サムライ新学期
4月7日、新学期が始まって1週間が経とうとしていた。
あの一回目の特別課題以降、俺、加賀美彰人は普通の、本当に普っ通の高校生活を送っていた。
「そういや、春休み以来ねぇな、特別課題」
今俺達は昼休み中で、クラスメイトの橘真夏、同じくクラスメイトのカメラと昼食をとりながら話をしていた。
「そういえばないな」
「カメラはあの世界についてどう思う?」
「あの世界って、存在世界とかいうあれか?」
「ああ」
「せやな〜変わっとるとこではあったが、あれと同じようなモンをどっかで見たことがある気がすんねん」
「見たことあるって、どこで?」
「せやな〜、たしかこないだやったギャルゲーで・・・」
「「この変態」」
俺と真夏のツッコミがかぶった。
「ギャルゲーやって何が悪い!?」
カメラの奴が反論してきた。
「やってもいいがこの場でそれもでかい声で言うな」
「ええやろ別に!彰人にだって来ないで貸してやったやろ!!」
「・・・彰人借りたの?」
「借りてない!借りてない!!」
真夏の目線が痛い。俺は本当に借りてないんだ!!
借りたのは美少女系のゲームだ!ギャルゲーではない!・・・たぶん。
「まあええわ。本題に戻るが、特別課題については俺より詳しい奴がおるやろ」
「?誰だそれ?」
「決まっとるやろ」
カメラは自信たっぷりの顔で続けた。
「この課題始めた奴や」
☆
放課後、俺は校長室の前にいた。やることはもちろん決まっている。
特別課題をはじめたあのロリ校長に特別課題だの存在世界だのについて問い詰めるのだ。
「しつれいしま〜す。校長いますか〜?」
校長室に入ってみると。
「はいは〜い、いますよ〜。校長先生こと音無八雲はここですよ〜」
部屋の真ん中にある椅子に髪の長い小学5年生くらいの女の子が座っていた。
「始めまして校長、2年7組の加賀美彰人といいます」
まぁ、一対一で話すのは初めてだし、とりあえず自己紹介はしといた。
「ああ君が彰人君か。はじめまして彰人君、音無八雲です。呼び方はフレンドリーに下の名前呼び捨てでお願いしますっ」
なんだか校長(こっからは校長の希望通り八雲と呼びます)の言葉に気合が入っている気がした。語尾の『っ』のせいだろうか?
「それは分かりましたけど、君が彰人君かって、俺の事知ってるんですか?」
「そりゃ私は校長先生だからね。生徒の名前は全員覚えてるよ。特に2年はね」
「・・・・・・」
2年は特に覚えている。
それは、2年が深夜の特別課題を受けてるから、なのだろうか。
「で、彰人君は何か私に用事があってきたんじゃないの?」
そうだった。危うく忘れるとこだった。
「俺達が受けてる深夜の特別課題についてなんですけど」
俺は遠回しに聞くのはあまり好きではない。ドストレートに直球で聞いてやった。
「そっかぁ、そうだよね。2年生が私に訊いてくるとしたらそれしかないもんねぇ」
八雲はそっかそっかぁとか笑顔で笑いながら言っていた。
「いいよ、教えてあげる。ただし教えれるところまでね」
「で、何が知りたいの?」
「はっきり言わせてもらえば何であの特別課題をするかとその目的が聞きたいです」
「おおう、いきなり確信をついてくるねぇ」
「当然ですよ」
俺は遠回りが嫌いだから。
「ん〜ごめん!それについては話すことは出来ないの。ほかの事にしてくれない?」
俺は溜め息をついた。なんかいきなり出鼻をくじかれたみたいだ。
「じゃあ他の事で」
「ありがとうっ!!」
「じゃあ、あの存在世界ってなんなんだ?」
今気づいたが、俺完全に敬語が抜けている。
「いい質問だね、それなら答えられる」
とりあえず今度は答えが聞けるようだ。
「名前の通りだよ。存在世界。存在する世界。全てのものが存在して、何も存在しない世界。それが存在世界」
「・・・・・・?」
・・・わかんなぁい。
俺の思考停止状態に気づいたのか八雲は俺を見ながら苦笑いをしていた。
「ちょっと難しかったかな。でも私もそういう説明しか出来ないんだよ。難しすぎて」
・・・よし!何とか思考停止状態からは脱出できた。様は難しいって事だ!
