


 リポーターの声に一層の熱が籠る。

 その理由はただ一つ、巨大怪獣の目の前に颯爽と、なんともヒロイックな見た目の巨人が現れたからだ。

 まぁ颯爽と、とは言ったものの、着地の衝撃で津波とか起こしちゃいけないから、ものすごくゆーっくり着地していた訳だけど。


「ブレイブマンです!この東京湾の、いいえ、全人類のピンチに、ブレイブマンが駆けつけてくれました!」


 まさにヒーローの登場を盛り上げるような熱い実況だが、これも割と毎回聞いてる気がする。たまに変えてる時もあるが、大体の流れは一緒だ。

 銀と赤のツートンカラーの巨人、ブレイブマンは、重量感たっぷりの動きで巨大怪獣バベラ、つまり「私」に近づいてくる。

 ブレイブマンを迎え撃つために、鞭のようにしならせた長い尻尾を振る。肩に尻尾の攻撃を受けたブレイブマンはオーバーリアクション気味に倒れる。が、実際には当ててはいない。

 ダメージを受けるブレイブマンを見て、リポーターの応援の声が闇をつんざく。それに呼応して、ブレイブマンを応援する対岸の野次馬の声も熱を帯びる。心が痛むなぁ。

 立ち上がったブレイブマンに再度尻尾で攻撃するが、今度は上手い事掴まれてしまい、脇腹に抱えられた体制を取られてしまう。

 反撃とばかりにブレイブマンのチョップが尻尾の付け根に刺さる。

 いや、痛い痛い!

 当たってますよ!当ててますよ!ブレイブマンさんってば!

 悲痛な声を上げたくても、それは攻撃をうけて苦しむ怪獣の咆哮でしかない。そしてそれは、野次馬達をただ喜ばせるだけで、同情の声など微塵もない。

 幾度かの取っ組み合いが終わると、私もブレイブマンも肩で息をし始めていた。

 側から見たら地球の存亡がかかった激戦に見えるかもしれないが、その実はただアマチュアプロレスに疲れてるだけに過ぎない。


(そろそろですかね)


(そうですね、頃合いでしょう)


 こんな感じの意味がこもった目配せにより、ブレイブマンと私は大きく距離を取る。そして両腕を大きく広げると、そこにはス◯シウムだかマグネシウムだかなんだかよくわからない名前がつけられた謎の粒子が集まっていく、ようにみえる。

 もちろんそんなことはなく、あれはあれでプロジェクションマッピングでそれっぽく見せてるだけだ。

 そしてブレイブマンが腕をバツ印に組むと、そこから眩いビームが巨大怪獣目掛けて放たれる!

 ように見せているだけだ。

 もちろんビームも単なる演出で、それが私の体に当たると、火薬が作用して爆発、それを合図に怪獣は撤退、という台本だった。

 そして腹部に仕込まれた火薬が爆発しーー。


(っていや熱っっっ!!)


いつもの三倍ぐらいの爆炎が、私の腹部を焦がす。普通の人間の感覚で言えば、熱湯をかけられたように熱い。

 身も心もぼろぼろになりながら、私は惨めに東京湾を去る。

 そんな私をバックに、ブレイブマンは腰に手を当てて勝ち誇ったポーズを取っている。所謂ファンサービスというやつだ。


(やっぱり羨ましいよなぁ)


絶対手が届かないとわかっているが煌びやかな世界に羨望の眼差しを向けながら、私は暗い海の中に沈んで行くのだった。




「お疲れ様でした、岩さん」


東京湾沿岸に浮かぶ小さな漁船から、唯一私を労う声が聞こえてくる。

 同僚の三宅くんだ。割と長いこと一緒に仕事をしている、信頼がおける仲間の一人だ。


「ピンチヒッターだったのに、無茶させちゃってすいません。てか鷹宮さん、2時間前に欠勤連絡とかありえないっすよ。たまたま岩さんが空いてたからよかったけど」


三宅君が伸ばす手を掴み、漁船へと乗船する。

 先程まで戦っていた巨大怪獣としての私の姿はなく、今は着慣れないダイバースーツ姿のオジサンだ。

45歳で痛風持ち、どこにでもいる普通の中年男性だ。


「子供が熱出しちゃったんだもん、仕方ないよ」


漁船の上でへたり込む私に対して、三宅くんは明らかに同情の眼差しを向けていた。


「それより今日、火薬の量多くなかった? びっくりするぐらい熱かったんだけど」


そう言うと三宅くんは、バツの悪そうな顔をする。


「す、すいません、上の方針で今日から爆薬増やしたらしいです。なんでもその方が"映える"からって」


「ええ〜、聞いてないよ〜」


弱々しい声を上げながら、ダイバースーツを上半身だけ脱ぐ。

 すると小さいながら、脇腹の一部に火傷を負っていたことに気づいた。

 なんか無性に悲しくなってきた。これじゃ一昔前の芸人の体の張り方じゃないか。


「これ、労災降りるかなぁ……」


「うーん、どうっすかねぇ……」


三宅君の頼りない返答に、私はがっくしと肩を落とす。

 



 今更だか、ここで自己紹介を。

 誰にって?

 うーん、誰でしょうね。

 まぁそこは置いといて。

 私の名前は岩田浩一郎、45歳。

 


 職業は、「巨大怪獣」です。

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