ポニーテールエプロン
買い物を済ませて店を出る。
袋を日向くんが持ってくれようとしたが、頼りすぎてると思い流石に断った。
路地を抜ける風が耳元を掠めていく。
「……ただいま」
「お邪魔します」
「……では日向くんはいつもみたいに待っててください」
そう伝えてて私はキッチンに立つ。
「……今日は少しだけ時間がかかります」
今日は一日付き合ってくれた日向くんへの締めくくりだ。
「……いつも以上に気合を入れてます」
あの後寄り道はしていないが、冷蔵庫にあるものだけで十分作れる。
「……今日はとんかつにしますよ」
豪勢な食事、それなら揚げ物だ。やっぱり男子高校生にはそんな料理が似合う。
「……だって今日は一日中付き合ってくれた、その締めくくりですからね」
そう伝えてエプロンを着ける。それともう一つ、ヘアゴムで髪まとめる。
「……あ、日向くん。……さっき言ってたものですけど、どうですか?」
キッチンから少しだけ出て姿を見てもらえる位置に行く。
制服にエプロン、そしてポニーテールに結んだ髪。
どうだろうか、と日向くんに伺いをたてるように前で髪が揺れるよう左右に身体を降る。
「本当に似合ってるよ」
「……ありがとうございます!」
もう今日はニヤけた顔が止まらない。
「……すぐにご飯用意しますからね!」
言葉の力で気合いが入った。日向くんに最高の料理を振る舞おう、そう決めて再びキッチンに立った。
「……いただきます」
「いただきます」
「凄く美味しいよ! 衣もサクサクだし、中もジューシーだよ! 流石、木陰!」
あまりの褒め言葉のラッシュに「えへへ」と情けない声が漏れた。
「……ありがとうございます」
「……今日のも自信作ですからね」
日向くんの絶賛の声を聞きながら食べる料理は普段よりも美味しい。
朝から夜まで贅沢で大満足な一日だ。
日向くんが「そう言えば」と前置きして口を開く。私も手を止めて話を聞く姿勢を取る。
「土日の運動はどうする? どちらかだけでも運動する?」
休日も運動か。複雑な気持ちだ。運動は嫌いだが日向くんとは会える。飛びつきたい提案だが、断ろと思った。
「……そうですね。流石に毎朝どころか土日も日向くんを早起きさせるのは申し訳ないですよ」
何せ毎日起きてもらって運動させるのだ。いつも遅刻ギリギリに来ている事が多いのに付き合わせている。
気持ちはとても嬉しい。でも、毎日は辛くなるだろうと思う。そうなると二人とも本意ではないから。
「……そこまでわがままは言えないですよ」
「そんなわがまま何て」
言い出した方の責任を感じてくれているのだろうか。少しの合間押し問答になる。
「……では修学旅行の直前ぐらいの土日にはお願いします」
お互いの意見を組んだちょうどいい案を出せたと思う。
日向くんの方も納得してくれたようで、修学旅行が近づいた休日は朝、一緒にウォーキングをすることにした。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
二人ともご飯を食べ終えた。そうなるともうお別れの時間が来てしまう。
帰りの用意をする姿を見てもの寂しくなった。
「……では日向くん、また明日の朝電話しますから」
そのせいか少し小さな声になる。
「お願いするよ、木陰も寝不足にならないようにね?」
「……もちろんです!」
今日はお互い寝不足で、二人とも先生に起こされた。そんな昼前を思い出して二人で笑い合う。
「……明日も二人で寝てたら大変ですからね」
そんな言葉に「そうだね」と笑いながら返事をもらう。
「また、明日だね」
玄関で靴を履き終えた姿が、今日の終わりを告げたようにおもえた。
「……そうですね」
「今日はありがとう。また朝に」
「……こちらこそ、ありがとうございました」
玄関の扉を開く後ろ姿を見て最後に呼び止めた。
「……あ、あと髪型はコレですよ?」
自分の髪に触れてアピールする。
「ホントに似合ってるよ」
「……ありがとうございます」
「また明日」
「……はい、また明日」
まだ少しだけ肌寒い夜に、日向くんの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
◇◆◇◆◇◆