「他には?」
八雲が俺に聞いてきた。
「あと2つ。あの銀色の化け物達はなんだったんだ?」
銀色の化け物。俺と真夏が戦った奴ら、俺達の事を完全に敵と認識していた。
「あいつらは存在世界に存在する者。外から来た者を排除する存在、私達は奴らを総称して『ヒトデナシ』と呼んでいるわ」
「『ヒトデナシ』・・・」
「そっ。本当の名称は知らないけど、私達はそう読んでるの。もうひとつは?」
「教師からもらったプリント、存在世界に言ったら内容が変わってたが、あれはどうしてだ?」
最初は遠足のしおりの1ページ目みたいなことが書いてあったのだが、存在世界に行くとプリントにはあそこでやることやら『ヒトデナシ』との戦い方などが書かれていた。
「あれはどうしてだ?」
「それはね、あのプリントには最初からその文章がかかれていたんだよ」
「・・・は?」
いやいやいやいや、それは無いだろう。だって俺、あの課題が始まる直前にプリントを確認したもん。最初から書かれてたってそんなことあるわけ無いもん。
「分かりやすく言うとコインの裏と表みたいなもんだよ。こっちの世界のプリントには遠足のしおりの1ページ目みたいなことが書かれてたけど、向こうの世界のプリントにはアッチでの戦い方とかが最初から書いてあったんだよ」
あっ、遠足のしおりみたいって自覚あったんだ。
「で、訊きたいことはこれだけ?」
「ああ、訊きたいことはそんだけだ」
「そっか。じゃあもうお帰り、遅くなると家の人が心配するよ」
「わかった、いろいろありがとう」
そう言って校長室を出ようとしたとき、もう1つ疑問が浮かんだ。
思い切って聞いてみるか。
「八雲、あと1つだけ質問していいか?」
「いいよ、なに?」
八雲は笑顔でそう言った。
「八雲って、歳はいくつなんだ?」
そう聞くと八雲はいたずらに笑いながら。
「レディに歳を聞くのは厳禁よ。さあ、早く帰りなさい」
顔の前で人差し指を立ててそう言った。
その時の八雲は、小学5年生というより不思議な雰囲気をまとった大人の女性に見えた。
☆
校長室から出た俺は家へ帰るために昇降口へ向かっていた。
校長室を出るときに八雲が言っていたのだが、次の特別補習は明後日金曜日だそうだ。
「・・・翌日が休日って、実はアイツいい奴なんじゃないのか?」
とか独り言を言いながら降下の角を曲がった時だった。
目の前に女の子が。
分かりやすく状況説明すると俺が角を曲がったとき曲がった方から歩いてきた三つ編みメガネっ子(巨乳)と鉢合わせしたのだ。
このまま歩けばぶつかってしまう!
(うわうわうわうわ、コレはもしやアレか!?カメラから借りた美少女系ゲームであったヒロインとぶつかって、「きゃあっ、ごめんなさい、大丈夫?」のパターンか!?
いやしかし、あれはあくまで男の淡い幻想であって実際はあんなことは起こるはずが無い!だが待てよ、もしかしたら今、目の前にいる彼女は恋人欲しさにずっとこの曲がり角を行ったり来たりしていたという可能性はないだろうか?
だとしたら話は別だ、早くぶつかって彼女を行ったり来たりの呪縛から解放しなければ!
これはあくまで彼女のためだ、別に俺が彼女欲しさにやろうとしてるわけではない、いつの世も人とは誤解されやすい生き物だ。
それはさておき、いざ行かん!!
そんことを考えながら一歩前に踏み出した次の瞬間。
なぜか俺は廊下に倒れていた。
「っ!!痛ってええええええええっ!!!」
激痛が俺の体を駆け巡った。痛いって、これ冗談無しにやばいって!!
ぶつかりそうになった彼女のほうを見るとどこから出したのか右手に木刀を持っていた。
(アイツだ!ぜってぇあいつがやった!!どうなってんだ、こんなパターンカメラのギャルゲーにはなかったぞ!!・・・ギャルゲー言っちゃった・・・)
俺を一閃した事に気づいて彼女は申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「えっと、あの、その・・・・・・すいませんでしたああああ!!!!」
そう言いながら彼女は廊下を全力で走り去ってしまった。
放課後の廊下に俺一人取り残された。
「・・・結局、あの子はなんだったんだ?」
未だ続く痛みに耐えながら、俺はぽつんと呟いた。
☆
そして迎えた第二回深夜の特別課題。今日も深夜の教室に俺一人!
