ぬいぐるみ
木陰が新しい服を着て店を出た。
この店に入る前の彼女とは明らかに顔つきが良い方に変わっている。
そんな木陰からこの後も街を見て回りたいというので、断る理由の無い俺は快諾した。
どこに行こう、そんな質問を彼女にした。
「……えっと、この辺りに何があるのか分からないので、日向くんに連れ回してもらえたら嬉しいです」
確かにここの土地勘の無い彼女に行きたい場所がある方が珍しいのかもしれない。
「じゃあまず寄りたい場所あるから行っていいかな」
「……はい!」
と木陰は快く返事してくれた。
二人で街を歩く。
さっきも楽しそうな表情もしていたが、新しい服を着た彼女は姿勢や雰囲気自体もどこか明るく楽しそうだった。
「……どこに行くんですか?」
木陰から質問が飛んだ。目的地を告げ忘れていたので当然だろう。
「もう着いたよ」
すぐ近場だったということもあり、すぐに目的地に着いた。
「……ここは?」
「うん、荷物預けようと思って」
目の前にあったのはコインロッカーだ。
木陰の買った服が多く、この後散策するにも荷物が邪魔になる。
それで近場のここに預けに来た訳だ。
「……こんな裏技が」
と彼女が目を丸くしている。
「荷物預けて良い?」
「……えっ、あ、はい」
木陰は何故か動揺していたが、気にせず荷物を預ける。
「……さっきの私の覚悟って……」
何か木陰が呟いていたが声が小さすぎて聞こえなかった。
「どうかした?」
「……一人言です」
きっぱりと返された。
木陰の荷物を預けて身軽になる。これでかなり動きやすくなった。
「……その、それじゃあよろしくお願いします!」
木陰と再び街へ出て散策を始めた。
◇◆◇◆◇◆
店舗が建ち並んだ区画を抜けて二人で大きなショッピングモールにきていた。
「……ここも凄く大きいですね」
一階から吹き抜けた店内を見上げて木陰が言う。
楽しそうに歩く彼女と道に沿って歩いていたから忘れていたが、さっき木陰が怯えていたのはこんな感じの人の多いところだ。
「ごめん、来てから思い出したけどさっきもこういう人が多いところで──」
「……もう平気ですよ?」
と彼女は俺に割って入り言う。
木陰の方を確認すると本人の言うとおり、怯えた表情はしていなかった。
「凄いね。でも無理なら我慢せずに言ってよ」
「……分かりました。その、じゃあここは人が多いので、私が怖くならないようぴったり一緒に居てくださいね?」
「分かった」
この場合に連れて来たのは俺なので、彼女の言うとおりにする。
彼女の方も近付いて来て肩が当たる距離だ。
正直、木陰が可愛らしい服を着て楽しそうにしている姿はとても魅力的なので近付いてもらうと困る。
木陰は嬉々のとして距離を詰めたように思えたが、気にしないようにしよう。
浮かれてはいけない、そう自分に言い聞かせた。
「……それじゃあ書店に行って良いですか? ここは凄く大きいそうなので見てみたいです」
「良いよ。確かにここのは凄くデカかったな」
「……それは楽しみです」
楽しそうな木陰から離れないようぴったり付いて行く。
度々彼女は俺が付いて来てるかを念入りに確認していたが、はぐれることなく書店に着いた。
「……凄く広いですね。ぴったり付いてきてくださいよ?」
「もちろん」
しっかりと木陰に付いていきながら書店を見て回る。
すると彼女があるところで足を止めた。
そこは女性物の恋愛小説が並んでいる区画だ。
「木陰はいつも本読んでるけどこういうの?」
学校の木陰は休み時間になるといつも席に座って読書していた。
「………………はい」
男に聞かれるのが恥ずかしのか返事が弱い。
「……あの、やっぱり出ましょうか。ゆっくり本を選ぶと日向くんに迷惑ですし……
「別に気にしなくてもいいのに」
「…………それに日向くんの前でその、恋愛小説選ぶの恥ずかしいです」
彼女が顔を赤く染めて言う。
どこか照れた木陰は可愛いく見えた。
「じゃあノートだけ買っていい?」
もともと俺が外に出たのはノートを買う目的だったので、ここに来たついでに済ましておこうとおもった。
「……はい、お店の外で待ってますから早く来てくださいね」
木陰が店の外に行くのを見て、俺もノートを買いに行く。
彼女に言われた通り急ぎ足で済ます。
「お、あった」
求めていたノートを見つけて無事購入。
そして木陰の元へ向かう。
「待たせてごめん」
「……いえ、全然待ってないですよ」
木陰はまた俺にぴったりとくっついて来た。
「……これで二人の予定は終わりましたね」
「そうだね」
そんな返事をすると何故か木陰が悲しそうな表情をしている。
「じゃあお互いの予定も終わったことだし、思う存分に回れるな」
と俺が言うと彼女の悲しそうな表情は消えていった。
それどころか木陰は照れた笑みすら浮かべ始める。
「……そうですね。……思う存分二人で見て回りましょう!」
大きなショッピングモールを二人で見て回る。
相変わらず木陰の方からぴったりとくっついて来てきたが、悪い気は全くしない。
それに彼女も凄く楽しそうに歩いていた。
しかし木陰がある店舗の前で足を止める。
そこはUFOキャッチャーが多く並んだところだった。
「……見ても良いですか?」
「良いね。俺も見たい」
すると彼女は嬉しそうに俺の手を引いて店内を回り始めた。
「……あ、これ」
木陰が見ていたのは一時期話題になった、ダイオウグソクムシのぬいぐるみが置かれたところだ。
「好きなの?」
「……はい、可愛いですし暗いところに住んでいる感じが私に似てて好きです」
好きな理由がおかしい気もしたが、気にしないでおこう。
「やってみれば?」
「……そうですね!」
と木陰がお金を入れて挑戦する。
しかし数回やっても取れずにいた。
「……難しいですね」
「意外だ。木陰はこういうの得意だと思ってた」
「……そうですか? ……確かにゲームとかはしますけど、外に出てまでしないのでこういうのは苦手なんです」
「なるほど」
会話の後も彼女は何回か挑戦したがそれでも取れなかった。
「……無理そうですし諦めます」
「俺がやっても良い?」
「……もちろんですけど、取れますか?」
「大丈夫、大丈夫。俺得意だから」
そう言ってお金を入れて始める。
俺の一回目の挑戦でぬいぐるみが取れてしまった。
「はい、木陰にあげる。大切にしてね」
取れたぬいぐるみを木陰に手渡す。
「……ありがとうございます。日向くんが取ってくれたんです。一生大切にします」
すると木陰は嬉しそうに抱き抱えるどころか、形が潰れるぐらいに強く抱き締めた。
「一生は言い過ぎかな」
と俺が笑って言うと
「……言い過ぎじゃないです。……本当に一生大切にしますよ」
と木陰が言った。
顔の近くで抱き締められたぬいぐるみと、被っていた帽子で彼女の表情は見えなかったが、木陰は凄く喜んでいるように見えた。
「じゃあ一生大切にしてもらおうかな」
俺が照れながら言うと
「……もちろんです」
と彼女は笑って返した。
そんな木陰の声色は凄く嬉しそうだった。
◇◆◇◆◇◆
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