朝、電話の音で目が覚めた。
『……もしもし』
「もしもし」
『……おはようございます』
「おはよう、木陰」
『……はい、日向くん』
『……では私は家を出る準備をするので、名残惜しいですけど電話切りますね』
「うん、また後で」
『……はい、後で』
早起きは得意じゃないけど、らしくないほど心地の良い目覚めだと思う。
待たせないように俺も早く家を出ないと。そう思い1階の洗面所に向かった。
「おはよう、木陰」
「……おはようございます、日向くん」
挨拶を終えると木陰がもじもじと何か見せたそうな、言いたそうな仕草をした。
「今日の髪型も服もどっちも可愛いくて似合ってるよ」
「……本当ですか!? ……ありがとうございます」
不安な表情が一瞬で明るくなる。
「……って、そうですよね、昨日同じこと聞いてますしね」
確かに昨日も同じように褒めた気がする。
「……でも、褒められるのが嬉しいので多めに見てください」
木陰を直視できずに顔を逸らす。話題も変えて話しやすい方へと誘導した。
「今日は、少しストレッチしてから歩こうか」
「……はい」
「今日の歩く速度だけどどうする?」
軽くストレッチしている時間で尋ねた。
木陰のペースか前田さんたちのペースかだ。
「……少し速めでお願いします」
との事なので、木陰のペースより少し速めで運動することにした。
簡単な柔軟なのですぐに終わり、二人で並んで歩き始める。序盤は話す余裕があるようで歩きながらも会話をする。
「……美冬ちゃんにも聞きましけど、やっぱり斎藤さんの方が合わせるか分からないそうですよ」
「んー、やっぱりか」
話しながら、頭では想像通りって感じだと思っていた。
「そうなると、体力つけないと付いて来れないかも」
「……はい、ですので運動はこのまま続けていきたいですけど、良いですか?」
「うん、大丈夫。俺が言い出したことだしね」
そう伝えると微笑みながら少し小さな声で感謝の言葉が聞こえた。
「……雨が降ったらどうしますか? ……時期的にももうすぐ梅雨に入りますし」
空の様子を見たようで聞かれた。天気は快晴ではなく、曇に近い晴れだ。
5月も半ばを過ぎているので梅雨に入る頃合いだ。
「雨の日はやめておこうか、お互いに風邪引いたら困るし」
「……そうですね。……あ、でも、もしもときは私が看病しますからね?」
看病したときの記憶を思い出して少し口角が緩む。
「そのときはお願いするよ」
「はい」と明るい声が返ってくる。
「……でも、雨が降ったらもったいないですよね?」
不意に零したような言葉を慌てて誤魔化すべく重ねていく。
「…………もちろん、目的は私の体力作りですよ!」
「確かに。目的は木陰の体力作りだ」
「……だから、もったいないって意味です!」
と、何とかまとめてきれたという表情をしていた。
しかし、言われてみると俺もも少しもったいないと思ってしまう。
これから梅雨に入る。そうなると平日はどれぐらい朝のウォーキングがあるのだろうか。考えるとかなり少なく思えた。
「なら雨の日は朝に通話しながら、家でできる筋トレとかする?」
「……い、いいんですか?」
「木陰の体力を付けるためだよ。修学旅行で一緒に来れないと大変だからね」
「……あ、ありがとうございます。……でも雨の日まで付き合わせて良いんですか?」
遠慮が見て取れる声がした。
「いいの、いいの。もともとは俺が木陰の体力を付けるために言い出した事だし」
「……ありがとうございます。……では雨の日も朝起こしますからね!」
終わりの言葉近づいたところで、とびきりの笑顔を見せてくれた。
黒にピンクの線の入ったジャージ。そして見慣れないポニーテール。
普段とは違う、木陰の姿に見惚れた。
「……ほら日向くん、足止めてますよ? ……私の体力作りのために行きますよ」
引かれるまま早朝の街を歩いた。
ゲーム根クラ本日発売です‼️
皆様に読んでもらって……さらにゲームにまでなりました。
本当に感無量です‼
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文字だけでは表現できないものが詰まった、ゲーム根クラを是非プレイしてみてください‼