「・・・やっぱり、ちょっと寂しいなぁ・・・」
途中までは真夏と一緒だったのだが、今日の帰りにもらったプリントの集合場所が違ったために真夏とは途中で分かれたのだ。
どうせ、向こうに行けば会えるだろうから、あんまし気にしてはいないが。
「アメ玉の補充良し、MDプレーヤー持ってる、自転車の鍵(大きめの鈴付き)良し、準備万端いつでも来い!」
荷物確認を済ませたと直後、午前0時の鐘が構内に響き渡った。
その瞬間、俺の知る世界は姿を変えた。
あの時と同じ白と黒の世界。英国の古城を思わせる石造りの広い部屋の真ん中に俺は立っていた。
「よし、着いたか、えっと今日俺がやることは・・・」
そういって俺はポケットからプリントを取り出した。
前回と同様にプリントの内容は変わっている。
八雲に言わせると、変わったんじゃなくて最初から書かれていたんだろうが。
『加賀美彰人君、存在世界へようこそ。』
『今回の課題だが、君には少し強めの敵と戦ってもらう。前回のそれと思っていくと痛い目を見るから気をつけるように。前回同様、そいつを倒せ打課題クリアだ。幸運を祈る。』
「前回より短いけど、やることははっきりした」
俺は今回のターゲットを探すために歩き出した。まずは行動あるのみだ。
と思いながら部屋を出た直後。
人の形をした銀色の怪物が立っていた。
「まずは銀マネキン(真夏の意見採用)か。よっしゃ、・・・逃げるか」
そういって俺は回れ右をして来た道を全速力で戻り始めた。
たぶんこの世界では一番弱いのはアイツなのだろうが俺からしたらアイツが一番厄介だ。
何かを操っている相手じゃなければ俺の武器は力を発揮しない。
前回は真夏がいたから良かったものの一人になると俺は銀マネキン一体も倒せないのだ。
「やっぱ一人じゃやばいって!アレが二体とかになったらどうしようもないもん!!真夏うううう!!!」
我ながら情けない声を出しながら、俺は全力で走って逃げていた時だった。
誰かが俺の横を通過した。
思わず振り返ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
銀マネキンの体が真っ二つになって上半身が宙を舞っていた。
そしてその少し向こうには制服姿の少女が三つ編みを揺らしながら銀に輝く日本刀を構えていた。
とりあえず、言いたいことは1つ。
「日本刀!?」
このご時世に!?学生が!?夜の学校に日本刀持ってきたのか!?銃刀法違反とかはないのか?警察は何をやってるんだ!!
「・・・あの」
日本刀を持った少女が俺に話しかけてきた。
「大丈夫でしたか?」
どうやら銀マネキンに追われていた俺を心配してくれてるようだ。
「大丈夫です・・・あれ?君、どっかであったこと無かったっけ?」
さっきから気にはなっていたけど・・・思い出せない。
「たぶん、一昨日の放課後に廊下で」
「・・・・っあ!!」
思い出した!八雲にあった後、俺をおもいっきり一閃してそのまま逃走した奴だ!!
「あの時は大丈夫でしたか?」
「えっと、まあ・・・」
「そう・・ですか・・・」
そう言って彼女はほっとしていた。改めてみて思うが、三つ編みメガネに日本刀。静と動の共生みたいな感じがするな。
「改めて自己紹介。俺は加賀美彰人。よろしく」
「えっと、烏丸燕といいます。よろしくお願いします」
「烏丸って、もしかしてあの烏丸!?烏丸道場!?」
「はい、烏丸道場は私の実家です」
烏丸道場というのは俺の住む町にある古い道場だ。よくは知らないが子供に剣道を教えたりしている由緒正しい道場らしい。
「だからって何で日本刀持ってるの!?」
「幼稚園のとき、お父さんが護身用にくれたんです」
「いや護身用って」
幼稚園児に日本刀はヤバイだろ。父親は何を考えて日本刀を渡したんだ。
「でも、最近は持ち歩くのに少し抵抗があって、この特別補習以外では持ち歩いてないんですけど」
烏丸さんは笑いながら言っているが現代日本では普通の事だと思う。ていうか、日本刀の変わりに木刀持ち歩いてるだけなんじゃないのか?
