ぬいぐるみと明日への悩み
送ってくれた日向くんを手を振りながら見送り私は自分の家へ帰る。
そんな道中でも心音は激しく、手や顔が熱くなっているのが分かった。
「……ただいま」
誰も居ない家に呟いても返事は返って来ない。
そんな家に寂しく感じてしまう。
「…………はぁ」
一人で大きなため息をついた。
何とか今日の出来事を乗りきれた安心感から出たものだった。
(今日はいろいろあったな……)
今日出来事に思いを馳せる。
奇跡のような出会いからデートのようなものまでしてしまった。
「……夢、じゃないよね?」
と一人、自分の頬をつねった。
赤くなってしまうぐらい強い力でつねったので結構な痛みが私を襲う。
しかし今日の出来事が、夢や妄想ではないことに安心できた。
「……なにやってんだろ、私……シャワーでも浴びて落ち着こう」
一旦冷静になるためシャワーを浴びに向かった。
「……手洗わないでおこうかな?」
日向くんと繋いだ手を洗うのがもったいなく感じたからだ。
「……明日、日向くんに手料理振る舞うのに何言ってるんだろ」
自分で解決してシャワーを浴びる、もちろん手も洗った。
「……ふぅ」
とシャワーを浴びて時間を確認すると、夕食にちょうど良い時間になっていた。
「……今日は適当に済まそ」
冷蔵庫にある作りおきの料理を食べることにした。
「……いただきます」
独りで呟いて食べ始める。
無音の家から急にまた寂しさが沸きだしてきた。
「……ごちそうさまでした」
急いで食べることで気を紛らわし、歯磨きを済ませて自分の部屋に戻った。
「……早く明日来ないかな」
ベッドに横になりながら呟く。
ふと、ここで寂しさを紛らわす妙案を思い付いた。
「……ぬいぐるみだ」
そう言いった後すぐにぬいぐるみの元へ向かう。
日向くんが私のために取ってくれたぬいぐるみだ。
私のために取ってくれたという、私にとって最高の付加価値のついたぬいぐるみ。
それをベッドまで持ってきて抱き抱える。
横になりながら抱き枕のように使った。
「……一生大切にしよう」
ぬいぐるみに顔を埋める。日向くんが触ったものだと思うとさらに幸せ度合いが増した。
「……日向くんが触った、で喜んでるなんて変態じゃん」
しかし今日を振り返るとその程度大したことではなかった。
それほどのことを私はしたと実感する。
「……か、かか、間接キスをお願いするし、間違ってないな……」
真っ先に思い付くのはパンケーキを食べるときに間接キスをしたことだ。
一瞬で自分の体温が上がったのが分かった。
顔が熱いなかでも私はぬいぐるみに顔を埋める。さっきまであった寂しさが消えていた。
「……手も繋いで歩いたし……」
帰り道では手まで繋いだ。
「……日向くんも、私と恋人の振りするの楽しいって言ってくれてたし、やっぱり私のこと好きなのかな……?」
ここまで私のわがままに付き合ってくれているのは、好意があるからに思えた。
「……私が舞い上がってるだけかも」
希望を抱いたが、違ったときのダメージを考えて気にしない振りをする事にした。
「……それにしても、今日の私ナイス過ぎるでしょ!」
また思わずテンションが上がってしまう。一人ベッドの上でじたばたと悶える。
それは明日、日向くんと遊ぶのを自然と誘えたからだ。
それに日程は決めていないが星空を見に行く約束まで取り付けた。
「……一旦落ち着こう」
ぬいぐるみを顔に当てながら呼吸をする。
幸せな空気が私の身体に入ってきた。
しかし私の頭に浮かんだのは悩みの種だ。
「……はぁ、明日楽しんでもらえると良いな」
明日は日向くんの嫌いなピーマン料理、その後一緒にゲームをする予定だ。
普段あまりゲームをしない日向くんを楽しませられるか、今から心配になってきた。
「……明日なに着よう」
ひとつ心配事が生まれたらまたひとつと止まらなかった。
しかし、今の私には日向くんが選んで服がある。
「……また褒めてもらえるかな……?」
日向くんに褒めてもらえるかもしれないと思うと、それが心配事から楽しみに変わった。
すると他の心配事も、手料理を美味しく食べてもらえたら、ゲームを楽しんでもらえたら、と前向きに思え始めた。
今までの私に無かった変化だ。
「……少しは前向きになってるじゃん、私」
前向きな自分になってきた驚きが私自身にもあった。
日向くんに洋服を選んでもらってから少しずつだが、自分が変わっているように思う。
「……明日またお礼言わないと」
そんな風に明日のことを考えていると時間はあっという間に経っていた。
そろそろ寝ないと寝坊して、明日の昼前に買い物に行けなくなる。
部屋の明かりを消してベッドに入る。
「……おやすみなさい」
そしてぬいぐるみを抱き枕にして寝る。
その抱き枕を使って寝るのは、今までの人生の中でも驚くほどに安らぎを与えてくれた。
私はぬいぐるみに包まれて最高の幸せを感じながら眠りについた。
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