「ところで彰人さん、さっきの奴に随分苦労してましたが」
「ああ、アレにはちょっとした事情があってね」
さっきも言っていたが、俺の武器の能力はこの世万物の操作だ。何かを操っている奴が相手ならともかく、何も操っていない銀マネキンに対しては俺の武器は力を発揮しない。
「あの、良かったらその事情、話してもらえませんか?」
「えっ?いや話してもこればっかりはどうにもならないから」
「それでも話してください。三人集まれば文殊の知恵、ですよ」
「一人足りないけどね」
現在、ここにいるのは二人だ。
「わかった、話すよ」
烏丸さんの根気に負けて俺は自分の武器の能力について話した。すると、烏丸さんは少し首を曲げた。
「えっと、つまり彰人さんはこの世にあるものを何でも操れるんですよね?」
「まあ、人間とか物とかは無理だけど」
「だったら彰人さん、逃げる必要ないじゃないですか」
「えっ!?それどういう・・・」
言葉を言い切る前に俺たちのすぐ後ろで破壊音がした。
振り向くとそこには一体の『ヒトデナシ』がいた。銀マネキンと同じ人型だが、銀マネキンより一回り大きく、がたいもいい。
「『ヒトデナシ』!」
「さっきの奴より大きいですね」
やばいぞこの状況は。人型のアイツに俺の力は通用しない。サブウエポンで対抗するしかないが、俺はメインウエポン以外の武器の詳細を知らない。
「しかたない、やるしかねえか!」
そういって俺はポケットから自転車の鍵を取り出した。使い道は分からないが、何も無いよりはマシだ。
「いくぜ!!」
俺は走り出し、『ヒトデナシ』への接近を試みた。しかし。
「っ!?」
向こうの方が圧倒的に速かった。俺が踏み出した時点で奴は俺の目の前で拳を振り上げていた。顔の無い奴、赤い目が光るだけの顔は、にんまりと笑っているように見えた。
殺される。そう思った瞬間。
チリンという鈴の音が聞こえた。
気づいたとき、俺は奴の拳の一歩手前にいた。
よく分からなかった。しかし、当たる寸前だった奴の拳をかわしたのは覚えている。
俺の自転車の鍵には大きな鈴がついていた。
「・・・もしかして・・・」
俺は奴に攻撃を仕掛けた。奴の顔面に向かって思いっきり右手を突き出した。
かわされはしたものの実感はあった。俺のスピードがいつもよりも速い。
「はっ、サブだけでも十分いけんじゃねえか!」
自転車の鍵の能力がはっきりした。鍵ではなく鍵についた鈴のほうに能力があったのだ。
「スピードの強化か、これならいける!」
さっきの攻撃をかわしてバランスを崩した奴に今度こそ俺は右手をぶち当てた。
俺の右手が悲鳴を上げた。
「いってええええええええええええええ!!!」
「なにやってるんですかもう!」
ひるんだ俺に攻撃を仕掛けようとした奴の右腕を烏丸さんが切り落とした。奴は音とも言えない声を上げながら俺達から離れた。
「痛いよ、痛いよ・・・」
「あんな硬そうな奴殴ったら、痛いのは当たり前です!」
そんなこと言われたって、あんだけスピードが上がってたら、誰だって調子に乗るよ。まさか腕力はいつもと変わらないなんて思わないよ。
「そんなサブウエポン使わなくたって、メインウエポンがあるじゃないですか!」
「だから、俺のメインはこの世の万物がなきゃ使えないんだって!」
「この世の万物ならここにあるじゃないですか!!」
「ここってどこに!?」
「だから・・・」
烏丸さんが何か言おうとしたとき、瓦礫の雨が俺達の横から降ってきた。接近戦は危険と見た奴が、遠くから壁の残骸を投げてきたのだ。
幸い、岩が手前に落ちたおかげで大きな怪我は無かったが、瓦礫の雨をもろに受けた烏丸さんが2m近く後ろに吹っ飛んだ。その拍子に彼女の手から日本刀が離れた。
それをチャンスと見た奴が攻撃の体勢をとった。今度こそ、俺達二人を殺す気なのだろう。
だが、それはさせない!
俺はポケットからアメ玉を一つ取り出し、奥歯で噛み砕いた。
烏丸さんが吹き飛ばされる寸前、たった一言だけ彼女の言葉が俺の耳に届いた。
「風」というたった一言が。
「操るは『風』!」
その途端、俺の周りの空気が動き始めた気がした。
考えてみればそうだ。この世の万物を操れるのなら空気だって操れる。空気が動けば、風になる。
俺の目の前まで接近して来た奴に対し、俺は右手を前に出した。
「用途は『障壁』」
言ったと同時に、俺の目の前まで来ていた奴の拳が後ろに吹っ飛んだ。
障壁といっても逆風の様なものだったようで奴は20メートルちかく吹き飛ばされた。
「形状は『弾丸』!」
「用途は『射出』、及び『切断』!」
倒れた奴に俺は手でピストルの形を作って狙いを定めた。指先に風が集まるのを感じる。
「ショット!!」
指先にためた風を一気に放出した。風はかまいたちとなって奴を襲う。
俺の能力の範囲は半径10mまでだが撃ったものには関係ない。拳銃に込められた弾を撃つことはできても途中で止めることが出来ないのと一緒だ。10mから出てしまえば、決して止めることは出来ない。
身の危険を察したのか奴は残った左腕を前に出して攻撃を止めようとした。しかし、その抵抗もむなしく、奴は残った左腕ごと真っ二つになった。
「・・・・・ってそうだ!烏丸さん!!」
彼女が吹き飛ばされたことを思い出し、俺は彼女のいた方を振り向いた。
「どうやら、倒せたみたいね」
彼女はそう言って壁にもたれかかっていた。なぜか瓦礫の雨をもろに受けたはずの彼女に傷は無く、かけていたはずのメガネもなかった。
「にしても、アンタなんであんな雑魚にあそこまで苦戦したわけ?あんな雑魚、二秒もあれば倒せるでしょ」
心なしか口調もさっきまでと違う気がする。
「って、烏丸さん、怪我のほうは大丈夫なの?」
「気安く名前を呼ぶな!汚らわしい!土でも食ってろ!」
ひどい!!
「あんな怪我、私のサブウエポンがあれば、どうってことないよ」
そう言って彼女は胸元から包帯を取り出した・・・って、胸元!?
「ああ?何だその顔は」
「いえ、何でもございません!」
ちょ、待てよ!胸元っておい、確かにでかいよな〜とは思ってたけど、現実にあんなしまい方できるのか、つうか、やっぱり人格が違う!!
「もしかして烏丸さん、二重人格?」
「だから名前を呼ぶなといっただろう!」
「すいませんでした!!」
間違いない、二重人格だ。
「ったく、表の奴がホの字だからどんな奴かと思ったら、こんなヘタレかよ」
「へ?」
「何でもねぇよ!」
そう言って裏烏丸さんは落としたメガネを拾ってかけ直した。何かスッゲー俺が得する情報を言ってた気がするんだが。
「えっと、あれ?私、どうしたんでしょうか?」
「・・・・・気絶してたんだよ、その間に俺があいつを倒しといたから」
どうやら表の烏丸さんは裏烏丸さんの事を知らないようだ。たぶん、話さないほうがいいだろう。
「烏丸さん、ありがとう。烏丸さんのおかげで勝てたよ」
「いえ、私は別に。答えを見つけたのは彰人さんですから」
「いや、烏丸さんが教えてくれたからこそだよ。今度何かお礼がしたいんだけど、何がいい?」
「えっと、じゃあ」
烏丸さんは迷う素振りを見せた、そして。
「ゴールデンケーキ1ホールを」
「また!?」
またあの一万円ケーキを買わなきゃいけないのか!?さすがに今月厳しいぞ!
「だめ、ですか?」
「うっ」
目を潤ませながら烏丸さんは言った。そんな潤んだ目で見られたら断れるわけないでしょうが。
「・・・分かりました。じゃあ今度の土曜に」
「今度の土曜って明日ですけど」
正確には今日だ。
「楽しみにしてますね」
烏丸さんは笑顔でそう言った。俺も笑いはしたが、心の中は大号泣だ。
「てか、倒しても戻れないって事は、アイツはターゲットじゃなかったのか」
まあ、最終的に一撃だったけど。
「ということは、目的の敵は別の場所にいるってことですね」
「そうみたい。とりあえず歩き回ってみよ」
「はい」
そうして俺達はターゲットを探して歩き始めた。今までみたいにすぐに見つかる。そう思っていた。
気づいたら歩き始めて10分以上経っていた。
「・・・さすがにもうそろそろ見つかっていいんじゃねえのか!?」
石造りの廊下にも飽きてきたぞ!
「がんばってください。もう少しですよ・・・きっと」
烏丸さんの言葉にもどことなく自信がない。まあさっきから同じ様な会話しかしていないし、しかたない。
「あっ!彰人さん怪我してるじゃないですか!」
烏丸さんが俺の右腕を指差しながら言った。見てみると確かに二の腕のあたりから血が流れている。たぶん瓦礫の雨を受けたときに切ったんだろう。
「ん?ああこれか。気にしなくていいよ、たいしたことないし」
「駄目です。怪我からばい菌が入ったりしたら大変じゃないですか。包帯巻きますから、腕をだしてください」
まったく、烏丸さんは大げさだな。こんな小さい怪我に包帯だなん・・・・・・包帯?
ま・・・まさか。包帯ってあの包帯?裏烏丸さんが胸元から出した?
それなら話は別だ!巻いてください!おもいっきり巻いてください!
「えっと、じゃあお願いします」
とりあえず平静を装いつつ、俺は右腕を出した。それを見た烏丸さんがポケットから包帯を取り出して俺の右腕に巻いてくれた。
「あっ、ポケットに入ってたんだ・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。なんでも・・・」
そういえば、あの時烏丸さんは包帯をポケットにしまっていたような・・・いやもしかしたらまだ匂いが残っているかも。
「・・・くんくん・・・」
「本当になんでもないんですよね?」
「うん、本当になんでもないよ」
消毒液のにおいしかしなかった。しかもよく見ると包帯が巻いてあるのは血の出ている二の腕ではなく傷のない手首の辺りだ。
「烏丸さん。これ巻くとこ間違ってるんじゃ」
「大丈夫です。見ててください」
言われたとおり見ていると傷口が見る見るうちに小さくなっていった。
俺は驚いて烏丸さんを見た。
「驚きました?これが私のサブウエポンの能力。包帯を巻いた部分周辺の傷を癒すことが出来るんです」
「すげー。あっ、だから烏丸さんの傷も治ってたのか」
アレは俺が戦ってる間に裏烏丸さんが自分自身に包帯を巻いて、傷を治癒したからだったのか。
「あれ?私、怪我なんてしましたっけ?」
そうだった。表の烏丸さんは裏烏丸さんの事は知らないのだった。
ここは正直に話すべきかそれとも誤魔化すべきかと考えていたときだった。
俺が最初にいた所よりも広い部屋に出た。
「やっと廊下以外のとこに出た。もうこれ以上歩くのはゴメンだからターゲット出てきてくれよ〜」
と、大声を出したときだった。
何か生ぬるい液体が俺の顔についた。
「ん?なんだ?」
ぬぐってみるとそれは赤い色をしていた。血だ。
「な、なんで血が俺の顔に・・・」
俺が顔に怪我をしたわけではない。というより、血は上から落ちてきた。
俺は恐る恐る上を見たが暗くてよく見えない。
「くっそ〜、ライトかなんかがあれば」
「懐中電灯ならありますけど」
この子準備いいなぁ。そう思いながら烏丸さんから懐中電灯を受け取った。てか、これ武器なんじゃねえのか?
そういう考えはいったん忘れて、俺は懐中電灯を上に向けた。
その瞬間、俺は酷く後悔した。見なければ良かった、懐中電灯なんて受け取れなきゃよかった。頭の中がそういう思いでいっぱいになった。なぜなら。
そこに、血まみれの死体が吊るされていたから。
「う・・・うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
俺は叫び声を上げた。叫ぶことしか出来なかった。烏丸さんに至っては恐怖で声さえ出ない。
「あ、あれって・・・も、もしかして・・・谷口・・・くん?」
怯える烏丸さんが、かすれた声でそう言った。
死体の顔はたしかに俺のクラスメイトの谷口の顔だった。
でもなぜ?どうして谷口の死体が?そう思ったとき、何か巨大なものが地面に落ちる音がした。
そちらを見たとき、俺はプリントの一説を思い出した。本来なら最も忘れてはならない一説を。
今回の敵は前回のそれと違う。
空から降ってきた奴はとてつもなくでかかった。
☆
体長およそ3m。四本の腕にはそれぞれに巨大な剣が握られていて、体中に赤いタトゥーのようなものが描かれている。そして額にはギリシャ数字で6と刻まれていた。
しかし、俺にとってそんなことはどうでもよかった。
一秒でも、一瞬でも早くここから立ち去りたかった。
戦いたくない。殺されたくない。逃げたい。恐怖で頭がいっぱいだった。
なのに。
「彰人さん、いきますよ!」
何故彼女は戦おうとしているんだ。
殺されるかもしれないのに、いや、確実に殺される!
巨大な敵は4本の剣を振り下ろしてきた。
間一髪の所で避けたが頭の中の恐怖は一向に消えない。
「どうしておびえてるんですか!?あいつを倒せば元の世界に戻れるんですよ!」
「どう考えたって死ぬ確率のほうが高いだろ!」
元の世界には戻りたい。だけど、戻るためにはあいつを倒すしかない。
烏丸さんの言うとおり、戦うしかないんだ。
恐怖に震えながら、俺はアメ玉を口に放り込み、奥歯で噛み砕いた。
奴の剣がぎりぎりまで迫っている。
「操るは『風』!用途は『加速』!!」
奴の剣が当たる前に俺は奴の後ろに回りこんだ。
ここに来る途中で、烏丸さんと考えた風の力を使った移動技だ。
急の加速のおかげで、今奴の背後はがら空きだ。
「用途は『切断』!」
俺の手から放たれたかまいたちが敵を襲う。しかし、体に少し傷をつけただけでほとんどダメージを受けていない。
それどころか今の攻撃で俺の位置が分かった奴が剣を振り上げた。
「雷神トールの鎚って、知ってます?」
そう言って、敵の後ろで烏丸さんが日本刀を掲げた。その瞬間。
轟音と共に奴の剣に雷が落ちた。
爆発と共に、奴を中心に土煙が舞い上がった。
「すげぇ・・・・・」
唖然とする俺の所へ烏丸さんが近づいてきた。
「雷神トールは、北欧神話に出てくる神様で、その手に持つ鎚は、天に掲げれば雷を落とし、岩を一撃で砕く程の破壊力を持つといわれています。私の刀には、その鎚の力が宿っているんです」
烏丸さんがそう説明してくれた。俺のアメ玉よりよっぽど使えるじゃないか。
「けど、彰人さんの能力のほうが私の能力よりも強いと私は思いますよ。あの程度の攻撃ではたぶん・・・」
言い終わる前に土煙の中からあいつが出てきた。あんなすごい攻撃を食らっても平気なのか!?
「彰人さん、ここはいったん引きますよ!」
「お、おお」
谷口の死体は気になったが、俺達はいったん部屋から逃げた。
☆
部屋から出た俺と烏丸さんは、すぐそばの廊下で座り込んでいた。あの怪物はあの部屋から出られないらしく、追っては来なかった。
俺は黙ってさっきまでいた部屋での事を考えていた。あの怪物の事。谷口の事。何度考えても吐き気がした。
「彰人さん、顔色悪いけど、大丈夫?」
俺の心配をしてくれた烏丸さんが声を掛けてくれた。
「ああ、大丈夫だよ・・・」
烏丸さんには作り笑いをしながらそう言った。
その時、俺の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「烏丸さん、一つ訊いていい?」
「はい、なんですか?」
「烏丸さん・・・なんであの怪物に立ち向かえたの?」
血にまみれた人の死体を見た後で、それを行った相手に、しかも女の子が、何の迷いも無く立ち向かえたのか、俺には理解できなかった。
「・・・たしかに、普通おかしいと思いますもんね」
烏丸さんの声のトーンが一気に堕ちた。
「実は私、前にもあるんです。人が目の前で死んだこと」
「えっ!?」
「7年くらい前、家に泥棒が入ったことがあるんです。泥棒は捕まえたんですけど、そのとき、お母さんが泥棒に刺されて死んじゃったんです。まだ小さかった私の目の前で」
「・・・・・・・・」
そんなことがあったのか・・・悪いこと聞いちゃったな。
「・・・ごめん、嫌なこと思い出させちゃって」
「いいんです。気にしないで下さい」
烏丸さんはそう言ってくれたが、俺はしばらく黙り続けた。
死んだ親の事を話すのは、誰だって嫌なはずだ。
「彰人さん」
俺は烏丸さんの顔を見つめた。
「約束してください。二人であいつを倒すって、必ず元の世界に戻るって」
谷口君のためにも。と烏丸さんは言い加えた。
「・・・わかった。必ずアイツに勝とう!」
それは、俺がこの日もっとも腹をくくった瞬間だった。
☆
俺と烏丸さんは再びあの部屋に入った。部屋の中心を巨大な敵が陣取ってる。
俺はアメ玉を口に放り込み烏丸さんは刀を抜いた。
俺がアメ玉を噛み砕くと同時に烏丸さんが敵に向かって走り出した。
「操るは『風』!」
『・・・いいですか彰人さん』
『えっと、風を操って烏丸さんをサポートすればいいんだよね?』
『はい』
『それはいいけど、どうして?』
『ハッキリ言って彰人さんじゃあいつを倒すのは不可能です』
『ハッキリ言うなぁ』
『けど、私の刀ならあいつを斬ることができます』
『えらく自信あるけど、大丈夫なの?』
『はい。さっき斬りつけた時確信しました。私ならあいつを倒せます』
『そっか、わかった。俺は全力でバックアップするから、必ず決めてくれ』
『はい!』
さっき決めた作戦の通り、俺はあくまで遠距離支援だ。あいつの攻撃を全部、烏丸さんから遠ざけないと。
「用途は『操作』!」
俺は向かってくる敵の攻撃を右へ左へ受け流した。
俺の能力の使用範囲は半径10mだ。当然、奴の攻撃に対応するには、俺自身も奴の攻撃範囲内に入らなければならない。俺へ来る攻撃にも、烏丸さんに来る攻撃にも、全てに対処しなければならない。正直に言えばかなりきつい、でも。
「・・・おらぁよっとおおおおおおお!!!」
そんなのいちいち気にしてられるか!
俺が奴の攻撃に対応している間に、烏丸さんが奴の懐に入った。
「いけ!烏丸さん!!」
「はああああああああああああああああ!!!」
烏丸さんが奴のどてっ腹目掛けて刀を振るった。だが、攻撃に気づいた奴がもう一歩での所で2本の剣を使いガードした。
致命傷を与えることはできなかったが、ガードに使った2本の剣は粉々に砕け散った。
更に猛攻を加えようとした烏丸さんだったが残りの剣の攻撃をかわし俺の立っているあたりまで下がった。
「すいません決めれませんでした」
「いいから、もういっちょいくよ!」
「はい!」
烏丸さんが走り出すと同時に俺は敵目掛けてかまいたちを放った。効かなくたって、多少の妨害にはなるだろ。
しかし、俺の放ったかまいたちは妨害にもならず、それどころか着弾時に起こった風で、敵が上空へ上がってしまった。
これでは斬りつけることはおろか近づくことすらできない。
「彰人さんお願いします!」
そう言って彼女は崩れて傾いた柱を駆け上がり始めた。
「!そうか、よしわかった!」
俺は烏丸さんが柱の先端から飛び出したのと同時に上昇気流を起こした。
風の力で一気に加速した烏丸さんが上空の敵の真上まで舞い上がる。
片手で持っていた刀を両手に持ち替えた。
攻撃の態勢に入った烏丸さんに対し奴は自らの武器である巨大な剣の重さで動くことができず、ただ地面に着地するのを待つしかなかった。
分かりやすく言ってしまえば、今の奴は無防備だ。
「烏丸流剣術、壱の太刀」
烏丸さんは、高い攻撃力を誇る刀を振り上げそして。
「閃光!!」
一気に振り下ろした。
両断された巨大な敵は地面に落ちたと同時に灰になって消えた。
「・・・勝った・・・?」
「勝ったーーーーーーーーーー!!!」
気づいたとき俺は両手を挙げて叫んでいた。
勝ったんだ!俺達、あの化け物に勝ったんだ!!
俺は既に着地していた烏丸さんの所まで走った。
「やったね。烏丸さん!烏丸さんがいなかったら俺、絶対勝てなかった・・・よ・・・」
徐々に声のトーンが下がる俺。理由はというと。
現在、烏丸さんの顔にメガネがない。周りを見回してみると、空中で外れたのだろうか、ちょっと離れた場所に落ちていた。
しかし、烏丸さんがモードノンメガネ(?)ということは。
「まったく、女に頼らなきゃ勝てないなんて、あなたはウジムシ以下ね」
やっぱり出てきた。この場面でまさかの裏烏丸さん登場だ。
「分かる?ウジムシ以下っていうことは、あなたはウジムシにすら敬語で話さなければいけないのよ」
すいません。誰かこの子の扱い方を教えてください。
「まあいい、そろそろ元の世界に戻るだろうし、おいソコのバクテリア」
「バクテリア!?」
俺はバクテリア扱いされていたのか!?それはさすがにひどいだろ!
裏烏丸さんはメガネをかけながら続ける。
「約束、ゴールデンケーキのこと忘れんじゃねぇぞ」
あっ、やっぱ裏烏丸さんも知ってたんだ。
「じゃあな。このバカヤロー」
裏烏丸さんが言い終わると同時に目の前から消えた。いつもの教室に俺は一人で立っていた。
☆
そして翌日の午後1時。約束どおり、俺は烏丸さんとゴールデンケーキを買いに、ケーキ屋『ハッピー・ヘヴン』に来ていた。・・・ここに来てから財布が泣きっぱなしだ。
「本当に良かったんですか?あんなに高いケーキ」
「約束だったしたんだから、それに烏丸さんは命の恩人だし」
ちなみに、この日烏丸さんの服装はなんと和服だ。
服の事に触れる必要は無かったかもしれないが、触れさせてくれ、俺は和服萌えなんだ。
「ところで、あの後、何かありましたか?実を言いますと、あいつを斬ってからの記憶が無いんです。気がついたら、一人で教室に立ってて」
そういえば烏丸さん、あの時裏烏丸さんになってたからな〜。覚えていないのは当然かもしれない。
そういえば裏烏丸さんが戦っているところは一回も見なかったな。人が殺されるのを見たら普通、斬るのに躊躇するようになりそうなのに、彼女はその逆だった。
「いや、特に何も無かったよ」
しかしそれを烏丸さんに聞いても無駄だろう。裏烏丸さんの存在自体知らないのだから、きっといつか分かることだろう。
「じゃあ、私はこれで」
「うん、じゃあまた月曜日に」
「はい」
そう言って俺は烏丸さんと別れて、真っ直ぐ家に向かった。